洞窟の奥、完全に地下に咲いている花を見て、メインはすでに活気づいていた。山に同調することで、明らかに眠りの中にいたというのに、彼女は今はすっかり復活している。不思議なものだ、と思う反面、それだけこの花の生気が強いことと、メインの相性がよかったのだろう、と感じられた。アインスは、メインの笑顔を見ながら、昔と何も変わらないな、と思う。
先代の国花選定師は、とにかく優秀な存在。そう言われることの大変さ、辛さは、アインスが一番よくわかっていた。それほど母が植物から愛され、国王からも愛されていることを、息子なりにわかっていたからだ。同時に、同じ立場であるメインは幼くして母を失った。メインの母は、かつて大陸を横断するほどの活力と知力、行動力を兼ね備えた国花選定師であり、そのすごさは他国の誰もが聞き及ぶほどである。
あの国がそれだけ栄えたのは、メインの母がいたから。そう言われることも、とても多かった。メインと同じ赤毛に、緑の瞳。他国ではそれを希少な色として、聖女だの、能力者だの、と称えることもあるという。しかし、アインスからすれば、彼女はごく普通に育った国花選定師。母がいなくとも、なぜそんなに育ったのだろうか、と思えるほど。つまりそれは【ごく普通】という基準が高いのかもしれなかった。
いつの日か、この娘は国を支える―――それは自分も同じことなのに、なぜか上手く伝えられず、上手く判断もできなくなる。父のようになりたくないと思ったり、母のようになりたいと思ったり、国花選定師だけに縛られたくないと思っても、こうやって花を目の前にすれば、それだけに集中したくなる。自分の気持ちがどこにあるのか、国花選定師はなぜこんな思いをするのか、アインスにはわからなくなってきていた。年を取っただけだ、と言われればそんな気もしてくる。
時間が経つにつれ、やはり人は年を取る。成長だけではなく、自分自身の人生の終わりを見据えて生きねばならなくなった。子どもを残せない自分にとって、これから先をどうすべきかはかなりの問題だ。国花選定師は血族者でなければならない。父親の業のせいか、ただの偶然か、自分は子どもを成せない存在だと知って幾年かすぎた。そもそも持つ気がなかったので、大して大きなことではないと思っていたが、父が弱ってくると考えてしまうのだ。
そんな時に、母の残した手記から、この山に10年に一度、もしくはそれ以上に一度しか咲かない花があることを知った。母はなぜそれを自分に言わなかったのか。言わなかったのではなく、明確に隠していたのだとアインスは思う。この場を息子に知られれば、息子は優秀だから花の存在を研究し、公表する。そうすれば、この地は2人だけの場所ではなくなってしまう―――それが嫌だったのではないだろうか。
母の考えそうなことだ、とアインスは思いながら、花を見る。美しく咲く花は、ただの花のように見えるが、おかしいのだ。日の光を得なくとも成長し、開花する花はない。すべての植物は日の光を基準に生きている。
「カブル」
「はい」
「花を採取する。土ごとだ」
「わかりました。ですが、数に限りが」
「最大限詰め込めぇ」
「承知しました」
カブルの背中をバシンと叩き、アインスは花の採取をカブルに任せた。彼には武人としてのことだけでなく、アインスの補佐ができるくらいのことはすべて教え込んでいるつもりだ。それくらいできなければ、国王の末の息子など、生きていけない。父はこの息子のことをどれくらい覚えているだろうか、と思いながら、忘れていたとしても構わないと思った。カブルは弟であり、自分の大事な家族。ここまで育てて、損をした気分など一切ない。
「アインス様」
「どうした」
「根が……すべてつながっているようです」
「いい発見だわ。よし、アシュラン、レンカ!花をたどって先に進むぞ」
先に進む、と言われても、まだ先があるというのか。細々とした道しかない先を、2人の男は進み始めた。レンカは警戒心を持っているが、アシュランは前しか見ていない。国花選定師との契約によって、彼はまさにメインと同じ状態になりつつあるのだ。日に日にそれが強くなっているような気がする、とレンカは隣に立ちながら思った。
「アシュラン、気をつけろよ」
「わかった。でもさ、この先からなんか、すげぇ匂いがするんだ」
「匂い?」
レンカの花にも微かに香る、その程度。しかしそれはきっと、国花選定師の鼻だからわかる程度なのではないだろうか。
「アインスさん、海の花をご存じですよね」
メインは、アインスの横を歩きながら、レンカとアシュランの背中を見ていた。2人の背中を見ながら、話しかけるのは隣のアインスである。
「おう。決まった時期に海に流れてくるっつぅ、まあ、万能の花だな」
「私たちはその花がどのように育っているか見てきました。海の中で根がつながっているんです。なんだか……ここによく似ている」
「植物はある程度は似ているもんだろ。でもまあ、お前が言うんならな」
「あの花は、基本的には人魚か人魚の血を引く存在でなければ、育てられません。この花にはそんな危険はないでしょうか」
「まあ、危険があると仮定して、アイツらを先に行かせたんだ。少しは魔眼を活用してくれよ~ってな」
「アインスさん!魔眼の鍛錬をしていないお2人には酷ですよ!」
メインはそう言ったが、アインスはそこまで思わなかった。何が酷か。宝を持って生まれ、それを活用できないのは、自分のせいだろうとしか、思わない。魔眼を持ちながら、その活用ができないとなれば、ただ魔力や体力を食われるばかり―――永遠の空腹を味わうのだ。ならば、少しくらい活用できるように前に立たせてもいいだろう、と思うのがアインスの考えだった。
「まあ魔眼の鍛錬っちゅうーのも、こいつらくらいなら、普通の武人の鍛錬と同じだわ」
「そうなんですか?」
「まあな。だからそんなに大声出しなさんな」
アインスはそう言って、メインの頭をグリグリと撫でた。節くれだったその指は、国花選定師として酷使されていると同時に、武人としての鍛錬も失われていない指だ。強く固く、国を守り続けてきた証拠だと、メインは思う。
「アインスさん、あの――――」
メインが話しかけた時、前方からアシュランの大声が響いた。