「海の国、綺麗でしたね~」
メインはそんなことを言いながら、貿易船から港の方を見ていた。
クイードとセインと別れ、彼女たちはまた旅に出ている。クイードの提案で、次の国に行くのは船が早いだろう、とのことだった。残念だが気に入っていた愛馬はクイードに買い取ってもらい、金と貿易船への乗船許可をもらった。
「そんなに綺麗な国だったか?」
「アシュランさん、そんなに活躍しませんでしたもんね」
「うるせぇぞ、ちんちくりん!」
アシュランがメインの頭をグリグリと押さえつける。2人の姿はまるで兄弟のようであった。レンカは、貿易商と話をしながら次の国についての情報を得ている。次に目指しているのは、東の国方面にある、山岳地帯だ。
貿易商は、東の国の貴族に雇われているという話だが仕事に熱心で、金さえ払えば3人を乗せても構わない、と言ってくれた。悪い男ではないが、あまり肝の据わった感じはしないな、とレンカは思う。変な話だが、この男は出会った時からレンカのことをジロジロと見ているのだ。そういった視線に慣れているレンカだが、好ましいとは思わない。彼の容姿は、母国で差別の対象だった。この男もそんなものだろう、と思っていたが、急に話しかけられる。
「その、ご武人は、どちらのご出身でございますか?」
「何の話だ?」
「いえ、ご武人の容姿は東の国では由緒正しい一族の容姿でして……金髪に赤い瞳でございます」
「そうか、そんな国もあるのだな」
「由緒正しいと言っても、それこそ、東の国では名だたる騎士は皆様、ご武人と同じ容姿です。中にはその赤い瞳に魔力まで宿すとか」
その話を聞いて、自分と同じだ、とレンカは思ったが、東の国と自分の繋がりは薄いと思う。かつて、遠い昔に似たような話を聞いたことはあった。東の国の武将は、レンカと同じ毛色や瞳の色をしているのだ、と。それは姉が聞かせてくれた寝物語のようなものだ。邪悪な悪女を倒す、伝説の騎士。レンカはそれと同じなのだ、と。だから幼いレンカが将軍を目指したきっかけでもある。
しかしそれは、ただ似ているだけであって、血族としての関係があるわけではないのだ。
血族として関係があるならば、自分だけが孤立して砂の国にいるはずがない。
「……魔力などないさ」
「そうでございますか。ご武人なので、同じ一族の方かと」
「いや、違うな」
レンカは嘘をついた。自分の赤い目には、魔眼でありさまざまな能力を持っているが、知られたくないと思ったのである。世の中には、その目を悪用する者も多い。収集して売りさばくこともある、と聞いたことがあった。
かつて差別の中で生きてきたレンカは、自分がその中に陥ればメインを危険にさらす、と思った。彼女は国花選定師だ。他国の人間にとっても、重要な存在である。国を動かすために、危険ではあるが、交渉の材料にすることも可能だと思った。
「お前は、なぜ貿易商のもとで働いているんだ?最近の貿易は利益が多いのか?」
「はあ、この仕事は祖父さんの代からしているのですが、貴族様がいい船を準備してくださったんですよ」
「そうか」
「はい。積み荷も増えましたし、やりがいがあります。ただちょっと、家族の時間は減っちまいましたね」
笑う男は、それでも普通の商売より儲かっている、と話した。貿易商は熱心に仕事をする人で、時々ではあるがとても貴重なものを運ぶこともあるらしい。それも仕事をしていて面白いので、そんな好奇心も相まって、この仕事が続くと言った。
海の上での生活は、特に不自由もなかった。しばらくの航海の後、船は東の国の港へ到着する。東の国は、山岳地帯を多く持つ山の国とも言えた。山岳地帯には希少な植物が生息しているため、国花選定師でなくとも足を踏み入れたい場所なのだ。
「お達者で」
「ありがとうございましたー!」
