目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

巻ノ四十一

                 巻ノ四十一  石田三成

 越前から近江に入った上杉家の大名行列はさらにだった、南に進み。

 そのうえでだ、都に近付いていたが。

 兼続はその中でだ、また幸村のところに来てこんなことを言った。

「都でお会いして頂きたい者がいますが」

「その方は」

「石田三成というのです」

「石田殿ですか」

「ご存知ですな」

「はい、羽柴秀吉殿の懐刀と言われる」

「そうです、まだ若いですが」

 それでもというのだ。

「非常に出来た者でして」

「その御仁とですな」

「お会いして頂きたいのです」

「そういえば直江殿は石田殿と」

「実は知己、それも友としてです」

「交遊がおありですな」

「口が過ぎて頑固者ではありますが」

 それでもというのだ。

「その心根は非常によき者です」

「だからですか」

「源四郎殿にもお会いして欲しいのです」 

 是非というのだ。

「宜しいでしょうか」

「はい」

 是非にとだ、幸村も答えた。

「宜しくお願いします」

「それでは」

「石田三成殿といえば」

 ここでさらに言った幸村だった。

「関白様が近江におられた頃にでしたな」

「はい、寺の小坊主でしたが見出され」

「そしてですな」

「関白様に仕えられる様になったのです」

「それからとんとん拍子にでしたな」

「身を立てたのです」

「政で有名ですが」

 とかくそちらで知られた者だ、その為天下の者は石田を秀吉の政で助ける者だと思っているのだ。だが。

 幸村はその彼についてだ、こう言ったのだった。

「いくさ人でもありますな」

「お気付きですか」

「はい、賤ヶ岳でも活躍され」

 そしてというのだ。

「武具や兵糧の調達等もです」

「見事だと」

「はい、そうしたことを見ますと」

「石田殿はですな」

「いくさ人です」

 そうなというのだ。

「それがしはそう思います」

「確かに。石田殿の実はです」

「直江殿もそう思われますな」

「あの方はいくさ人です」

 彼の友である兼続もこう見ていた、石田のことを。

「紛れもなく」

「左様ですな」

「一見ただ筆を取っているだけの方ですが」

「いざとなれば」

「刀を手にして自ら戦われる」

「そうした御仁ですな」

「そうなのです、しかし」 

 ここでだ、兼続は幸村にだ。少し困った顔になってこう話した。

「あの御仁は実は戦になると自ら前に出てです」

「戦われる方ですな」

「矢面に平然と立たれます」

「柴田勝家殿との戦でもそうでしたな」

「大谷吉継殿と共にです」

 石田と共に羽柴家において能吏と言われている彼と、というのだ。大谷もまた世間ではそう言われて思われているのだ。

「ご自身が真っ先に突っ込まれました」

「兵達を率いられ」

「兵達が死地に赴いているならです」

「ご自身もですな」

「そうせねばならぬという方なので」

「それは正しいですな」

 幸村は石田のその姿勢はよしとした。

 しかしだ、同時にこうも言った。

「ただそれはそれがしも同じですが」

「将としては正しくとも」

「大将のものではありませぬ」

 そこは違うというのだ。

「石田殿は大将ではありませぬな」

「ご自身も大将にはです」

「興味がおありではですな」

「ありませぬ」

「あくまで将ですな」

「関白様にお仕えする」

「忠義の心もお強いと聞きましたが」

 石田のこのこともだ、幸村は言った。

「それ故に」

「はい、関白様にきつい諫言も厭わず」

「あくまで、ですか」

「将でありべきと考えておいでなので」

「ご自身が自ら出られる」

「そうした戦をされます」

「まさに将ですか」

 幸村はこの言葉は瞑目する様にして出した。

「あの方は」

「左様です」

「そのこと自体はいいですが」

「どうしても大将にはなれぬ、なるつもりもない方です」

「わかりました」

 ここまで聞いてこう言った幸村だった。

「まだお会いしていませぬがある程度は」

「石田殿がですな」

「はい、では都において」

「お会い頂ける様」

「わかりました」

「必ずです」

 兼続の言葉は保障するものだった。

