「あたしも死ぬつもりはないけど……戦いってのは何が起こるかわからんからな」
シィラは優しい顔で、ヴィゴの寝顔を見つめる。
ベッドの中。真ん中にヴィゴ、奥にシィラ、手前にルカがいる。ただしベッドの主であるヴィゴは、もう眠っている。
「ドゥエーリ族は戦士の一族だ。戦いで死ぬのが本懐だって親父たちは言うけれど、やっぱり死ぬ前に、一度は子供を作りたい」
戦闘民族と言われる一族である。戦いに赴けば、突然の死もある。だから一族の男も女も刹那的になる。後悔しないように、否、しない、やらない後悔をしないためにだ。
やっての後悔は仕方ないが、やらずに後悔するのは、一族の恥。
「生きたいのよ」
ポツリとルカ。シィラが、続きを促すので、ルカは続けた。
「本懐とか誇りとかじゃなくて、心の底では生きたいって思い続けているの。それはドゥエーリ族の教えには反していない。戦って死ぬのは結果。戦い続けるには、生き残らないといけない」
生に執着しなくてはいけない。戦って、勝って、生き残る。それが強さであり、賞賛されるドゥエーリの戦士なのだ。
「でも、怖くないわけじゃない。だから人は、その不安や恐怖を取り除くために、繋がりを求めるの。人は、独りでは生きていけないから」
「お袋も言っていた」
シィラは頬杖を崩して自身の腕を枕にする。
「体の繋がりを求めるのは、生きたいと思うから。体を重ねて、快楽に身を委ねる。恐怖を振り払って、生を実感するんだって」
死地に近いほど、生理的に、人は子孫を残そうとするという。平和な世界では、子供を積極的に作ろうと思わないが、死が近い世界では、若いうちから自分の子孫を残そうとする。
動物の世界も一緒だ。生物とはすべからくそうなのかもしれない。天敵の多い、弱い動物は必然的に子を多く残し、天敵の少ない強い生き物は、生む子供の数も少ない傾向にある。
「あたしらが、ヴィゴを求めるのも、生きたいという衝動のため?」
「そうなのかな……? 私は、彼のことが好きだから、この人しかいないって思うから」
強いオスに惹かれ、より強い子を残すためにと言ったところで、強ければ誰でもいいのか、というとそうでもなく。
「誰かに強制されたわけでもなく、私は……彼を選んだ」
「あたしもだ」
シィラは目を伏せた。
「強い男がいると聞いて、王都に行った。まあ、そこまでは一族の仕来りだった。でも実際に会って、嫌だと思ったら、別の強い奴を探しに行っていた。だから……あたしも選んだと言っても過言じゃない」
この男を――シィラは、寝ているヴィゴに体を寄せた。ルカもまたヴィゴに体を寄せる。サンドイッチ。
「……お前は何でいつも寝ているんだ、ヴィゴ」
シィラはヴィゴの鼻の先をつつく。
「今夜こそ、一つになれると思ったのに。……いつになったら、あたしの初めてをもらってくれるんだい?」
その言葉に、一瞬ヴィゴが顔をピクリと動かしたが、聞いていたルカは赤面してしまい、その反応を見逃した。
「シィラ……!」
「何を恥ずかしがってる? お前だってそのつもりって言ったじゃないか」
「でも、他に言い方ってものがあるでしょ?」
「そんなにおかしいか……?」
今度はシィラが赤面する。
「いや、そんなおかしなことは言っていないはずだ……! 変か?」
「変よ……!」
「どこが?」
むぅ、と毛布を被るルカ。シィラも動揺する。
「経験がないんだからしょうがないじゃないか……!」
「私だって初めてよ……!」
お互い声を落として言い合う。さすがにこのタイミングでヴィゴが起きてしまうと、ばつが悪い。
「初めてなんだ……」
シィラは天井を見上げる。ルカも同じく見上げる。
「知りません……!」
「どうするんだろうな。……やっぱりここを――」
「シィラ、それ以上は駄目よ」
囁き声での言い合いはしかし、新たなノック音で、現実に引き戻された。
「「誰?」」
ルカとシィラは、ヴィゴのベッドで一夜を明かした経験があるから、互いについて今さらどうこう言わない。
だが、この状況で、しかも夜中に誰が来るというのか?
「お邪魔しまーす……」
そっと扉を開けて入ってきたのは、ヴィオ・マルテディだった。
「ヴィオ!?」
「ヴィオさん!?」
「えっ……。ここヴィゴの部屋だよね?」
ヴィオも声を落としつつ、ビックリして立ち止まったが、ベッドで動きがないので、近づいて確認する。
「ルカと、シィラ? 君たち、ここヴィゴのベッドだよね? 何をしているの?」
「見てわかれ……!」
シィラに続いて、ルカは問うた。
「ヴィオさんこそ、ここへ何をしに……!?」
「何をって、夜伽だよ……! 何を言わせるんだっ……て、ヴィゴ、寝ているの?」
「寝てますよ」
ルカが答えると、何だ、とヴィオは首を傾げた。
「ひょっとして、シテいるところに来ちゃったかと思った……」
それはそれで修羅場であるが、シテいるという言い回しにルカは顔が赤くなった。
「僕も初めてを覚悟してやってきたんだけど……何だろうなーこれ」
ヴィオが言えば、シィラは口を開いた。
「じゃあ、お前も添い寝に付き合うか? こうして身を寄せていられるのも、最後かもしれないんだし」
「……」
最後という言葉に、ヴィオは押し黙る。しばし考え、いそいそと寝間着を脱ぎだした。
「そうだね。最後かもしれないんだし。肌を感じるくらいはバチは当たらないよね」
「ヴィゴは寝ているが、こいつの寝相、時々凄いから、気分には浸れるかもよ」
「そうなの?」
「凄いぞ、ヴィゴとくっついていたら寝ながら、胸とか……な」
カァーっとルカがさらに赤くなり、シィラも思い出して羞恥に染まった。それを見て、ヴィオは合点がいった。
「あ、それってこの前タッチされたって言ってたのって、これだったの?」
全容は知らなかったが、その時に、ヴィゴに対して『エッチ』と投げかけたのを思い出すヴィオだった。