ヒーサヤングの様子を見て、メインは彼の今を変化させることに、どれだけ意味があるのだろうか、と思う。もしかしたら、彼の状態は今の彼にとって、いい状態なのかもしれない。必要なのは、彼にとって正しい地位だ。国花選定師としての、居場所。
それは、メインにとっても大事な場所だ。国花選定師は、そもそもそう強い権力も持たず、武力も強いわけでもないのだ。周囲から認められ、誰かに守られる必要性もある―――メインは、国花選定師が意外にも無力であることを知っている。アインスくらいの能力を持っているのならば、話は違うだろう。しかし、アインスはそれをわかっていたからこそ、武人としての道も捨てなかったのかもしれない。
「誰か、来るな」
コリーンがそんなことを言ったので、誰もがドアを見た。すると、ドアを壊さんばかりの勢いで入ってきたのは、レンカだった。美しい金髪を振り乱して、必死になってやってきたのだ。彼のことをすっかりと忘れていたアシュランは、目を丸くして驚く。
「なんだよ、どうやってここを見つけたんだ?」
「お前!メイン様の跡を追わせたのはいいが、それっきりではないか!」
「合流できたからいーじゃねぇか」
アシュランはそんなことを言って、レンカを見る。レンカは今にも怒鳴りそうなほど、拳を震わせていた。
「レンカさん、ご心配をおかけして、すみませんでした。私はもう大丈夫ですから!」
「メイン様!」
レンカは、メインが無事なことを確認すると、本当に安心したようである。メインのことを心から心配している彼は、いつも慌ただしくしているように見えるが、冷静に物事を考えている。
こんな草原の中に、一軒の小屋。見つけた時に、ここにしか人はいない、と判断したのである。同時に、もしも中にいる人間がメインやアシュランでなかったならば、どんなことをしても倒して、その先を見つけなければいけない、と思っていた。とにかく、こんなに広い国で、仲間が離れていい理由はない。
「アンタも傭兵崩れかい?」
レンカを見てそう言ったのは、コリーンだった。コリーンは、そんなレンカを上から下までジロジロ見ている。そうやって見た結果、彼が傭兵ではない、と急に考えを改めた。
「違うな。アンタはこっちの兄さんとは、雰囲気が違う。どこかの国できちんと礼儀作法から、戦い方まで訓練されてきた人間の佇まいだ」
「……そんなことを褒められても、貴様を許したわけではないぞ」
「別に構いませんがね。俺はこの人さえ守れればいいんで」
コリーンの視線の先には、突然の来訪者に戸惑うヒーサヤングがいた。緑の髪を見て、それが魔力か魔術の影響である、とレンカはすぐに気づく。こんな特殊な髪色は、砂の国でもそうそう見ていない。
「……ここで争うつもりはない」
そう言ったレンカは、すぐに殺気を収めた。すると、ヒーサヤングも落ち着きを取り戻す。
「コリーン、お茶を準備しようか?新しいお客さんの分がないもんね?」
「そうだな。じゃあ今度は、アンタが特別好きな茶を準備してくれ」
「わかった!」
喜んで席を立ち、奥の部屋へ行ってしまったヒーサヤング。特別好きなお茶と言われて、ご機嫌なのだろう。
「で、アンタは何なんだい?」
コリーンは、テーブルに座りながらレンカに尋ねた。席を勧められたので、レンカも疲れた足を休めるために、席に着く。誰もが席に着いたのを見て、レンカはやっと口を開いた。
「砂の国の出身だ」
「……砂の国には、金髪で赤い目の男前な将軍がいると聞いたな」
「それは過去の話だ」
過去の話―――つまり、この男は故郷を捨ててきたのか、とコリーンは思った。この男にとって、今はメインが主なのである。しかし、かつては将軍であった存在が、他国の国花選定師について回るなど、聞いたことがない。何か謀反でも起こしたのか―――しかし、国からそんな話は聞いていない。むしろ、砂の国は落ち着いていると言われるほどだ。
「将軍は、姉が国花選定師だと聞いているが。どうして他国の国花選定師についているんだろうねぇ?」
そんなことを聞きながら、コリーンは見えないところで何か問題が起きたのだろうということは、わかっていた。他国には言えないような、そんなこと。それが起きている―――だからこそ、メインは彼を連れて旅をすると決めたのだと思った。他国の将軍を連れて歩くことは、見る人間が見ればわかる話であって、必ずしも彼女に利益があるとは言えなかった。
「……他国のことに首を突っ込めば、自国の国花選定師を苦しめることになるぞ」
レンカはただそれだけを言った。彼も、自分が姉を置いて国から出てきていることは、理解していた。本来ならば、故郷を守るべき存在なのに、他国の国花選定師を守っている。一緒に旅を続け、その先に何があるのかも、まだ見えていない。ただ、日々を必死に生きているだけ。いつの日か、それだけでは許されない日が来ることは分かっていた。
「そうだな。まあ、俺にとっちゃ、あの人が一番大事だからな」
ヒーサヤングという、一風変わった存在。それでも、コリーンにとっては大事な人なのだ。一瞬見せた、そのあたたかな目を見て、レンカは目の前の男が必死にいろいろなことを考えて話しているのだ、と思った。
お茶を持ってきたヒーサヤングは、これまた驚くくらいに美味い茶を出した。
「これはねぇ、俺が種から育てたんだぁ」
「お茶の葉を種から育てる……?」
アシュランが首を傾げたので、メインがそれを制する。
「お茶の木ではなく、他の植物のお茶ですか」
「そう!」
メインとヒーサヤングは、国花選定師としての話がとても合うようだった。メインもヒーサヤングの未知なる知性に、惹かれつつある。純粋だからこそ、更に彼の能力が引き立って見えた。まるで子どもが新しい花を見つけ、誰かに贈りたいと願うかのように。
「ブレンドしたのも作るけど、俺はこれが好き」
「とてもいい香りです。渋みもないし、丁寧に作られているのがよくわかります」
「俺ぇ、これを、国中の人が飲めたらいいのにって思うんだよねぇ」
ヒーサヤングはそんなことを言って、少し困ったように笑う。メインは、その深い意味が理解できず、コリーンを見た。
「……国は、そういったモンを国民には出さねぇんだ。流通を止めてる」
「でも、お茶は食べ物と変わらない扱いでは」
「ああ。だがな、今の国花選定師は、ヒーサヤング様の手がかかったものは、一切流通させる気がないんだ」
それが何を意味するのか。メインにはすぐわかる。国は、そのまま衰退していくことだろう。国花選定師が国の根幹を支えているのだから、本来の正当な国花選定師であるヒーサヤングが関わっていないものを流通させても、国に根付くことはない。
「もしかして、もう何か問題が起きているのでは?」
メインの言葉を聞き、コリーンは黙る。
これ以上を彼は答えてくれないかもしれない、とメインが思った矢先―――ヒーサヤングが口を開いた。