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第33話

その声を聞いた時、セインはそれが自分に向けられた声であることに気づき、涙があふれた。花はそれぞれが、根から離れて海へ流れていく。その本当の意味。種を置いて、花だけが流れていくのは、我が子を追いかけているから。愛する我が子に、母がここにいると伝える為。


美しい花の1つ1つが、セインに愛を伝える。そのために、種を置いて、島を離れて、海へ出ることを決めたのだ。花は我が子に会えなければ、海の藻屑となっていく。その前に、人が見つけて、その貴重な効能を薬に使っていただけだ。


これが国花選定師の生まれながらにして持っている、特異な能力だと知った時、セインは自分が国花選定師になるべきなのだと気づく。同時に、自分を愛してくれた両親のことが深く分かった。海から引き揚げてくれた父が、どうして自分をここまで育ててくれたのか。人魚の血を引きながら、母が愛してくれた理由。


そして、あの島にいた人。

リナリアという女性。


あれは、きっと、と考えが浮かんだ時に、セインは海に流れる花を一輪手に取った。毒があるから触ってはならない、と言われたが、自分は触れることができる。つまりそれは、この花をあの島以外でも栽培できるということ。そうなれば、この国は飛躍的に変化する。それが自分に与えられた、大きな運命という名のものなのだ。


「セインさん……」

「メインさん、俺って本当に国花選定師になれるのでしょうか」

「それは、あなたが手に取っている花が教えてくれていると思います。わかりますよね?」

「……そうですね」

「私の母は、国の民の為に流行り病の薬を作りました。でも生産が追い付かず、ついには自分の分さえも他人に分け与え、自分は死んでしまったんです。幼い私を残して。私は母から国花選定師のことを学ぶことはできませんでした」

「でも、あなたは多くを知っているみたいだ。どうやって」

「母が、たくさんの記録や手記を残してくれていたんです。かつて母が作った薬、研究した植物、そして旅した国で出会った人々……本当に多くのことを、残してくれました」


幼いメインには、そのすべてがわからなかったという。しかしずっと触れていくこと、植物たちの支えがあって、彼女は成長することができた。

母の残した植物は、メインに多くのことを教えてくれたのだという。記憶は人の中だけにあるのではない。紙や詩の中にあるわけでもない。母が種から植え、水や肥料を与え、愛し続けた植物たちも、メインに多くのことを教えてくれたのだ。


「セインさん、きっと海の花を育てるのは厳しいことだと思います。でも、それができる存在は限られている」

「そうですね……」

「あなたが諦めなければ、この国は大きく変化するでしょう。きっと、平和で豊かな国になると思います」

「そうでしょうか」

「国花選定師のすることは、国の根底であると言われます。花が咲く国は、栄えます。でもその花は、正しい花でなければならない。その花を咲かせられるのは、国花選定師だけです」


その話を聞いて、セインは花を抱きしめた。自分は国花選定師になり、両親と離れることになるかもしれない。しかし、自分の作ることができる世界は、差別も殺戮も、争いもない、そういった世界だ。その世界ができれば、母は差別をされることなく、治療ができる。リナリアもあの孤島から出て、世界を生きることができる。

海の花の栽培が成功すれば、多くの病で苦しむ人を救うこともできる。流通が安定し、物価の高騰も抑えられる。


自分ができることは、多くあるのだ。それを今まで知らずに生きてきた。初めて知った時、それは分かりづらくて、苦しくしか感じなかったのだ。でも、そこに海の花が愛を伝えてくれる。


「……花は、俺の幸せを願ってくれています」

「そうですね」

「花は、俺が自由にしていいと、言ってくれています。つまり、これから先の道は、決められたものではなく、俺が決めていくものです」

「はい」

「……俺は、国花選定師になります。そして、海の花の栽培を行います」


セインの手の中にある花は、日暮れの冷たい風に吹かれて、花が散っていく。とても美しい花は、その美しさに比例して、儚いのだ。メインは、若い国花選定師の誕生を目の当たりにして、少し感動していた。


本来国花選定師は、世襲制。少なくとも、自分のように先代が誰であるか明確である。しかし彼の場合、それを知らずに自分の人生を決めた。それが、どれだけ苦しい決断であったことか。


「できる限りお手伝いします。それに、水中のことでしたらとても詳しい国花選定師がいますよ!ねえ、レンカさん!」


メインは、船の物陰からメインを護衛していたレンカを呼ぶ。レンカはメインが気づいているとは、思わなかった。彼女の感覚の鋭さは、時に人を越えているような気がした。

同時に、彼女が言う国花選定師が誰なのか、レンカはよく知っている。それは幼い頃から、彼がともに一緒に過ごしてきた女性だ。


「私の実の姉は、砂の国の国花選定師だ。砂の国では植物の栽培が難しく、水耕栽培にも力を入れている。特に姉は、水耕栽培に関しての知識や研究に博識だ」

「とってもいいお姉さんなんですよ!レンカさんの大事なお姉さんです!」


笑顔で言うメインを見て、レンカは殺されかけたというのに、彼女は国花選定師のことしか眼中にないのか、と思う。国花選定師としての利益の為ならばら、自分が殺されかけたことなど、忘れているのか、棚に上げているのか、とにかく考えていないのだ。


「砂の国の水耕栽培は、基本的に淡水で行っている。海水を使った研究となれば、姉も喜んで協力するだろう。メイン様より、手紙を書いていただくといい」

「それはもちろんです!海の花が増えれば、薬も増えます。助かる人も増えますよ。人魚の薬の効能もさらによくなるはずです」


レンカは、横にいる国花選定師がいつの日か世界中を掌握してしまうのではないか、と思った。彼女の大らかさは、他の国の国花選定師にはない力だ。あの姉にすらできなかったことを、彼女はしている。

今後も彼女を守らねば、という強い思いが浮かぶ。それは姉とは違うものだ。姉は砂の国が守っている。弟を抹殺してでも、国花選定師である姉は守られるのだ。しかし、彼女は違う。このまま世界中につながりができれば、それを疎む存在が出てくるはず。

その時は、と思った時にアシュランが飛び出してきた。


「おい、砂の国に手紙なんか書いて、コイツが生きていることがバレるんじゃねぇのか?」

「国王はすでに分かっておられるだろう。国王の目的は、砂漠の花を強化すること。それができないことをメイン様が証明してくださったから、俺はただ国を出た存在としか見なされていないはずだ」

「いやいや、将軍だろ!?将軍って存在が出ていくなんざ、バレたら国がおかしくなるじゃねぇか!」

「うるさいな、お前は。砂の国は差別の国だ。あの国の見た目に合わない俺は、そもそもいること自体が異質だったんだ。いないくても別に何とも思われないさ」


金色の髪が風に揺れる。赤い目に、夕日の最後の光りが差し込んだ。綺麗な目だ、とセインは思ったが、その美しい男が差別される砂の国とはどんな国なのだろうか、と思う。

やはり、協力は欲しいが、裏からの支援はいる。そうなれば、メインの存在は欠かせない、とセインは判断した。そして、ずっと隠れている父。船を任せているので離れられないこともあるが、波が落ち着いてきたというのに、自分に顔を見せてくれない。


親の元を離れる、というのは、親にとっても、子にとっても、大きなものなのだろうな、とセインは思った。



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