「なるほど。確かにそれは、ここでの生活での狙いの一つですからね。守口さんが、自分がしたことをしっかりと受け止めているのは良い傾向だと、私は思いますよ」
雫が軽くフォローしてみても、守口は「は、はい……」としか答えていなかった。雫の言葉を額面通りに受け取れなかったのだろう。
未だに俯いている守口を見て、雫には一瞬迷いが生まれてしまう。辛そうに見える表情をしている守口に、このことを訊いていいのかと。
それでも、訊くのが雫の仕事だったし、守口よりも辛く感じている人間は間違いなくいる。
雫は、なるべく慎重に切り出した。
「それでは、守口さん。ここからは今回の事案について訊いていきたいと思うのですが、よろしいですか?」
守口はほんのわずかにだったけれど、頷いて答えていた。訊かれることも覚悟していたのだろう。
唇を噛みしめている様子の守口に、雫はできるだけ言葉を選びながら尋ねた。
「今回の事案について、守口さんが行った行為および、警察による事情聴取で話した内容については、間違いはありませんか?」
そう問うた雫に、守口は再び小さく頷くことで答えていた。現実に起きて、しかももう警察にも話した後なのだから、言い逃れはできないと思ったのかもしれない。
未だに俯いている守口の表情は悔恨に満ちていて、今の事態を重く受け止めていることが、雫には改めて察せられていた。
「そうですか。それでは、守口さんには辛いことだと思いますが、ここからは事案のことについて、少し掘り下げて訊いていきますね。では、最初に。守口さんと今回被害に遭われた神山さんは、どういった関係だったのでしょうか? 初回の面接でも訊かれたと思いますが、今一度教えていただけますか?」
「は、はい。クラスメイトです。同じ一年二組の」
守口の端的な答えは、雫が湯原から引き継ぎを受けた情報と、まったく同じものだった。雫だって二人がクラスメイトだったことは知っている。本当に知りたいのはその先のことで、でもそれを聞くためには一つ一つ段階を踏んでいかなければならないだろう。
「そうですか。では、同じクラスでお二人はどのような関係性だったのでしょうか? 一緒に話したり遊んだりはしていたのでしょうか?」
「は、はい。席が隣だったり、家が同じ方向だったこともあって、僕たちはよく話したり、お互いの家で遊んだりしていました。神山君はどう思っていたのか分かりませんが、僕は神山君のことを友達だと思っていました」
「なるほど。そうですか」そう相槌を打ちながら、雫は守口が少し嘘をついていると確かに感じていた。
教室での二人の席が離れていることや、お互いの家も学校を挟んで反対方面にあることは、二人の担任だった新城(しんじょう)から警察が聞き取っている。そして、それは湯原を通して雫にも伝えられていた。
そうなると、「神山とは友達だった」という守口の言にも、雫は信憑性を感じられない。守口がまだ俯いたままで目を合わせられていないことも、疑念に拍車をかける。
もちろん、ここで「嘘をついていますよね」と指摘するのは簡単だ。だけれど、雫はそうしなかった。そう指摘したら、守口がさらに心を閉ざしてしまう可能性もある。
何よりまずは嘘や間違っていることを指摘しないで、一度相手の話を最後まで聞くことは、鑑別面接の原則の一つだった。
「ですが、そのようにお二人の仲が良かったら、なおさらどうして今回の事案は起こってしまったのでしょうか? 守口さんから見て、何かきっかけになるような出来事はあったのでしょうか?」
「そ、それは……」言い淀む守口の目は顔が下がっていても、少し泳いでいることが雫には見えていた。さらに真実ではない嘘の理由を考えているのかもしれない。そんな失礼すぎることさえ、雫は思ってしまう。
それでも、当然そのことは口に出さずに、あくまで穏やかな口調で「守口さん、話したくなかったら、無理に話さなくても大丈夫ですよ」と声をかける。
それは少し戦略的な態度でもあった。こう言われて、「じゃあ、お言葉に甘えて」と言える人間はなかなかいないだろう。
「あ、あの、こんなことを言ったら怒られるかもしれないんですけど、いいですか……?」
雫にそう言われたことで、守口の中ではかえって「言わなければならない」という思いが生まれたのだろう。
おそるおそる口を開いていた守口に、雫は「狙い通りだ」とも感じてしまう。それでもやはり、その気持ちを表情に出すのは抑えた。
「はい、大丈夫ですよ。どんなことでも、私たちは声を荒らげて怒るようなことはしませんから。どうぞお話になってください」
雫にそう言われて、守口は一つ息を吸っていた。言い出すのに思い切りが必要だったのだろう。
そして、守口は顔を下げたまま答えた。
「あ、あの、実は以前、神山君が僕の家に遊びに来たときに、僕が遊んでいたゲームのデータを全て消してしまったことがあったんです。そのときに神山君は笑っていて、本人からすれば軽いいたずらのつもりだったんでしょうけど、僕にとっては何百時間も遊んだゲームだったので、そのことが許せなかったんです。とても強い怒りを感じました」
「そのことが、今回の事案に至ったきっかけなのですか?」
雫のその問いに、守口は再度小さく頷いていた。その反応が雫には、バツの悪さを強調しているかのように見えてしまう。
それはいくつかあるきっかけのうちの一つに過ぎないのだろうが、もしそれが本当だとしたら、雫は守口を感情的に叱りたくさえなってしまう。そんな理由で人の命を奪うことが許されるはずがない、と。
だけれど、雫は守口のことを断罪できる立場になかったし、守口が本当のことを言っていない場合だってある。いや、むしろその可能性の方が大きいのかもしれないとさえ、雫には感じられる。
守口はまだ顔を上げられていなかったし、話にも少し変に思える間があって、それは嘘を考えながら口にしていると雫に感じさせるには、十分なものだった。
「そうですか。ですが、もしそのことがきっかけの一つだったとして、今回の結果は不相応に大きすぎるとは、守口さんは思いませんか?」
「……は、はい、思います。こんな取り返しのつかないことをするべきではなかったって。あのときの僕は本当に冷静さを失っていて、自分が自分じゃないみたいでした」
「そうですね。この先守口さんが何をしたとしても、神山さんが戻ってくることは決してありませんから。今回、守口さんはそれだけのことをしてしまったんです。そのことをよく考えながらここでの生活、そしてこの先の人生を過ごしていってください」
しおらしく頷く守口は、唇をぐっと噛みしめていた。その表情に少し言い過ぎたのかもしれないと、雫は自分でも思う。
だけれど、守口のしたことは厳然たる現実としてあって、それはなくなることはない。だから、自分からも少し厳しく言っておく必要があると、雫は思い直していた。
守口の表情には反省の色が濃く見えて、自分の言葉が深いところまで届いていると雫は感じられる。
「それでは、守口さん。続いては守口さんの交友関係についてお訊きします」
それからもいくつか事案に関する質問を経て、雫が話題を変えると、守口はやはりわずかに頷いていた。まだ顔を上げて雫の目を見る兆しはない。
それでも、事案が事案だから仕方のない部分もあると、雫は咎めずに面接を続けた。
でも、守口の声はまだ小さいままで、面接室には重たい空気が流れ続けていた。