「こんな国、さっさと出て行こうぜ」
アシュランはこの国をあまり気に入っていないようだった。理由は明確にしていないが、アシュランはとにかくコリーンのことが嫌なようだ。傭兵同士、護衛同士、そういった相容れぬものがあるのだろう。メインはそれも分かるが、この国にはまだ見たことのないさまざまな植物があることも分かっている。分かっているからこそ、ヒーサヤングが国花選定師としての立場を再度持つべきだとも思った。
「アインスさんはどうしたいんだろう……」
メインは、アインスが何を考えてヒーサヤングを助けたのだろうか、と思った。アインスは他国の国花選定師のことも、しっかり把握し、関係性を作ってくれる男だ。特に不憫な環境にある人間については、かなり助力してくれる人だ。多少乱暴なところはあるものの、しっかりとした信念と教育をする心がけが強い。だからこそアインスは何を思って、ヒーサヤングを助けたのか。いや、まだ助けている最中なのか。
「アインスのオッサンは関係ないだろ」
「そうですけど、アインスさんがヒーサヤングさんを助けているなら」
「お前な、そんなにアインス、アインスって、そんなにオッサンが好きなのか?」
好きなのか―――その問いかけに、メインは目を丸くした。好き、とはそういう感情なのだろうか。そういう感情だと、言ってもいいのだろうか。確かに、アインスのことは嫌いではない。むしろ信頼しているし、彼にしか話せないこともある。彼のする話はどんな話も、メインにとって重要で大切な話だった。彼から学ぶことができるなら、永遠に学び続けたい―――そう思ってしまうくらいに。
返事をしなくなったメインを見て、アシュランは少しばかりイラッとした。こんな時、普通の女は否定するものだ。本当に好きなのか?あんなオッサンが?いや、それでもアインスはいい男だった。そんな考えがアシュランの中を駆け巡っていく。
「アシュランさんは、アインスさんが好きなんですか……」
「あのなぁ!武人としてはすげぇと思うが、俺はそんなんじゃねーぞ!?」
「そんなんって……」
妙な空気が流れてしまって、2人は押し黙った。そこへ何も知らないヒーサヤングが、コリーンの料理を持ってやってくる。
「あれぇ、2人ともどーしたの?」
間の抜けた話し方は、独特な印象を感じさせる。しかしそれが今の気まずい雰囲気を壊すには、ちょうどよかった。コリーンはテーブルに料理を並べ、ヒーサヤングに食事をさせる。アインスと同年代であるはずの彼なのに、子どもっぽさ満載だ。楽しそうに食事を始め、コリーンに怒られたり世話を焼かれたりしながら、その時間をすごす。きっと長年こんな感じだったのだろう、とメインは思うが、それがヒーサヤングのせいばかりとは言えなかった。
国花選定師は、とにかく国の大事な存在として丁重に扱われる。扱われるだけでなく、その生活から死に至るまで、すべてを国のものとして過ごすのだ。永遠の安定と安寧を受けながら、国のために生きてゆく。それが国花選定師の一生なのである。
ヒーサヤングは国花選定師として生まれ、その生に大きな負担を受けてきた。もちろんそれは先々代もそうであったかもしれないが、特にヒーサヤングは容姿や体などにも負担があり、今は精神まで侵されている。本来の国花選定師であれば、自ら防ぐこともできるのだが、それは成長してからの話だ。未熟な状態では、何も上手くできない―――それが当たり前。
「コリーン、片付けを手伝うよ~」
「アンタは皿を割るだろう。少しそっちの国花選定師さんと話でもしておきな」
「わかった~」
まさに子ども。しかしそれを二面性と言っていたコリーンの話も気になる。アシュランはこんなヒーサヤングが人を殺している、と言う。そんな様子は見られないが、傭兵の勘はよく当たる。それがなければ、戦場で生きていけないからだ。
「ヒーサヤングさん、花の交配はいつもどのようにしておられるんですか?」
メインの質問に、彼は楽しそうに答える。
「えっとぉ、資料を見ながら?あとは、こんな感じになるといいな~と思ってしてるよ」
「こんな感じ、とは?」
「うーん、こんな感じって言ったらこんな感じかなぁ?」
明確な説明はできない。つまりは国花選定師として、生まれ持った才能だけで何かとしているのだろう。そういうことができるのが、本当の国花選定師だ。持ちえる能力だけで、世界を切り開いていける。美しい花を育てることだけが力ではない。もっと命の根源に近づいていくような、そんな奥深いものを持っている。
「俺はさぁ、花や植物を見ていると、こう、なんて言うのかなぁ、こうやってきれいに咲くっていうのが、分かるんだよねぇ」
「そういうのが、見えますか?」
「うん!こうなったら、みんなが喜ぶだろうなって思ったら、そうなるって感じ」
「素敵ですね」
「うん!」
子どもの笑顔で、彼は笑う。緑の髪は、新緑のように感じられ、それが魔力によってそうなってしまったとは思えない。まさに自然から愛されたから、そう見えるのだとメインは思った。
国花選定師は、その血族によって能力が受け継がれ、地位も受け継がれてくる。国花選定師を絶やさぬために、国王を含め、国のありとあらゆる存在がすべてをその存在を必要としているから、守るのだ。美しい植物を守るためだけに、存在しているわけではない。国の状態を安定させ、守るため―――流通、資産、食料、さまざまな観点から、国花選定師は必要とされる。
国の中枢にありながら、国を守る存在である国花選定師だが、実際は権力とはあまり関係のないところにいる。その存在を上手く扱って、政をすることはあっても、それ以上のことはない。国花選定師が権力を持って、何かを動かすこと自体、不要のもの。しかしこの国では、それが行われている―――アインスが気になっていたのは、その部分なのかもしれない、とメインは思う。国王と国花選定師の間に生まれた、アインスだからこそ感じる、国のこと。本来ならば王子という立場でありながら、国花選定師と武人の道を進む彼。そんな彼から見れば、ヒーサヤングはとても哀れな存在だったのだろう。どうしてそうなってしまったのか、ヒーサヤングがまた国花選定師として生きられるように、アインスは考えてくれていたのかもしれない。
メインは、ヒーサヤングの状態を何らかの中毒や毒によるものだと判断したが、明確なところまでは分からなかった。同時に、その状態が本人にはわからない、となるならば、それにも理由があると思う。
「ヒーサヤングさん、ご自身で何か体調など思うところはありませんか?」
「思うところ?」
「はい。体調不良とか、体の痛みとか」
「うーん、特にはないけれど。あ、夢は見るかなぁ?」
「夢、ですか?」
何かの影響で夢を見ることは、人間ならば有り得る話だ。彼の体の中で、何が起きているのか。
「どんな夢を見るんでしょうか?」
「女の人がいて、俺にいろいろ教えてくれるんだ!」
その笑顔は、まるで母親を見つけたかのような、そんな表情であった。