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第44話

東の国からの流行り病が、多くの国に蔓延し始めた頃、アインスの母はすぐに治療薬の製作に取り掛かった。時間がかかると見越しての判断であり、王への直談判がすぐに通ったこともある。王はアインスの母はを信頼しており、国花選定師としてすべきことは、すべて彼女の判断で行ってよい、とまで言った。


しかし、流行り病の早さは誰もが想像を絶する早さで広がりを見せ、このままでは一国が消える可能性さえ出てくる。若いアインスは、母の手伝いを渋々手伝い、母が寝ずに薬を作り出すことに躍起になっているのを眺めていた。

何が原因の病なのか、どこが最初なのか、母はそれを知り違っている―――それが薬を作る一番の方法だったからだ。特に、流行ってしまっているなら治療薬を、終息したならば今度は予防薬が必要になる。2つの薬を作ることは、国花選定師でも容易なことではない。しかし彼女には優秀な息子がいた。今は武人になりたいのなんの、と言って体を鍛えることもやっているが、何よりアインスは頭がいい。だから体を鍛えれば、武人としても優秀なことは理解できた。それが体感としてあるからこそ、アインスは体を鍛えたくなるのだろう。


息子の気持ちを理解しつつ、母はとにかく薬の製作を急いだ。現在できている薬の中から効果のあるものはないか、効果があるならなぜあるのか、さまざまなことを繰り返していく。しかし、実際に特効薬を先に作りあげたのは、東の国の国花選定師であった。

赤い髪をした若い女の国花選定師―――快活で優秀、娘がいると聞いていた。やはり優秀な者は仕事はが早い、と思っていた矢先、今度はその国花選定師が死んだと知らせが来る。まだ薬のさまざまな情報が出回っていない時期。せめて特効薬の製作方法だけでも教えてもらえれば、他国の国花選定師が薬を作れる。

アインスの母は、王に出国の願いを出した。しかし流行り病の蔓延した他国に、自国の国花選定師を出せるほど危険なことはない。王の許可が下りず、出国できる時期は遠くなる。そんな時、それを見かねたアインスが自分が付き添いで行くことを条件に、出国の願いを出した。

傍目には息子のわがまま。しかし実際には母の手伝いと護衛を兼ね、自分の経験を積むよい機会だとアインスは思っている。同時に、東の国の国花選定師がなぜ死んだのか、真相も知りたかった。


こうして、母とアインスは東の国へ行くことになる。東の国は流行り病がもっとも蔓延しており、危険な場所だと他国からも思われていた。だが実際にはほとんどの者が回復に向かい、村や町も少しずつだが機能を回復してきていた。それを見て、アインスはここで何が起こったのだろうか、と不思議に思ったものである。本来流行り病が蔓延すれば、村の1つや2つは全滅する。今回の流行り病は国を滅ぼしかねないほどの猛威を振るっていた。それなのに、と思った時、それは特効薬―――治療法が見つかっているからだ、と母が言う。


それを1人で成し遂げた赤髪の国花選定師は、どれほどに優秀なのか。母が言った言葉を、アインスは忘れられない。そしてそれは、どんな代償を払ったのか、と。


赤髪の国花選定師は、大きな代償を払っていた。それは自分の命。自分の体で薬の実験を繰り返していたこと、それにより最終的に自分自身への薬が足りなくなっていたこと。そして、娘を残したこと。

先代から学ぶことができなかった娘は、母の工房にただ座っていた。花の図鑑を広げて見ては、何も言葉を発さない。ただただ、そこにいるだけ。娘は、母の残した資料や本から学ぶしかなく、それがどれだけ辛く長い道のりになるか、頭のいいアインスはすぐに分かった。


見捨てることは簡単だ。むしろ、残された資料を合法的に譲り受けることも、国花選定師ならばできる。しかしそれをすれば、目の前の娘―――名をメインという―――は、母の意志を引き継げない国花選定師になってしまう。


