巻ノ四十 加賀の
幸村主従は今は店で酒と魚を楽しんでいた、兼続が紹介してくれた店に旅の途中で入りそのうえでなのだ。
ここでも十一人で車座になり酒そして馳走を囲んでいる、その中で。
十勇士達は刺身を口にしつつだ、唸って言った。
「いや、この刺身は」
「実に美味ですな」
「伊勢の刺身もよかったですが」
「大坂や駿河、相模でも魚は楽しみましたが」
「北陸の魚もです」
「実にいいですな」
「うむ、実にな」
幸村もその魚を食べつつ言う、刺身を箸で持って山葵醤油に付けてそのうえで口にする。そうしてこう言うのだ。
「美味いな」
「酒とも合いまする」
「これはどんどん箸が進みますな」
「北陸も魚がいいと聞いていましたが」
「噂以上ですな」
「全くじゃ」
その通りだとだ、幸村は笑みを浮かべて答えた。そのうえで彼も食う。
そしてだ、彼は自身の家臣の十勇士達にあらためてこう言った。
「それでなのじゃが」
「はい、それでとは」
「一体何でしょうか」
「うむ、酒も美味いか」
彼が今度話すのはこちらのことだった、言うまでもなくそちらも楽しんでいる。
「その酒を飲んで思ったことじゃ」
「酒、ですか」
「この酒をですか」
「思えば謙信公は大層酒を好まれた」
上杉家の先の主である彼のことを言うのだった。
「それも我等より遥かにな」
「確か毎日でしたな」
「酒を飲まれたとか」
「それも相当な量だったとか」
「無類と言っていい程でしたな」
「そうじゃ、しかしその酒の飲み方はな」
それはというと。
「縁側に座られ夜空を楽しまれつつ梅や塩と共に飲まれていたという」
「質素だったのですな」
「こうして刺身を楽しまれることなく」
「塩ですか」
「そして奮発して梅ですか」
「梅はまだ高い」
彼等の間ではだ、昔に比べて安くなったとはいえまだまだ高価なものと言える代物だ。
「しかし塩で飲まれるとは」
「普通の民と同じですな」
「どうにも質素ですな」
「酒は楽しまれても」
「質素な方だったのですな」
「その様じゃ」
まさにというのだ。
「あの方はな」
「酒も質素であられた」
「飲まれることはお好きでも」
「そうした方でしたな」
「その様じゃ、しかし我等はどうもな」
ここで苦笑いになって言うのだった。
「こうした美味な刺身と共に酒を飲んでおる」
「思えば我等が巡り合った旅でもですな」
「何かと馳走を食っていましたな」
「それを考えますと」
「我等は贅沢ですな」
「実に」
「これはよくないかのう」
こうも言うのだった。
「我等は」
「まあこれは直江殿のご紹介です」
霧隠が言って来た。
「ですから」
「受けるべきか」
「確かに。才蔵の言う通りです」
根津も言う。
「ですからここは別に恥じることなく」
「そういうことか」
「いや、生臭ものであっても」
清海はそう言いつつ最も勢いよく食べている。
「このご好意は受けませぬと」
「拙僧もです」
見れば伊佐も丁寧に刺身を食べている。
「楽しませて頂いております」
「それにこの辺りでは普通の魚とか」
筧は幸村にこのことを話した。
「ですから我等には馳走でもです」
「ここでは馳走ではないか」
「そういえばですな」
穴山も気付いた声で言った。
「我等自身から贅沢を求めたことはありませぬ」
「その土地のものは食いましても」
望月も続いた。
「民に無理強いはしておりませぬな」
「それは殿が最も嫌われることですな」
猿飛は幸村が民を義と同じだけ大事にしていることから述べた。
「民百姓に無理強いをすることは」
「美味いもの即ち馳走ではないかと」
百合の言葉だ。
「別に」
「ふむ。美味なものと馳走は違う」
幸村は瞑目する様にして述べた。
「そういうことか」
「殿はその地にあるものは口にされますが」
「ご自身から求められることはないですな」