「後悔はしませぬ」

「会ってもですな」

「源四郎殿とも気質が合うかと」

「それがしもそう思いまする」

「それでは」

 こうした話をだ、幸村は都に入る前に兼続とした。

 そして都に入りだ、まずはだった。

 その都を見てだ、彼は唸って言った。

「ふむ、前に来た時よりも」

「さらにですな」

「よくなっていますな」

「いや、家も人も多く」

「道も奇麗ですな」

 十勇士達も言う。

「前に来た時も見事でしたが」

「あの時よりもです」

「よくなっています」

「これはです」

「よい町並みですな」

「これが都の正しい姿か、いや」

 幸村は自分の言葉を訂正した。

「むしろ前よりもな」

「栄えていますな」

「おそらく応仁の前よりも」

「あの時よりも」

「そうじゃ、この栄え方はな」

 まさにというのだ。

「本朝開闢以来じゃ」

「そこまでの栄え方で」

「そしてそれをされているのがですな」

「関白様ですな」

「その通りじゃ」

 まさにというのだ。

「あの方じゃ」

「ではやはり」

「関白様の政は見事ですか」

「ここまでのことをされるとは」

「まさしく」

「そう思う」

 実際にと答えた幸村だった。

「あの方でこそじゃ」

「左様ですか、やはり」

「そうなりますか」

「うむ、この絢爛さはな」

 色とりどりの有様の都を見ての言葉だ、それは人々の服や店の品物や家々にそのまま出ている。

「あの方あってこそじゃ」

「ですか、では」

「関白様はですか」

「天下人に相応しい」

「そのこともですな」

「出ておる」

 都にというのだ。

「拙者はそう思う」

「そして、ですな」

「その都において」

「これより」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「石田殿とお会いする」

「あの方とも」

「天下人の懐刀と言われている」

「その方とですな」

「そうなる」

「しかし」

 ここで言ったのは由利だった。

「殿がそれ程の方と会われるとな」

「そうですね」

 伊佐も由利に続いて言う。

「そこまでのことになるとは」

「しかし関白様とお会いになられるかも知れぬ」

 このことを言ったのは海野だった。

「それならな」

「有り得るな」

 今度は望月が言った。

「それもまた」

「そうじゃな、殿程の方なら」

 清海も言う。

「石田殿と会われることもあるか」

「石高や地位ではなく」

 穴山が言ったのはこのことからだった。

「殿の器からのことか」

「殿の器ならばな」

 霧隠も彼のそのことを見て語った。

「その器に相応しい方と会うということか」

「天下人の懐刀とも天下人ご自身とも」

 筧は瞑目する様にして述べた。

「殿はそうした方々にも比肩する方か」

「そうなるな」

 猿飛はにかっと笑って言った。

「殿ならばな」

「拙者は一介の武士だが」

 それでもと言った幸村だった。

「天の配剤で素晴らしき方々と会えるのならな」

「それならですな」

「殿としては有り難いこと」

「左様ですな」

「そうも思う、ではな」

「はい、石田殿とも」

「あ会い下され」

 十勇士達も言った、そしてだった。

 上杉家の者達は用意された宿に入った、それは幸村主従も同じだった。主従は宿に入るとすぐにだった。

 あの豆腐屋に行った、するともう親父と女房は隠居していたが。

 娘は前に会った時よりいい顔になってだった、隣に顔立ちのいい背の高い男と共にいてそして主従に言った。

「実はあの後です」

「亭主を迎えたか」

「はい」

 その通りという返事だった。

「目出度く」

「それはよきこと」

 幸村は娘、今は若女将となっている女の言葉を聞いて笑って言った。

「それではな」

「そう言って頂けますか」

「そしてじゃが」

「はい、豆腐ですね」

「それを頼めるか」

「喜んで」

 明るい笑顔での返事だった。

「それでは」

「うむ、ではな」

「お酒もですね」

「それも頼めるか」

「是非共」

 こうしたことを話してだった、実際に。 

 主従は店の豆腐を肴に都の酒を楽しんだ、そしてその後でだ。

 宿に戻ろうとする時にだ、不意に。

 前からだ、編笠を深く被った浪人風の男が来て言って来た。

