妖精の籠内、セカンドホームの自室。
決戦である。ゆっくり休んで、明日に備えよう。死ぬつもりはないが、何が起こるかわからないのが戦場だ。
最後かもしれないって思ったら、風呂でも丁寧に体を洗った。その間も、明日の自分の行動を何度か思い描いて、いざ戦いとなってから戸惑うことがないようにしておく。
居間を通った時、いつもより静かだな、と思った。
仲間たちも、次が大きな戦いだとわかっているから、それぞれの準備に余念がないのだろう。
あるいは、雑念や戦いへの不安などと戦っているのかもしれない。マルモが丁寧にガガンを磨いていて、イラとカバーンは、自分の武器を熱心に手入れしていた。
ふだん騒がしい奴が大人しいのは、緊張しているってことなのかな。俺も、らしくないと思いつつ、自室に戻った。
さっさと寝よう。切り札である俺は、こんなゆっくり休ませてもらえるけど、討伐軍の大半の兵は領主町の陣で、明日に備えつつ前線にいる。
こうして休めるのは、ありがたいことなんだ。ベッドに横たわり、頭の中であれこれ考えていればそのうち疲れて眠れるだろう。
いざ起きていようとすると、案外すんなり眠れるもんだ。だから明日のイメージを順番にやっていけば、最後にたどり着く前に眠れるだろう。……と、思っていたんだけどな。
「……」
やばい、もう3周くらいしてるんだけど、まだ眠れない。もうちょっと運動して疲れさせるべきだったか。うーん……。
瞼を閉じて、無理やり視野情報を遮断すれば眠れるかも。うーん! ――とかやってたら、扉が軽くノックされたような? 俺は寝るんだぞ。脳はすっかり寝ようとしていたから、返事すればよかったのに俺はしなかった。
寝ることに集中していたがために、まさか、あんなことになるとは……。
・ ・ ・
「ヴィゴさん……入ります、よ」
ルカは枕を抱えて、ヴィゴの部屋に入った。
ノックはした。返事はなかった。つまり、寝ているのだ。案の定、静かに部屋に入ると、ヴィゴはベッドで横になっている。
明かりはついていない。決戦を前に眠れるとは、やはりヴィゴは神経が太いと思った。
ルカは不安だった。
これまでも大きな戦いがある前は、不安で胸がいっぱいになってしまう。
大きな戦いやイベントなどがあると、眠れなくなるから、一人ベッドでいるとそのまま朝を迎える、というのが故郷にいた頃はよくあった。
だから、枕を持って両親のもとを訪ねるという癖が、ルカにはあった。母からは
『体は大きいのに甘えん坊さんだね』などと言われた。母は小さいから余計にそうなのだろう。
ルカは、ヴィゴのベッドまで近づく。
眠っている。残念なような、ホッとしたような、複雑な感情を抱きつつ、ルカは着ていたものを脱ぐ。背中を向けていたが、チラとベッドのヴィゴを見る。やはり寝ているようだった。
ここで起きられても、気まずさしかないのだけれど――人の部屋で服を脱ぐとか、自分でも何も思わないわけはない。
ただ、ルカとしては、ベッドに入る時は身ひとつが当たり前なのだ。これは習慣の問題だ。殿方に肌を晒すのは恥ずかしいけれど、何か身につけたままベッドに入るのは気持ちが悪くて逆に寝れなくなるから、仕方がないのだ。
ルカは、するりと、ヴィゴのベッドに入った。こういうのは初めてではない。もちろん、異性のベッドに入るのはヴィゴが最初であるが。
「ヴィゴさん……。ヴィゴさん」
彼の隣でルカはささやく。仮に起きてしまったとしても、毛布を被っているから体は見えないはず。
ヴィゴは反応がなかった。寝ているのだろう。
戦士としては、自分のベッドに入られても気づかないのはどうなのか、と思うのだが、心を許した相手に対しては不思議なことに寝ていてもわかるようで反応しないこともままある。
――私はヴィゴさんに信用されているんだ。
そう思うと悪い気はしない。彼の寝顔を見ることしばし、扉をノックする音がした。
ビクリっ、と思わずルカは毛布に首まで被り、とっさに隠れられるように身構えた。
――こんなことなら、扉から奥の側に入ればよかった。
それなら仮に誰かが顔を除かせても、この暗さだ。ヴィゴの陰に隠れられるはずだった。が、扉から手前側に横になったので、気づかれてしまうかもしれない。
扉が開けられる。ルカは毛布を被り、目だけでやってきた者を見る。廊下のぼんやりした明かりのおかげで、シルエットが浮かび上がる。
シィラだった。
「ルカ、いるのか?」
「いるよ」
小声のシィラに、ルカも小声で返す。これは初めてではないので、もはや隠すことも誤魔化もしない。それはシィラも同じだった。
「ヴィゴは寝ているのか?」
「うん」
「そうか」
扉をそっと締めて、シィラも寝間着を脱ぐと、ルカとは反対側からヴィゴのベッドに入った。
「さすがのヴィゴも、眠れずに起きていると思った」
「図太いよね、彼」
ふふ、とルカは笑う。ヴィゴを挟んで、シィラとルカは横になったまま向き合う。
「お前が枕を持ってきているってことは、不安なのか?」
「……」
「言わなくてもいい。わかってる」
シィラは、姉の癖を知っている。何せ子供の時、両親に縋れない時は、何かと理由をつけて姉妹のベッドに潜り込んでいたルカである。
『だ、大丈夫だからね! おねえちゃんが、お、お化けが出ても、シィラを守れるように、一緒にいてあげる!』
自分が怖いくせに、精一杯の見栄を張ってる姉の幼い姿を思い出し、シィラは微笑む。ルカは気になった。
「なあに?」
「いや……何でもないよ」
言ったら拗ねるだろうから。そういうところが、この姉の可愛らしいところだと、シィラは思うのだ。
「しかし、寝ているのか、ヴィゴは。今日こそ抱いてもらおうと思ったのにな」
「な、シィラ!?」
ルカが目を見開けば、心外そうな顔になるシィラ。
「お前だって、そのつもりだったんだろう、ルカ」
「それは……」
そう、という言葉は出かかったが止まった。シィラは目を伏せた。
「わかってる。最後かもしれないから、だろ」
「……」
「あたしもそうだ」
シィラは指を伸ばすと、ヴィゴの頬を突いた。