「そう考えますと」
「殿は贅沢ではないかと」
「ならよいがな」
幸村も十勇士達の言葉を受けて頷いた。
「拙者も」
「贅沢と美味いもの食うことは違うかと」
「殿が贅沢とはです」
それこそというのだ。
「誰も思いませぬ」
「全くです」
「我等から見ても」
「そして他の者が見てもです」
「殿は贅沢ではありませぬ」
「むしろ質素の極みです」
「そこにあるものでいつも満足されています」
「屋敷も着ている服も質素ではないですか」
「それでどうしてです」
「殿が贅沢なのか」
「誰も思わぬことです」
「ならばよいが」
幸村も彼等の言葉を聞いて瞑目する様にして言った。
「拙者は贅沢は戒めておる」
「武士として」
「それ故にですな」
「うむ、武士は贅沢をしてはならぬ」
決してという口調での言葉だった。
「それはな」
「むしろですな」
「そこは慎み」
「そしてですな」
「質素なまま文武に励む」
「そうしていかれますか」
「だからいつも贅沢にならぬ様に気をつけておるが」
刺身と酒を楽しみつつの言葉だった。
「この刺身は贅沢でないならよい」
「海では魚は付きもの」
「刺身にして食うのもです」
「ではです」
「これからも食しましょうぞ」
「そしてこの地の酒も飲み」
「楽しみましょうぞ」
こう話してだった、彼等は酒や刺身を飲み食いして楽しんだ。その話を聞いてだった。
兼続は笑ってだ、話をした者達に言った。
「見事であるな」
「はい、直江殿らしいですな」
「実に」
「あの方らしいですな」
「実に」
「常に贅沢にならぬ様に気をつけている」
「そうした方ですな」
「うむ、ではな」
それならと言ってだ、そしてだった。
兼続はあらためてだ、彼等にこう言った。
「我等もじゃ」
「真田殿の様にですな」
「贅沢にならぬ様」
「常に気をつけておく」
「それがよいですな」
「そうしようぞ、しかし真田殿はまだ若いが」
それでもと言うのだった。
「よく出来た方じゃな」
「左様ですな」
「まだお若いのに修行を欠かさず」
「己を鍛えられていて」
「贅沢にならない様に気をつけておられる」
「それを思いますと」
「これはさらにじゃ」
まさにというのだった。
「大きな方になられるな」
「真田殿はですな」
「これまで以上にですな」
「大きな方になられる」
「そうなりますな」
「そしてじゃ」
兼続はその目を光らせてこうも言った。
「よき伴侶もな」
「得られる」
「そうもなりますか」
「むしろ」
兼続は目を光らせたままこうも言った。
「そうした方でなければな」
「真田殿には相応しくない」
「左様ですな」
「聞いたところではな」
こうjも言った兼続だった。
「源四郎殿の兄上源三郎殿は本田平八郎忠勝殿の娘御を妻に向けられるとか」
「何と、あの徳川四天王の」
「大層器量がよくお心も確かという」
「あの姫をですか」
「伴侶にですか」
「しかも徳川殿が養女に迎えられてな」
本多のその娘をだ。
「あの方の娘としてじゃ」
「源三郎殿の妻にされる」
「そこまでされますか」
「徳川殿は今は独り身の娘はおられぬ」
息子は多くいてもだ。
「だからな」
「それで、ですか」
「本多殿の娘御を養女にされ」
「そのうえで」
「そうであろう、これはな」
「かなりですな」
「あの方を買っておられますな」
「源三郎殿を」
周りの者達も驚いて言う。
「そこまでとは」
「あの方を高く買われているとは」
「それではですか」
「源四郎殿も」
「このことは関白様もご存知」
兼続は確信していた。
「ならばな」
「源四郎殿にですな」
「相当な方を用意される」
「そしてその方とですな」
「夫婦にされますな」
「そうなる」
間違いなくというのだ。
「あの方ならばそうされる」
「関白様なら」
「必ず」
