「佑亮くん。繰り返しになるけど、佑亮くんがしたことは決してなかったことにはならない。佑亮くんは自分が加害行為をしたという事実をずっと背負っていかなきゃならないし、同じことを繰り返さないよう意識することも、ずっと続けなきゃならない。でも、それはずっと下を向いて生きろってことじゃないんだよ。佑亮くんは人と繋がっていていいし、楽しいときには笑顔を見せてもいい。不安になったときには、私たちに連絡してきてもいいんだからね」
元加害者にとって一番危険なことは、一人で何でも抱え込みすぎることだ。罪の意識に苛まれすぎて自己肯定感が低下してしまったら、うまくいくものもうまくいかないだろう。
世良には、自分が一人ではないことを分かってほしい。
そんな雫の思いが少しでも伝わったのか、世良は下がっていた視線を再び持ち上げていた。硬かった表情も、かすかに緩んでいる。
「ありがとうございます。山谷さんも、それから橘田も。これからもラインとかしていいですか? 苦しくなってあーってなった時とかに」
「もちろんだよ。私は今長野だから直接会うのは難しいかもしれないけど、ラインならいつでも応えるよ」
「うん。世良、次いつになるかは分かんないけど、また会って遊んだり話したりしようね。世良も私も、気を張りすぎて良いことなんて一つもないから」
「ありがとうございます。おかげで少しですけど、ポジティブに考えられるようになりました」
世良の表情からは、ほのかにでも安心するような雰囲気が滲み出ていて、自分たちは世良の心を少しでも軽くできたと雫は思う。いくら加害行為をしたことがあるとはいえ、かつて何度も顔を合わせている人間の思い詰めるような表情は、雫も見たくはない。
新たな人生と言えば聞こえが良すぎるかもしれないが、それでも世良はこれからも日々を生きていかなければいけないのだ。きちんと顔を上げて生きる。その権利は、世良にだって保障されてしかるべきだろう。
「そうだね。佑亮くんが少しでも前向きになれて、私もよかったなと思うよ。それで、どうなの? 色々気になることはあるんだけど、まずはちゃんと仕事には就けそうなの?」
「そうですね。俺みたいな人間の社会復帰を支援してくれるNPOがあって、今はそこにお世話になってます。仕事も色々と探してて、実は今度面接も受ける予定なんです」
「えっ、よかったじゃん! ちゃんと働けそうで」
「まだ決まったわけじゃねぇよ。俺、会社の面接とかは初めて受けるんだし、履歴書の空白期間のことはどうしても訊かれると思うし。まあ、俺みたいな人も何人か採用してる会社だから、ある程度は理解があるっぽいんだけどな」
「そうだね。ちゃんと働いて収入を得ることは、社会生活には欠かせない基盤だから。仕事を通して必要とされて、働いて得たお金で日々の暮らしも安定していけば、佑亮くんの心も大分落ち着いていくと思うし。私も面接がうまくいくよう願ってるよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。頑張らなきゃなって思います」
「うん。まあ、それもほどほどにね。で、ご両親とはどうなの? 今は一緒に暮らしてるんだよね?」
「はい。俺がまた同じことを繰り返してしまったときはさすがに怒ってましたけど、でも今は俺のことを見守ろうとしてくれていて。まだ完全に元通りとはいかないんですけど、それでも日々の生活で大きな問題は、今のところ起こってないです」
「よかった。佑亮くんにちゃんと帰る場所があって、ご両親も受け入れてくれているみたいで安心したよ」
「はい。でも、いつまでも親の世話になってるわけにもいかないなって、最近はちょっと思い始めてて。生活の中でやっぱり迷惑をかけちゃう部分はあるので。できることなら自立しないとなって、最近は思ってます」
「分かる。私たちの年齢になると何も悪いことじゃないのに、親と一緒に暮らしてることに、引け目を感じ始めちゃうよね。同じくらいの年齢でちゃんと一人暮らしができてる友達とかを見ると、余計に」
「まあ、二人の気持ちは私にも分からないでもないけど、でもあまり焦りすぎないでね。ちゃんと経済的にも自立できる態勢を整えてからでも、一人暮らしを始めるのは遅くないから」
「分かってます。そのためにもまずは、ちゃんとした仕事に就けるように頑張らないとですね」
「うん。今度の面接、うまくいくといいね」
「はい」という世良の返事はとても自然な様子で、気分も落ち着いてきていることを雫は感じる。面接の日が近づいてくれば自然と気負ってしまうのだろうが、それでも今はまだ平静さを保っているようだ。
雫は、世良が程よい緊張感のなかで面接に臨めることを願う。できればいい報告を聞きたいとも。
「それともう一つ二人に伝えたいことがあるんですけど」
会話の流れに沿うようにして再び口を開いた世良に、雫も「何?」と相槌を打つ。世良は少し背筋を正していた。
「実は、精神科の医師が主催している、元加害者による再発防止のためのミーティングがあって、来週から俺もそこに参加することになったんです」
「へぇ、そんなのあるんだ」と橘田が反応する一方で、雫は「よかった」と素直に感じる。都内にそういった集まりがあることは、雫も大学時代に学んで知っていたからだ。
「ああ。日比谷のクリニックで月二回開催されてる。俺みたいな加害行為に及んだ人が集まって、二度と同じことを繰り返さないためにはどうしたらいいか話し合ったり、再発防止のためのプログラムを受けたりするんだ」
「うん。そういった場に参加するのは、佑亮くんにとってもいいと思う。そういった集まりがあることを、佑亮くんはどうやって知ったの?」
「それは、教官の人から言われたんですよ。こういった集まりがあるから、よかったら行ってみたら? って。俺も一人で気をつけるよりも、他の人と一緒に気をつけた方が、繰り返さないでいられるなって思ったんです」
「そうだね。一人で気をつけるよりも、顔見知りの参加者の人たちも意識して気をつけてると思えれば、それだけで一つのブレーキになるからね」
「はい。院のなかでもそういった指導は受けていたんですけど、でもそれだけじゃ自分には足りない気がしていて。ミーティングで継続的に話し合ったりプログラムを受けた方が、より再発を防止できるのかなと」
「うん。いい心がけだと思うよ。佑亮くんがそうやって気をつけようと意識して、具体的な行動に移すのはとてもいいことだと思う。はじめは他の参加者の方の話を聞いているだけでもいいと思うから。あまり力みすぎずに継続的に参加するのが、そういう場では大事なんだからね」
「それは、教官の人にも同じことを言われました。なので一回や二回で終わらせず、何回か続けて参加してみたいと思います」
「そうだね。でも、無理はしすぎないでね。強制じゃないんだし、参加することが苦しくなったら、休んでもいいんだから」
「分かりました。そのことも頭に入れつつ、できる限り参加し続けられるように頑張ってみます」
前向きな世良の返事に、雫たちも鷹揚に頷くことができた。
少年院を仮退院してからも、自主的にミーティングの場に赴こうとしているということは、世良は心から反省して、本気でもう同じことを繰り返したくないと思っているのだろう。
少年院に入院した経験は、周囲からはスティグマのように見られるかもしれないが、でもその経験が当事者である少年にとっては必要な場合も多い。
一〇〇パーセント大丈夫だと言い切ることは正直できないけれど、それでも真摯な態度に、雫は世良のことを改めて信じてみようと感じていた。