食事の量が本当に多い。とにかく多い。食べっぷりが軍人のそれとも違う。カブルはアインスの横で、よく食べる男性たちを見てきた。軍人となれば、山のように食うのだが、彼らの食べ方とは比が違う。
よく食う、とにかく、食う。どこに入って行くのか、と不安に感じるほどによく食っていた。
「お前は食わねぇのか?」
「はい、私は十分です。飲み物だけをいただきます」
「つまんねーな!」
「私は魔力の一切を持っておりませんので、お2人のようにはいただけません」
「お前さ、あのオッチャンの息子じゃねーの?」
は?とカブルの動きが止まった。その瞬間、レンカがアシュランの頭をぶん殴る。
「失礼をした、カブル」
「いえ」
「いや、でも、同じ匂いしてんじゃん?」
「気色の悪いことを言うな、アシュラン!すまんな、気にしないでくれ、カブル」
「オッサンも姉ちゃんと同じ匂いするんだぜ」
レンカの手が止まり、ジロリと睨んだ。そして、アシュランの胸倉を掴む。姉の話になると、レンカは感情が爆発してしまう。故郷に置いてきた姉を心配しない日はないのだ。
「表に出ろ」
「はぁ!?」
「お2人とも、食事中です。落ち着いてください。アインス様と私は、腹違いの兄弟です。アシュラン様のご意見に、間違えはございません」
そう聞くと、2人は席に着いてまた食事を始めた。しかし興味はカブルのことになっていく。
「お前ら、兄弟!?似てねぇな!」
「貴様、似ていない兄弟が悪いと言いたいのか!」
「おめーじゃねぇし!!」
食べながら喧嘩をする2人の間に、カブルは入る。この2人、子どものように面倒だ。アシュランは育ちが微妙な印象だが、レンカは元は将軍である。それがこんな醜態を見せるなど、余程気を許しているのか、と思った。
「腹違いですから、似ていません。あの人と似ている兄弟は、正直なところおりませんよ。若い頃から反抗的で、暴力的でしたから、あの髪型だって国王への反逆のつもりなんです」
「マジか!」
「あの人は国花選定師になりたかったわけではないんです。むしろ、武人になりたくて、いつも鍛錬を……。結果、国花選定師としても優秀で、頭のいい、ちょっと困った武人もできる男ができてしまいました」
今まで、小間使いとして国王から与えられた存在は何人かいたらしい。国花選定師なのだから、という理由だけで、アインスの周囲には人間が多かった。しかしどの小間使いも、アインスの暴挙に耐えられず、辞めてしまっている。残ったのは、異母弟であるカブルだけだ。
「私は、育ててもらいましたが、兄と知りませんでした。兄だから育ててくれたのか、ただ言うことを聞く小間使いが欲しかったのか……」
「小間使いが欲しかったんじゃねーの、オッチャン」
「やはり、そうでしょうか」
「自分と同じ血が流れた小間使いなら、大事にするからよー」
アシュランは、時々変なことを言って周囲を不快にするが、その中で心に刺さることをいうことも多かった。この男、何なのだ。カブルは目を丸くする。
「カブル、アインス様はお前を大事にしていると思うぞ」
「そ、そうでしょうか」
「ああ。お前を見ればよく分かる」
自分を見れば、と言われてカブルは、嬉しくなった。兄を褒められるのは、弟として嬉しい。弟だと認識されているかどうかは別として、やはり嬉しかった。
「あの人は、昔から頭がよくて……王が与えた小間使いや料理人などを、二度と戻ってこないように徹底的に排除するんです」
「こえーよ、それ!」
「いえ、その、嫌がらせが酷いんです。掃除できない量の本を出してきたり、手に入らない食材で料理をさせようとしたり」
「うげ、なんかオッチャンならやりそうな顔してたな」」
アシュランの中で、ニヤニヤと笑うアインスが浮かぶ。あの男、棒術はとても上手かったが、何にしても少し狡い隙の突き方なのだ。その調子で、気にくわない者を排除してきたに違いない、とアシュランは容易に想像できた。
