アインスは聞こえた声の方を見て、彼らが何かに気づいたのだろう、と思う。
この先にあるのは、花の群生地だろう、とアインスはすでに予見していた。母が残した言葉、それは美しい花がたくさんある、ということ。父と母の思い出の地は、本当に2人だけの場所だったのだ。それが今、別の誰かの侵入によって、明かされていく―――母は、それを望んでいたのだろうか。
だが、この花の特殊性などを考えれば、この花は研究し、世に出さねばならない。父と母の愛情だけで、縛っていい存在ではないのだ。きっと母は、それが自分ではできなかったのだろう。いつの日か、とは願っていたのかもしれないが、結局決心が決まらず、最期の時を迎えた。もしかすると、それでよかったのかもしれない。母にとって、この場所はとても大事な場所だからこそ―――自分で暴くことができなかった。
「アインスさん、行きましょう!」
「ああ、走んなよ。お前、こけるぞ」
「大丈夫です!」
メインは、別に何かを気にしている様子はない。彼女の中には、この花のことを自分がどう研究するか、この花の習性は何なのかなど、そういった国花選定師としてのことしか浮かんでいない。彼女らしいと言えばそうなのだが、それが【国花選定師として、本来あるべき姿】なのだろう。アインスにとって、研究や調査など、国花選定師としてすべきことはいくらでもできる。むしろ、それを嫌いになれないからこそ、武人としと国花選定師の間を取るしかなかった。
しかし、彼女はそうではない。国花選定師としてすべきことを、優先できる―――それが彼女に流れる能力として、明確に出ているだろう。
「うわ……!」
メインが見た先にあったのは、美しい花が咲き乱れる広い空間。外に出たのか、洞窟の一か所なのか、まだよくわからない。しかし、その群生地はとにかくたくさんの花をそこに咲かせていた。
「こんなに、たくさん……誰かが手入れをしていたんでしょうか」
「いや、ここは自然のままだな」
「わかるんですか?」
「土の匂い、花の咲き方、人の入った形跡が一切ない」
その短時間で、アインスはそれだけのことを理解していた。この場所は、人の手がかかっていない場所。他に入り口もあるかもしれないが、最も大きな入り口はここだろう。複数の男が通り抜けできることを考えても、他に入り口があるのは考えられない。
「オッチャーン!」
アシュランが花の群生地の奥から手を振っていた。
「うるせーぞ、アシュラン。デカい声出すな」
「こっち、見てくれよ!」
「ああん?」
その先にあったのは、水の流れる場所。そして、その中に見えた輝くもの。
「砂金だぜ、これ」
「砂金が……こんなに」
アインスは、水の流れを確認した。水の流れは、そのまま植物の生息の場所と同じものだ。それならば、この砂金に関わるものは、この花たちになる。
「水をきれいにしているのかも」
そう言ったのはメインだった。すぐにそんなことを言いながら、花の根元を掘っていく。出てきた植物の根は、水をたっぷり吸いながらも、ややくすんでいた。
「……アインスさん、ここの水を飲んではいけません」
「ああ、そうだな」
「ここの土地は毒されています。多分、自然発生した毒だとは思いますが……きっと、この花が芽を出し、花を開くまで、何年もかけて浄化してるんです」
メインの説明を聞きながら、アインスはその手に土を取った。少量ならば害はないが、多くを長年体内に入れ続ければ、何かが―――体内を壊す。まさか、とアインスは思った。まさか、母は長年この毒に犯されていたのではないか。もしくは、この毒に気づいていて、この場へ来ることをやめたのではないか。
「砂金は偶然でしょう。水が浄化される時に、偶然砂金が集まったと思います」
「……もしかしたら、この場所を守るために、花がそうしたのかもしれんな」
「え?」
「この場所を守るために、砂金を集め、欲に目がくらんだ奴はそれに手を伸ばし―――毒を摂取しちまうように」
それは、ここにいる植物たちの意思なのか。
それとも、誰かがそれをしたのか―――今となっては、わからないこと。
しかし、ここに人は長居できない。毒に強い国花選定師でなければ、調査も研究もできないだろう。どうしてこんなことに、とメインは思ったが、自然と偶然が重なり合ったのかもしれない、と思うしかなかった。
一行は、少し離れた場所で花が咲いている様子を見た。花の何に危険があるか、わからない。だからこそ、今は少し離れて観察することが望ましかった。
「メイン様、お疲れではないですか」
レンカがメインに話しかけると、その横顔はまだ花を見つめていた。姉も国花選定師であるが、こんな顔を見たことがない、とレンカは思う。国花選定師は真面目な人間ばかりである、と認識しているが、彼女は少し違っていた。何が違うのか、と問われると難しいのだが、国花選定師の弟であるレンカがそう思うのだから、すべてが間違っているわけでもないだろう。
「大丈夫ですよ、レンカさん」
「山と同調しておられたので、心配しました」
「いつもじゃないんですけど、自然の深い場所ではたまに」
「姉はそういうところがなかったもので」
「スイレンさんは、きっと違う方面なのではないでしょうか」
「そう、でしょうか……」
「国花選定師は、特別な能力を持つ場合があります。でも、本人が気づかないこともありますし、時にはそれがすぐには発現しないことも」
つまりそれは、弟でも気づかないことがあるのか、とレンカに思わせた。彼にとって、姉のことはよく知る家族だ。正確には、唯一よく知る家族なのである。そんな姉に、自分の知らない能力があるとするなら―――それはもう、自分と姉の世界が違えたと思うしかない。
「でも、この花の浄化作用は素晴らしいと思います。地中の毒を養分として育つなら、その作用を加工すれば、多くのことに役立つはず」
「毒を養分……少し、砂漠の花に似ていますね」
「確かに……あの花は死体を養分にしていたのも、事実ですし」
「構造などが似ているのかもしれません」
言われてみれば、それは有り得る話だ。砂漠の花、海の花など、共通点が多い。元は同じ植物であった可能性も、非常に高いだろう。生息する場所によって、変化があるとするのなら―――誰か、人の手でそうされた可能性も捨てきらない。
アインスも、同じことを考えていた。先代の国花選定師である母が、父との愛情との中で、隠したかっただけではない、何か―――
それを、息子であるアインスは感じていたのである。