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第318話、生の実感


「あたしも死ぬつもりはないけど……戦いってのは何が起こるかわからんからな」


 シィラは優しい顔で、ヴィゴの寝顔を見つめる。


 ベッドの中。真ん中にヴィゴ、奥にシィラ、手前にルカがいる。ただしベッドの主であるヴィゴは、もう眠っている。


「ドゥエーリ族は戦士の一族だ。戦いで死ぬのが本懐だって親父たちは言うけれど、やっぱり死ぬ前に、一度は子供を作りたい」


 戦闘民族と言われる一族である。戦いに赴けば、突然の死もある。だから一族の男も女も刹那的になる。後悔しないように、否、しない、やらない後悔をしないためにだ。


 やっての後悔は仕方ないが、やらずに後悔するのは、一族の恥。


「生きたいのよ」


 ポツリとルカ。シィラが、続きを促すので、ルカは続けた。


「本懐とか誇りとかじゃなくて、心の底では生きたいって思い続けているの。それはドゥエーリ族の教えには反していない。戦って死ぬのは結果。戦い続けるには、生き残らないといけない」


 生に執着しなくてはいけない。戦って、勝って、生き残る。それが強さであり、賞賛されるドゥエーリの戦士なのだ。


「でも、怖くないわけじゃない。だから人は、その不安や恐怖を取り除くために、繋がりを求めるの。人は、独りでは生きていけないから」

「お袋も言っていた」


 シィラは頬杖を崩して自身の腕を枕にする。


「体の繋がりを求めるのは、生きたいと思うから。体を重ねて、快楽に身を委ねる。恐怖を振り払って、生を実感するんだって」


 死地に近いほど、生理的に、人は子孫を残そうとするという。平和な世界では、子供を積極的に作ろうと思わないが、死が近い世界では、若いうちから自分の子孫を残そうとする。


 動物の世界も一緒だ。生物とはすべからくそうなのかもしれない。天敵の多い、弱い動物は必然的に子を多く残し、天敵の少ない強い生き物は、生む子供の数も少ない傾向にある。


「あたしらが、ヴィゴを求めるのも、生きたいという衝動のため?」

「そうなのかな……? 私は、彼のことが好きだから、この人しかいないって思うから」


 強いオスに惹かれ、より強い子を残すためにと言ったところで、強ければ誰でもいいのか、というとそうでもなく。


「誰かに強制されたわけでもなく、私は……彼を選んだ」

「あたしもだ」


 シィラは目を伏せた。


「強い男がいると聞いて、王都に行った。まあ、そこまでは一族の仕来りだった。でも実際に会って、嫌だと思ったら、別の強い奴を探しに行っていた。だから……あたしも選んだと言っても過言じゃない」


 この男を――シィラは、寝ているヴィゴに体を寄せた。ルカもまたヴィゴに体を寄せる。サンドイッチ。


「……お前は何でいつも寝ているんだ、ヴィゴ」


 シィラはヴィゴの鼻の先をつつく。


「今夜こそ、一つになれると思ったのに。……いつになったら、あたしの初めてをもらってくれるんだい?」


 その言葉に、一瞬ヴィゴが顔をピクリと動かしたが、聞いていたルカは赤面してしまい、その反応を見逃した。


「シィラ……!」

「何を恥ずかしがってる? お前だってそのつもりって言ったじゃないか」

「でも、他に言い方ってものがあるでしょ?」

「そんなにおかしいか……?」


 今度はシィラが赤面する。


「いや、そんなおかしなことは言っていないはずだ……! 変か?」

「変よ……!」

「どこが?」


 むぅ、と毛布を被るルカ。シィラも動揺する。


「経験がないんだからしょうがないじゃないか……!」

「私だって初めてよ……!」


 お互い声を落として言い合う。さすがにこのタイミングでヴィゴが起きてしまうと、ばつが悪い。


「初めてなんだ……」


 シィラは天井を見上げる。ルカも同じく見上げる。


「知りません……!」

「どうするんだろうな。……やっぱりここを――」

「シィラ、それ以上は駄目よ」


 囁き声での言い合いはしかし、新たなノック音で、現実に引き戻された。


「「誰?」」


 ルカとシィラは、ヴィゴのベッドで一夜を明かした経験があるから、互いについて今さらどうこう言わない。


 だが、この状況で、しかも夜中に誰が来るというのか?


「お邪魔しまーす……」


 そっと扉を開けて入ってきたのは、ヴィオ・マルテディだった。


「ヴィオ!?」

「ヴィオさん!?」

「えっ……。ここヴィゴの部屋だよね?」


 ヴィオも声を落としつつ、ビックリして立ち止まったが、ベッドで動きがないので、近づいて確認する。


「ルカと、シィラ? 君たち、ここヴィゴのベッドだよね? 何をしているの?」

「見てわかれ……!」


 シィラに続いて、ルカは問うた。


「ヴィオさんこそ、ここへ何をしに……!?」

「何をって、夜伽だよ……! 何を言わせるんだっ……て、ヴィゴ、寝ているの?」

「寝てますよ」


 ルカが答えると、何だ、とヴィオは首を傾げた。


「ひょっとして、シテいるところに来ちゃったかと思った……」


 それはそれで修羅場であるが、シテいるという言い回しにルカは顔が赤くなった。


「僕も初めてを覚悟してやってきたんだけど……何だろうなーこれ」


 ヴィオが言えば、シィラは口を開いた。


「じゃあ、お前も添い寝に付き合うか? こうして身を寄せていられるのも、最後かもしれないんだし」

「……」


 最後という言葉に、ヴィオは押し黙る。しばし考え、いそいそと寝間着を脱ぎだした。


「そうだね。最後かもしれないんだし。肌を感じるくらいはバチは当たらないよね」

「ヴィゴは寝ているが、こいつの寝相、時々凄いから、気分には浸れるかもよ」

「そうなの?」

「凄いぞ、ヴィゴとくっついていたら寝ながら、胸とか……な」


 カァーっとルカがさらに赤くなり、シィラも思い出して羞恥に染まった。それを見て、ヴィオは合点がいった。


「あ、それってこの前タッチされたって言ってたのって、これだったの?」


 全容は知らなかったが、その時に、ヴィゴに対して『エッチ』と投げかけたのを思い出すヴィオだった。

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