ダーク・プルガトーリョ――暗黒煉獄剣の力を使えば、汚染精霊樹も倒せる、とは?
俺たちは、ダープルの言葉の続きを待った。
「そもそも、煉獄という意味が何か知ってるかしら?」
え、煉獄の意味? 地獄のお仲間じゃないの――と思った俺は、正確な意味を知らない。魔剣に使われるし、響きも似ているからそっち系の言葉だと思うんだが……。
ハクが目を細めた。
「宗教的な言い方をすると、煉獄は、天国と地獄の間にあるとされている」
「天国と地獄の間……?」
「人間っていうのは、色々な人がいるよね? でも死後、行く場所が、天国と地獄しかないのって、不思議に思ったことない?」
言われてみれば……。
「無条件で天国に生けるほど善人や、問答無用に地獄生きの悪党ならいざ知らず、ほとんどの人間って、一生の間に良いこともすれば悪いこともする。嘘をついたことがない人間はいないし、大きな事件にならなくても他人を傷つけたかもしれない。逆に、ささやかながら人から褒められることをしたかもしれない」
細かなことを言い出したら、天国と地獄に分けるのは難しい。自分を振り返った時、今死んだら、天国に行けるのか、地獄落ちなのか、客観的に分かるだろうか?
「人は生きていく中で、罪を犯している。罪のない人間などいない――そうした人間が、死後行き着くのが煉獄だと、宗教的には言われている。……オレも死んだことはないから、本当かどうかは知らないけど」
ハクはそう一言添えた。
「じゃあ、煉獄って何って話だけど、ずばり、天国に行くために、罪を浄化する場所とされている」
「罪を浄化……?」
「そう。生前の罪さえなければ天国に行ける人間が、その罪を燃やす場所とでも言うのかな。基本、煉獄に行ったら、いつかは天国に行くことができるとされている。……犯した罪が深く、落とされたら永遠に罰せられる地獄と違ってね」
へぇ……。さすが物知りな魔術書さんだ。
「じゃあ、割といい場所なのか?」
「いいや。行くなら真っ直ぐ天国だよ。煉獄にだって行くものじゃない。何故なら、浄化するってのはつまるところ、罪に対する罰を受けて、精算するってことだからね」
ニヤリと、ハクは薄く笑った。
「それは地獄と同様、拷問されるってことなんだ。誰だって痛いのは嫌だよね? でもそこから逃げることができず、罪が消えるまでどんなに苦しくても拷問を受け続けるんだ。懺悔したり、情報を吐いたら終了なんてことなく、最後まで苦痛を味わうことになる」
「嫌すぎるわね、それは」
ラウネが苦い顔をすれば、ハクは頷く。
「でも、地獄よりはマシさ。苦痛は同じでも、煉獄の場合は必ず終わりがある。でも地獄は永遠だからね」
地獄に落ちるのは絶対嫌だな。だから人間は清く正しく生きていくべきなんだ。――神様はそうおっしゃってる。
「というのが、煉獄についての、宗教的概要なんだけど……。たぶん魔剣ちゃんが言っているのは、別なんだろうね」
ハクがダープルに言ったが、それより先にアウラが口を挟んだ。
「ハク、あんた煉獄やら地獄の話をする時、ヤバい顔になってるわよ?」
「え? そうだった? ……それは、マズいね」
「ええ、マズいと思うわ」
地獄の話を笑顔で話すヤツは、確かにアレかもしれないな。俺は肩をすくめ、ダープルを見た。
「続けてくれ」
「……煉獄についての概要はそれで合っているのだわ。それを踏まえて、ワタシは魔剣として、煉獄の名前を付けられた」
ダープルは人形のように表情を動かさずに言った。
「そしてワタシの能力とは、刃に触れたモノ、傷つけたモノの魔力を根こそぎ奪い、死を与えると呪い」
呪い――! おいおい、そんな危ない能力持ちだったのかよ。ダーク・プルガトーリョと戦った俺としては、終わったこととはいえ、ちょっと肝が冷えた。
「ワタシが敵を傷つけたが最後、そいつは魔力が枯渇するまで苦しみ続けることになる……」
「つまり、暗黒煉獄剣が精霊樹を切りつけたら、うちに秘めた魔力を奪われ続ける!」
アウラが目を見開けば、ダープルは口元を微かに緩めた。
「精霊にとって魔力の枯渇はすなわち死。いかに攻撃が通用しないような巨体であろうとも、魔力を吸われ続ければ、弱り、やがて息絶える」
「じゃあ、ヴィゴが精霊樹まで行って、真魔剣で一発切ったら、勝ちじゃない?」
ラウネが声を弾ませた。場の低調な空気も和らぐ。汚染精霊樹を倒す具体策が出てきたわけだから。
「ところがどっこい!」
ダイ様が言えば、その隣でダープルも目を伏せた。
「残念ながら、そう簡単ではないのだわ」
「どういうこと?」
「先ほどのハクの話でもあったけれど、煉獄では罪を浄化するまで苦痛は続く」
ダープルは言った。
「罪が重いほど、浄化までの時間が掛かる。それと同じように、魔力の量が多ければ多いほど、苦痛の時間は増しても、精霊樹を死なせるまでに時間が掛かる」
「特に、相手は精霊樹だ」
ダイ様はムッとしたような顔で眉をひそめた。
「大地や大気から魔力を吸収しておるから、その分も含めてしぶといだろうな」
つまり、真魔剣で傷つけても、そう簡単に決着というわけにもいかないってことか。うーん……。
周りも再び暗い顔になる。しかし、ダイ様はそこで表情を一変させた。
「だが! プルガトーリョだけでは時間はかかるが、ここに我がおる。吸収した魔力を使って、我がインフェルノブラストに変換し、精霊樹を攻撃し続ければよいのだ。我の攻撃も、精霊樹の魔力で撃ち放題よ! あっはっは!」
ここで、最初にダイ様が言った『真魔剣の力で、汚染精霊樹を焼き尽くす』という話に戻るわけだ。
プルガトーリョが奪った魔力で、インフェルノが最大級の攻撃を叩き込む。持っている俺がへばったら使えない、なんてことを気にする必要もない。
まさに撃ち放題。
二つの魔剣が一つになったことで、とんでもなく恐ろしい力を発揮する。そりゃ魔剣が恐れられるわけだ……。
双子剣だと聞いていたけど、片方が魔力を奪い、もう片方はその魔力を使って攻撃って、完全にセット運用が正しいよなこれ。魔王は息子に片方を預けたけど、使い方間違ってたんじゃなかろうか。
二刀流じゃなかったからなんだろうけど……。いや、待てよ。
「ダイ様とダープルは別々だから、煉獄剣の魔力を地獄剣に渡すってのは、元のままじゃ無理か。今は一つになったから可能というわけで」
「いいえ。持ち主が二刀流であれば、その持ち主を通してワタシが魔力をダーク・インフェルノに供給可能なのだわ」
「ああ、じゃあ二刀流前提の魔剣だったわけか。……今は一つだけど」
「と、いうことは、じゃ」
ずっと黙っていたオラクルが唐突に口を開いた。
「ダープルの魔力を、主様を通して、わらわに供給することも可能、ということかえ?」
「可能だわ」
「ほうほう、可能か。なるほどなるほど」
オラクルはニンマリした。ダイ様は、ダープルに『余計なことを』と言わんばかりの目で睨みつけている。
とにかく、汚染精霊樹を倒すための算段がついた。ダイ様が、暗黒煉獄剣を取り込んだことで、突破口が見いだせたのだ。