いよいよ、明日、領主町を攻撃する。
俺は、討伐軍の軍議に参加し、マルテディ侯爵から、『決戦』の単語を聞いた。
「諸君らも知っての通り、我々は一日一本対策ポーションをとって、この黄金領域内で活動している。しかし、ポーションは増産はされていても限度はある。ゆえに短期決戦である」
のんびり包囲して、相手の弱体化を待つ、などという悠長な戦い方はできない。
あの外壁が存在し、黄金城と、一種の要塞である城下町を数日以内に陥落させなければならないのだ。
「多数の敵がいる。黒きモノと邪甲獣が相手だ。こちらも武器の神聖属性可が追いついておらず、かなりの兵が時間制限付きでの神聖属性付与となるだろう」
敵の個々の性能も高いから、生身の兵ではそれだけでも苦労させられるだろう。参加指揮官らの表情が僅かに曇る。先行き不透明感、あるいは不安。
「しかし案ずるな。我々には、神聖剣の勇者であるヴィゴ殿がいる!」
ここかぁ……。マルテディ侯爵が俺を指し示し、周りの視線が集まった。
「神聖剣だけでも頼もしいが、さらに魔剣をも御すことができる、ウルラート王国至上、最強と言っても過言のない強者が、我らと共にある!」
マルテディ侯爵の声が熱を帯びてきた。この場の最高指導者として、指揮官たちの士気を高めようとしているのだ。彼の努力の邪魔をしないように、ここは背筋を伸ばし、神聖騎士らしく振る舞わなくてはいけない。
「諸君らも知っているだろうが、彼はすでに凶悪なる大型の邪甲獣をも仕留め、国王陛下もその武功を認めておられる! その勇者と共に戦えることを誇りに思え!」
大丈夫かな、そういう言い方って白けられないかな? 不安を顔に出さないようにしつつ見渡すが、指揮官たちの目は熱を帯びて、真剣だった。
本当に縋るしかない時、人はどこまでも真剣になれるんだ。つまり、皆、不安なんだよな。神聖騎士とか、Sランク冒険者とか、勇者とか、そういう存在が共にいてくれないと。
「ヴィゴ殿は、我々より先にこのラーメ領に入り、瘴気対策や敵情報の調査など、様々なものをもたらしてくれた! この戦いは勝てる!」
マルテディ侯爵は熱弁を振るった。熱は伝播し、指揮官たちの不安は一蹴されていく。彼ら率いる者が勝利を確信すれば、それに従う部下たちもついてくる。
指揮官の顔に不安が出ていると、部下たちも信じられなくなるのだ。命のかかった戦場でそれならば、何かのきっかけで戦線崩壊を誘発させやすくなる。
マルテディ侯爵は、具体的に領主町攻略の手順を説明していく。ここでの俺の役割は大きい。
むしろ、俺がやらなければ、この短期決戦は実現しない。
重要な役どころだ。もちろん、俺にそれができるか、侯爵も事前に確認した上で、指揮官たちに説明している。つまり、この作戦について、俺も結構口出ししている。できないことは、できないからな。
大雑把にまとめれば、俺が突破口を開き、討伐軍は領主町に侵入、敵を掃討。町にある瘴気発生ポイントを聖域化――瘴気対策空間に変えて、テリトリーを広げる。
ラウネ発案の浄化の石の効果を、さっそく領主町攻略にも突っ込んだわけだ。討伐軍の兵としても、安全地帯ができるというのは心強いだろうし、それで敵も弱体化する可能性があると聞けば、やる気を後押しするだろう。
頑張れば頑張った分だけ、有利になるというのが、どこまで安全地帯ができたか見ればわかりやすくなる点も含めて。
そして最終的には、黄金城の制圧。俺たちは、汚染精霊樹を倒すと。
軍議はつつがなく進行した。
もうすでに、討伐軍は領主町の見える位置まで進軍し、陣を張っているのだ。ここまできて、攻撃を迷うようなこともない。
・ ・ ・
討伐軍に参加している者たちは、領主町と黄金城の攻略を目指す。
一方で、俺たちリベルタは、もうひとつ、この決戦において重要な要素である汚染精霊樹の排除もしなくてはならない。
以前、冗談込みでどう倒すか話したことはあるが、ここらで本気の話し合いをした。どう精霊樹を倒すのか?
前回の領主町奇襲で、オラクルのディバインブラストの直撃すら、ほぼ表面を削った程度に終わった。
俺、アウラ、ラウネ、ハク、ダイ様、オラクルが中心になり、ルカやシィラ、リーリエ、ニニヤ、メントゥレ神官長らが見守る。
「一応、ワタシもドリアードだから、あんまりこういうことは言いたくないんだけど」
アウラはそう前置きした。
「精霊樹なのだから、ワタシのようにドリアードがいるはずなのよ。ドリアードと木は一心同体なのだから、汚染されたドリアードを倒せば、自然と木のほうも朽ちるわ」
ラウネとハクは、どこか決まり悪そうな顔をしている。たぶん、この二人もそれがわかっていたが、アウラの手前、遠慮していたんだろうな。
ラウネもアウラからできたドリアードなんだけど、ドラゴンブラッドの影響で、木がないし。……そう考えると、彼女も竜の血で汚染されたドリアードということになるのか? まあ、言わないけど。
「それで、その汚染精霊は、どこにいるんだ?」
「基本、ドリアードは本体である木から遠くに離れられない」
アウラは、自身の胸に指を当てた。十年ほど、王都カルムの自宅から動けずにいた彼女である。実に説得力がある。
「つまり、領主町の範囲か、あるいは精霊樹そのものにいると思う」
「精霊樹自体が、強力な魔力を秘めている」
ハクが口を開いた。
「探すなら、強い魔力の反応を探すのがいいと思う。周囲のものに比べて、かなり強いはずだから、探せばたぶん見つかる」
「神聖剣や魔剣でも、あの巨木を倒すのが無理となると、精霊本体を探すのが有力かもしれないな」
俺が一同を見回すと、それぞれ首肯した。ラウネが腕を組む。
「問題は、その精霊が、木の中に引きこもっている場合ね」
そうか。何も、木の外に出ているとは限らないのか。
こちらは表面に傷をつける程度しか攻撃できない。精霊が精霊樹の中にいたら、手が出せないじゃないか……!
と、何故かダイ様、含み笑いを浮かべている。……気持ち悪っ!
「その時は、我が真魔剣の力で、汚染精霊樹を焼き尽くしてくれよう」
「そんなことができるのか?」
神聖剣ですら通用しないほどの大木だぞ? 俺だけでなく、皆も懐疑的な目になる。だがダイ様は、自身たっぷりだった。
「ふふ、可能だ! 真・魔剣となった我ならばなっ!」
「どういうこと?」
アウラが当然の疑問を投げかければ、ダイ様の背後から、すっとダーク・プルガトーリョ――ダープルちゃんが現れた。
「ワタシ、暗黒煉獄剣の力を使うのだわ」