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第47話

本当はもっと鍛錬をしておく方がいいに決まっている、とアインスは分かっていたが、この馬鹿たちを止めるには食わせる方が早いと思った。カブルがすでに食事を与えた、と言っていたが、それでもこの反応だ。

後からついてくる。ヒヨコのように。仕方なく、アインスは2人を王宮の調理師がいる場所まで連れて行った。普段アインスは権利があるにも関わらず、王宮の調理師から食事を受けない。1つは身を守るため。もう1つは普通に味付けが嫌いだった。

しかし、大食らいの彼らならば気にしないだろう。そう思って、調理師にとにかくたくさん食事を作れ、と依頼した。次々に運ばれてくる食事は、それはそれは立派なものばかりで、美味そうだ。香りもよくて、香ばしく焼けていて、肉も魚もふんだんに使われている。

「さすが、王宮……!」

「このあたりは畜産が上手くできているからな。山向こうは酪農も盛んだしよ。チーズやバターなんかも手に入る」

「こ、高級品だ……!」

将軍であったレンカがそう言うのだから、そうなのだろう。アシュランは何が高級品なのかよく分からなかったが、とりあえず口にした。美味い。これはこれは美味すぎる。

「うまぁ、このトロッとした奴はなんだよ、オッサン!」

「それがチーズだな。発酵食品だから長持ちするんで、山向こうから持ってきても傷みにくいんだ」

「うめぇなぁ、これ!」

子どものように喜ぶアシュランを見て、レンカもチーズを口にした。美味い。これは砂の国では食べられない味だ。

「砂の国じゃ、暑すぎて日持ちしねぇからな」

「美味い……」

彼らは異国の料理を堪能した。カブルの連れて行ってくれた大衆食堂も悪くはなかったのだが、こちらは高級感が違う。珍しい食材に、珍しい調理法。さまざまな味。それらが集まって、いい味になっている。


アインスは、カブルの話から理解できたようにとても面倒見のいい存在である。見た目は少々恐いと感じる、やんちゃなところを持った中年男性だが、中身はいい兄貴分、と言ったところだった。

もしも国花選定師にならなければ、武人になっていただろうし、武人になったらなったで、かなりの実力者になれたはず。人をまとめて、部下を育てて、しっかりと功績を作って…と考えながら、レンカはアインスの今までを思い出した。いや、きっと彼の思惑について来れる人間は少ないはずだ。彼が思うところの、鍛え方や考え方、最終的な結果、結論になるまで、普通の人間はついていけない。

メインのようにそもそも国花選定師の家系であったり、カブルにように生きる場所が少ない者は、ついていける。そもそも、メインとカブルも思慮深くて聡明な人間だ。アインスの考えること、やることへの理解がしっかりできているからこそ、何をされてもついていける、というのが事実だろう。

もしくは、自分やアシュランのように体の強い者。体の強さは、頭のよさに匹敵する。とにかく体が丈夫なら、大体の武人に扱かれても怪我くらいで済む。命を落とすような危険なことはないだろうし、アインスの矢鱈滅多な強さにもついていけるのだ。

それを考えると、彼はある意味武人向きではないかもしれなかった。将軍であったレンカも、部下を育てたり、自分の弱いところを見せられなかったり、武人としての振る舞いはとても見られて過ごした。特に、姉との関係はとても大切で、姉だからと言って国花選定師に甘えることもできなければ、横柄な態度をとることも許されない。

身分の違いさえも受け入れられるか、上から叩かれても、殴られても、必死になってついて来れるか―――それが本来、武人にとって必要なことだ。アインスはむしろ、そういったものに反抗的である。


「なあ、アンタはなんで食べないんだ?毒見か?」

アシュランの頭の中は、割と阿呆の塊だ。頭が悪いというよりは、若干子供っぽくて単純。そんな印象である。だから相手にも平気でそんなことを聞けた。

「毒なんか入ってねぇっての。俺はあんまり食わねぇんだよ」

「なんでだ?アンタも魔術くらい使うだろ」

「魔術を使うから飯を食うんじゃねぇぞ。お前らの魔力は勝手に使われてんだ。魔術みてーに制御してるわけじゃねぇ。まあ、簡単に言えば勝手に常に発動状態だな」

そんなもんか、とアシュランは妙に納得している。アインスが大きなため息をつき、宝の持ち腐れと言った。確かにそうだな、とレンカも思う。しかし魔眼とはそうそう生まれるものでもなく、実のところかなり希少価値が高い。

魔眼の最上級は赤、次は深い赤、価値が下がるにつれて色が薄くなったり、混ざったりする。レンカは赤なのでかなり価値の高い魔眼なのだが、アシュランの場合はかなりの例外だ。

紫―――彼の髪の色にも反映されているが、紫とは母体が妊娠中にかなりの魔力を使った反動を受けて、その色になっていると言われる。自然にはなかなか現れない色合いであり、そんな特殊な状況も滅多にない。つまりは、アシュランの母親はかなり崇高な魔術師である可能性が高いのだ。ならばなぜそんな魔術師が我が子を捨てたのか。捨てねばならない状況だったというならば、それはまさに国家の危機に相当する何かがあったとも言える。

「レンカ、もう食わねえのか?」

「あ、いえ。いただきます」

「食っとけ。これから行く山岳地帯は、なんもねーぞ。熊でも狩らにゃ、食い物がないかもしれねぇからな」

レンカはそれを聞いて、さすがに熊は食いたくないと思った。過去に口に入れたことはあるが、熊などの雑食な動物は、肉に臭みがあって食べられるが、食べるのに気合がいる。しかしその横でアシュランは喜んでいた。

「なんだ、熊がいるのかよ!」

「おー」

「熊鍋は美味いもんなぁ!」

何言ってんだコイツ、とレンカは思って引いていた。目の前に広がる美味い食事に比べたら、天と地の差。熊肉ほど不味いものはない。しかしアシュランは目を輝かせている。

「おめぇ、熊が食えんのか?」

「おうよ!美味いだろ」

「アレが美味いたぁ、お前、やっぱり産まれは山岳の方だなぁ。アイツらは腹ん中に、熊の独特の臭みを分解できる酵素を持ってんだよ」

アインスは、近くにあったワインだけ飲んだ。彼の話は難しいが、要はアシュランの故郷は山岳地帯である可能性が高いのだ。この国、しかも地域が限定で来た。そうなれば親のことも知る機会があるかもしれない。

「こーそってのは知らねぇけど、俺は美味いと思うぞ。まあ、そんなこと言う奴会ったことねぇけど」

「熊は……臭いからな……」

青い顔をするレンカを見て、アシュランはやっぱりみんなそうなのか、と思った。さまざまな地域の、さまざまな動物を口にしたが、熊などの山の動物を好んで食べる人間はほとんどいない。メインに見せたらひっくり返るかもしれなかった。

「まあ、お前が平気ならいいさ。さっさと飯を食え。出発の前に、俺はすることがあるんだわ」

それは何なのか、と問うまでもない。国花選定師の行動範囲は国王によって制限されている。そのため、移動の許可を国王にもらいに行くのだ。


一方その頃、メインはアインスの工房を我が物顔で使用中であった。綺麗な花を見ながら、解毒薬や気付け薬などを調合していく。

「手つきがアインス様に似ておられますね」

「アインスさんは、私の師匠みたいなものですから!」

そう言って、彼女は瓶に薬を詰めていく。かつて少女は年上とは言え、若い国花選定師に多くを学んだ。他国の国花選定師に育てられるなど異例のこと。しかし、あの時の技術だけでなく、たくさんの思い出がメインを今でも成長させてくれているのは確かだった。

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