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第131話


〝インストークン@squirrelandcat

今日は高校の入学式があった。

中学からは少し遠いから初めて会う人ばかりで新鮮。

友達ができるかどうかは少し心配だけど、なんとかなるよね。

まだ決めてないけど部活にも入りたいな。

2023/4/1 19:12〟


 まず雫の目に入ったのは、硯が高校に入学したまさにその日の投稿だった。楽観的な希望が述べられていて、高校生活に期待を抱いていたことを窺わせる。わざわざ裏アカを使わなくても、本アカウントでされていてもいい投稿だ。

 雫はそこからも、硯の投稿を見続ける。「登校中に猫を二匹見かけた」「隣の席に座る子と今日はこういう話をした」入学してから数週間はそんな些細な投稿が続き、裏アカである必要性が雫にはあまり感じられない。

 でも、四月の末にされたある投稿に雫は目を留めてしまう。


〝インストークン@squirrelandcat

今日友達と同じ吹奏楽部に入りたいって言ったら、お父さんとお母さんにそれとなく反対された。

良い大学に行くには今から勉強しなければならなくて、そのためには部活にかけている時間なんてないんだって。

確かにお父さんたちの言うことも分かるけど……。

どうしようかな。

2023/4/29 21:25〟


 その投稿を見て、雫は牛丸たちが言っていた通りだと思う。

 この投稿では迷う素振りを見せていたけれど、結局硯は部活動には入らなかった。両親の意向に従ったことは雫も容易に想像できて、少し切なく感じられるほどだ。入学したときには、部活動に入ることを望んでいたというのに。

 雫は投稿を見続ける。数日おきにされていた投稿は、多くは日常的なほのぼのとしたものだったが、それでも無視できない投稿はいくつかあった。


〝インストークン@squirrelandcat

今日は中間テストの結果が返ってきた。

結果は五教科合わせて451点で学年3位。

家に帰って見せたらお父さんたちも褒めてくれた。

それは嬉しかったんだけど、でももし私が悪い点数を取ってたらお父さんたちはどんな反応をしたんだろう。

やっぱり勉強がんばってよかったな。

これからもがんばらないと。

2023/5/28 22:37〟


 硯は高校に入って初めてのテストの結果がよかったことに安堵していたが、その一方でもし点数が悪かったらと不安を覗かせていた。それが両親の期待に応えられないことを危惧していたと、雫には察せられる。「これからもがんばらないと」という言葉が、少し悲痛さを帯びて感じられる。

 それでも、硯は勉強中心の日々にも愚痴を漏らしている様子はない。鍵のかかったアカウントで両親も見ることはできないのだから、もっと愚痴や不満を書いていてもいいのにそうはしていないことに、雫は硯の気丈さを垣間見る。

 だけれど、それは完全には抑えきれてはいなくて、時折ぽろりとこぼれ落ちていた。


〝インストークン@squirrelandcat

今日から友達は吹奏楽部の合宿に行ってる。

練習は大変そうだけど、仲間と一緒に過ごすのは楽しそうだなぁ。

でも、私は今日も塾の夏期講習。

もちろん勉強は大事だけど、せっかくの夏休みなんだしもっとゆっくりしたいんだけどなぁ。

でも、今の努力が将来の合格につながるからがんばらなきゃね。

2023/8/10 18:05〟


 その投稿からは、硯が合宿に行った友達(おそらくは緒方のことだろう)を羨ましく思っているのが、雫にははっきりと伝わってくる。一年次から塾での夏期講習は、もちろん必要な場合もあるけれど、それでも学校での成績も良い硯には時期尚早ではないかとも思える。

 硯は、いや硯の両親はそこまで偏差値の高い大学を目指していたのだろうか。「がんばらなきゃね」という言葉はまるで自分に言い聞かせているかのようだった。

 硯の投稿には、夏休みを迎えてから徐々に変化が出てきていた。おそらくは緒方に教えてもらったのだろう、ソーシャルゲームの話題が少しずつ登場してくる。初回面接で硯が挙げていた『バビロン・ヘブンズ・ドライブ』だ。