「もし」

「そのお声は」

「はい、拙者です」

 編笠を上げるとだ、兼続が出て来て言って来た。

「お迎えに参りました」

「忍んで宿を出たのですが」

「見ておりましたので」

 それでというのだ。

「こうしてです」

「お迎えにですか」

「来させてもらいました」

「そうでしたか」

「ではです」

「はい、これよりですな」

「家臣の方々もです」

 彼等もというのだ。

「おいで下さいますか」

「それでは」

「はい、おいで下さいますか」

「石田殿のところにですね」

「既にお待ちです」

 その石田がというのだ。

「ですから」

「わかりました、では」

「こちらです」

 こうしてだった、主従はある場所に案内された。そこは都の外れの茶室だった。

 その茶室を見てだ、十勇士達は言った。

「ふむ、ここは」

「また小さな地味な茶室」

「こうした茶室が都にあるとは」

「これはまた」

「こうした場所こそ」

 まさにと言う兼続だった。

「会うには相応しく」

「それで、ですか」

「ここに石田殿がおられるのですか」

「そしてここで、ですか」

「殿と会われるのですか」

「石田殿もです」

 その彼もというのだ。

「是非です」

「拙者とですか」

「ここでお会いしてお話したいとのことなので」

「それで、ですか」

「中にお入り下さい」

「そしてですな」

「石田殿とお話を」

 こう主従に言うのだった。

「お願いします」

「それでは」

「しかしです」 

 ここで十勇士達も言うのだった。

「我等もとは」

「殿はわかるにしましても」

「ほんの十石取り程の我等まで石田殿に会うとは」

「それは」

「石田殿は人を石高で見極められませぬ」

 兼続は十勇士達にも話した。

「ですから」

「それで、ですか」

「我等ともですか」

「お会いしたい」

「そうお考えなのですか」

「そうなのです」

 このことをだ、兼続は話した。

「貴殿達の先の戦でのお働きを聞いて」

「あの徳川家とのですか」

「戦とのことをですか」

「石田殿が耳にされ」

「そのうえで」

「左様です」 

 その通りだというのだ。

「それでなのです」

「あの戦いはです」

「大殿が采配を執られたもので」

「そして若殿と殿が陣頭で戦われ」

「我等はただです」

「殿に従っただけですが」

「いやいや、一騎当千でしたので」

 その戦ぶりがというのだ。

「ですから」

「石田殿もですか」

「我等とですか」

「お会いしたい」

「そうお考えですか」

「そうなのです、ではおいで下さい」

 こう言ってだった、兼続は彼等も茶室の中に案内した。そして実際にだった。 

 彼等も茶室の中に入った、茶室の中は思ったより広く彼等も全て入ることが出来た。大柄な清海も楽に入られる入口だった。

 そこに入るとだ、茶室にだ。

 一人の若い鋭利な顔立ちの立派な身なりの男がいた。兼続は彼を指し示してそのうえで幸村に対して言った。

「こちらの方がです」

「石田三成と申します」

 彼は自分から名乗った。

「以後お見知り置きを」

「真田幸村と申します」

 幸村も名乗った、そして十勇士達も。

 そしてだ、こう石田に返した。

「今度共宜しくお願いします」

「それでは」

「はい、それでなのですが」

「この度はです」

 高く奇麗な声でだ、石田は幸村に答えた。

「是非真田殿とお会いしたいと思いまして」

「それで、ですか」

「直江殿にお願いしてです」

 そうしてというのだ。

「こちらに来て頂きました」

「家臣達と共に」

「そちらの方々もです」 

 石田は幸村だけでなく十勇士達も見ていた、そのうえで言うのだった。

「お会いしたいと思いまして」

「そのことは直江殿にお聞きしましたが」

「実際にですか」

「石田殿は我等にですか」

「お会いしたいのですか」

「そう思いまして」 

 それでというのだ。

「お呼びしました」

「ですか、我等も」

「殿と共にですか」

「石田殿にですか」

「そう思われているのですか」

「真田殿も貴殿達もです」

 石田は十勇士達に生真面目な声で語った。

「天下の英傑、豪傑と聞いていますので」

「それ故に」

「我等全員をですか」

「呼んで頂いたのですか」

