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第320話、ウルラの来訪


 黄金宮に招いていない客がきた。


 マニモンは、奴隷として使役しているゴーストたちが一蹴されるのを眺めていた。やがて、侵入者は玉座の間へと到着した。


「ご機嫌よう、マニモン」

「ご機嫌よう、ウルラ」


 マニモンはしかし、笑みの一つも浮かべなかった。


「招待したつもりはないのだけどぉ? 何しに来たのかしらぁ?」

「そう、冷たいことを言わないでおくれよ、マニモン。ボクと貴女の仲じゃないか」


 黒いマントを羽織った少女――ウルラは嘲笑するような表情を浮かべる。挑発されたようで、不愉快さを隠さないマニモン。


「さて、どんな関係かしら? 私とあなたには、何か特別な関係はなかったと思うけれどぉ?」


 マニモンと契約を交わしたのは、魔王であり、ウルラ本人ではない。魔王の願いの範疇に娘も入っていて、その体が悪魔化しているが、ウルラが願った結果ではない。


「まあ、そうなんだけどね。その節は、我が父がお世話になりました」

「いえいえ、志半ばで、倒れてくれちゃったおかげで、私の願いもほとんど叶えられていないのだけれど……どうしてくれるのかしらぁ?」


 力と引き換えに、世を黄金で満たすこと。しかし魔王は1000年前に倒れ、世界は黄金に包まれていない。


「さあ? それはボクには関係ないよ」


 ウルラはにべもない。


「おっと、父が無能だったから、というのはナシだよ、マニモン。彼に力を授けたのはあなただ。契約の対価に、勇者に倒される程度の力しか与えなかった自分の浅はかさを呪うんだね」


 この言葉に、マニモンはカチンときた。成り上がり悪魔のくせに、地獄の大悪魔であるマニモンに、大きな口を叩いたものだった。


「怒った? まあ、そう怒らないでおくれよ。ボクは、不良契約だったといえ、あなたの望みを極力叶えてあげようと、黄金領域を拡散しているんだからさ」

「……要件を。小生意気な娘」


 マニモンは促した。大人げないが、大悪魔でも苛立つ時は苛立つのだ。


「あなたの望みを阻む者がいる」

「参戦しろ、なんて言わないわよねぇ? お断りだわぁ」


 どうせ、相手はあの神聖剣を持っているヴィゴとその仲間たちだろう。冗談ではなかった。戦場で会おうものなら、今度こそ見逃されることはない。


「あなたに戦ってほしいとは、言わないよ。そんなことをしたら、神様がボクらの邪魔をしに現れるかもしれないからね」


 大悪魔の直接介入は、大天使やその軍団の介入を招く。古来より、天使と悪魔の戦いは、人類の伝承の中で度々登場するが、作り話半分、実話も半分存在していた。


「でもあなたは、父と結んだ契約を果たす義務はある」

「私はきちんと契約を果たしたわぁ」


 マニモンはそっぽを向く。


「彼を魔王にしてあげたのだからね」

「でも『最強』ではなかった」


 ウルラは指摘した。


「最強の存在になることを願い、あなたはその契約に応じた。残念ながら父は魔王になったが最強になれなかった」

「でも、契約は契約よぉ」

「そう、だからその契約の不足分を、きちんと支払ってもらわないといけないと言っているんだ」


 ウルラは、マニモンを睨んだ。


「契約は契約だからね。そこでの契約で不備や不始末があれば、悪魔の恥になるんでしょう?」

「私を脅すのかしら?」

「うん、脅してる」


 にっこり、ウルラは笑って手を合わせた。


「一応、ボクは地獄の大悪魔であるマニモンに敬意を抱いているんだ。でも、あんまりボクらを舐めるようなら、他の大悪魔に、あなたのザルい契約の顛末、チクっちゃうよ?」


 マニモンは苦虫を嚙み潰したような顔になる。


 悪魔の契約は絶対的なものである。悪魔は契約者から代価を得て、願いを叶えるが、一方で悪魔もまた契約を破ることができないというルールが存在する。


 悪魔の美学、悪魔のルール――大悪魔たちが、天使の介入を避けつつ、己の欲望や野望を果たすためだとか、いかに鮮やかに契約を遂行し、その数や質を他の悪魔に自慢するために、敢えてルールを設けたとか、諸説ある。


 悪魔は契約にかこつけて、上手く人間を欺いたり、何かしらの成果を上げることを自慢の種にしていた。その一方で、下手な契約や、契約の不備をつかれて出し抜かれることを不名誉としている。


 つまり、大悪魔としての格にかかわってくるのだ。事は、大悪魔マニモンの名に、泥を塗る失態になりかねない。


 そして悪魔はねちっこい。顔を合わせるたびに物笑いの種になるのは願い下げだが、寿命がないだけに、いつまでもからかわれるのだ。他者の不名誉を嘲笑うのに時効はない。


「はいはい、わかりましたぁ。今なら対価なしで、お願いのひとつも聞いてあげるわよ」


 投げやりな態度のマニモン。ウルラは薄く笑った。


「当たり前だよ。ボクは取り立てにきているんだから。タダで働いてやる、じゃなくて、働けマニモン、だよ?」

「本当にムカつくわね、あなた」


 その言葉に、ウルラは満面の笑みで返した。


「本当、いい性格をしているわ、あなた。もう一端の悪魔ね」

「ありがとう。お褒めに預かり、恐悦至極」


 どちらも皮肉である。


「とりあえず、ボクらの邪魔者を排除するために、武器が欲しいかな」

「武器?」

「暗黒煉獄剣……ダーク・プルガトーリョの残りとか」


 マニモンはドキリとした。1000年前に4つに割れた魔剣、ダーク・プルガトーリョ。


「あなたが持っているんだよね? あれは父がもらった剣だ。返してもらいたいものだけれど」

「あー、あれね……」


 マニモンの視線が泳ぐ。ウルラは訝る。


「どうしたのかな?」

「……ここにはないわ」

「何だって? 回収していなかったのかい? まさか、ダーク・インフェルノのように、人間たちによって封印された――」


 考え込むウルラ。マニモンは冷や汗が止まらない。


「あーうん、えーとぉ……。その少し前まではあったのよ、うん」


 何とも気まずい顔になるマニモンである。咄嗟に説得力のある嘘が浮かばなかった時点で、誤魔化しきれないと悟ったのだ。


「大変言いづらい話なんだけれど、ダープルちゃんの欠片は、ダーインちゃんに吸収されてしまいましたぁ、アハハハ!」

「……来たの。ここに、ダーク・インフェルノとヴィゴが」


 サッと顔に影が差すウルラである。マニモンはブンブンと手を振る。


「いや、ね。あなたがもう少し早くここにきていれば、そんなことにもならなかったんだけれど――」

「へえ、そうなのかい」


 ウルラは壮絶な笑みを浮かべた。


「これはあなたの宝物庫を全部ひっくり返して、代わりのものを頂かないと帳尻が合わないよねぇ……?」

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