「そうなるな」
こう言うのだった。
「大坂で」
「奥方となる方をですか」
「既に用意されているかも知れない」
「そしてですか」
「源四郎殿も」
「どうやらこの度の上洛は相当なことになるな」
直感的にだ、兼続はこのことを察していた。
「特に大坂では」
「都はともかく」
「あの地で」
「そうなるやも知れぬ」
兼続はこうしたことも話していた、そしてだった。
上杉家の者達は都及び大坂に向かって北陸道を進んでいた。幸村もその中にいて十勇士達と共に上洛していた。
そこでだ、こんなことも言った幸村だった。その北陸の道を見つつ。
「確かに今は楽に進めているが」
「これが雪が降れば」
「まさにすぐにですな」
「雪に覆われ」
「それで、ですな」
十勇士達も言う。
「あっという間にです」
「進めなくなりますな」
「この様に楽にはです」
「それが出来なくなりますな」
「雪は辛い」
進むにあたってというのだ。
「戦の時は守りになってくれる場合もあるが」
「行き交いにはですな」
「どうしても辛い」
「そうした状況にしますな」
「そうじゃ、実にな」
幸村は難しい顔で言っていく。
「そこが問題じゃ、しかしそれが北陸じゃ」
「この辺りですか」
「越後も含めて」
「そうなのですな」
「うむ、仕方ないと言えばな」
こうしたことも言った。
「そうなるな」
「ですか、それもまた」
「ありますか」
「その地のことですか」
「そうなるな、刺身の時に御主達に言われたが」
あらためてこのことも言った。
「その地のことがある、それを頭に入れて政なり戦なりすべきじゃな」
「ですな、上田でもそうですし」
「この北陸も然り」
「その地のことがある」
「それは頭に入れておくべきですな」
「さもないと何も出来ぬ」
それこそというのだ。
「政も戦もな」
「国や民を治められず」
「戦にも勝つことが出来ぬ」
「そうなるのですな」
「そうじゃ、御主達の話でそのこともわかった」
まさにというのだ。
「わしもいいことを教えてもらった」
「北陸では北陸の戦の仕方がありますか」
「その雪が多い国でも」
「雪を使った戦もある」
「そうなりますか」
「例えば六郎の水の術で氷を使うなりしてじゃ」
その海野を見ての言葉だ。
「清海の土の術で雪崩を起こすなり雪に隠れて戦うなりある」
「そうしてですか」
「雪を逆に利用して戦うのですか」
「寒さから氷を使ったりですか」
「崩したり隠れたり」
「色々あるのですな」
「うむ、ただし凍えてはならぬな」
雪のその冷たさでというのだ。
「そうなってはどうにもならぬ」
「ですな、我等は凍え死ぬことはありませぬが」
「そこまで身体は弱くありませぬが」
「それでもですな」
「身体が冷えたあまり動けぬ場合もある」
「それも厄介ですな」
「それで動けなくなってはどうにもならぬ」
幸村もこのことはよくわかっていた、上田にしても冬は寒く雪が実に多いのでそのことから知ったことである。
「だからな」
「雪の冷たさも頭に入れ」
「それから身を守りつつですか」
「戦う」
「そうせねばなりませぬか」
「蓑や編笠、革を着てな」
そしてというのだ。
「手の指等も守るべきじゃ」
「指もですか」
「刀や手裏剣等を使う為に」
「そうした場所もですか」
「さもなければ戦えぬ」
とてもというのだ。
「暑い時は軽い身なりで、だしな」
「その時その場に応じてですか」
「服を替えて」
「そうして戦うべきですな」
「そういうことですな」
「うむ、そして勝つ」
戦にもというのだ。
「それが肝心じゃ」
「雪に向かうやり方もある」
「ただ嫌がるのではなくですか」
「その雪をどう使うのか」
「それが肝心ですな」
「それも戦じゃな、それぞれの時期や土地を活かして戦い勝つ」
その戦にというのだ。
