どうやらブタ族はヨハンさん達を敵意なしとみなして集落に連れていくようです。エルフを嫌っているはずなのにシトリンさんを招き入れるところを見ると、やはり善良な種族なのでしょう。オークとかいう邪悪なモンスターと同一視してしまって申し訳ない気持ちです。
「その教えてくれた人ってどんな人なの?」
「立派な服を着た小太りのおっさんだ。物腰柔らかで親近感の湧く彼が、深刻な顔で言ってきたからみんな信じている。少なくともエルフを連れてくる奴よりは信じたくなるね」
エルフのシトリンさんに聞かれてそう答えるブタさん。なかなか種族間の溝は深いようです。それはともかく、やはりあの宰相が来たようですね。彼のどこに親近感を持ったのかは……分かりますけど言わないでおきましょうか。
「なんでそんなにエルフを嫌ってるっすか?」
「襲い掛かってくるからな。人間だってそれで敵対していただろう」
そうですね。人間とエルフも以前から取引なんかはしていたのですが、このシトリンさんは一方的に襲い掛かってきました。森でエルフに襲われるのはどこでも同じなのでしょう。
「そりゃこちらのテリトリーに侵入してきたら追い払うわよ。森は私達の住む場所であって、あんた達の遊び場じゃないのよ」
シトリンさんが不満そうに言います。エルフの立場からするとそうなのでしょうが、豊かな森の資源を独占されたら他の種族が迷惑するのも当然です。ブタ族は木こりの種族ですから、なおさらですね。エルフは巨木の神であるトゥマリクの子達だから木を伐ること自体を嫌いますし。
木材がなければ、人間もまともな生活を送れません。フォンデール王国にはエルフのものではない恵みの森もありますけど、人間社会の需要をすべて賄うことはできませんからね。ドワーフも金属加工をするのに木材を消費しますし、獣人達も家は木で作っていたりします。
「だが、話し合いをすることもできないのではどうにもならない。なぜエルフは対話せずにいきなり攻撃してくるのだ」
とてつもない正論がシトリンさんを襲う! 本当になんでなんでしょう?
「だって、ブタってエルフを捕まえて食べるじゃない!」
ええっ!?
「そうなんっすか? こわっ!」
ヨハンさんも驚いてますけど、初めて聞きましたよ。そうなんですか?
「何の話だ。我々ブタ族はエルフなど食わん。あまり美味そうじゃないし」
「なんですって! こんなに可愛いのに!」
何を言ってるんですかね。ちょっと話がよく分からない方向に進んでいるので落ち着いた方がいいですね。
「かわ……いい……?」
はいそこ、本気で不思議そうな顔をしない! シトリンさんの裏拳がヨハンさんの顔面にヒットしました。これは自業自得ですね。
◇◆◇
「たぶん、エルフもオークとブタ族を混同してるのよ~」
彼等の様子を見ていた恋茄子がまた言いました。あー、なるほど!
「オークってエルフを食べるんですか?」
「さあ~? ちなみにオークっていうのは北部ネーティアの言葉で『豚』を指す言葉なのよ~。ブタ族と同じに思ってても不思議はないわね~」
なんと、そういう意味だったんですね。オークについてはコウメイさんに教えてもらったのですが、顔が豚で身体は筋骨隆々の人間といった姿のモンスターで、獣人のブタ族とは体型がかなり違うみたいです。
◇◆◇
「エルフとブタの仲は置いといて、その小太りおっさんはまだここにいるの?」
シトリンさんが話を戻しました。ヨハンさんの反応にちょっと傷ついたようです。ちゃんとフォローするように言っておきましょう。オークとブタ族の混同についても、後でエルフ達に確認してみた方がいいですね。もしかしたらブタ族とエルフの険悪な関係は誤解がもとになっているのかもしれません。
「今はいない。我々が木材を取引しているカーボ共和国の商会に用があると言っていたな」
「カーボ共和国に?」
おや、また気になる国名が出てきましたね。カーボ共和国はハイネシアン帝国が宣戦布告した相手ですし、商人ギルドの本拠地でもあります。ユダの行動はハイネシアン帝国と通じていそうにも見えますが、一体どういうことでしょう?
「ああ、我々は木材を陸路と海路、二つのルートでカーボ共和国に輸出し、彼等はそれを世界中で販売している。彼は船に乗って海から向かったよ」
何が目的なのでしょう? 本当に不気味です。メヌエットは彼の願いを叶えただけだと言っていました。ユダの願いは、ソフィアさんを皇帝の座から引きずりおろして自分が成り代わるというものだと思っていたのですが、この行動にどんな意味があるのかさっぱりわかりません。
「船に乗れるっすか? じゃあムートンから東の大陸にも渡れるっすか?」
ヨハンさん? なぜ東の大陸に興味を持っているのでしょうか。
「東の大陸って、伝説の魔大陸か? そんなところに行きたがる者は数年に一度しかいないな。北東の
東鸞王国ですか。ブタさん達はけっこう色々なところとつながりがあるんですね。コタロウさんが生まれた国だと聞いていますが、その実態はあまりよくわかりません。フォンデール王国とは大陸を挟んで反対側にある国ですからね。ネコの獣人がいるそうなのでちょっと行ってみたいのですが。
「魔大陸に行きたいの?」
シトリンさんがヨハンさんに聞きます。勇者として魔族を倒すとかそんな感じのことを考えているのでしょうか?
「ギルドマスターの大切な人がそこにいるらしいっすからね。近いうちに開拓しにいくっすよ」
ヨハンさん!?
「そうなんだ! なら長い船旅に耐えられる船が必要ね」
「……なかなか興味深い話だ。改めて、君の名前を教えてもらってもいいかな?」
二人の会話を聞いたブタさんが、急に姿勢を正してヨハンさんに向き直りました。
「ヨハンっすよ」
「そうか、私は船大工の親方をしているイベリコだ。君が本気で魔大陸に行くつもりなら、そのための船を作ろう。ソフィーナ帝国の件が終わったら訪ねてくるといい」
「いいっすか?」
「ああ。正直に言うと、エルフの娘とたった二人で我々と話をしにきた姿を見た時から、君のその度胸を気に入っていた。私は他人のために命を張れる馬鹿が大好きでね」
イベリコさんはどうやらヨハンさんの向こう見ずなところが気に入ったようです。それにしても、ヨハンさんがそんなことを考えていたなんて……。