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苦戦

 声の主は、虫とはかけ離れた姿をしていました。長い毛に覆われた身体、長い尻尾、長い手足を持ち、犬歯の発達した歯列をむき出しにして、笑うような声で威嚇いかくしてくる、一言で言うと猿です。


「よく燃えそうな身体してるじゃない!」


 ミラさんが先手を取って火の玉ファイアーボールを放ちました。


「キャッキャ!」


 猿はまた笑うような鳴き声を上げて、自分の目の前に魔法障壁マジックバリアを張ります。障壁に当たった火の玉はジュッと音を立てて消えました。


 ミラさんの魔法が防がれた!?


 ミラさんはノーコンだけど魔力は相当なレベルです。具体的には世界でも五指に入るとサリエリ先生が言っていたほど。その彼女が放った魔法を、いくら即座に発動できる初級魔法とはいえ完全に防ぐなんて、そこらの猿に出来る芸当ではありません。


「ならば剣だ!」


 素早く駆け寄ったサラディンさんが剣で斬りつけます。


「キキィーッ!」


 が、猿はとんでもない速さでジャンプしてかわしました。


 なんですかこの猿! うちのギルドのツートップに攻撃されて無傷なんて、ここまでの敵とは強さのけたが違うじゃないですか。


「さすがボス猿ね~♪」


 のんきに歌ってる場合じゃないですよ恋茄子さん。まだ敵は攻撃もしていないのに、既にピンチな空気が生まれています。


「これでも食らうぬー!」


 タヌキさんが猿に向かってバチを乱打します。これは当たりましたか?


「ギィッ!」


 両腕で顔面をガードしてバチの打撃を全身に受けた猿は、一声鳴くと素早くジャンプして壁に……また跳んだ!?


 上下左右も関係ないかのように、立方体の部屋の床、壁、天井を足場にして猛烈もうれつな速さのジャンプを繰り返し、体当たり……いえ、ひっかき攻撃を全員に繰り出してきました。


「くそっ、速い!」


「皆さん! 範囲回復エリアヒール!」


 一瞬にして傷だらけになったパーティーをソフィアさんが回復魔法で癒します。でもこのままでは決定的なダメージを与えられませんね。


「魔法がダメなら、忍術はどうすか! 火遁かとんの術」


 コタロウさんが両手で印を切ると、部屋が炎に包まれます。それ、仲間を巻き込んでませんか?


「ギャアアア!」


 でも猿が悲鳴を上げました。効いてますよ! ちょっとタヌキさんの毛皮が焦げてますけど!


「そこだ!」


 火に巻かれて落ちてきたところをサラディンさんが斬りつけます。猿の身体から鮮血が飛び散り、また悲鳴が上がりました。そこにミラさんがまた魔法を繰り出します。


「フレイムヴァイン!」


 拘束技です。火のつるが猿の身体に巻き付き、動きを封じつつその身体を焼き焦がしていきました。どうやら勝負あったようですね。一時はどうなることかと……?


「グ、グガアアアア!」


 猿が吠えると、咆哮ほうこうとともに身体がみるみる大きくなっていきます。火の蔓も簡単に引きちぎられてしまいました。


 見上げるほどの巨体、明らかに発達した筋肉。これは……変身? これがボスの正体でしょうか。


猩々しょうじょうだぬー」


 タヌキさんが敵の名前を言いました。そういう名前のモンスターが森にはいるのでしょう、かなり危険な気がします。


「ウホッ!」


 猩々が発達した自分の大胸筋を両手で叩いてドコドコドコと音を出します。これは何かの準備行動でしょうか?


「はあっ!」


 サラディンさんが斬りつけると、その剣を手で受け止めました。よく見るとてのひらに魔力を集中させて小型の盾を作っています。見た目肉体派なのになんて器用な魔術を!


「ウホッ!」


 そこから強烈なタックル! たまらず吹っ飛ぶサラディンさんをコタロウさんが受け止めます。すかさずミラさんが放った魔法もまた魔法障壁で弾かれました。


「不味いわね……この部屋だと大掛かりな魔法も使えないし、完全に地の利が向こうにあるわ」


 仕方がありません、こうなったら私が――


「落ち着いて~、まだ大丈夫よ~♪」


 魔法を放とうとした私を、恋茄子が制止しました。頭に上っていた血が引いていくのを感じます。なんでしょう、この子(と言っても百歳以上ですけど)は私にいつも的確なアドバイスをしてくれます。こんなに頼りになる根菜がいていいのでしょうか。


「そうですね、このぐらいの劣勢でいちいち介入していたら、この先ろくに開拓ができませんよね」


 確かに、まだ誰も戦闘不能になっていません。今助け舟を出すのは過保護すぎるでしょう。


「ウホホホッ!」


 現地では、猩々が猛然とソフィアさんに向かっていきます。回復魔法の使い手は敵にとっても厄介ですからね。ソフィアさんは杖を身体の前に構え身を縮めますが……これは、危険です。


「危ないっ!」


 そこに、両者の間に割って入り猩々の突進を盾で受け止めた人物がいました。


「アルベル!」


 そうです、全身黒い鎧に包んだ騎士が、ソフィアさんをかばったのです。あの巨体の突進を受け止めるとは、想像以上に強い黒騎士様ですね。時々言動が怪しいですけど。でもアルベルさんはついさっき地上でエルフと戦っていたような……?


「これは、珍しいモンスターですね!」


 そして、入り口から嬉しそうな声が聞こえてきました。

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