「戦をするのならば」
「出来るだけ戦は、ですな」
「殿はいつもそうも仰っていますな」
「せぬに限る」
幸村は決して戦を好む者ではない、むしろ嫌いである。それでこうしたことも言うのだ。
「多くの者が傷つくからな」
「だからですな」
「避けるべきなのじゃ」
「仕方ない場合以外は」
「そうあるべきですな」
「信玄様もそうであられた」
彼が今も敬愛するこの英傑もというのだ。
「不要な戦はされずだ」
「戦は出来るだけ、でしたな」
「信玄様は避けられていましたな」
「そして必要な時は軍配を握られ」
「懸命に戦われましたな」
「拙者もそうでありたい」
その信玄の様にというのだ。
「だからじゃ」
「戦はせぬに限る」
「そしてするとならば勝つ」
「目的を達するのですな」
「そうする、ではな」
ここまで言ってだ、そしてだった。
幸村は十勇士達に確かな声で答えた、そのうえで。
彼等は旅の中で美味なものや酒も楽しみその地の特徴を見ながらだった。そのうえで都に向かっていた。
越後から越中、そして加賀に入ると。
不意にだった、上杉家の者達の顔が変わった。それを見てだった。
霧隠は納得してだ、こうしたことを言った。
「やはり加賀はな」
「因縁があるな」
「はい、一向宗の土地ですから」
こう幸村にも言うのだった。
そしてだ、伊佐もこう言った。
「この加賀は一向宗の本場でしたから」
「上杉家だけでなく朝倉家、織田家とも戦っておったな」
「多くの血が流れていました」
「上杉家とも血で血を洗う戦だったとか」
根津は瞑目する様にして言った。
「まさに」
「そうであったらしいな」
「謙信公も勝たれていましたが」
穴山は謙信が一向宗との戦でも常に勝っていたことを知っていた、彼に互角に戦えたのは信玄だけだった。相模の獅子北条氏康も彼との戦は避けていたのだ。
「あの方ならばこそ」
「一向宗に勝てたんじゃ」
一度も負けることなくとだ、幸村は言った。
それでだ、海野もこう言った。
「謙信公に勝てたのは信玄公だけでしたから」
「だから一向宗には勝っていたが」
「その戦は長く激しいものだったので」
筧の言葉だ。
「やはり今も感情としては」
「剣呑なものがあるな」
「もう一向宗の戦は終わりましたが」
清海は一向宗との戦のことを話した。
「加賀に入ると身構えられるのですな」
「我等ではよくわからぬことですが」
由利は上田、つまり信濃のことから話した。
「やはり上杉家と一向宗は今も敵同士ですか」
「そうした気持ちは強く残っておるな」
「だからこそこの剣呑さ」
望月は少しでも何かあれば戦になりそうな雰囲気の上杉家の行列を見ている。
「そういうことですな」
「我等もじゃ」
幸村もこう言う。
「何かあればな」
「はい、戦うのですな」
猿飛の目が光った。
「その時は」
「そうするぞ」
「わかりました」
「それでは」
十勇士達は主の言葉に頷いた、そしてだった。
彼等は加賀の中を進んでいた、かなり剣呑な雰囲気で。
その中で景勝は兼続を読んでだ、彼に言った。
「わかっておるな」
「はい」
兼続は主に強い声で応えた。
「この国は今は前田殿が治められていて」
「まとまっておる」
「だからですな」
「まず大丈夫じゃ」
そうだというのだ。
「確かに一向宗の者は多くな」
「剣呑な雰囲気はありますが」
「それでもじゃ」
「向こうから仕掛けて来ることはない」
「既にあの者達に武器はない」
一向宗の者達にはというのだ。
「刀狩りも行われておる」
「この加賀でも」
「精々隠れて石を投げて来る程度」
「それならですな」
「無視せよ」
これが景勝の言葉だった。
「石は誰が投げたかわからぬ」
「それで、ですな」
「そんなものは相手にするでない」
「わかり申した」
景勝は主の言葉に確かな顔で頷いた、そしてだった。
