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第39話

故郷かもしれない場所に立って、アシュランは不思議な気持ちだった。この国で暮らした記憶は、ほぼない。気づいた時には傭兵たちの中で、必死になって生きていたからだ。

最近は、雇い主のせいで抜けてきている、とも思う。この城では多くの男たちが鍛錬に励んでいたので、まあ少しくらい相手をしてもいいか、と思っていた。


そんな時、アシュランの目を引く男がいた。頭の中央に金色の髪を生やし、その左右は剃り込んでいる。剃り込みの近くには刺青を入れて、立派なものだった。金の髪はたてがみのように後ろまで伸ばしている。

その男、体つきは大きくないがしっかりとした体幹に、しなやかな筋肉がついて、相当な手練れだと感じた。この男、見た目よりも強いかもしれない、と思った時にレンカと出会った時のことを思い出す。


あの男も、最初から強かった。この世の中には、まだまだたくさんの強い男がいるのか、と思うと、不思議な気持ちになってくる。そんな奴らに出会って、自分を試したいとも思うのだ。

男は、棒術の手練れだった。棒術ということは、槍使いなのか、と思う。槍は使いこなす技術があれば立派な武器だが、下手糞が持てばすぐ懐に入られる。入られた時の対処も上手くできなければ、無防備になってしまうものだ。しかし男は、振り回す棒がとても軽やかだった。金色の髪が綺麗に風に揺れる。


「どーしたのだ、貴様。どっから入った、ネズミ小僧」

「はぁ!?俺はここに連れてこられたんだよ!」

「ほう、新兵か!それならこっちへ来い!手合わせしてやる!」


男に連れられて、アシュランは棒を握らされた。あまり得意ではない、と言えない状況。本来なら、ナイフや剣、肉弾戦の方が得意なのだ。しかし逃げられないところまで来てしまったので、相手をするしかなかった。


男の棒が喉元をかすり、ギリギリのところで避けた。アレが当たっていたら、棒でも殺されていたに違いない。目の前の男、本当にできる。強い。


「なんだぁ?避けたのか?」

「う、うるせぇ!」

「初見で俺の素振りを避けるとはなぁ」

「素振りって……」


最初から手加減して、これだ。アシュランは目の色を変え、真剣に男を相手した。棒の当たる音が響き、アシュランの攻撃は防がれていく。年齢は定かではないが、どう見てもレンカより上だ。クイードほどではないが、それなりの年齢だが、若いアシュランよりも動けるかもしれない。

動きに無駄がなく、しなやか。それがこの攻撃をより強くしている。


「お前さんよぉ、どこの生まれだぁ?」

「はあ?しらねーよ!捨て子だったんでな!」

「ふーん、その感じだとウチっぽいんだけどなぁ」


つまり、この国。この男から見ても、アシュランはこの国の出身に見えるというわけだ。しかしそれは今となっては分からないこと。幼き日に親を亡くし、着の身着のままで生きてきた。死にかけたことが何度もあって、実際に一度は死んだのだ。そして、あの娘のおかげで生きている―――


「隙だらけ」

「ぐッ!?」


棒は激しい強さでアシュランに叩きつけられた。ひっくり返ってしまうアシュランは、痛みで目が回る。今の動きは何だ、この強さは何なんだ。


「お前、その目を活かしきれてねぇのな」

「は……?」

「魔眼。勿体ないねぇ。魔眼持ちはそうそう生まれねぇんだぞ?でも阿呆が持ってりゃそんなもんか」

「おい、アンタ……将軍か、なんか、なのか?強すぎ……」

「いんや、俺は」


男が口を開こうとした時、メインの声が響いた。その声を聞くと、男が優しい笑顔で声の方を見る。


「アインスさん!」

「おう、メインじゃねぇか」

「また体術ですか!」

「今は棒術にハマってんの」


メインが男と親しそうに話している。何なんだ、この男は。アシュランがそう思っていると、レンカが向こうから男に肩を貸した状態でやってきた。あの男は、馬車を引いていた男だ。


