「俺の膝に乗った女は、後にも先にもお前とババアだけだぜ」
「え、先代も乗せたんですか?」
「アイツ、酒に酔って俺を国王と間違えてな」
「あら~、でも国花選定師って生まれた時からお酒に強い人が多いと聞きますが……まあ、毒の類はすべて」
「ババアは弱っちくてな。だから植物の毒が体内から抜けにくい体質で死んじまったわ」
国花選定師は毒類に強い、特殊な体質を持って生まれてくる者がほとんどだ。その中でも海の国のセインは、特に特殊な体質であると言える。そうやって、何かしら国花選定師の中でも、極めて特殊な体質を持った存在もいるのだ。
それがよく出る場合と、悪い場合、どちらにもなりえる。メインはそのことを話では聞いていたが、実際にそういう存在が間近にいたことを知らなかった。国花選定師が毒で死ぬことはない―――それが通説であったからである。
「まあ、ババアはそういう体質だったからな。俺はそれを受け継がなかった。むしろ親父からの骨格や筋肉を受け継いでるから、代謝が速くて困るわ」
「燃費がいいことはいいことだと思います。魔眼持ちだと、もー、よく食べてよく食べて、スッカラカンですよ!」
「アイツらは特に魔眼の能力が高いみたいだな。魔眼持ちは本来は、魔術の訓練が必要だ。それをもって、魔眼は最大の能力を発揮する」
「お2人はあまりそういった訓練はしておられないようでした。レンカさんも、特にそういう話は聞いていません」
「それなしで将軍と傭兵か。なら、自然に体に身についたんだろうな。面白いもんだ」
知識や知恵を知ることは、国花選定師の中にある知識欲や探求心をくすぐる。目に見えないものは、ただ見えないだけで存在している、と考える人間ばかりなので、少しばかり変わり者に見られがちだった。
しかしそういったところから、多くの薬や薬剤が作られ、病気の治療法もできているので、侮れない。国花選定師がそれだけの精神力を持っていることは、国の繁栄に大きく関わる。
「レンカは砂の国の出身だと言ったが、本当か?」
「本当ですよ。お姉様のスイレンさんは、砂の国の国花選定師です」
「ふむ、あの姉ちゃんは色っぽかったもんな。あれに弟がいたとは。多少は国花選定師の何かを持ってるのか?」
「いえ、詳しいことは何も。正直、お2人の血筋に関しては、詳しく聞いていなくて……」
えへへ、とメインが言うと、アインスは笑顔でメインの頭に拳骨を落とした。女性にも気にせず手を上げるのだ。メインは涙目になりながら、非難する。
「痛いですー!」
「痛くしたんじゃ、阿呆!お前、自分の従者がどんな人間か知りもせんで、連れまわしとったんかい!」
「アシュランさんとは契約していますし、レンカさんは将軍だからいいかなって……」
「阿呆!そんな話じゃないわ!国花選定師はどこで命を狙われるか分からん。だからなんでも詳しく調べる。それが鉄則だと言っただろうが!」
「はい……」
しょんぼりとしたメインは、殴られた頭を自分で撫でていた。いつも怒られる時は拳骨と決まっている。昔から容赦がなくて、遠慮がなくて、だからメインは彼の前では自然になれた。年の離れた兄貴のような、何でも話せて、頼れる人が必ずいてくれることは、母を喪ったメインにとって、とても大切なことだった。
「メイン」
「はい」
「お前は、国花選定師としての自覚が足りねぇわ」
「それはアインスさんも同じです」
「おー、言うね?また拳骨くらいたいのか?」
アインスが拳を握った時、その手を掴んだ者がいる。アシュランだった。その目はアインスを睨みつけ、彼を敵と言わんばかりの勢いだ。
「アインス様、メイン様への暴力はおやめください」
「将軍殿よ、部下にはどうやって躾けをしてきたのかな?」
「暴力ではなく、厳しい鍛錬を課してきました。音を上げたことがない者は1人もおりません。すべて、くまなく、自分自身も音を上げました」