上杉家の行列は加賀は速く通り過ぎた、宿にも泊まらず陣を組み万全の備えはしているがそれでもだ。
軽挙妄動は慎んでいた、それで幸村もだ。
その陣中で夜を休んだ、その中で酒を塩を肴にして飲みつつだった。
幸村は己の家臣達にだ、こう言った。
「騒動にならぬ様にしていても」
「それでもですな」
「緊張していますな」
「こうして陣を組んで休んでいますし」
「どうにも」
「うむ、我等も軽はずみな行動はせぬことじゃな」
飲みつつの言葉だ。
「ここはな」
「ですな、何かすれば」
「その時はですな」
「上杉家の方に迷惑をかける」
「そうなってしまいますな」
「だからな」
それ故にというのだ。
「迂闊なことはするな」
「わかっております」
「我等が戦うのはああした相手ではありませぬ」
「石位しか投げられぬ相手なぞ」
「相手にしませぬ」
「御主達の相手は小さな者達ではない」
幸村は低いがこれ以上はないまでに強い声で言った。
「大きな者達じゃ」
「そうした石を投げるだけの者ではなく」
「より大きな者達ですか」
「我等はそうした者達と戦うべきですな」
「我等は」
「だからですな」
「そうじゃ、拙者もそうした者達は何もせぬ」
幸村自身もというのだ。
「しっかりとした武器を持った武士と戦う」
「ではまたああした一揆が起こりです」
「もう一向宗が一揆を起こすことはないにしても」
「それでもです」
「ああした一揆が起これば」
「どうされますか」
「その時は戦うしかない」
戦いが避けられないのならというのだ。
「やはりな、しかしじゃ」
「殿が相手にされるのはですか」
「武士ですか」
「その手に武具を持ち戦う」
「そうした者達ですか」
「そうじゃ、拙者はそうした者達と戦いたいし戦う」
武士と、というのだ。
「確かなな」
「仕方ない場合はあれど」
「それでもですな」
「賊やならず者は放ってはおかぬ」
そうした者達はどうかというと。
「成敗する、しかしそれは成敗でじゃ」
「戦ではありませぬか」
「それではなく」
「戦は武士と行う」
「それは我等もですな」
「そういうことじゃ、ではな」
ここまで話してだった、幸村は十勇士達に告げた。
「加賀、そして越前にも一向宗の者は多いが」
「軽挙妄動は慎み」
「そのうえで、ですな」
「大人しく通り過ぎる」
「そうしますな」
「そうじゃ、このまま行くぞ」
こう話してだ、そしてだった。
幸村と十勇士の面々を含めた上杉家の者達は加賀を通り過ぎていった、日中はほぼ立ち止まることなくだ。
ただひたすら進んでだ、そして。
加賀を通り抜けてもだった、兼続は上杉家の重臣達その殆どが彼よりも年上の者達を集めそのうえで言った。
「いや、まずはです」
「加賀ですな」
「通りましたな」
「しかしまだです」
「越前がありますな」
「はい、ですから」
今入った越前もだ、一向宗が多いからというのだ。
「まだ用心して行きましょう」
「ですな、一向宗の者達には」
「まだあの者達とは因縁があります故」
「細心の注意を払い」
「越前も進んでいきましょう」
「一向宗は我等にとっても敵でした」
それに他ならないとだ、兼続は警戒する顔で言った。
「ですから」
「それで、ですな」
「確かに一向宗は大人しくなりました」
「織田信長公との戦の結果戦は捨てたと約束しました」
「そして刀狩りで刀も鉄砲も捨てました」
「槍も弓矢も」
「後は精々石位です」
彼等が武器として使いそうなものはというのだ。
「ですから滅多にです」
「大きなことにはなりませぬな」
「しかし石をぶつけられて怒ってはなりませぬな」
「それでこちらが軽挙妄動を取る馬鹿者が出れば」
「厄介なことになりますな」
「しかも越前も他の家の領地です」
