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ウサギの誤解

 ヨハンさん達がウサギと出会ったのは、闇エルフの国フローラリアから南に20ギタール(約15キロメートル)ほどの地点らしく、彼等の足で三時間ぐらいかかるようです。


「そんなに離れた場所まで一人で来て大丈夫っすか?」


 見た目が可愛くても獣人は強いから大丈夫だと思いますが、モンスターもうろついている森の中を単独行動するのは不思議ですね。


「へーきへーき、この辺で私達の足に追い付ける奴はいないもん」


 ちょっと得意気に胸をはって言います。ウサギが直立して前足というか両手を腰に当てる仕草は、なんとも新鮮です。見た目通りにウサギ族は足が速いようですね。


「獣人は身体能力が高いすからね、東鸞とうらん王国にはネコの忍者が沢山いるすよ」


 前にもそんなこと言ってましたね。東鸞王国というのはコタロウさんの生まれ故郷で、大陸の北東にある小さな島国です。ネコの獣人と人間が一緒に暮らしているとか。ちょっと行ってみたいですね。


「闇エルフねー、私は見たことないのよね。黒エルフの国が間にあるし、暗黒神を崇めているってことしか知らなくて」


 シトリンは闇エルフのことをあまり知らないようです。変に攻撃的にならなければいいのですけど。


「エレシュマ様は私達に安らぎの時間を与えてくれる、とっても優しい神様だよ! ウサギ族は明るいところだと怖くてあんまり動けないの」


「そうなんだー」


 それでいいんですか? 知らないってことは憎む理由もないってことですしね、闇エルフの方が彼女を受け入れるかは別ですが。


 動物の兎は薄明薄暮性はくめいはくぼせいといって、明け方や夕方に行動します。夜間にも活動しますが、夜行性というわけではないそうですね。獣人は動物の性質を強く持っているので、昼間はあまり活動しないのでしょう。


「獣人は月の女神である慈愛神エロイゾンさまの加護を得ているから、夜型が多いぬー。暗黒神と相性がいいみたいだぬー」


「暗黒神って夜の神様ってことっすか? 悪者じゃないのかー」


 ヨハンさんがどことなく残念そうに言います。その反応でいいんですか? 人間の国では基本的に暗黒神は邪神扱いなのですが。


「闇属性魔法は忍者とも相性がいいんすよね。闇魔法の使い方を伝えている里もあるらしいすよ、俺は使えないけど」


 忍者が闇魔法を使うこともあるというのは聞いたことがありますね。まあ私も使えるんですけど。でも大っぴらに言うと怖がられるので秘密です。貴族も嫌な顔をしそうですし。


 トウテツはモンスターだし、このパーティーは暗黒教団ともうまくやれそうです。入信されたら困りますけど。主に貴族の感情的に。


「自己紹介が遅れたね、私はウサギ族のメル。フローラリアの外周を警備している神官戦士よ」


 神官戦士とは、そのまま神に仕える聖職者の中でも武器を持って戦う者です。フリフリの服装からはそんな雰囲気は微塵も感じられませんが。


「俺は剣士のヨハンっす。よろしくっす!」


 口々に自己紹介をしていきます。ウサギさんもタヌキさんにはあまり反応しませんが、コタロウさんの忍者という職業には耳をピクリと動かして反応しました。そういえば闇エルフの国と先ほど話題に出た東鸞王国は結構近い位置にあるんですよね。そしてネコ族の忍者がいるとか。ウサギ族はネコ族を苦手としているのかもしれません。


『トウテツだ。見ての通り、闇の軍勢の者さ』


 なんですかそれ? どことなくヨハンさんが好きそうな単語が出てきました。


 モンスターという区分は人間が勝手に決めたものですから、彼等には彼等の所属があるのですが、魔族とはまた別なのでしょうか?


「あら、破壊神テュポーンの尖兵なのね。エレシュマ様と同じ闇の陣営だし、仲良くしましょう」


 へー、そうなんですね。


「破壊神!? なんか勇者が戦う相手っぽくないっすか!?」


 あ、ヨハンさんが目を輝かせています。ややこしくなるからここで敵対宣言はやめてもらいたいのですが。


『まあ、勇者が倒すべき相手と言えるかもな。小僧にゃ百年早いけどな』


 トウテツは余裕の態度であしらいます。初対面でまったく敵いませんでしたしね。


「勇者!?」


 ですが、ここでウサギのメルちゃんが驚いた声を上げました。そういえばエレシュマが勇者を指名してましたね。最近モフモフしか言わなくなりましたけど。


「どうしたぬー?」


「もしかして、ヨハン君ってお姉ちゃん達が言っていた勇者なの?」


 違います。


「えっ、そうなの?」


 全員がヨハンさんを見ました。いつも勇者勇者言ってるから、条件反射的にヨハンさんを思い浮かべるようになってしまっていますね皆さん。というかシトリン、また視線が恋する乙女モードになってますよ。


「いつの間にか俺のことが噂になってたっすか!?」


 なってないっす。


「なんて幸運なの! ぜひフローラリアに来てください、お願いがあるんです!」


 いきなり敬語になってます。これは展開が読めましたね。激しく突っ込みたいのですが、これ過去の出来事なんですよね。


『なんか面白いことになってきたな!』


 半分くらいあなたのせいですけどね!

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