貿易船を降りた3人は、早速山岳地帯へ向かうための準備に取り掛かった。まずは荷物や地図などだ。アシュランは地図を手に入れ、それを睨んでいた。
「アシュランさん、どうしました?」
「んー、この地図、嘘こいてるな」
「嘘?」
「まあ、よくあるんだわ。嘘の地図を売りさばいて、その土地を隠すってヤツだ。まあ俺は騙せないけどよ」
「アシュランさん、この国を知っているんですか?」
知っているのか、と尋ねられて、アシュランはため息をついた。あまり多くを語りたくはないのだが、この国は。
「一応、俺の故郷らしい」
「らしい!?」
驚いてメインは声を上げる。何を言っているのだろうか、と首を傾げた。故郷なら分かる。しかしらしい、というのはどういう意味なのか。
「このあたりで拾われたって話でよ」
「拾われたって……」
「詳しくは知らねぇんだよ。俺を最初に育ててくれたのは、たまたま通りかかった冒険者で、その人が育てられなくなって傭兵仲間に連れてかれてさ」
親を知らないと言うアシュランにとって、この国が故郷というのは本当の話なのだろうか、とレンカも思う。騙されているのではないか、もしくは間違っているのではないか、と思ったのだ。
子どもの誘拐や、身売りなどよくある話。要らなくなった子どもを安い対価で売ってしまう親もいれば、ちゃんと育てていたのに奴隷商人に連れていかれてしまう場合もある。アシュランの場合はどちらか分からないが、彼はこの国を故郷だと思っているようだった。
「山岳地帯と東の国とその反対側?ってあんまり境目がはっきりしてなくてな。人間の行き来は自由だし、何かあれば人が移動するのはよくある話なんだわ」
「海で移動しましたけど、地続きの大陸ですもんね。地図を見た感じでも森で境目を作っているだけのような印象です」
メインも地図を見ながら言った。アシュランは、地図の一部を指さして言う。
「この森はもっとこっちまで広がってて、この山には色々な部族がいる。警戒心も高いし、花見に来たっつっても入れてはくれないと思うぞ」
「それが普通です!」
「元気に言うなよ、ちんちくりん!」
「だって……山岳地帯の希少な植物は、一般の人でも欲しいものなんですよ。だから、近年荒らされているって聞きました。と、言いますか、今回は依頼なんです!」
ドドーン、と効果音でも出てきそうな雰囲気で、メインは胸を張った。しかし何も聞いていなかったアシュランとレンカは首を傾げるばかりだ。
「実はこの国の国花選定師に依頼を受けて、一緒に山岳地帯の調査及び、植物などの保護することになったんです!」
「いつの間に連絡を取られたのですか?」
「海の国の国花選定師と、私の国の国王から、山の国へ行くことを伝えたらそういったお返事がすぐに返ってきたんです!」
意外にも密に連絡を取り合っていたのだな、とレンカは感心した。目の前のことに精一杯になっているのではないか、と彼女のことを心配することが多かったが、しっかりしているところもちゃんと存在している。
「この国の国花選定師は……」
メインが言おうとした時に、3人の目の前に馬車が停まった。高級な装飾の去れた馬車を見て、メインを迎えに来ていることはすぐに分かる。
「お待ちしておりました!」
まず声をかけてきたのは、馬車の手綱を握っている青年だった。その青年は真っすぐな視線をした、真面目そうな青年である。彼が馬車のドアを開けると、そこには誰もいない。
「誰もいませんね!」
「な、な、なんで!?兄さんなぜ!?」
青年は驚きながら、馬車中を探す。しかしそこには誰もいなかった。ポロリと置手紙だけがある。
―――つまらんから帰るよーん!!
レンカは、国花選定師の弟として、姉が苦労してきた姿を見ている。無責任な置手紙を見て、一瞬にしてこめかみに青筋が出た。コイツでもこんなに怒るんだな!?とアシュランは思うのだった。