「面会時間は一五分です。それでは、始めてください」
両親の正面に寺戸を座らせ、自分はその間の机の短辺に腰を下ろすと、雫はそう口にした。寺戸の両親は寺戸に甲斐甲斐しい目を向けているのに対し、寺戸は膝の上に手を置いて、少し縮こまっている。
その図式だけで、雫には普段の三人の関係性がそれとなく察せられるようだった。
「瞬、大丈夫か? ここでの生活は。何か困ってることはないか?」
まず声をかけたのは、寺戸の父親である隆志だった。その切り出し方は、雫にとっても真っ当なものに思える。鑑別所に入所した少年に両親ができることは、こうやって面会をすることぐらいしかないが、それでも息子の心配をするのは至極当然のことだろう。
だけれど、寺戸は顔を上げて隆志と目を合わせてはいなかった。
「……う、うん。特にないよ」
そう答える声はどこかくぐもっていて、緊張とはまた違った種類の感情を抱いていることを、雫に感じさせた。
以前雫が担当した塩入や宮辺は、親に会ったときに安堵した表情を見せていたのに、寺戸の表情は強張ってしまっている。
「そう? 鑑別所って色々厳しいって聞くよ? 瞬も苦労してるんじゃない?」
母親である奈月の声かけは、少年鑑別所と少年院を混同しているかのようだった。でも、少年司法に疎いのなら、それも仕方ないだろう。
雫は訂正しなかったし、元々よほどのことがない限りは、面会に口を挟んではいけなかった。
「……ううん。そんなことはないよ」
寺戸の反応は、ここでも優れなかった。本当に頭が痛かったり、体調が悪かったりするように。
でも、そう見えてしまうくらいには、精神的な負荷を感じているのだろう。寺戸と二人の普段の関係を想像して、雫は内心ハラハラさえしてしまう。
「なあ、瞬。警察でも聞いたけど、どうして野村くんにあのようなことをしてしまったんだ? 何か許せない理由でもあったのか?」
それからも隆志と奈月は、いくつか寺戸に声をかけていた。でも、寺戸の反応は芳しくはなく、なんとかやり過ごそうとする姿に、早く面会時間が終わってほしいと思っているだろうことが、雫には伝わってくる。
しかし、一五分という時間は短いようで案外長い。
次に隆志が尋ねたのは、今回の事案のことだった。父親としては当然気になることではあるのだろうけれど、雫はその訊き方に、少し危うさを感じてしまう。寺戸の反省を阻害することにも、繋がりかねない。
それでも、雫はまだ口を挟まない。寺戸が俯きかけたまま何も答えず、面接室に少しひりついた空気が流れ出しても、雫にできることは黙って行く末を見守ることしかなかった。
「ねぇ、瞬。瞬は、他人に暴力を振るえるような子じゃないでしょ? きっと松兼くんにやれって言われて、やったんだよね。もし断ったら、自分が暴力を受けるかもしれないから仕方なく」
「ちょっと、お母さん」喉まで出かかった言葉を、雫はどうにか抑える。奈月が言ったことは、それこそ寺戸の反省を妨げてしまいかねないことだった。自分は悪くないと思ってしまえば反省は深まらず、少年審判にも影響が出かねない。
寺戸は、小さく首を横に振っている。控えめな意思表示をするのがやっとという様子に、雫には見えた。
「なぁ、瞬。もっとはっきりしたらどうなんだ」
その隆志の声に、面接室の空気はさらにひりついた。
隆志の声には、煮え切らない反応をし続ける寺戸にしびれを切らし始めているかのように、少しの苛立ちがこもっていた。雫がいることも、抑止力にはなっていないらしい。
第三者からどう見られるか考えられないほど、隆志も鈍くはないだろうに。
「……ご、ごめんなさい」
「なんで謝るんだ? お前がもっとはっきり言ってくれたら、済む話なんだぞ。いいからまずは顔を上げろよ。父さんたちの目が見れないのか?」
隆志に言われるがまま、寺戸はおずおずとだが顔を上げていた。でも、その怯えたような横顔から、自分の意に反したことをしているのが、雫には分かってしまう。顔を上げ続けることさえ苦労しているかのような有様に、雫はいたたまれなくなってしまう。
寺戸がちらりと雫の方を向く。面会時間があとどれくらいあるのか知りたいようだったが、雫はそれに答えることはできなかった。
「瞬! 何よそ見してるんだ!」
我慢ならないといったように、隆志は分かりやすく声を荒らげていて、寺戸の身体はびくりと反応していた。
ここで怒りを表出しても、雫の心証が悪くなるだけで、いいことは一つもない。隆志だって、それぐらいは分かっていそうなものなのに。
「せっかく父さんたちが面会に来てるのになんだ、その態度は! そもそもお前はクラスメイトを怪我させて、ここにいるんだぞ! 悪いと思わないのか!」
「……ごめんなさい。悪いと思っています」
「そうだろ! 父さんたちはお前を、暴力を振るうような子に育てた覚えはないからな! それがこんなことになって! 本当にお前には失望したよ!」
そう言われて、寺戸は今にも泣きそうなほど表情を歪めていた。「ごめんなさいごめんなさい」と必死に許しを請う姿は、雫には見ていられない。
だから、雫も「お父さん、少し言い過ぎではないですか?」と、面会に介入せざるを得なかった。いくら子供が非行に及んだとしても、隆志の言葉は度を超しているだろう。
立会人に徹していた雫が、口を挟んでくるとは思っていなかったのだろう。隆志は「は、はい」と雫の言葉を受け入れていた。
その反応に。雫は普段の隆志の性格を垣間見る。
「とにかくもう起こってしまったことはなかったことにはできないんだから、それを受け入れてしっかり反省しなさい。二度と今回のようなことはしないようにな」
「……はい、すいません」
寺戸は目に見えて意気消沈していて、隆志の𠮟責は効果的だったようだった。
それを、雫は残念だと思う。鑑別所で慣れない生活を送りながら、少年審判の結果に不安がっている寺戸にかけるなら、叱責よりも優しい言葉だというのに。
隆志がちらりとこちらを窺ってきて、雫は少しドキリとする。あと面会時間がどれくらいあるのかを知りたいのだろう。
でも、面会終了までにはまだ数分残っていたから、雫も何かを言うわけにはいかず、平淡な表情を貫くしかない。第一面接室には束の間の沈黙が流れて、誰にとってもその身を苛むかのようだ。
ぽつりと奈月が「審判が終わってここを出られたら、何をしたい?」と訊いていて、寺戸もぼそりと「美味しいものが食べたい」と答える。
でも、その話題はそれ以上は続かず、ひどく遅く進む時間に、雫は胃が痛くさえなっていた。