「2人同時に来るだろ?」
ニヤッと笑ってアインスは、男2人を前にした。アシュランは、少しだけ考える。先ほどは1人だったから負けたのかもしれない、と。勝ち負けに人数は関係ない。この際、嫌だが隣の男と共闘し、とにかく目の前の国花選定師に勝ちたかった。
「アシュラン、無理はするな」
「いや、無理じゃねーし!レンカは右から行けよ!」
「指図するな!レンカ様と呼べ!」
そうは言いつつも、レンカはアシュランの言いたいことを理解してくれたようだ。だから文句を言いつつも右に進んで行く。その足の速さは、アシュランが理解していたので合わせることも可能だった。
「本当に同時に来るとはなぁ、勝ちに来たってわけか」
「うるせぇ、オッサン!!」
アシュランの短剣がアインスの腹に向かう。しかしそれはヒョイと避けられた。この男、本当に国花選定師か?とアシュランは何度も思う。同時にレンカは右から剣を向けたが、それも避けられてしまった。
国花選定師や武人である前に、彼はとにかく頭がいい。頭の回転が、誰よりも速いと言っても過言ではない印象だ。この頭のよさを、アインスという男は自分の能力として十分に活用している。
「ホレ!」
え、と思った時にアシュランはひっくり返っていた。まさかとは思ったが、もう地面に倒れるなんて。悔しいというレベルの話ではない。レンカは倒れたアシュランを気にせずまた向かって行ったが、喉に棒を突き付けられて、止まるしかなかった。
「お前らさぁ、なんで2人もいて同じようなことするわけ?似た者同士なのは分かるけどな、もう少し考えろよ」
クルクルと棒を回すアインスは、まさに棒術の達人のような動きだ。しかし、拳も強いことを知ってるアシュランは、他にもできることがあるのだろう、と思う。
「お前らに足りないのは、圧倒的作戦力だよな。分かるか?」
「さ、作戦は……参謀が」
「他人に任せた作戦は他人のモンになるぞ?わかるか?」
それは、とレンカが言い淀んだ。将軍という最高地位までつくと、自分で作戦を考えずとも部下が持ってくる。その判断をつけるのがレンカの仕事だった。多くのことを難しく判断することはない。できるか、できないか。その二択だけでよかった。
「わ、分かります……」
「メインの奴も頭はいいが、そういったところの抜けたヤツだからなぁ。何もわかっちゃいねぇ。まあ国花選定師ってもんは、元々そうだから仕方ねぇわ。でも、お前等は武人だ。ちったぁ考えろ」
レンカはその場に正座し、酷く反省しているようだった。元々目上の者からの言葉に弱いレンカは、すっかりアインスを信用しきって、彼の言葉に従っている。しかし元は傭兵で、この旅にも半ば強制的に参加させられたアシュランは、そこまで思えなかった。
「おれ、ぶじんじゃねーし」
「おうおう、じゃあただ剣を振り回してるだけか?それなら盗賊も変わらねぇな。下品で物を奪って、殺せば済むと思ってるんか?」
「ああ、そうだ!所詮、人間はみんなそうだろうよ!強いモンが生き残る」
それを聞いて、アインスは一瞬とても哀しい目をしたように見えた。しかし、すぐにアシュランの頭に拳骨を落とす。
「国花選定師の前で二度とそんな口聞くんじゃねーぞ?殴るからな!」
「も、もう殴ってる……!」
「国花選定師の基本は、国を守り、国民を守り、植物や自然を壊さず恩恵を頂戴することだ!殺すなんてのはなぁ、早々簡単に口にしちゃいけねぇことなんだ!」
アシュランはそう言われ、少しだけ考えた。自分は、何なのか。今までも考えてきたが、この心臓になってからおかしい。それは、メインがくれた新しい命。奴隷の契約として強く強固なものであると同時に、この命は、今までのアシュランを変えてしまった。
「俺には親もいねーし」
「だから何だ」
「いないから、喪うとかわかんねーし」
