岩や山の多いこの国は、昔から多くの武人を輩出してきた国である。現在の国王も、多くの武勇伝を持った屈強な王であるという話だった。同時に、この国の国王は王妃を一途に愛し、側室を持つこともしていない。そのため、国王の血を引く子どもは少ないのか、と思われがちだが、実のところそうでもない。
王妃を愛しながら、子どもだけは別の女性とも設けているのだ。ただし、子どもには継承権がない。子どもを産んだ女性にも、側室という地位はない。ただ単に、国王が「家族は多い方がいいから」という意見で、子どもをたくさん持っているという。
ではそのことに対して王妃はどうなのか、と問われると、王妃は流行り病の後遺症で、子どもをもう産めない体になっていた。そのことは、メインのところにも相談がきていたので、知っているところである。
何かよい薬はないか、治療法はないか、と何度も相談を受けたが、流行り病を治すことはできても、その後遺症による不妊はどうすることもできなかった。
「あらら、あの人らしいですねぇ」
誰もいない馬車の中を見て、メインは言った。その様子を見たレンカは、この国の国花選定師とメインは面識があるのだろう、と思った。
「メイン様、ご面識があるのですか?」
「はい、この国の国花選定師は、私にとって兄のような存在です!カブルもお久しぶりですね!何年ぶりでしょうか?」
カブルと呼ばれた青年は、馬車の従者をしていた男性だ。細身だが、衣類の下は筋肉質で護衛を兼ねていることを、レンカはすぐに見抜いた。
「お久しぶりでございます、メイン様!申し訳ありません、アインス様はメイン様が来ると分かっていて……」
「あはは、いつものことじゃないですか!」
メインは笑っているが、アシュランやレンカは面白くない。今まで旅を続けてきたが、こんなに和やかな場面はなかったからだ。こんなに親しい国花選定師が他国にいることも、知らなかった。
「国王陛下のところへお連れします。皆さん、馬車へ」
カブルは3人を馬車に乗せ、馬の手綱を握った。慣れた手つきなので、常に国花選定師の面倒を見ているのだろうな、とアシュランは思う。
「おい、ちんちくりん」
「もー、アシュランさん!私はメインですって!」
「そんなんいいからよ。お前、なんでこの国の国花選定師を知ってるんだ?国の外に出るのは初めてだって言ってたじゃねぇか」
「はい、外に出るのは初めてです。つまり、アインスさんが私のところに来てくれたんですよ!」
笑顔で話すメインだが、それではメインやセインと話が違うではないか、と思う。国を出られないことが、国花選定師の大きな課題であるはずなのに、この国はそれを認めているというのか。
レンカが不思議そうな顔でメインを見つめていたので、彼女は話し出す。
「アインスさんは、国王のご子息なんです」
「では、王子ですか?」
「正確には王子ではありません。アインスさんは、国王と先代の国花選定師の間に産まれた人で、王子として王位継承権はお持ちじゃないんです」
この国の王は、王妃との間に3人王子を設けた。その3人は王位継承権を持つ、正当な後継者である。しかし国花選定師との間に産まれたアインスは、王の血を引きながら、王子ではなく、王位継承権も持たない。
それがこの国の王が決めたルール。王が、子どもを増やしつつ、継承でもめ事が起きないようにするために決めたことであった。
「国王は、王妃との間に産まれた子どもにしか王位継承権を与えていないんです。アインスさんは、国花選定師の息子としての立場だけで生まれ、今は引き継いで国花選定師になられました。まあそれなので、特殊というか、自由が効く人なんです」
「自由効きすぎだろ、それ」
「そうですねぇ。母が死んだ時に、先代とまだ修行中のアインスさんが、私のところに来てくださったんです。それからのお付き合いですよ」
メインがそう話をすると、とても楽しそうだったのでアシュランもレンカも不満そうだ。彼女がこんなに楽しそうにしているのは、植物に関係している時だけ、と思っていたのに、違った。彼女は、こうやって人との関係でも十分に楽しそうにできる。
一緒に旅をしてきて、そうしてやれなかったことがレンカは悔しいと思う。アシュランはむしろ、相手がどんな存在なのか、とても気になった。メインがもっとアインスの話をしようとした時、馬車は王宮の中に入る。そしてすぐに止まった。
「到着いたしました、メイン様」
「ありがとうございます、カブル」
馬車を降りた面々が見たのは、城の敷地内で鍛錬を積む武人たちの姿であった。若者から中年まで、さまざまな男性が鍛錬に取り組んでいる。一部ではうら若き乙女も、男を投げ飛ばすほどの強さで鍛錬に励んでいた。
「我が国は文武両道の国でございます。皆、鍛錬に励み、体を鍛え、その後は学びの時間も作ります」
横を歩きながら、カブルは説明していく。その丁寧さは、慣れた従者のものであった。
「レンカ様は、将軍職を辞され、鍛錬の旅に出たと聞いております」
「な……!なぜ、俺のことを!」
「砂の国より書簡が参りました。将軍レンカは、自身の能力不足に悩み、将軍職を辞して鍛錬の旅に出た、と。どこかで見かけたならば、是非とも手助けしてやってほしい、とのことでした」
「こ、国王が……?」
自分を殺そうとしていた国王が、そんなことを言ったのか。レンカはもしや姉に何かあったのではないか、と思ってしまう。
「ちなみに、鍛錬の旅が終わるまで故郷へ戻ることは許さぬ、との手厳しいお言葉もございました。砂の国の国王陛下は幼い方と聞きましたが、しっかりしておられます」
それはつまり、追手も来なければ、責任もない。帰ってくるな、と勘当されたも同然なのだ。二度と戻れないと思っていたことが、現実になる。姉にはもう二度と会えないのだ。そう思うと、レンカにはこみ上げるものがあった。
「うっわ、じゃあ、オッサンどんだけ強くなるつもりだよ?こえーな!」
「アシュランさん、レンカさんならできますよ!」
「ちんちくりんが言わなくても、オッサンだからなぁ」
こみ上げるものがそのまま下がる、という経験をレンカは初めてした。涙の一粒でもこぼれるか、と思ったがこぼれることはなく、レンカはその拳でアシュランの腹を殴った。
床に倒れ込むアシュランを見て、カブルが微笑んでいる。
「ここは武人の国でございます。弱肉強食、強き者に勝てねば、前には進めませんよ」
「ぐぇ、ど、まじか、よ……?」
外から来た人間にもそれは適応なのか?とアシュランは疑問に思いながら、実のところここが自分の故郷かもしれないと言われても、あながち間違っていないな、と思うのだった。
鍛錬をしている者たちの数は、とても多く、誰もが強そうだ。レンカはそれを見ながら、久々に自分も体を動かしたい、と思う。旅で足は鍛えられたが、それ以上ではない。たまにアシュランを殴ることはあっても、それは感情のままに、だ。
「カブル殿」
「はい」
「もしよければ、私も鍛錬に参加させていただきたく」
すでにその気なのだな、とメインは思った。言葉遣いがすでに将軍の時に戻っているからである。すると、カブルが微笑んだ。
「では、私がお相手いたします」
「よろしいのですか?」
「見くびられては困ります。私は国花選定師の護衛であり、その背中を守る武人でございます」
準備をしましょう、とカブルも乗り気であった。メインは仕方がないなぁ、と思って見ていると、気づく。
「あ、また、アシュランさんいない!」
彼はこういう場所が嫌いなのだ。