 それは絶え間なく続く勉強の息抜きとして、最初は有効に機能していたのだろう。投稿の内容も明るいとまでは言わなくても、後ろ向きではなくて、硯がどうにか日々を送れていたことを窺える。

 だけれど、それでも勉強中心の生活に対する不満は、完全に押さえ込めてはいなかったらしい。それは九月になされた、次のような投稿からも窺える。


〝インストークン@squirrelandcat

今日お父さんは学校に行ったみたい。

なんでも文化祭に私を参加させないように牛丸先生に頼んだんだとか。

ご飯のときにそれを聞いてさすがに私もがっくりきちゃった。

文化祭は私も楽しみにしてるのに。

そんなに勉強って大事なのかな。

他の全てを犠牲にしてもしなきゃいけないことなのかな。

2023/9/30 22:15〟


 牛丸も言っていた文化祭の際の崇彦の行動は、硯にも大きな影響を及ぼしていたようだ。勉強を続けることに対する迷いが深まっていることを、文面から雫は察する。

 次第にソーシャルゲームに関する投稿が増えていることも、両親から言われて勉強をするストレスの裏返しだろう。投稿の内容にも強い言葉が増えてきていて、雫にはそれだけ硯が勉強を大変に思っていたことが伝わってくるようだ。ソーシャルゲームへの課金を始めて、お小遣いだけでは足りないという投稿も見られる。

 それでも、硯はしばらくは与えられたお小遣いで何とか我慢していたようだ。援助交際をしたことを仄めかす投稿も、しばらくはない。

 そんな硯の投稿の風向きが変わったのは、二年生に進級して少ししてからのことだった。


〝インストークン@squirrelandcat

今日は二年生になって最初の中間テストが返ってきた。

結果は五教科で418点で学年13位。

それを見たお父さんたちは怒りはしなかったんだけど、深くため息をついていて私に失望してるようだった。

私だってできる限りがんばってるのに。

お父さんたちが大切に思ってたのは、勉強ができた私なのかな。

つらい。

2024/5/29 21:37〟


 とうとう硯は、直接的に愚痴をこぼしていた。成績が下がったのはソーシャルゲームの影響もあるだろうけれど、それでも硯が取った点数は決して悪いものではないと、雫には思える。

 成績が下がったことに落胆する思いはあったのかもしれないけれど、それをあからさまに示すのは望ましいとは言えないだろう。硯の両親は、手段と目的をはき違えている気も雫にはしてくる。

 いずれにせよ、硯が心を痛めていたのは間違いないだろう。それが雫にも目に見えて分かる形になって現れたのは、早くも次の六月のことだった。


〝インストークン@squirrelandcat

ソシャゲに使うお金がない。

お父さんたちにも言えないし、こうなったらもう他の人からお金を貰うしかない。

そう思ってまた別のアカウントを作って、それとなく呼びかけてみた。

ハッシュタグも使ったからか、すぐにいくつかのアカウントからDMが来て。

これが全部男だったら、本当にキモいなって思う。

2024/6/15 17:59〟


 それは間違いなく硯が援助交際を呼びかけたことを明示する投稿だった。「本当にキモい」という言葉からはっきりとした嫌悪感があったことが、雫には窺える。

 だけれど、アルバイトも難しい硯の状況では、他にお金が手に入る手段もなかったのだろう。

 雫はこの先のスクリーンショットを見ることに、少し身構えてしまう。だけれど硯を思えば、ここで手を止めることは雫にはできなかった。

 一週間ほどが経って、「いよいよ明日は相手の男と初めて会う」という投稿を見たときには、胸が締めつけられるような感覚さえする。それでも、雫はその次の投稿に目を通した。


〝インストークン@squirrelandcat

今日は初めてパパ活と呼ばれるものをした。

二時間くらい一緒にいてご飯を食べたり話したりして1万円。

一月のお小遣いの倍のお金がたった二時間で稼げちゃった。

相手の男の話はつまんなかったし、一緒にいるのは苦痛でさえあったんだけど、でもお金がもらえることを考えたら仕方ないよね。

2024/6/27 22:02〟


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