加賀と同じくというのだ。加賀は前田家の領地だった。
「ですから」
「そうですな、ですから余計にです」
「軽挙妄動は戒める」
「そしてですな」
「越前もこのままですな」
「細心の注意を払ってですな」
「進んでいきましょう」
こうした話をした、そして。
兼続と彼等は景勝のところに来て彼等の話のことを伝えた、すると景勝は彼等に対してこの言葉で返した。
「わかった」
「はい、では」
「その様に」
重臣達も応えた。
「していきますので」
「ご安心下さい」
「任せた」
そのことはというのだ。
「一切な」
「それでは」
兼続が応えた、こうしてだった。
主への報は終わった、それが終わってだった。
兼続は幸村と銃勇士のところにも行ってだ、彼にも会議のことを伝えた。
「殿にもお伝えしましたが」
「その様にですね」
「はい、越前においてもです」
「軽挙妄動は慎み」
「すぐにです」
「この越前を通り過ぎてですな」
「近江に入ります」
越前を通り過ぎてというのだ。
「そうして都に向かいますので」
「我等もですな」
「石にはお気をつけ下さい」
「わかっております、既にです」
幸村も言うのだった。
「家臣の者達には伝えています」
「そうですか、流石は源四郎殿」
「はい、それはもうわかっていました」
加賀にいたその時にというのだ。
「ですから」
「例え一向宗の者達が何をしても」
「我等は動きませぬ」
兼続にも言うのだった。
「ですからご安心下さい」
「それでは」
「それがし自身もそうですが」
「家臣の方々もですか」
「言っております」
「我等もです」
十勇士達も兼嗣に言う。
「殿のお言葉ならです」
「絶対にです」
「それは守ります」
「ですから」
それでというのだ。
「軽挙妄動はしませぬ」
「それこそです」
「何かありましても」
「動きませぬ」
「この者達が戦うのはです」
その時はともだ、幸村は兼続に話した。
「小さな者達ではありませぬ」
「隠れて石を投げる様なですか」
「そうした者達ではありませぬ」
「そして源四郎殿もですね」
「はい、それがしもです」
幸村自身もというのだ。
「そうした者達は相手にしませぬ」
「そうお考えですか」
「拙者の相手は武士です」
「刀や槍を手にした」
「そして戦場で戦うものなので」
それでというのだ。
「こうした時はです」
「決してですね」
「動きませぬ」
絶対にというのだ。
「ご安心を」
「わかり申した、源四郎殿が仰るのなら」
「それならですか」
「それがしも安心です」
「それがしを信じて頂いているのですな」
「はい」
その通りという返事だった。
「ですから」
「それで、ですか」
「その言葉信じさせて頂きます」
幸村自身を信じているからというのだ。
「それではその様に」
「では」
こうしたことを話してだ、兼続は幸村達については安心することが出来た。越前での旅路も緊張したものだったが。
上杉家の者達は軽挙は行わなかった、そして民達もだった。
石を投げたりはしなかった、それを見てだ。
幸村は十勇士達にだ、馬を進めつつ言った。
「民達もな」
「はい、何かしてきてもおかしくなかったですが」
「それでもですな」
「あの者達はです」
「何もしませんでしたな」
「うむ」
それこそという返事だった。
「民達も抑えられているか」
「ですな、それぞれの領地を治める大名達に」
「加賀や越前でも」
「だからですな」
「ここまで何もなく進めた」
「そうなのですな」
「そうであろう、よいことだ」
ここでは安心して言った幸村だった。
「民達も軽挙妄動をせぬならな」
「お互いにですな」
「馬鹿なことをしないなら」
「それならですな」
「安心ですな」
「そうじゃ、それにじゃ」
ここでこうも言った幸村だった。
「これは若しじゃ」
「若しですか」
