「よかった、アインス様のお話どおりだった!」
ヒーサヤングはメインの知っている名前を口にする。それを聞いて、メインは彼の話を聞いてもいいかもしれない、と思った。それくらいに、彼女の中でアインスという国花選定師の信頼は大きいのだ。
「あの、どうしてアインスさんをご存じなのでしょうか」
「あ、えっとぉ、俺ぇ、アインス様と年が近いと言いますかぁ」
間延びした話し方に、メインは少し困惑した。こんな男がアインスと年齢が近いとは、考えられない。あのアインスならば、すぐに拳骨を落としてくるような話である。
「俺ぇ、ここに追いやられてから、ずっとアインス様に助けてもらってぇ」
そんな話になってくると、目の前の男はポロポロと涙をこぼし始めた。こんなところでいい歳をした成人男性に泣かれては、メインの方が困ってしまう。しかし、ここに追いやられて、とはどういう意味だろうか。
「俺ぇ、国花選定師なのに、弟子だった奴に地位を奪われちゃったんですよぉ」
「え?そんなことってできますか?」
「よくわからないんですけど……俺も先代の親父から引き継いで、必死こいて国花選定師のことやっていたのに、いつの間にか役立たずって言われて、王宮からこんな場所に追いやられちゃって」
メインは、例えそれが陰謀であっても、国のことを考えれば無策だとしか思えない。正式な国花選定師を置かねば、国は傾く。薬の1つも流通させることができず、新たな植物を国内に入れることもできない。それだけ命に関わる存在を、王宮から追い出すことなど不可能だ。
「あの、ヒーサヤングさんは、正式な国花選定師なんですよね?」
「はい。ほら」
彼の白い手の中で、花が開いた。それは枯れた花を復活させる能力だ。それを見て、メインは目を丸くした。
「う、うそ!?どんなに国花選定師だって、枯れた花を戻すなんて……!」
「あー、やっぱりそうですよね。俺ってぇ、昔からこんな能力だから、親父も気味悪がっちゃって」
「国花選定師にはさまざまな能力の人がいると聞きます。でも、あなたのような能力は特異中の特異かも」
「ですよねー!だから、アインス様は俺によーっく指導をしてくださってぇ」
アインスにとって、こんな存在は研究したいに決まっている。その能力があれば、花や植物の保存、保管に難しいことを考えなくて済む。使い方によっては、とても便利なものだ。しかし、その能力を多用して、ヒーサヤング自体に問題はないのだろうか、とも感じられた。
「あの、ヒーサヤングさんは能力を使って、心配なことはないのですか?」
「心配ですか?いっぱいありますよー!住むところも、食うものもなくなっちゃってー!」
そういう意味じゃなかったんだけどな、と思いながら、メインは乾いた笑いをするしかなかった。
ヒーサヤングは、メインを自宅という小屋に招いてくれた。そこにはさまざまな植物や研究途中の道具、本、など散らかっている。アインスの工房は、そもそもきれい好きなアインスが整えていたこともあるし、何より優秀なカブルがついていたからきれいだったのだ。でも、ここは違う。
「散らかってて、すみません」
「いえ、私の工房も変わりませんよ」
「お茶を淹れますね」
そう言って、彼は慣れた手つきでハーブティーを準備してくれた。お茶をしながら、2人は話を続けていく。
「アインスさんは、こちらに来られるんですか?」
「はい、何年かに一度くらいですけどぉ。今は手紙などでやり取りしています」
「そうだったんですね……ちなみに、私のことはなぜ」
「アインス様が、来るから面倒見ろ、と」
なんてことを送ったんだあの人は、とメインは飛び上がりそうになった。アインスにとって、目の前のヒーサヤングはカブルと同じ程度にしか考えていないのかもしれない。
「あ、あの、さっき、私、沼に落ちたと思うんですが……」
「あ、アレは沼じゃなくて、植物の体内です。ここ一帯は、植物の根があって、人が通れるくらいあるんですよ」
「引っ張られたんですけど」
「うーん、気まぐれに何かを引き込んで引っ張って、遠くに出すのが好きみたいなんですよね。だから、もう濡れていないでしょう?」
「た、確かに……」
沼に落ちたから濡れている、と思っていたはずだが、そうでもない。少しばかり湿った感じはするが、不快感はなかった。沼だと思っていたのが、巨大な植物の体内だったなんて。もっと詳しく見ておけばよかった、とメインは思ってしまう。
同時にやはりどうして彼が国花選定師でありながら、王宮を追い出されてしまったのか。それが理解できないのだ。こんなに優秀で、特殊能力を持つ国花選定師を簡単に排除はできないはずだ。
「メイン様ぁ、俺って王宮に帰れないんですかねぇ」
「あの、ヒーサヤングさん」
「はい?」
「あなたが王宮を追い出された一番の理由は、何ですか?」
何ですか、と言われて、目の前の男はえーっとぉ、と子どものように言い出す。メインはその様子を見て、嫌なことが頭に浮かんだ。もしかしたら、と思ったのである。
「あの」
「はい?」
「お伝えにくいことですが」
「はいぃ?」
「色恋沙汰では?」
「ち、違いますよぉ!俺が好きなのはぁ、アインス様だけです!」
ヒュッ、とメインは息を飲んで、吐くのを忘れた。目の前の男は、きれいな顔をして何を言ったのだ?誰を好きだと言ったのだ、と思った時に、メインは後ろにひっくり返っていた。
「メイン様ー!?お気分でも悪いんですかぁー??」
「え、いえ、ヒーサヤングさん、え?アインスさんを??え???」
武人の国の国花選定師でありながら、正当な国王の血筋を引く存在であるアインス。その男らしさは、時に多くの者を魅了するのは、メインでもわかる。やや乱暴者だが、いい男性だし、本当は愛情深くて、人情味あふれる人なのだ。でも、そんなアインスでも男だ。ヒーサヤングがどんなに中性的な印象でも、アインスは男性を選ぶことはない。
「え、えっと」
「素敵ですよねぇ、アインス様!俺は兄弟がいませんしぃ、本当にいい兄貴分と言いますかぁ」
「そ、そういう意味ですか?」
「え、どういう意味だと思ったんですか?」
この男、きっと王宮内で問題を起こす、問題児だったに違いない!とメインは思った。
アシュランは、メインの気配を追ってついに穴から飛び出した。最初こそ沼だと思っていたが、どうも道のようになっている。つまり何か筒のような中を通って、出口に出た、というのが真実だ。出た後によく見れば、それは植物の中だったことがわかり、アシュランは気持ちの悪い植物もいるものだ、と思う。
「うへぇ、なんだよ、ここ」
周囲は人が住まうにしては、汚くて不便そうな場所である。自然の中なので、メインは喜びそうだが。
そんなことよりも、レンカと合流するためにもメインの行方を探さねばならない。彼女はどこにいるのか、と思って探していると、金色の髪をした青年が小屋に入っていくのが見えた。
「おい、オッサン!」
乱暴にドアを足で開けた青年は、ただの男には見えなかった。アシュランは、彼の衣類の下に鍛えられた筋肉があり、普通の男ではないことをすでに認識していた。
「あ、コリーン!?」
「オッサン、反省はしたのか?」
室内からも声がする。会話しているようだが、内容は辻褄があっていないようだ。
「おい、オッサン!?また女連れ込んだのか!?」
「え、コリーンくん、この人はちが……!?」
「俺に何発殴られても、気が済まねぇようだな!!」
金髪の男が怒っているのを見て、アシュランはとにかく飛び出すしかなかった。