二面性を持つ人間は少なくない。誰でも人に見せる自分と、そうではない自分を持ち合わせているのだ。しかしそれがどれほど表面化するか―――それによって影響は違う。ヒーサヤングの場合、そもそも生まれる前からの影響が強かったのだと感じられた。母体の胎内にいる時から、何かと影響を受けていたのではないか。先々代の国花選定師がそれに気付いていない、とは考えにくい。ならば、とメインは思う。
「先々代の手記や資料などは何も残っていないのでしょうか?」
優秀な人間ほど、何かを残している―――それは、メインの母のように。そんな気がしながら、メインはコリーンの返事を待った。
「先々代はたくさんの資料をヒーサヤング様に残しておられたが、実際にはすべて今の国花選定師に奪われてしまっている」
「でも、本当の継承者でなければ、国王も認めないのでは?」
そう尋ねると、コリーンは言った。
「今の国王は齢12歳なんだ」
メインは驚いたが、確か砂の国の国王も若かったはず。若いから政ができない、とは決められなかった。
「しかしその国王にも、国花選定師がついていて…」
幼い王の後ろには、この国を牛耳ろうとする姿が見え隠れする。常に国の流れを国花選定師が決め、定めているのだ。本来ならば、国や民のことを考えるべき存在が、今では自分の地位を守るためだけに暗躍している。
また、そういった多くの流れの中で、ヒーサヤングは女性に手を出したの、言い寄っただの、あらぬ噂を立てられて王宮を追われてしまった。
「あの人は、まだまだ成長途中の国花選定師だが、優秀なんだ。させればなんでもできる。でも、なかなかしなくてな……」
若き日からヒーサヤングを知っているコリーンは、なぜ優秀な彼がこんな目に遭わねばならないのか、と思った。花の多様性をさらに増やしたのは、ヒーサヤングだ。彼が熱心に花を育て、さらに数や交配を増やしたのである。それにより、他国との交流や貿易が増え、国はさらに栄えた。ただの花の交配、と思われるかもしれないが、交配にはかなりの時間と集中力、そして技術が必要だった。一度成功しても、その種からまた同じ花が咲くとは限らない。しかしヒーサヤングはそれらを常に成功させ、流通できるほどにまで栽培方法を確立している。
「集中力や技術力は、やはり国花選定師に勝る者はいないようだ」
生まれ持った能力――それが国花選定師の一番の強みとなることは多い。
「交配の技術は、どの国でも国花選定師頼みですからね。国に広まるまでにかなりの年月を要する場合もあります」
花は基本的に咲く季節が決まっている。人の手を借りて栽培しても、季節の影響は隠せない。そうなれば、時間がかかることになる。1年失敗すれば、また翌年を待たねばならない。その次も失敗したり、間に合わなかった場合は、さらに時間がかかるのだ。
「交配の技術は、長年の成果でもあります。長い月日、何代もの国花選定師が受け継いできたものがあって、成り立つものです」
「ああ……。それをヒーサヤング様は直感で最善を見つけることができるんだ」
そういった能力者と言っても過言ではない、才能―――それがあの国花選定師にはあるというのだ。メインは、ヒーサヤングの類まれな能力と国花選定師としての知識や考えなど、多くのことが合わされば、彼ほど優秀な存在はいないだろう。アインスはそれらに気づき、ヒーサヤングを支えたに違いない。
「でも、王宮を追い出されてしまったのなら、事実上追放と同じでは……」
「あらぬ噂を立てられてな。ヒーサヤング様は人への接し方が悪い部分がある。そう育てられてしまったことが、一番の原因ではあるのだが……」
コリーンがそんな話をしていると、奥の部屋からヒーサヤングがやってきた。両手にたくさんの花を持ち、それを見て笑ってこそいるが、少しばかり場違いな様子もある。
「コリーン、この花を見て~きれいに仕分けできたんだよ」
「もう少し時間かけてくださいよ。仕事が早いのは分かりますけどね」
ヒーサヤングの持っていた花を受け取って、コリーンは話す。ふと、メインはコリーンの年齢が気になった。まさかとは思うが、ヒーサヤングど同年代ではないと思う。ヒーサヤングはアインスと同年代なので、コリーンはアシュランやレンカと同じくらいではないか。長年仕えている様子から、年齢が多いように感じられたが、それはそもそも感じられたというだけ。彼の落ち着きや話し方など、雰囲気によるものだ。つまりそれは、訓練や鍛錬による後天的に習得したものであると考えられる。
それだけコリーンの一族は、国花選定師を守るために何かと暗躍してきたのではなかろうか。命を張って、国花選定師を守るだけではない―――まるで支えのような存在として。
「コリーン、そろそろお昼の時間じゃない?」
「何がいいんですか、今日は」
「そうだなぁ、なんでもいいよ、俺。なんでも食べられるからねぇ」
子どものような話し方を繰り返しながら、ヒーサヤングはコリーンのことをとても信頼しているようだった。アインスのことは好きだと言い、コリーンには信頼を寄せる。まさに子どものような様子。
「お客さんにもみんな、出してね~」
「分かってますよ。アンタたちもなんでもいいよな?」
慣れた様子でコリーンが台所へ向かう。そのあとを、まるで子どもが母親を追いかけるようにして、ヒーサヤングがついて行った。何かと文句を言うのかと思えば、ヒーサヤングはニコニコ笑ってコリーンが調理するのを見るばかり。
技術や能力は大人以上を持ち、精神に関してはそうでもない―――それが彼の大きな二面性の特徴だと言えた。
「おい、メイン」
「なんですか、アシュランさん」
「あの国花選定師、本当にまともなのか?」
アシュランは、ヒーサヤングを怪しんでいる。なぜそんなに、と思っていると、アシュランは言うのだ。
「あの国花選定師は、人を殺してる。アインスのオッサンが仕込んだんなら、やれるだろうよ」
「え、そんな!?どうしてそんなことがわかるんですか!?」
「手だ。手に武器を持つタコや痣があった」
本来、国花選定師は自分の手をとても大事に扱う。その手によって、多くの作業をこなさねばならないからだ。アインスのように武人として鍛えている者は別だが、普通は武器を持ったりしない。
「もしかしたら、研究の時の器具で付いたのかもしれませんよ?」
「そんなんじゃねぇ、アレは確かに―――人を殺してる手だ」
そんな手、この世に存在するのだろうか。
メインはそんなことを考えながら、楽しそうにしているヒーサヤングの横顔を見つめた。