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第41話

「メイン、連絡してた件なんだがよ」

「はい」

「ちょっと山登りが必要なんだわ。平気か?」

「分かりません!」

「正直すぎんなぁ、お前!」


アインスは、メインの頭をグシャグシャになるほど撫でた。まさに兄貴と呼べるような存在である。しかしそんな彼がわざわざメインに依頼するほどのこと、とは何だろうか。


「山岳地帯の部族が世話をしている花なんだが、まあ珍しいんだわ」

「そんなに珍しいものですか?」

「おう。なんたって、10年に一度しか咲かない花だ」


山岳地帯は、厳しい寒さのため、独自の進化を遂げた植物や動物がいる。それらと共存してきた部族は、自然を惜しみなく愛し、守ってきていた。そのため、国からの命令など多くは聞かないのだ。

だが、国花選定師だけは別である。部族も国花選定師だけは、その土地への出入りを許していた。その花が確認されたのは今から10年前、記録のみが残っている。


「記録によれば、山岳地帯の部族しかその詳しい場所を知らないようですね」

「そうだな」

「じゃあ、部族の人に手伝ってもらえるんでしょうか?」

「それが難しいんだわ」


アインスの言う難しい、は聞いて見ればそんなに軽い話しではなかった。部族同士の争いが長年続いており、年によっては激化することもある。そんな中、10年に一度の花が咲くとなれば、アインスはぜひとも拝みたいと思ったのである。危険は承知だが、それだけ希少な花だ。自分だけでなく、メインにも見せてやりたいと思ったのは、兄心か。


「でもな、国花選定師が2人もいるとなりゃ、少しはいいだろ」

「い、いいんですかね~?」

「少し前に隣の国から騎士団が来て、少しは沈静化したって話だしな」


そんな物騒なところに、と思ったレンカだったが、そんなに希少な花ならば本当は、姉に見せてやりたかった。姉は花が咲く瞬間がとても好きだ。何時間も目の前に座り、花が開くのを観察していたこともある。


「希少な花だからな。思い出話だけでも、喜ぶヤツはいると思うぜ?」


そう言ったアインスの目は、優しかった。この男には何もかもを見透かされている気がする。レンカはそう思ってしまう。

見透かされることは、恐ろしいことだとずっと思っていた。しかし、この旅に出て、多くのことが変わっている。今までの自分ではなくなっていく感覚が、レンカの中にはあった。それがいいことなのか。悪い感覚がしないだけだ。


「そっちの坊やはどうする?」

「ああ?俺か?」

「おうよ。お前さ、このあたりの出身じゃねぇのか?」

「いや、知らねぇよ。捨て子だったからさ」

「そうか……その目、このあたりだと思うんだけどなぁ」


アインスはアシュランの瞳を覗き込んでくる。それをアシュランは避けるように、顔をそらした。アインスの目は、彼の中を探ろうとするような印象だ。

それをアシュランは、嫌なことだと思った。自分の何かを、自分の知らないことを知ることが、恐ろしいと思ったのだ。どうして自分がそうなったのか、自分の過去、知るはずのないことを知ってしまうのは、気持ちが悪いという感覚になってしまう。


「まあ、いいか。今から山に行く準備をするぜ」

「どんな準備が必要ですか?」

「そうだな。カブル、今あるものはなんだ?」


部屋の奥から、カブルは色々なものを持ってきた。基本的には防寒対策をされたものや、薬、食料品などだった。一般的といえばそうだが、自分に合うものでなければ、長く歩くことができない、とも言う。


「特に、あの辺りは部族を開かない土地だからな。厳しいんだわ。まあ今回は国花選定師が2人もいるから大丈夫だろう」

「国花選定師は大丈夫ですか?」

「大丈夫、というかなぁ……必要だから入れてくれるってところだわ」

「つまり、自分たちにも利益がないと駄目なんですね」

「そゆこと。で、メインはいいが他2人は防寒着を買ってこい。お前らの体格に合うのは、うちにはねぇからな」


こうして、アシュランとレンカは、カブルの手伝いで買い物に出かけることになった。アシュランもレンカも、口には出さないが毎回このパターンが多いな、と思っている。

その土地に来れば、その土地で必要なものを手に入れるのは当たりえだ。しかし、こうも買い物が多いとなると面倒な印象も受ける。


メインをアインスの工房に残し、男3人は街に出ることになる。そこは活気があると言えばまずまず、綺麗かと言わればそれもまずまず、と言った街並みだ。


「面倒そうな顔ですね」


ふと口を開いたのはカブルである。アシュランは、カブルをジロリと見た。この男、強いのかどうかよくわからない。レンカは勝ったと聞いたが、アインスとどう違うのか。


「そんなに見られると穴が開きます」

「穴なんか開かねぇだろ」

「開いたらどうしますか?」


嫌な言い方だな、とアシュランは思った。男の会話は頭を使わない、サッパリとした話がいい。レンカもちょっと頭が固いところがあるし、メインの小難しい話は興味がない。

むしろ、アインスのように体術が立派で、カラカラとした話をする男が好みだ。でも自分の中を覗こうとするアレはちょっと嫌だ。


「……あなた方の目は、魔眼ですか」

「我々の魔眼は血族の端くれのような、そんな魔眼だ。使えないわけではないが、大きな魔術には対応できない」


レンカはしっかりと説明をしている。しかしアシュランはそうなのか、と逆に思っていた。そんな感覚で自分の目を考えたことがない。レンカは将軍職で何かしら使っていたのかもしれないが、自分はそうでもなかった。


「魔眼はそう簡単に発現しないと聞いています。それがお2人も。珍しいことです。特にアシュラン様の色は魔眼の中でも特に珍しいかと」

「珍しいのか?」

「本来、魔眼とは朱の瞳。血の色と呼ばれております。ですが、アシュラン様は……この地方の瞳に近い」


また自分の出自の話だ。自分に近い人間がここにいるというのは、仕方のないことだが、なぜその話ばかりされるのか。自分は気にならないのに、なぜか周囲が気にしてくる。


「この地方と申しますか、山の部族ですね。これから向かうところですが」

「山の部族……」

「厳しい部族です。部族間での争いが絶えませんし、魔術師や預言者など、魔術に精通した者も多いとのことです」


そんな一族がなぜ自分に関係があるのか。アシュランは不機嫌そうに、周囲を見た。周囲に人は少なく、海の国の港よりも少ないと感じた。

何かおかしいな、と思ったのはレンカも同じである。レンカはそのことを口にした。


「カブル、コイツのことは誰もよく知らないのだ。もちろん本人もだ。だから、あまり聞いてやらないでくれ」

「失礼しました」

「いや、馬鹿が移る」

「なんだとオッサン!?」


馬鹿、と言われてアシュランはいつものようにレンカに殴りかかった。レンカはそれをやすやすと避け、悔しい思いをするのはアシュランばかりだ。

それを見て、カブルはまた目を丸くする。2人の関係がとても不思議に思えたのだ。


「お2人は、仲がいいのですね。お立場が違いますが」

「こいつが俺を無下に扱うのだ」

「ちげーよ、オッサン!」


カブルは2人を見ながら思う。

見た目は違うのだ。紫の髪をしたアシュランは、その髪の色が魔力か魔術の影響を受けた結果だと知っているだろうか。よその国でもそういった話があるのか、カブルは知らない。

レンカは金色の髪に赤い瞳。それはまさに他国で勢力を伸ばしている騎士団の一族と同じなのだ。そちらと同じ血筋であると言っても、誰でも簡単に騙せてしまうくらいの容姿だ。


この2人、何の縁で国花選定師と一緒にいるのだろうか。




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