「ちょ、それは、引くわぁ」
レンカは厳しい人間だった。産まれた時からの差別、成長してからの迫害、常に自分自身を否定されて生きてきた彼は、将軍になってからもその気持ちを忘れることができなかった。だから常に厳しい鍛錬を積むことを意識し、それを部下にもさせてきたのだ。そんなレンカでさえ音を上げるような鍛錬ならば、ついてこれる人間はいなかっただろう。
アシュランの腕を払ったかと思えば、今度は彼の腕を掴みにかかる。そして引き寄せて懐に入り、拳がアシュランの鳩尾にはまり込む。殴られれば、大きな痛みを食らうことが想像できて、アシュランの首筋に汗が流れた。
「コイツはよぉ、たまにはちったぁ、水を抜いて乾燥させにゃならんわけ」
「アインスさん、私は田んぼじゃないんですけど」
「それで強くなる植物もあるんだぞ」
「知ってますけどー」
アシュランは、カラカラと話をするアインスが自分の鳩尾に少し力を入れたのが恐くなる。メインにはただ話をしているだけなのに、自分には殺気のこもった拳を押し付けているのだ。なんて男。こんな男が国花選定師だとは思えない。
さまざまな国花選定師を見てきたが、正直どの国花選定師も武力を持たない人間に見えた。毒の知識や頭のよさで、そういったことをせずとも人を陥れ、殺すことはできるだろう。
しかし、この男は違う。どちらも持って、どちらも扱える、そういう存在だ。
「アインスさん、もうアシュランさんを放してあげてください」
「ん~、どっしよっかなぁ~」
「もー!カブルさんも困ってますよ!」
カブルは、と見れば困った顔をして突っ立っていた。きっとこんなことが今まで何度も繰り返されてきたに違いない。だからやたらに手を出すと、自分が痛い目を見るのだ。
「おう、カブル。お守りはちゃんとできたか」
「買い物はまずまず、お食事をとっていただきました」
「よし。じゃあ後はしばらく鍛錬だな」
口を開けば、鍛錬だの体を鍛えるだの、そんなことばかりをアインスは言う。彼は国花選定師でありながら、自分自身を守ることができるほどの武人なのだ。その強さはアシュランが身を持って体験し、よく分かっている。
年齢はレンカよりも幾つか上、30代の後半か。しかしその年齢を感じさせない筋肉、強さ、精神力だ。まさに武人として生きているかのように見える。
「私は旅の準備をしてまいります。アインス様、お相手はアシュラン様とレンカ様でお願いいたします。メイン様はこちらに乾燥させた植物を保管しておりますので、薬、匂い袋、お守り、お好きなものを制作ください」
「よーし、カブルの許可が出たから行くぞー」
アインスは嫌がるアシュランを引っ張り、レンカを引き連れて、工房を出て行った。メインは、カブルの示してくれた場所に、驚くほどたくさんの薬草や花が乾燥して保管されているのを見る。宝物を見つけたかのように、彼女は喜んで飛び上がった。
「素敵!あれも、これも、綺麗に乾燥されてる!」
すべてはアインスとカブルの仕事だ。2人は武人のように振舞っているだけでなく、こういった丁寧な作業も上手くやる。特にアインスは、先代の器用さを引き継いで、細かい作業も上手かった。それなので、国王や貴族から特別な匂い袋や虫除け、中には恋愛に効果がある香料はないか、などの相談の受けている。
「アインスさんの仕事って本当に丁寧で凄いなぁ」
武人のように振舞っているが、中身は国花選定師。植物の声を聞き、丁寧に作業するのが常なのだ。メインの手の中に、1枚の花弁も欠けていない乾燥した花が落ちてくる。
「お茶もできる、薬もできる。いいなぁ」
こんなに丁寧な仕事をするのに、依頼が来るとアインスは心底嫌な顔をするという。ただの面倒臭がりですよ、とカブルは言うが、その時の顔を隠そうともしないので、正直、物の評判は良かったが、アインスの評判は絶妙なところであった。