「関白様が何かな」
秀吉、その彼がというのだ。
「上杉家にしようと思われていれば」
「忍の者が、ですな」
「何処からか石を投げていた」
「そうしていましたか」
「それで馬鹿者が動けばな」
上杉家の中にいるそうした者がだ。
「いらぬことになっていたやも知れぬが」
「それはなかったですな」
「結局これまでです」
「その石は来なかったです」
「一つも」
「それもなかった、ではな」
それではというのだ。
「あの方もそこまでの悪意はないか」
「上杉家に何かしようとする」
「そうしたことは」
「上杉家に不始末があればそれを口実としてお取り潰しを言う」
そうしてというのだ。
「しかしな」90
「そこで、ですな」
「撮り潰さぬから」
「だからと言ってですな」
「直江殿をですな」
「寄越せと」
「そうした策もじゃ」
幸村は淡々と話していった。
「出来たが」
「それでもですな」
「関白様はされなかった」
「そうした策を」
「うむ、流石というべきか」
こうも言った幸村だった。
「天下人じゃ」
「天下人ならですな」
「それだけの器がある」
「だからですな」
「そうした小さいことはされぬ」
「そういうことですな」
「そうであろうな」
幸村は今度は確かな声で言った。
「やはり」
「ですか、だからですか」
「関白様は何もされませぬか」
「ここでは」
「そうした小さなことは」
「おそらく直接じゃ」
秀吉自らというのだ。
「直江殿に声をかけられてきてな」
「そのうえで誘いをかけられる」
「そうされますか」
「天下無双の人たらし」
幸村は秀吉のこの仇名も言った。
「そのお名に相応しいことをされるだろう」
「では、ですか」
「あの方はですか」
「直江殿に直接声をかけられ」
「そして殿にも」
「そうされてきますか」
「そうであろう、拙者をじゃ」
幸村はその自分自身のことも話した。
「直接お声をかけられたうえでな」
「羽柴家に迎えられ」
「家臣とされる」
「そのおつもりですか」
「わしは知っての通り次男」
その真田家のだ。
「家には兄上がおられる」
「だからですな」
「羽柴家にも迎えられるにもですか」
「特に困ったことはない」
「それで、ですか」
「父上と兄上がおられる」
その真田家にだ。
「それで、ですか」
「殿はですか」
「あの方に意識されていて」
「真田家から羽柴家に」
「そうされるおつもりですか」
「そうであろうな、それも拙者に出すものは」
それはというと。
「大名の地位と万石じゃ」
「大名、ですか」
「それも万石ですか」
十勇士達はその二つを聞いて思わず声をあげた。
「その二つはまた」
「かなりですな」
「殿が大名とは」
「それも万石とは」
「凄いですな」
「それだけのものを用意されてこられますか」
「そうであろうな」
そのうえで幸村を誘うだろうというのだ。
「あの方は。しかしな」
「それでもですな」
「もう殿のお心は決まっていますな」
「既に」
「そうですな」
「そうじゃ、拙者は地位も石高も興味がない」
そのどちらもというのだ。
「別にな」
「ですな、殿は義ですな」
「あくまで義を求められるが故に」
「それ故に」
「そうしたものにもですな」
「興味がない、そして真田家の者じゃ」
また言った幸村だった。
「だからな」
「それで、ですな」
「羽柴家にはですな」
「入られぬ」
「そうなのですな」
「そうじゃ」
まさにという返事だった。
「だから安心せよ、拙者は羽柴家には入らぬしじゃ」
「あくまで義をですな」
「義を求められる」
「それだけですな」
「御主達もそれでよいか」
幸村はあらためてだ、十勇士達に問うた。
「拙者と共にいても冨貴は得られぬがな」
「ははは、その様なものはです」
「我等も興味がありませぬ」
「殿と共にいたいだけです」