「ありゃ、カブルやられたんか」

「あはは、レンカさんが強すぎましたねぇ」

「おい、カブル!鍛錬が足りねぇぞ」


握っていた棒を肩に担ぎ、男は叫ぶ。すると肩を借りていたカブルは、男の目の前までやってきた。


「酷すぎます、アインス様!俺を置いていくなんて!」

「そもそも乗ってねぇから、お前が勝手に行ったんだ。置いていってねぇわ」

「あなたは国花選定師ですよ!何かあったら俺が罰せられるのに!」

「それはおめぇが、鈍感だからだろ?」


国花選定師、と聞いて、アシュランとレンカの目が丸くなった。目の前の中年男性は、どう見ても武人だ。鍛えられたしなやかな体、どう見ても、戦いに赴く戦士の肉体をしている。


「アインスさん、カブルを苛めたら、もう誰も面倒見てくれませんよ」

「あー、そうだったわ!カブルが最後の馬鹿だったわ!」


笑う男性は、たてがみのような髪を揺らして笑った。その笑顔は、メインを明るくし、とても落ち着かせている。2人の関係が長いこと、信頼していることを感じさせた。


「メイン、お前の従者は悪くねぇな。奴隷の契約も十分なものが、なされてるみてぇだ」

「契約のことは、国王がなさったのではっきりとは分からないんですが……。アシュランさんには、たくさん助けてもらいました!」


そうか、と言ったアインスの顔はとても穏やかだった。

こうして、この国のちょっと変わった国花選定師に出会った一行は、アインスの宮殿に通される。そこは研究用の植物が多く栽培され、見事な室内用水車があった。


「カブル、飯の準備だ」

「はい」


返事をしたカブルは奥へ入って行く。アインスは植物を見ながら、テーブルの上にある書き物を片付け、席を準備した。


「わりーな、研究の途中でよ」

「アインスさん、研究嫌いでしょう?」

「でもしねぇと、親父に怒られるわけ。王子でもねぇ息子にも容赦ないんだよな、あの親父」


国王のことをそう言うアインスは、どの国花選定師よりも自由そうに見えた。年の頃は中年、衣類を着ると少し妙な印象も受ける。先ほどの武人としての振る舞いや格好の方が、似合っていたからだ。


「アンタ、砂の国の将軍だろ」

「それは……」

「まあ、カブルが勝てるわけねぇよな。アンタの姉ちゃんは、今まで見てきた国花選定師の中で一番美人だぜ」

「姉を、ご存じで……」


部屋の鉢に植えてある植物を幾つか摘み取り、ポットに放り込む。熱い湯を注ぎ、アインスは茶を淹れてくれた。スッキリとしたハーブの香りが、喉越しを爽やかにしてくれる。


「昔な、会ったわ。ありゃ旦那を探すのが大変なくらいの美人だ」

「ありがとうございます」

「あん時はこんくらいだったのになぁ」

「え?」

「お前だよ。こんくらいのチビでな、ガリガリに痩せてたな」


それはきっと、姉が国花選定師を継承した時のことだろう。若くして国花選定師になった姉とほとんど幽閉されて育ったレンカ。姉の晴れ舞台の時に外に出たが、その時彼はあの場にいたのだ。


「お袋も婆になってたからな、俺が付き添いで砂の国に行ったんだ」

「当時はまだ継承しておられませんでしたか」

「あー、俺が嫌でさ。植物は好きなんだけどな、体鍛えるのも好きでな。親父とお袋の半分半分もらっちまってよ」


茶を飲みながら、アインスは笑う。とても気さくな国花選定師だ、とレンカは思った。メインは部屋中の植物を、楽しそうに見て回っている。


「メイン、触るんじゃねーぞ」

「触ってません!」

「そっちは毒抜きがまだだ」

「分かってます!」

「座ってろ!」

「嫌です!」


まるで兄妹のようなやり取りに、アシュランもレンカも驚いた。それに気づいたアインスは、2人にメインとのことをゆっくりと語ってくれるのであった。


メインとアインスの出会いの話である。

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