「だから馬鹿なんだよ」
「じゃあ、俺が馬鹿なのは俺のせいじゃねーし」
二度目の拳骨が落ちてきた。それはそれは痛い拳骨で、アインスは容赦がない。この男、とにかく容赦がないのだ。
「馬鹿ってのは、治る馬鹿と治らねぇ馬鹿がいんだよ!」
煙草を吸ってくる、と言い、アインスは苛々した様子でその場を後にした。残されたアシュランは痛む頭を撫ぜながら、ため息をつく。いないものはいないのだから、喪うということが分からない。
「居ても、愛情をもらえないならば、居ないも同じだぞ……」
「アンタには姉ちゃんいるだろ」
「親もいたがな。俺は、居ない存在。居ない存在にされるのも、なかなかに辛いものだ」
金色の髪を垂らし、男前な顔で言われても、アシュランはそういうものか、としか思えない。しかしこのレンカの心の闇も深そうだ。深い闇を背負った男前の将軍ともなれば、さぞ女性たちにちやほやされたに違いない、と誰もが思うが、彼の場合は逆だ。
国全体がレンカのような容姿の存在を異質だと認め、レンカは生まれながらに差別や迫害を受けた。今でこそ逞しい男性に成長したが、かつてはボロボロのただの子どもだったのである。
「とにかく、俺とお前は共闘することを覚えるべきだな」
「へッ!」
「いつの日か、共闘することで利益が出るかも分からん。我慢しろ」
いつの日か、ということはその日まで我慢しなければいけないのではないか、とアシュランは思った。そんなこと自分にできるわけがない。そんな遠い未来、見えない明日まで我慢して過ごすなど、できるわけがない。
「俺はレンカと一緒に戦う気はねぇ。アンタの拳は重いんだよ」
「黙れ。レンカ様と呼べ」
「お前が気にしてるのはそこか!」
「俺の方が年上だからな」
「はぁ!?だからって、今は将軍でもなんでもないだろうが!」
食ってかかれば、掴みかかっての喧嘩。殴って、相手の髪を引っ張って、上着を引きちぎり、足を蹴る。
2人がそんなことをしている間に、アインスが戻ってきた。煙草好きな国花選定師は多く、体に害が少ない煙草を自作しているとの噂だ。そんな美味い煙草を吸った後に見たのが、目の前で、男2人が団子になっている。
馬鹿な奴ら、こんなところで取っ組み合いの喧嘩だ。こんなことで、本当にメインを守っていけるのか。こんな馬鹿たちが、いつもいつも優秀に働けるはずがない。これは止めるまで止まらないつもりか。それならそれで、いつまで続けるつもりか。相手を殺した時には、自分も死ぬような状態だと、なぜわからない。
アインスはそう思った時、彼らの生い立ちが自分に重なった。アインスは王と国花選定師である母の間に産まれたが、基本的に兄弟とは引き離されて育った。そもそも兄弟であると聞いたことはないくらいだ。そうなれば、兄弟の加減、兄貴の強さや、弟のわがまま、口喧嘩や殴り合いなど、するべき過程をせずに育つことになる。すると、他者に対する加減も分からなくなってくる。
若き日のアインスは、何度か鍛錬の相手を殺しかけたことがあった。別に殺そうと思ったわけでもなく、叩きのめしたいと欲望があったわけでもない。自分にしてみれば、ただ普通のことのように感じていただけだ。
ただ普通にしているだけで、自分は人を殺せる―――それに気づいた時、アインスは自分の能力をきちんと制御し、むやみやたらに使ってはいけない、と思った。
「おい、馬鹿ども」
もう1回煙草を吸いに行きたいな、とアインスは心底思った。しかしこんな馬鹿たちでも、学ぶ場所がなければ、そうなってしまうのだ。将軍になったレンカもそうだろう。もしかしたら、アシュランとの出会いで、レンカはやっと押さえつけられていたものから、解放されたのかもしれない。
「馬鹿ども、飯を食わしてやるから、もうやめろ」
飯、と聞いて、2人は子どものように目を輝かせた。