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第151話


 守口への、雫にとっては初めての鑑別面接は一時間ほどで終わった。その間、守口は最後まで顔を上げて雫の目を見ることはできていなかった。その態度には今回の事案について心から反省していて、自分を責めている様子さえ雫には窺える。

 雫もできるだけ柔らかな声で守口に接したけれど、守口の態度は変わらなかった。質問に対する返答も途切れ途切れで、もしかしたらまだ面接ができるような状態ではなかったのかもしれないとさえ、雫には感じられてしまう。

 守口には神山以外にも何人か友人がいた。守口は両親と三人で、長野市内のマンションに暮らしている。今回の面接で雫が得られた情報は、ほとんど湯原から引き継ぎを受けた際に聞かされていたことだった。新たに得られた情報と言えば、「ゲームのデータを消された」というきっかけぐらいだ。でも、それも確実な信憑性があるとは言えない。

 守口との鑑別面接があまり実を得られないまま終わってしまったことに、雫は焦りを感じてしまう。守口との鑑別面接の機会は、雫にはあと一回しか残されていない。

 その限られた時間のなかで、自分は何を訊けるだろうか。そう思うと、雫はにわかに不安に襲われるようだった。

「それで、山谷さん。今日はどうしたの? 山谷さんの方から声をかけてくるのって珍しいよね」

 ドリンクの注文を済ませるやいなや、そう訊いてきた別所に、雫は束の間答えに詰まってしまう。

 守口への鑑別面接と追加の心理検査を終えたその日のうちに、雫は別所とともに食事にやってきていた。何回か別所に連れてきてもらったことがある個室居酒屋に、今度は雫から誘った形だ。

 もちろん、それは明確な意図があってのことだったが、それでもいざ二人だけで面と向かっていると、雫は少しでも緊張を感じずにはいられない。

「はい。実は、今日は別所さんに少し訊きたいことがありまして」

「そっか。まあ、そうだよね。私も山谷さんには訊きたいと思ってたことがあったから、ちょうどよかったよ」

「私に訊きたいことですか……?」別所の返答に、雫は思わず身構えてしまいそうになる。その内容にはそれとなく察しがついていた。

「そう。今日守口さんと面接したんでしょ。どうだった? 守口さんはどんな感じだった?」

 その質問は、雫の想像と一致していた。別所は自分が担当していないから、より守口のことが気になっているのだろう。その気持ちは、雫にも分かった。

「そうですね……。正直に言えば、大きな成果を上げられたとは言えないですね。守口さんは、自分が刑務所に入れられると思っていたみたいで。それは違うと、認識を正すところからのスタートでした」

「なるほどね。まあ、守口さんの年齢ならそう思ってしまうのも仕方ないよね。それで何か新しい情報は得られたりしたの?」

「いえ、それもあまり……。湯原さんから引き継ぎを受けた以上の情報は、なかなか得られませんでした。守口さんは面接中ずっと俯いてしまっていて、私からの質問にも、必要最低限の答えしか返してくれませんでした。その態度からは反省している様子は窺えたんですけど、まだ少し面接ができるような状態ではないのかなと、私は感じてしまったくらいです」

「うん。もちろん反省はすべきなんだけど、でも面接は面接で適切な態度で臨んでほしいよね。山谷さん、大変だったね」

「ありがとうございます。あの、別所さん。それでも、今回の面接で新たに得られた情報は、まったくのゼロではなかったんです」

「そうなの? それはどんな?」

「守口さんが、今回の事案に及んだ動機についてです」

 そう言った途端、個室の雰囲気がかすかに息を呑んだことを雫は感じた。別所の表情も改まっている。

「守口さんはなんて言ってたの……?」と先ほどよりも慎重に尋ねる別所に、雫も必要ないのに声を潜めそうになってしまう。

「はい。守口さんが言うには、以前にゲームのセーブデータを神山さんに消されてしまったことがあって、それが今回の事件のきっかけになったということなんですが、別所さんどう思いますか?」

「どう思うかって?」

「守口さんが言っていることが、本当なのかどうかです」

「山谷さんは守口さんを疑ってるの?」

 別所にそう訊き返されて、雫は一瞬答えに窮してしまう。でも、自分から声をかけた以上、腹を割って本音を話さなければならないと感じた。

「はい。正直に言えば少し……。いえ少しじゃないですね。半々くらいです。守口さんが話した、その動機を信じているかどうかは」

「どうして、山谷さんはそう思うの?」

「それはやはり守口さんが俯いて、私の目を見られていなかったからですね。嘘を話すときって、やはり相手の目はなかなか見づらいものだと思うので。それに話している間にもたどたどしいというか、少し奇妙な間がありましたし。それが守口さんが嘘を考えながら話しているように、私には感じられてしまったんです」

「そっか。でも、もしゲームのことが本当だったとしても、山谷さんの目を見て話すことは、難しかったんじゃないかな。それが今回の事案に釣り合ってないのは、本人だって分かってるだろうし。それに少したどたどしくても、それができれば話したくない動機を語るなかでなら、少しも不思議じゃないと私は思うんだけど」

「確かにそれはそうですけど……」

「まあ、山谷さんがそう言う気持ちも分かるけどね。嘘の事情や理由を話す少年も、いないわけじゃないし。それは、山谷さんだって分かってるでしょ?」

「それは、はい」と頷きながら、雫はいつか担当した寺戸のことを思い出していた。寺戸も最初は、両親と血が繋がっていないと嘘をついていた。

 もちろん全てを疑ってかかるわけにはいかないが、それでも少年の話を何一つ疑わずに妄信するのも、鑑別をする上では適切な態度とは言えないだろう。

「分かってると思うけど、私たちにできるのは、その少年がどんな事情があって、どういった性格のもとにその事案に及んだのか、そしてその傾向を改善できる可能性はどれだけあるのかを調べることだよ。確かあと一回、守口さんとの面接の機会はあるんでしょ? 私も相談に乗るから。守口さんを担当していない私に言えることなんて限られてると思うけど、それでも」

「別所さん、ありがとうございます。また何かあったときには、よろしくお願いします」

「うん」と別所が頷くと、そのタイミングで個室のドアは開いて、雫たちが注文したビールがやってきた。店員が去っていくと、別所はビールジョッキを手にして「山谷さん、乾杯する?」と、雫に訊いてくる。

 だけれど、雫は首を縦には振らなかった。「あの、別所さん、その前に少しいいですか?」と尋ねる。それは雫には、アルコールが入る前に訊いておきたいことだった。

 別所もビールジョッキを置いて、「そうだね。山谷さんも私に訊きたいことがあるんだったね」と答えている。「はい」と返事をする雫。少しくらいビールが温くなっても構わなかった。

「それでどうしたの? 山谷さん、私に訊きたいことって。やっぱり守口さんのこと?」

「いえ、それもあるんですけど、それ以外にも気になることが私にはあるんです」

「気になること?」そう相槌を打った別所に、雫はわずかに息を吞む。そのことを訊いていいのかどうか、今になって迷いが生じてしまう。

 でも、それを気になったまま過ごすのも、雫には難しかった。いずれ訊くことならば、この機会に訊くべきではないのか。雫は思い切って、再び口を開く。

「はい。湯原さんのことなんですが……」

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