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第71話

ヒーサヤングに殴りかかろうとした金髪の青年を、アシュランは片腕で止めた。しかし同時に、その本人からひどく睨まれる結果になる。

「誰だ、てめぇ」

見た目は優男だが、その目には狂気が宿っている―――アシュランはこの青年から自分と同じ臭いを感じたのだ。

「悪いが、俺はそこのちんちくりんの護衛でね」

「アシュランさん!?」

メインはアシュランが自分を追ってここまで来てくれた、とすぐに気づいた。それにしても、彼の口から護衛という言葉が出るとは思わず、少しだけむず痒いようなものまで感じる。確かにそのつもりで雇い、ここまで連れてきたのだが、まさか自分の口から言うほどにまでなるなんて。

「お前ら、どこの国の人間だ?ああ?」

柄の悪い男だな、とアシュランは思った。こんなところで傭兵に近い存在に会うとなれば、今度はレンカと揉めるだろう。あちらはあちらで、まだまだ真面目な将軍が抜けないのである。アシュランにとって、レンカはすでに旅の仲間で、信頼のおける人間だと認識できていた。しかし、それはあくまでもともに過ごした時間が長いからだ。もしくは、アインスやカブルのように、メインとの関係ができあがっている人間は、アシュランも自然と受け入れることができた。

だが、目の前の狂気を持った男とは、上手くやれる気がしない。こんな男、どうしてここにいるのか。メインの前にいる別の男も、意味不明だ。

「貴様ら、他国の刺客だな?」

「はぁ?」

「こんなツラしてるが、これでもこのオッサンはうちの国花選定師でね!」

金髪の青年は、背中から隠していた剣を抜き出す。スラリとした細身の短剣は、その男の手に収まり、まるで生き物のように輝き出した。

「はぁ!?このオッサンが国花選定師なのか!?」

「驚くのそこですか!?」

アシュランの驚きに、メインも驚いた。確かに国花選定師となれば、本来は王宮で立派にしているイメージなのだろう。しかし、メインを初めとする一部の国花選定師は、自分の身なりなど気にせず研究や開発に関わっているのだ。アインスに関しては体も鍛えているので、初見ではどう見ても武人にしか見えない。

一方ヒーサヤングは、魔術の影響であろう緑の髪に、青白い肌、切れ長の目、と言ったところで、どう見ても魔女に近い。むしろ、そう言った方がしっくりくるくらいだ。中性的な容姿は、話をすれば声から男性だと理解できるが、見た目だけでは判断が難しいところもある。

「で、そこのちんちくりんはなんなんだ?護衛までつけた女がこんなところで、何してやがる?」

「そのちんちくりんも国花選定師なんだよ」

「ちんちくりんの国花選定師」

メインは、目の前にいる男性2人からちんちくりん、と言われ続けて苛々した。2人が大きすぎるのだ、とも叫びたくなる。2人だけでなく、レンカやアインスもだが、身長が高すぎる。高すぎて、自分では追い付けない世界なのだ。

「ち、ちんちくりんではありません……!メインと言います!」

「メイン……赤毛に緑の瞳の国花選定師か!」

金髪の青年は、思い出したようにメインを見た。彼の記憶には、東の果ての国に赤毛の国花選定師がいるという噂があり、その国花選定師はとてつもない才能を持ち、植物に愛された特別な存在だという。

「え、私はそんなんじゃありませんよ!?」

「そうなのか?アインスの旦那が言ってたんだぞ?」

「え!?アインスさんは、何を言っているんですかぁ!?」

アインスは出会った人間に『メインという赤毛で緑の瞳をした国花選定師は、素晴らしい』と吹聴していたらしい。しかしそれは、これからさまざまな場所で名前の広がるメインを助けるための話だ。アシュランは、そうすることで簡単にメインに手が出せないようにしている、と思う。頭のいいアインスならば、そういった知的なことをして、周囲からメインを守るようなことはする。それが賢いやり方だと知っているからだ。

「もー!!すぐ勝手なことを言ってぇ!!」

メインは地団太を踏んで怒っていたが、金髪の青年はそんなメインをジロジロ見ていた。

「アンタ、モクセイの花には種類がいくつあるか知ってるか?」

「え?モクセイは基本的に木が二種類の花を咲かせます。でも、それとは別に、西方面の国には、膝丈程度の高さにしか伸びないモクセイの木もあると聞きました」

「ふーん。じゃあ、傷口が開いちまった時にはなんの植物を使う?」

「あの、植物を使えばいいってわけではないと思うんですが……まずは一般的な処置を行い、それで無理なら植物を使います」

「へぇ、医療の知識もきちんとしてんだな。ま、国花選定師ってのは嘘じゃなさそうだ」

金色の髪を揺らし、青年は言う。メインはこの人は何なんだ、と思って青年を見ていた。

「俺はコリーン。国花選定師ヒーサヤングの護衛の1人だ」

「護衛……」

国花選定師に明確な護衛がつくのは、特別な時に限る。王宮にいる限りは、国王と同じくらいの敬語の中で生活しているので、別に護衛をつけるとなれば何かしらの理由があるのだ。

コリーンは、ヒーサヤングを指さして言う。

「このオッサンが王宮で色恋沙汰を繰り返しやがってな。反逆にあってんだわ」

「コリーンくん、俺が好きなのは~アインス様だけ~」

そんな軽口をヒーサヤングが言うと、コリーンはその胸倉を掴んだ。どんなに傭兵だろうが、部下だろうが、国花選定師をそんな風に扱える存在は親でもいない。メインは慌てて止めようとしたが、当人であるヒーサヤングはヘラヘラしている。

「コリーンくーん、俺はぁ~」

「ったく、アンタがもっとしっかりしねぇから、その地位さえ追われちまったんだろうがよ!」

「えへへー!追い出されちゃったもんねー!」

まるで子どものように笑っている。それを見て、メインはおかしい、と思った。ヒーサヤングの髪、肌の色、そして精神。もしかして、と思い当たる節があったので、彼女はコリーンに尋ねた。

「もしかして……中毒では?」

その言葉に、コリーンは目を見開き、ヒーサヤングを工房の奥へと連れて行った。


しばらくすると、コリーンだけが戻ってくる。

「アイツは今、この前見つけた花の選別をさせてる」

「させてるって……」

「アンタの言う通りだよ。ヒーサヤング様は、中毒症状に陥っている。先代の国花選定師もかなり無理をして、ヒーサヤング様が腹にいる時に魔力を大量に浴びている。そのせいであの変わった髪の色なんだ。でも最近の中毒は、それだけが原因じゃねぇ」


苦虫を嚙み潰したような顔で、コリーンはこの国に何が起きたのか―――本来、毒や中毒に強いはずの国花選定師に何が起きたのかを、静かに語り始めた。


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