「お願いというのは他でもありません、我等の新しい居住区に冒険者ギルドの支部を開設して頂きたいのです」
アンチモンの口から飛び出したのは、予想もしていなかった言葉でした。
「支部って、黒エルフがエルフの森を開拓するつもり?」
ミラさんが怪訝な顔で言います。私も虚を突かれましたが、黒エルフが冒険者をすること自体はそれほどおかしくもないですよ。最近はダンジョン探索が主流になってきていますし、冒険者が主に戦う敵はエルフではなくエルフの森を我が物顔で歩くモンスターですからね。
ですが、アンチモンが語る実情は私が想像していたよりももっと進んだ話でした。
「我等の居住区には、現在スヴァルトアールヴ……黒エルフの他に獣人のタヌキ族、キツネ族、イヌ族や白い肌を持つエルフも生活しています。みな戦火を逃れて移住してきた者達なのです」
なんと、ハイネシアン帝国の侵略から逃げてきた多数の種族が一つの場所に集まって暮らしているというのです。これは冒険者ギルドの設立経緯から考えても協力するしかないですね。
「その居住区というのは、どこにあるのでしょうか?」
とは言え、ネーティアの奥深くだったりすると準備も大変になります。黒エルフの国があったのはその辺ですし。するとアンチモンは妙に申し訳なさそうな顔をしました。やっぱりすごく遠いんですかね?
「実は……ネーティアを出てこの国の内側にある森に移り住んだのです。勝手に住み着いてしまい、申し訳ございません」
えっ、恵みの森に!?
改めて地図を見ると、フォンデール王国のかなりの部分をこの森が占めています。確かにエルフ達が住み着いてもおかしくはないでしょう。開拓事業が進んでフロンティアが前線基地となった現在では、恵みの森よりも多くの資源を得られるネーティアの森にばかり目が向いていました。
それにしても、いつの間にそこまで沢山の種族が移動してきたのでしょう?
「実は以前から少しづつ移動してたぬー」
ダンジョン調査から帰って休みに入っていたタヌキさんがアンチモンの後ろから顔を出しました。どうやら彼が裏で手引きしていたようですね。最近静かだと思ったら、そんなことをしていたんですね。
「そうだったんですか。私にも教えてくれれば良かったのに」
「マスターはフォンデール王国の重鎮だから、ちゃんとした理由ができるまでは知らせるわけにはいかなかったぬー。今なら受け入れてもらえそうだと思ったからアンチモンを連れてきたぬー」
さらりと言いますけど、私は王国の重鎮ではないしタヌキさんはみんなを欺いていたってことですからね。まあ、既成事実を作ってタイミングを見計らうのはさすがですが。
実際、獣人の皆さんはもとより黒エルフに対しても今なら多くの人が受け入れてくれそうです。もっと危険視されていた闇エルフと交流していますし、ハイネシアン帝国という共通の敵によって多種族が手を取り合う空気が生まれました。
「いいでしょう。王国内に支部を作ることはクレメンス閣下からも提案されていましたし。支部長はタヌキさんがやってくれるんですか?」
「俺には無理だぬー。キツネ族のテンコが適任だぬー」
テンコさんですか。なんか懐かしいですねー。そういえばタヌキさんが冒険者に誘っていましたね。本当に抜け目ないというか、もうあの時には移住を考えていたんでしょうね。
「キツネ族の毛皮については、ソフィーナ帝国が主導して世界的に取引を禁止する方向へ進んでいる。そう遠くない未来には彼女達が堂々と町を歩けるようになるだろう」
サラディンさんが感慨深げに言いました。私達がやってきたことが次第に実を結びつつあるんですね。最初はあんなに嫌だった皇帝陛下のお守り……コホン、護衛もとても意味のある事業でした。結果として今回のユダの行動を招いたような気もしますが。
「ありがとうございます。エスカ様の庇護があれば、我等黒エルフもキツネ族も安心して暮らせるでしょう」
いや、私にそんな大それた力はないですからね?
なんで誰もが私のことを過大評価するのでしょうか。私はただなんとなく先輩の夢を応援してきただけなのに。
「では、これからはアンチモンさんもギルドの冒険者ですね。トリウムさんはどうされるんです?」
黒エルフの女王トリウムは、幼い容姿ながら大きな戦斧を振り回す戦士でした。ソフィアさんみたいに冒険者として活動するのも好きそうな気がします。
「女王陛下は我等を導く者として種族間の問題解決にお忙しい身。冒険者ギルドの支部については私とテンコに任せると仰いました」
おっと、あんな感じだったのに立派に女王してるんですね。ちょっとソフィアさんに聞かせてあげたい話です。いや、帰ってきたら聞かせましょう。そうしましょう。
「では恵みの森支部は支部長がテンコさんで副支部長がポンポさんということでいいですかね。アンチモンさんは事務方のイメージがあります」
「さすがはエスカ様、我等の特性を完全に見抜いておられますね」
なんだかよく分からない称賛の言葉を口にして、アンチモンさんは了承しました。さりげなく副支部長にタヌキさんを推した理由も察してくれているようですね。
「マスターがそう言うなら仕方ないぬー。キツネとタヌキの冒険者ギルドだぬー」
仕方ないとか言いつつ、最初からそのつもりだった空気を漂わせるタヌキさんです。ギルドの初期メンバーもみんな存在感が増してきましたね。
あとは、コタロウさんを早く奪還しなくては。