「それだけ周囲を警戒していたのでは?」
レンカの問いかけに、カブルは頷いた。国花選定師であり、王の血筋ともなれば、思わぬ問題に巻き込まれる可能性は高い。そして側には腹違いの弟もいる。守るためには、排除をすることも大切だろう。
「アインス様は、次の国花選定師を決めかねていて」
「国花選定師は血筋だ。お相手がいないのか?」
「なかなかお眼鏡にかなう女性がいないようなのです。よくある話ですから、今までは気にしておりませんでしたが……。でも思う人はいるようで」
思う人、のあたりでアシュランもレンカも顔色が変わった。まさかではあるが、アインスは他国の国花選定師を好きでいるわけはないだろうか。つまり、メインのことである。
だが、この国の王は、妾に子どもを産ませてはそれきりだ。重要な部分に王の血筋を入れ込んだかと思えば、その後を大事にしているわけでもない。つまりメインに子どもさえ産んでもらえれば、その後はこちらで面倒を、と思っている可能性も非常に高いと思えた。
「いかん!」
叫んだのはレンカである。まんまとあの工房に2人きりにしてしまった。何があるか分からない。あのメインならば、気のいい相手と何かをした、程度で済ませてしまわないか。
「うわー、オッチャン、今頃手ぇ出してる?」
「え!?そんなことしません!!アインス様はそんな不義理な男ではございません!!」
カブルも叫んで立ち上がる。一行は飯代を払うと急いで、来た道を戻るのであった。
一方工房で、メインは多くの研究を見せてもらっていた。中には希少な植物もあり、目を輝かせている。土地が変われば、植物も変わり、国によって大きく左右された。だから手元にない植物も多いのである。もしくは自国で栽培できない植物は、貿易などで仕入れねばならない。しかしそれが上手く行かない場合は、国花選定師自らが指揮を執って、入手しに行くのだ。
アインスは基本的に後者である。他国へ行って自分で入手し、管理する。しかしそれは手間も時間もかかる上に、何より最も大きな問題があった。
「品質が落ちねぇように、できるだけ自分のところで育てられるようにしてるんだわ」
「でも、気候が違うと難しいと思いませんか?」
「外ならな。だから俺は室内に、植物が適した環境を作れるようにしたんだ。まずは水車で水を定期的に引き込む。この水も時々調べておかないと、地中から色々混ざりモンがあってな」
「地中の成分を吸い上げて、枯れたり毒が発生した例を聞いています」
「そうなんだわ。後は温度管理、光りの具合も管理だな。俺はまあまあ魔術の類もできるからよ、光りの管理ができてよかったわ」
そう言われると、メインがギクリと表情を変えた。それを見逃さないのが、アインスという男である。メインの頭を鷲掴みにし、自分の方へ向かせる。
「魔術の鍛錬、してんのかぁ?いるって言ったよなぁ?」
「と、ととと、得意ではなくて!」
「得意とかそんなん関係ないんじゃ!国花選定師として長くやるなら、必要だとババアからも言われただろうが!」
「そうですけど~!!」
ババア、とはアインスの先代だ。母親とは言わず、ババアと汚く言うが、彼にとって大切な師匠だと認識している。そしてとても心の広い女性だと。
「他国まで出向いて!餓鬼んちょのお前に!どんだけ指導したと思ってるんだ!」
「そ、それは先代で~!!」
「阿呆!お袋が国出るのに、どれだけ苦労したと思っとるんじゃ!俺とは違うんだぞ!!」
先代はすでに国花選定師として着任して時間が経っていた。息子を産んで何年も経っており、つまりそれは彼女の老化を表す。年を取った女性の長旅は、体力的にも厳しいものがあったのだ。
しかし、それでも先代を失った少女の国花選定師のために、あの人は来てくれた―――青年だったアインスを伴って。