始まりは、ヒーサヤングの先々代国花選定師―――彼の母親の話になる。
彼女は大変優秀な国花選定師であったが、広大な草原を有するこの国の植物を1人で取りまとめるにはとても大変であった。そのため、本来ならば国花選定師にしか伝えないような、国花選定師だけの知識なども弟子たちに教えることがあったのだ。そうしなければ、この国は衰退してしまう。弟子はあくまでも弟子であって、跡継ぎではない。今後、正式な跡継ぎができれば、その子とともに成長してくれるような存在であればいい、と先々代は思ったのである。
こうして、先々代は自分の知識や経験を他者に受け継ぐことを繰り返し、彼らもともに成長していったのであった。それは国の繁栄であり、また国の大きな変化をもたらすものでもあった。国は、彼らの活躍により飛躍的に大きくなっていった。薬、薬物、食べ物、さまざまな場面で、国花選定師の知識は使われいく。人々の生活が潤い、人々の笑顔が増えた矢先―――先々代は、妊娠した体のまま、大量の魔力を浴びることになってしまった。
国花選定師と魔術師や魔法使いなどという存在は、少し形が違うものである。国花選定師は、あくまでも植物を中心としたことを生業としており、魔術師や魔法使いとは違うのだ。しかし、切り離せない部分もある。国花選定師のおおもとは魔術師であるとも言われていたり、さまざまな条件が重なって、現在の形となっている。そのため、特殊能力を持つ国花選定師がいたり、魔術に強い国花選定師もいるのだ。
国花選定師にとって、能力の高さはそのまま国の安定につながる―――だからこそ、国は国花選定師を大切に扱い、その一族を守り抜く。まさに王族と同じくらいの扱い。しかし、どんなに守ろうとしても上手くいかないこともある。
大量の魔力を浴びた先々代は、しばらくしてヒーサヤングを産み落とし、そのまま命を落とした。ヒーサヤングは緑色の髪に、色白で、まさに不健康そうな赤子として生まれる。母の乳をもらえなかったこともあり、国王が用意した乳母をあてがったが、どの乳母も不気味なヒーサヤングを見ると乳が止まってしまう。仕方なく、別室で搾乳した母乳を哺乳瓶で与えるしかなかった。
ヒーサヤングの養育は国家として大事なことであったが、同時に彼が成長するまでの間をどうするか、という大きな問題が浮かび上がる。生まれたばかりの彼が成長するには、しばらく時間がかかるし、国花選定師となるにはさらに時間がかかるだろう。その間に、誰かが支える存在とならねばならない―――こうして選ばれたのは、弟子の1人であった。
弟子の1人は、あくまでもヒーサヤングが成長するまでの代理としての国花選定師である。そのため、知識や経験はあるが、本来の国花選定師としての能力はない。権限を与えられても、工房を持っても、本当の国花選定師ではないのだ。だからこそ、その存在は歪んでいく。ヒーサヤングが成長していく姿を見て、自分の地位がいずれなくなるものだと確信し、次第に心がすさんでいく結果になった。
こうして、ヒーサヤングは成長しながら国花選定師としての学びを得たが―――何かと問題を押し付けられて、結局は王宮を追われてしまった。彼は、国花選定師でありながら、捕らわれた鳥と同じ。温室の中で、せっせと花の世話をしながら、過ごすことがほとんどとなる。
「そんなヒーサヤング様の状況を見て、将来を心配したのが彼の父親だ」
コリーンはメインとアシュランにお茶を出し、自分もそれをゆっくりと飲みながら話をしている。傭兵か武人のようにしている見た目なのに、茶を淹れるという繊細なことができるのは、彼の特技なのだろう。メインはお茶を飲んで、とても美味しいお茶だと思った。
「彼の父親は、先々代の国花選定師の弟子だった。跡を継ぐのもその人だと言われていたのに……」
「なにか、あったんですか?」
メインは嫌な予感がする。アシュランはすでに、何があったのか予測できていたのだろう。黙っていたが、それは分かっているからこそ黙っているのだろうと感じる。
「……ヒーサヤング様が生まれて、しばらくして、暗殺された」
そんなことが起きるのは、国の中枢ならば有り得る話だ。しかし、メインのように国が安定しているところは、そんな物騒な話が起きない。だからその世界に目をつむってきたところもある。本来ならば、砂の国のように他国を巻き込んで争いが起きてもおかしくないのが、国家というものなのだ。
「俺は、ヒーサヤング様の護衛として選ばれたのは子どもの頃なんだが、父や兄も代々国花選定師の護衛だったんだ」
「国花選定師の護衛をする一族もいる、と聞いたことがあります」
「父や兄も国花選定師を守って死んだ。要は、ヒーサヤング様のために命を捧げてきたんだ」
代々受け継がれる役目は、死する時まで。それが一族の役目なのだ。彼はそれを忠実に守り、家族を失い、それでも国花選定師と国の繁栄を願っている。メインは、自分にはそういった存在がいないことをどう思えばいいのか、と感じた。今回は旅に出るから、アシュランやレンカに同行を頼んでいる。しかし、実際には自分には誰もいない。その必要がない、安定した国であることは誇っていい事実だ。しかし、なんとなく、自分がこれからどうやって生きていくべきなのかを、深く考えてしまった。
「俺の父が、ヒーサヤング様のことを思って、アインス様へ連絡を取ったことから、少しは状況がよくなったんだがな」
「アインスさんは、この国に足を運んでくださったんですか?」
あのアインスのことだから、面白がってきたに違いない、とメインは思う。彼女にとって、アインスはとてもよい兄貴分だ。幼い頃からメインのことを気遣ってくれて、まるで本当の家族のように接してくれていた。そんなアインスのことだから、ヒーサヤングのことも心配していたに違いないだろう。
「ああ。まあちょっと叩き上げっぽさを入れ込んでしまったのは、問題だったが」
「叩き上げ?」
やっとアシュランが口を開く。傭兵であるアシュランから見ても、アインスは立派な武人なのだ。そんな彼がヒーサヤングに何をしたというのだろうか。
「ヒーサヤング様は、アインス様によって鍛え上げられ、今じゃ俺と渡り合うくらいの……」
「はぁ!?あんなヒョロッと野郎が!?」
アシュランは、コリーンの強さは認める。アインスやカブル、そしてレンカのこともだ。しかし、あのヒーサヤングはそんなようには見えなかった。
「あの人は、二面性が強いんだよ。いざって時が、ほとんどこない。でもそのいざって時にしか、能力を発揮しないんだ」
二面性―――それを聞いて、メインはもしかしたらそれも彼の問題なのではないか、と感じたのだった。