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ハイネシアン帝国とイヌの獣人

 ハイネシアン帝国は軍事大国です。以前はそこまで大きな国ではなかったのですが、現皇帝バルバロッサが戴冠してから急に攻撃的になって侵略を繰り返し、今の勢力になりました。


「攻めやすいところから攻めて滅ぼしたり降伏させたりしてきたから領土が複雑な形になっているんですよねぇ」


 ハイネシアン帝国の領土を示す色が、地図上を不規則に染めています。


「思いっきり囲まれてるところはまだ耐えてるの~?」


 恋茄子が地図上の、ハイネシアン帝国の領土に囲まれて孤立している地域を指差します。


「滅ぼされた国の生き残りが抵抗を続けている土地ですね。レジスタンスと呼ばれる組織を形成していますが、国ではありません。ちょうど川があって補給がしやすいために帝国も完全に攻め滅ぼすことはできていないんですよ。実はカーボ共和国が海をぐるっと回って支援しているという噂もあります」


 そういえば東にある闇エルフとウサギの国から近い場所でもありますね。連れて行かれたウサギは首都にいるみたいですが、奴隷商人はレジスタンスのいる近くを通ってウサギを騙しに行ってるんですね。無駄にやる気がありますね。


「さて、レナさん達は海岸沿いに北上していくみたいですが、途中にイヌの獣人のテリトリーがありますね。コボルトとは違うんでしたっけ」


「コボルトとイヌは別の種族よ~」


 確か前にそんな話を聞いた覚えがあります。人間の国ではコボルトがイヌの獣人だと思われているのですが、この辺のこともコウメイさんが嬉々として調べてくれそうですね。今はウサギを助けに行くのが先決ですけど。そういえばコボルトって実物を見たことがないのですが、どの辺に生息しているのでしょうね。


「イヌは人間が大好きだから旅人が近づくと凄い勢いで集まってくるわ~」


 なんですかそれ。そのわりに人間の国でイヌの獣人を見たことがないのですが、やはりモンスターと間違われているからでしょうか。


「群れで暮らしているからね~」


 ああ、群れを離れて単独行動する個体はほとんどいないということですね。そういう性質の人間もよく見るので分かります。一人では食事もできないタイプの人間みたいなのばかりが集まっていたらそうなりますよね。


「まあ、好意的な種族ならそんなに気にすることもないでしょうね」


 私はイヌの獣人が危険な存在ではないと判断し、特に警戒することもなくギルドの仕事を片付け始めたのでした。それがまさかあんなことになるなんて……。


「モフモフ!」


 溜まっていたギルドの仕事を一通り終え、また追跡を開始すると、だらしなく緩んだ顔のレナさんが二足歩行する犬に抱きついている姿が映りました。レナさんはイヌの獣人に囲まれてすっかりご満悦です。周りを見ると、同じようにミラさんにアルストロメリアさんまでもが、尻尾を振ってじゃれついてくるイヌの獣人を撫でまわしながら恍惚の表情を見せていました。


「これは面白い、ポンポ君が言っていたイヌの獣人ですね!」


 コウメイさんはコウメイさんで、イヌの獣人に興味津々です。こうなるとサラディンさんしかまともに動ける人はいません。なんという罠でしょうか。


「……君達は、人間が怖くないのかね?」


 サラディンさんがじゃれついてきた茶色い毛を持つイヌの獣人に質問します。実際すぐ北に獣人を奴隷として連れていく帝国がありますからね。こんな子達ならかなり被害にあっているんじゃないでしょうか?


「ボク達は匂いでいい人か悪い人か分かるんだ! だから危ない連中には近づかないよ」


「これは興味深い! その能力で人混みの中から悪人を見つけることもできるんですか?」


 イヌの発言に誰よりも早く食いついたのがコウメイさんでした。言われてみると、それができるなら味方にすると相当心強いのではないでしょうか。


 そういえばヨハンさんが匂いで色々察知してましたね。あれもかなり優れた能力ですし、これは期待できそうです。


「出来るよ!」


 得意げに胸を張って答えるイヌを見て、サラディンさんは顎に手を当てて考え込んでいます。これはどうにか有効利用できないか考えている顔ですね。ギルドとしてもイヌ族の冒険者が何人か欲しいですね。ヨハンさんが真面目になったら今の十倍は活躍しているはずですからね。


「君達のリーダーと話せるかな? 北のハイネシアン帝国について話がしたいんだ」


「ハイネシアン帝国! あの悪い人間の国だね。いいよ、ボクが案内してあげる。あ、ボクはラウっていうんだ」


「私はサラーフ・アッディーン。仲間からはサラディンと呼ばれている」


 とんとん拍子に話がまとまり、自己紹介まで済ませてしまいました。本当に友好的過ぎるほどの種族ですね。おかげで女性陣が使い物にならなくなりましたが。ここにきてもまだ「ああ~」とか「もふぅ」とか言ってイヌの毛皮に顔をうずめています。


 サラディンさんが上手く協力を取り付けてくれるといいのですが。せめてアルストロメリアさんはもうちょっと正気を保ってくれませんかね。モフモフなウサギと一緒に暮らしてるんですよね?

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