「殿とお会いした時からそれは変わりませぬ」
十勇士達は幸村に笑って応えて言った。
「ですから」
「そうしたものはです」
「我等も興味がありませぬ」
「だからです」
「殿と共にです」
「火の中水の中です」
「真田家にいさせてもらいます」
「殿のお家に」
「そう言ってくれるか、では拙者は関白様に申し上げる」
秀吉と会う時になってもというのだ。
「確かにな」
「ですか、わかりました」
「流石は殿です」
「我等の主です」
「そう言ってくれるか、ではな」
「はい、上洛していきましょう」
「これからも」
「近江に入りな」
そしてというのだ。
「それからじゃ」
「都ですな」
「またあそこに行きますな」
「それがです」
「楽しみです」
「うむ、あの時から数年経った」
幸村もこのことは微笑んで言う。
「果たしてどうなっておるか」
「前よりも栄えておるでしょうな」
「関白様の政も確かとか」
「それではです」
まさにというのだ。
「あの時以上にです」
「よくなり」
「栄えているでしょうな」
「それを見ようぞ」
このことは笑顔で言ってだ、そして。
幸村主従は上杉家の者達と共に都に向かっていっていた、秀吉は確かに彼等には手出しをしなかった。
だがその北陸の要地である敦賀を治める大谷吉継から報を聞いてだ、笑みを浮かべていた。
「そうか、真田幸村はか」
「忍達が見ていますが」
大谷が向けただ、大谷は丸い顔をしている。その大きな髷が目立つ。
「その気は尋常なものではありませぬ」
「まさに天下の傑物か」
「まだ若いですが」
「そう言っていい者じゃな」
「間違いなく」
「そうか、わしも見て見たいのう」
秀吉は大坂城においてだ、笑って言った。
「早くな」
「まさかと思いますが」
「都にこっそりと入ってか」
「そうお考えですか」
「前ならそれが出来たがのう」
笑いながらも残念そうにだ、秀吉は大谷に答えた。
「それを御主達が許すか」
「いえ」
一言でだ、大谷は答えを返した。
「それは」
「御主も小竹もな」
「そしてですな」
「特に佐吉じゃ、今はここにはおらぬが」
仕事でだ、石田三成は今は大坂にはいないのだ。
「あ奴はわしでもずけずけと言う」
「それが佐吉です」
「そうじゃな、誰にも媚びずにな」
「正しいと思えば一本です」
「その一本気さ故にな」
「関白様にも言われるのです」
「わかっておる、あ奴の腹は常に白い」
そうした者だというのだ。
「だからわしもあ奴に言うことは許しておる」
「どの様な言葉も」
「謹言じゃからな」
秀吉を思っての言葉、それがよくわかっているからというのだ。
「わしも言わぬ」
「聞かれますな」
「そうする、ではな」
「これからもですな」
「うむ、あ奴はそれでよい」
こう言ったのだった、大谷に。
それからだ、秀吉は彼にあらためて言った。
「しかしその真田の次男はな」
「羽柴家にですか」
「迎え入れたいのう」
「武将としてですな」
「使いたい、既に武は虎之助達がおるが」
「それでもですな」
「より欲しい」
こう思うからこそというのだ。
「だからこそ是非な」
「迎え入れられますか」
「そうする、ではな」
「大坂で、ですな」
「あ奴も待つか」
「そして直江殿も」
「無論じゃ、あの者もまだ諦めておらぬ」
欲を出してそのうえでの言葉だ。
「人は幾らでも欲しいからな」
「ではあの方も来られれば」
「また声をかける、二人共当家に迎えるとしよう」
無論それだけのものを用意してだ、そしてだった。
秀吉は上洛してくる彼等を楽しみに待っていた、大谷にこうしたことも言って。
「して御主の娘にもな」
「そろそろですな」
「婿を用意するぞ」
「では」
大谷は主の言葉に確かな顔で頷いた、こうした話もするのだった。
巻ノ四十 完
2016・1・6