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メヌエット

「それじゃあ、宰相のユダ本人がムートンに行ってブタ族を焚きつけたというわけか」


 アルベルさんの手がまた剣の柄に伸びています。その場で何を斬るつもりですか? 暴れるのはやめてくださいね。


「まー、それは置いといて。ラウくんに聞きたいんだけど、このお姉さんの匂いはどんな感じかしらー?」


 マリーモさんがいきり立つアルベルさんをなだめ、というか無視してラウさんに質問します。そうですね、それは私も気になっていました。匂いで危険が察知できるヨハンさんもラウさんも、どちらもこの魔族デビリッシュのことを危険な相手だと認識していないんですよね。ヨハンさんに至っては二回も騙されて同行しています。


「ん~、なんかグツグツしてるけど落ち着く感じ」


 まるでわけが分かりませんね。この変な説明、前にもどこかで……?


「グツグツってよく分からないけど、やっぱり悪い人じゃなさそうねー」


「ふん。良い悪いなんて、お前たち人間にとって都合が良いかどうかの尺度でしかないだろう」


 マリーモさんが満足そうに言うと、メヌエットは嘲笑うように言いました。言われてみれば確かにそうです。我々人間は、人間にとって有益なものを善きもの、有害なものを悪しきものとして扱っています。モンスターなんてその最たるものですね。人間に害をなすものを雑にモンスターと一括りで扱っていますから。先ほどメヌエットもモンスターという言葉を使っていましたが、人間にとってのモンスターと彼女にとってのモンスターが同じとは限りませんね。


「先ほど宰相の願いを叶えたとおっしゃっていましたが、ユダの願いとは何でしょうか?」


 ソフィアさんもここぞとばかりに聞きます。なんでも答えてくれそうですもんね。


「それが知りたかったら本人を探して自分で聞け」


 さすがにそれは教えてくれませんでした。契約的なものがあるのでしょうか。


「それじゃー、宰相に化けたミミックは何をしてるのかしらー?」


「あいつは本物の宰相の代わりにこの国を治めているのさ。誰かさんが国をほっぽり出して遊びまわっているからな」


 おっとそれはお疲れ様です。どこかの誰かさんのせいでみんな苦労しますねえ。宰相の願いというのは職責からの解放でしょうか?


「なるほど、ユダも冒険がしたかったんですね。わかります、自由に冒険するのは楽しいですもんね」


 違うと思います。


 ソフィアさんは何が何でも絶対に悪びれませんね。このとてつもない図太さは皇帝に必要な資質なのかもしれません。私にはとても真似できませんからね。


「話は終わりか? ならさっさとムートンに向かうんだな」


 なんとメヌエットに急かされてしまいました。確かにソフィアさんの目的はムートンに行ってブタさん達と話し合うことです。犯人捜しはマリーモさんとラウさんに任せておいた方がいいでしょう。思った以上にマリーモさんはこういうの得意っぽいですし。


「お姉さんはここで何をしてるの?」


 ここでラウさんがキラキラした目で聞きました。これは一点の曇りもない瞳です。単純に好奇心というか、親しみのこもった態度です。なんと、ここまで偉そうにしていたメヌエットがちょっと戸惑っています。純粋な好意に弱いのでしょうか。まあ気持ちはわかります。あんなキラキラした目で見つめられたらなんか浄化しそうです。


「あ……ああ、私はここでミミックの管理と情報収集をしている。最近こちらでもダンジョンが現れたと聞いてな」


 なんでしょう。あのダンジョン群に全てが収束していきそうな雰囲気を感じます。我々の想像以上に重大な案件なのでしょうか。ハンニバル将軍はまだ調査中のようですね。


「突然現れるダンジョンか。それを生み出す強力なモンスターについて何か教えてくれないか?」


 なんかフワッとした質問ですねアルベルさん。もうとにかく少しでも情報を引き出しておこうという流れのようです。


「モンスターとは、闇の軍勢に属する者の中でも『破壊神テュポーン』の眷属を指す名称だ。ダンジョンには自動的にある種の宝が生み出されるが、これは『悪戯神バルバリル』の奇跡によるものらしい。その宝を守る役割を神から与えられた特別なモンスターが『ダンジョンコア』という秘宝を授かり、新たなダンジョンを作るのだ」


 いきなり語り出しましたよこの人。フワッとした質問の方が色々教えてもらえるのでしょうか。悪神とされるテュポーンとバルバリルは名前しか知らないんですよね。人間の国には必要のない神話だからなのかと思っていましたが、ダンジョンの宝を生み出しているのがバルバリルというなら話が変わってきます。


 そしてダンジョンコアですか。初めて聞く名前です。これまで攻略したダンジョンでもそんなものは見つかっていないのですが。


「悪神とされる闇の神々についてはあまり語られていないのですが、そんな関係性だったのですね」


 聖職者であるソフィアさんも興味深そうにしています。先輩のことがあるので感情的には魔族と仲良くしたくないんですけど、交流しておいた方があらゆる面で得な気がしますね。メヌエットは先輩の誘拐には関与していませんし、ここは割り切るのも大事ですよね。


 先輩はきっとたくましく生きていると信じましょう。いや、生存しているのは知っているんですけども。


「私は急ぎの用事もないから相手をしてやっているが、お前達は急いだ方がいいんじゃないのか?」


 心配されてますね。ソフィアさん達もお互いに頷き合っています。聞きたいことはだいたい聞いたということでしょう。


「ありがとうございました。ユダの件が片付いたら、またお話しましょう」


「ユダの件か。せいぜい頑張るがいい」


 そんな言葉を交わして、ソフィアさん達は入り口に向かいました。大聖堂に後ろ暗い秘密でもあるのかとちょっと期待していたんですけど、単にメヌエットが潜伏していただけでしたね。

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