墓碑に近づくと、先客がいるようです。後ろ姿だけではよく分かりませんが、普通の人間の女性に見えます。ラウさんが言っていた嗅いだことのないにおいはこの人でしょうか?
「クンクン……この人、不思議な匂いだけど悪い人ではなさそうだよ!」
悪い人ではないですか。イヌ族だから許される空気ですが、初対面の人のにおいを堂々と嗅ぐのはよろしくないですよ。
「あら、獣人の子? 私に何か用かしら」
女性が振り向くと、その顔には見覚えが……。
「
ソフィアさんが驚いた声を上げました。そう、彼女は魔族のメヌエットです。ミミックに尋問した時に近くで見ていたので、見間違えることはないでしょう。今は翼がありませんが。
「おや、皇帝陛下もご一緒ですか。マゾクというのは、一体何のことでしょう?」
白々しい態度のメヌエットですが、もう騙されませんよ? 私もギフトを活用させてもらいます。
「あなたは私とアルベルの偽者に悪さをさせていたでしょう。今度はユダの偽者で悪さをしているんですね?」
ソフィアさんが強い口調でメヌエットを詰問します。彼女にしては珍しい態度ですね。さすがに偽者騒動は腹に据えかねていたのでしょう。
私もこの女性の素性を調べてみます。
名前:メヌエット
種族:デビリッシュ
「デビリッシュ?」
あれ、魔族ではないんですか? そういえば彼女が自分の種族名を口にしたことはありませんでしたね。
「ククク、私はあの宰相の願いを叶えてやっただけだぞ」
おっと、これはやっぱり宰相も悪かったパターンですかね?
「お前の目的はなんだ? ハーフエルフを作るのではないのか」
アルベルさんの質問。確かに、偽メヌエットが語った魔族改めデビリッシュの目的は東の大陸でハーフエルフを作ることでした。こんなところで宰相の偽者を作っている場合では……あれ? ちょっとおかしいですね。
「ハーフエルフを作るのと、偽者で世の中を混乱させるのに何か関係があるのかしらー?」
マリーモさんが私と同じ疑問を口にします。前の偽者騒ぎも、特にハーフエルフを作ることには繋がりそうもありませんでした。
「ハーフエルフだと? そうか、ミミックから聞き出したのだな。確かにそれも私の目的の一つだったが、もうその必要はない」
目的の一つですか。確かに、あの時私はエルフを連れ去っていく理由を聞きましたが、それでは彼女の目的を質問したことにはなりません。それにしても、もう必要はないというのは……?
「ハーフエルフって何?」
ラウさんが好奇心旺盛な態度でメヌエットに顔を向け聞きます。彼は先ほどメヌエットのことを「悪い人ではなさそう」と言っていました。どういうことでしょう?
そういえば、ヨハンさんもミミックの臭いは分かっていたのにメヌエットの正体には気付いていませんでした。もしかして、私達は何かとんでもない思い違いをしているのかもしれません。
「人間とエルフの間に生まれる子だ。どういうわけか、生まれながらにモンスターを手懐ける能力を持っている。その能力が我々にどうしても必要だったのさ」
「それが必要なくなったと。なぜです?」
ソフィアさんも更に聞きますが、最初の話からずれていますよ? 大丈夫でしょうか。そしてメヌエットは不敵な笑みを浮かべながら答えます。けっこう質問に答えてくれるんですね。
「人間とエルフは惹かれ合うものだ。神がそう決めた」
そうなんですか!?
言われてみると、思い当たるフシは沢山ありますけど。シトリンとか。
「エルフはモンスターと心を通わせるハーフエルフを忌むべきものと考え、人間と必要以上に接触することを禁じてきた。共に同じ時を過ごせば、離れることが出来なくなってしまうからな」
えっ……ヨハンさんにずっとくっついているシトリンは、単に惚れっぽいというだけの理由じゃなかったんですか。
「ヨハン……(笑)」
マリーモさん、その笑いはやめてあげましょうね?
「放っておけばヨハンとシトリンの子が生まれると言いたいのか? その子をさらうと。魔族は気が長いんだな」
アルベルさんが剣に手をかけます。この人わりと好戦的ですよね。もうちょっと情報を引き出しましょう?
「ヨハンか……あいつは面白いが、関係はない。ハーフエルフは既に十分な数を確保できたし、我々の目的も果たせた」
「その目的とは?」
「我々の住む東の大陸には、たびたび強力なモンスターが現れてな。昨日まで何もなかった場所に突然ダンジョンが現れるんだ。モンスターは我々にとっても厄介な存在なのだが、教義上むやみに殺すわけにもいかない。そこでハーフエルフの出番というわけだ」
はー、デビリッシュにも事情があるんですねぇ……って、ダンジョンが突然現れる!?
ソフィアさんとマリーモさんが顔を見合わせています。やはり今の話でフロンティア周辺の状況を思い浮かべたようですね。
それにしてもメヌエットはずいぶんと気軽にあちらの事情を話してくれますね。どういった風の吹き回しでしょうか。
「……それで、ミミックを使って人間の国で何をしているんだ? 宰相の偽者をムートンに向かわせたのだろう」
アルベルさんが最初の質問に戻りました。ちゃんと忘れずにいましたね。メヌエットは相変わらず余裕の笑みを浮かべています。
「ムートンか。それは違うな、宰相に化けたミミックはこの町から一歩も外に出ていないぞ」
へ?
そ、それってつまり……。