「お袋や」

「なんだい、アインス」

「暇だろ」

「馬鹿をお言いでないよ。これからが忙しいのさ」

「なら、その忙しさは場所を変えても変わらねぇだろ」

「場所?」

「おうよ。特効薬はこの工房で作ろう。それが手っ取り早いのは、お袋が一番よく分かるはずだ。その間、あの娘を教育してやれよ」

「やれよって、アタシの娘じゃないんだよ」


だが、母も分かっていた。このままでは、この娘の人生はどうなるか分からない。この国も国花選定師を失う可能性がある。失ってしまえば、国は倒れる可能性が高かった。そんな世界で、この娘は必死になって生きていくだろう。しかし結果はでないのだ。先代が、いないから。理由はそれだけ。国花選定師にとって、先代とはどれだけ大事な存在か分からない。


「アンタも面倒みるんだろ」

「みねーよ、餓鬼んちょだぞ」

「はぁ、だったら言い出すんじゃないよ」

「俺は提案しただけだっつの。教育すんのは国花選定師の方がいいに決まってんだろ!」

「なら、アンタが国花選定師になりな」


決めかねていた人生。やりたいことと、使命が違う。自分で選べない使命と人生に、反抗していたアインス。でもそれが無駄ではないと、母は常に教えてくれていた。だから、アインスはどちらにも手を伸ばし、父と呼べぬ国王の背中を見る。

けれども、今は自分の後ろに人が立った。少女は、自分の使命をまっとうするために人生を選べないだろう。国花選定師の母から生まれ、育った。けれども、学ぶ前に母が死んでしまったのだから。

その母の代わりを誰かが、務めることはできるのか。できるのならば、それは同じ国花選定師でなければならない。


「いや、無理」

「無理とか言うんじゃないよ、馬鹿息子。アンタ、そういうところは国王にそっくりで困ったもんだわ」

「アイツはかんけーねぇだろ」

「アンタね、どんなに反抗したって親子は似るものよ。好きでも嫌いでも、離れていても、近くでも。何か親子は似たところを持つものなの」

「じゃあ、なんで俺を生んだんだよ。中途半端に、王位継承権もない、でも国花選定師の息子なら、必然的に俺は道を選べない」

「いいじゃない、国花選定師になれば」


そんな簡単な話じゃない、と母に反抗しようとした時、少女は図鑑を持ってアインスの目の前へ来た。


「これは、なんという花ですか!国花選定師さまは、ご存じでしょう?」

「これは、日陰の花だ。闇の深い国にしか咲かない、珍しい花だが、心の病によく効くんだぜ」

「すごい!やみのふかい国とは、どこにあるんでしょうか!」

「お前、地図持ってねぇの?」

「地図はあります!」

「じゃあ、持ってきな」


持ってきな、と言われてしばらく、メインは下を見たり、左右を見たり、困っているようだった。それを苛々しながら見ていたアインスは、その真相を知る。


「もうしわけございません……。とどかなくて」

「届かねぇ?」

「手が、とどかない場所にあります……」


少女の手は、図鑑を握りしめた。この子は母を喪ったのだ。母は娘が届かなくても、取ってくれる。でもその母がいなくなったから、彼女は地図1つ手に取れない。


「先に言え、どこだ」

「こちらです!」

「お前は遠慮すんな。お前と俺は同じなんだからよ」

「わたしは、国花選定師さまではありません!」

「ちげーよ。俺も……国花選定師の子どもなんだよ」


血族で続く国花選定師の一族。それはそれぞれの国で形を変え、人を変え、引き継がれている。しかし皆、同じなのだ。その人生を受け入れるか、どう生きるか、使命と向き合わねばならない。

少女の手が届かないところにある地図を開き、アインスは地図の説明をしてやった。自分の膝に少女を乗せて、丁寧に国の話をしてやる。


母はそれを見て、息子がまっすぐに育ったことを喜んだ。同時に、国王がこの子に王位継承権を与えなくてよかったのか、国としての憂いを感じるところであった。

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