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第42話

カブルは、2人がなぜ国花選定師と一緒にいるのかを考えたが、同時に自分とアインスの関係についても思い起こされた。実のところ、アインスは腹違いの兄になる。要は、カブルも王の息子としてこの世に生を受けたのだ。


子どもを多く持つことに熱心であった王だが、そこには少なからず打算もあった。まったくもって何も考えていないわけではなく、やはり相手の女性に対して、求めるものはそれなりにあったようである。


自分の母は、下級貴族の末娘で、年の頃はまだ17か、それくらいであった、と聞いている。聞いている、と言うのは、母がすでにおらず、母の実家である貴族の家もすでにないからだ。カブルは自分の家をすでに失っており、まさに孤児同然でこの世に生まれ落ちた。


下級貴族は、国家の動きについていけなかった弱い貴族である。特に金銭面では資金不足が常に続き、運よく娘がいい家に嫁げれば、少しばかりは持ちこたえることができるような、不安定な家だ。カブルの家もそうであり、特に母は末娘。上の兄や姉は流行り病で死んでしまい、残った末娘も、嫁に出すには恥ずかしいくらいに体の弱い娘に育ってしまった。

それでも親からすれば、流行り病の中でも残った唯一の娘だ。17まで育て上げ、家が傾く途中でどうにかしなければいけないと、悩んでいた矢先である。王から娘が見初められた―――それはただ、娘の目が気に入ったからという、些細で簡単な理由だった。


金のない家ではあったが、娘の教育だけは行っていた。人として恥ずかしくないように、貴族の娘としてどこに行ってもいいように、と育てた結果、そこには病弱だが芯のある、美しい娘がいたのである。王は、偶然それを見つけて娘を王宮へ上げるようにと指示した。

両親はそれを聞いて、泣いて喜んだと言う。本来ならば不憫な娘、辺境の地でそこそこの武勲でも持つ家に嫁げればいいか、嫁いでも子を産むことすらできないかもしれない、そんな娘だったのに。王は娘のしっかりとした視線を気に入り、そのまま召し上げてくれたのだ。


嫁ぐ日、娘はそれが家を見る最後と知らなかった。娘が王の元へ行って、幾何もしないうちに、実家は破綻し、両親は自殺した。多額の借金は両親の死を持って帳消しになり、残った家財一式、屋敷のすべてが奪われて行くのを、娘は見らずに済んだ。

もしもあの家にいたのなら、娘はどこに売られていたか分からない。だから、彼女は王にだけ従った。周囲の誰かに何かを言われても、絶対に意見を曲げず、王にのみ従う。その真っすぐさは更に王を喜ばせ、彼女は若くして身ごもった。


アインスは、腹の大きな若い娘が自分の母の元に来ているのを何度か見ていた。あんなに若い娘にさえも手を出す父親を一度は幻滅したが、娘の真摯さや真っすぐさを見て、そこに惚れたのかと納得する。自分にも父親の血が流れているから、その気持ちはよく分かった。

腹の子が兄弟であるという実感は、アインスにはない。むしろ、地位ももらえない中途半端な存在が量産されていく感覚だ。そして、アインスから見ても、娘は出産に耐えられないであろうという印象の体だった。


国花選定師の薬を使っても、そもそもの体が傷つきすぎていた。上の兄弟を死に至らしめた流行り病は、彼女の体さえも傷つけていたのである。美しい笑顔の下で、病は確実に彼女を蝕み、それに抵抗するようにカブルは生まれた。


生まれたカブルは、母を知らない。彼が生まれてすぐに、やはり母は死んだからだ。王は生まれた息子を見て、母に似ていたので大変喜んだと聞く。しかし王位継承権どころか、地位も持たない母から生まれたカブルは、要はただ王の血を分けた男児というだけのこと。

王宮の中で、それなり程度にしか育ててもらえず、両親からの愛情も受けず、ほぼ放置されて育った。読み書き程度は教えてもらい、教養程度はあったが、武人にもなれず、働き手とても幼く、何にもならない。


だから、アインスはそんなカブルを弟とは見なかった。自分の小間使いとして、両親に宣言し、自分の部屋に入れてやる。当時、幼いカブルは目の前にいる変わった青年が、兄であることを知らなかった。同時に、未来の国花選定師であることも知らない。ただ自分を助けてくれたいい人、と思った直後に後悔した。


アインスは、まだ幼いカブルを本当に小間使いにしたのである。荷物運びに部屋の掃除、料理まで作らせる。そして一番辛かったのは、アインスの稽古の相手だ。能力が違いすぎて、何度も殴られ、蹴られて、起き上がれない日もあった。それでもアインスは、カブルを引きずって、真冬の極寒の中に放り出す。


(あの頃は、兄とも知らず、殺されるかと思うほど鍛錬されたが……それがあって、今はあの人をお守りできる)


子どものように睨み合うアシュランとレンカを見ながら、カブルは思った。何度もあの人に対して恨みを抱き、痛む体を摩る。寒い冬は、彼の洗濯をするのが辛くて、何度も泣いた。冷たい水に手を入れるのが辛くて、あかぎれた手や、青痣の残る体がみすぼらしいと思ったものだ。

しかし、アインスはカブルにしっかりと食べさせてくれた。マナーは教えてくれなかったが、彼と当時の国花選定師は、カブルによく食べさせ、寝る時間だけは必ずくれた。それ以外はとにかく辛かったが。


そして、カブルが青年となった頃合いには、鏡の中に知らない男がいる。腹筋は割れて、皮膚が強くなり、足腰もしっかりとした、知らない男。でも触れればそれは自分なのだ。自分がこんなに成長しているなど、気づきもしなかった。


(それから……あの人のすることの意味を考えるようになって。国花選定師が代替わりされて……)


アインスは国花選定師になった。しかしそれでも鍛錬を続けているし、むしろ今でも武人になりたかったと言っている。その相手をするのがカブルだ。アインスは、王の息子たちの中でも特段優秀だった。カブルでは想像もできないくらいに、優秀な人なのだ。

だから、気づけば王宮の中でアインスの相手をできる存在がいなくなる―――同時に、ちょっと偏屈なアインスを受け入れられる人間も減っていた。王の息子であり、国花選定師のでもあるアインス。頭のよさだけでなく、武人として肉体も立派だが、少しばかり人間性に問題がある。


お世辞やちょっとした嘘も言わない、真面目で真っすぐな人、とカブルは思うが、それは王族、貴族の中では異端なのだ。不細工な令嬢でも、父親が大臣ならば美しいと言わねばならない世界。しかしアインスはそれをしないし、する気もない。気に入らない人間は要らない、と思っているし、要る人間はすでに選別できているとも思っているようだった。


兄なのに人がまったく違う。母の違いか、とも思ったが、それはやはりアインスが国花選定師の血筋であることは大きいだろう。頭がよくて、回転が速くて、強くて、しっかりしていて。


(だから、俺が側にいる)


きっと彼らにも理由があるのだ。だからメインのような女性の国花選定師に着いているのだろう。そう思って前を見れば、今にも殴り合いをしそうであったので、カブルは全力で止めた。


「街中です。おやめください」

「なあ、兄ちゃん!腹減ったんだけどよ」


アシュランの言葉に、カブルは困惑する。先ほど食事をしたばかりだが、と思ったが、彼らは魔眼持ちだ。つまり魔力が通常の人間とは異なる。そのせいか。


「分かりました、食事のできる場所を」

「カブル、安い店でいいぞ。俺もコイツも、想像以上の量を食う」


レンカも腹が減っているのか。それを聞いて、カブルは時間通りに帰ることは無理だな、と諦めるのだった。


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