「はい、そして」

 さらにだった、石田は彼等に言った。

「その噂はその通りの様ですな」

「まだお会いしたばかりですが」

 幸村はその石田に返した。

「それでもですか」

「身体の動き、そして目を見ればです」

「そうしたことがですか」

「わかります、真田殿と家臣の方々はです」

 まさにというのだ。

「天下の英傑、豪傑ですな」

「動きと目ですか」

「強さは動きにも出ています」

「身のこなしにですな」

「武芸、忍術も含めて」

 特にその術に注目してだった。

「相当な方々ですな」

「そう言って頂き恐縮です」

「貴殿達ならば」

 石田はさらに言った。

「必ずや素晴らしいお力になられますな」

「羽柴家のですか」

「はい」

 まさにというのだ。

「貴殿はご次男ですし」

「羽柴家にですか」

「如何でしょうか」

「そのことですが」

 幸村は既に読んでいた、それでだ。

 一呼吸置いてだ、こう答えたのだった。

「折角ですが」

「左様ですか」

「はい、それがしは真田家の者です」

「だからですな」

「他のどの家にもです」

「貴殿ならばです」

 石田は幸村の言葉に表情を変えずにこうも返した。

「万石の大名にもです」

「なれると」

「間違いなく、それでもですか」

「それがし石高はです」

「必要なだけあればですか」

「いりませぬ」

「大名にもですか」

 石田はその幸村に問うた、さらに。

「そちらにも」

「はい、興味はです」

「では地位も」

「官位や役職にですな」

「若しです」

 この前置きから言った石田だった。

「羽柴家の家臣になれば」

「それで、ですな」

「朝廷の官位も夢ではありませぬ」

「功績次第で」

「はい、それでもですか」

「やはりです」

 幸村はまたすぐにだった、石田に答えた。

「興味がありませぬ」

「お家のこととですな」

「そして義です」

 幸村は言い切った。

「この二つにはです」

「興味がおありですな」

「はい」

 その通りという返事だった。

「その通りです」

「そうですか、金銭や宝もですな」

「当家の旗は六文銭ですが」

「地獄の沙汰もですな」

「その心構えですが」

「ご自身の懐にはですか」

「必要なだけあれば」

 つまり生きていけるだけのものがあればというのだ。

「特にです」

「左様ですか」

「そうです、ですから」

「関白様からお誘いを受けましても」

「そのお言葉は有り難いですが」

「わかりました、このことは早馬で関白様にお伝えしますが」

 それでもと言った石田だった。

「それがしそのお言葉胸に留めておきます」

「そうして頂けるのですか」

「義ですな」

「そして家もです」

 それもというのだ。

「守っていきたいと考えています」

「真田家をですな」

「他には何もいりませぬ」

「ふむ、では奥方は」

 石田は幸村に表情を変えずに問うた。

「如何でしょうか」

「そこで欲しくないと言えばです」

「嘘になりますな」

「それがし嘘は嫌いです」

 幸村はまた答えた。

「やはり妻は欲しいです」

「左様ですな」

「そう考えております」

「では」

「はい、どなたかおられれば」

「わかりました」

「しかし妻のことでも」

 縁組でもというのだ。

「やはりです」

「真田家に留まられますか」

「そうしていきます」

「そうですか」

「何としてもです」

「わかりました、それがしが思いまするに」

 石田は瞑目する様にだ、幸村に答えた。

「真田殿は義を歩まれるべきです」

「それがしの思う道を」

「はい」

 まさにというのだ。

「そうあるべきです」

「では真田家にもですな」

「留まられるべきです」

「そうですか」

「そのことを強く思いました、ですから」

「このこともですか」

「関白様にお伝えします」

 秀吉にというのだ。

「必ず」

「ではお願いします」

「しかし関白様はです」 

 秀吉のこともだ、石田は幸村に話した。

「優れた者を愛されていて」

「それで、ですな」

「ご自身の家臣にと考えられる方なので」

「だからですな」

「拙者申し上げましても」

 それでもというのだ。

「お声をかけられます」

「必ずですな」

「これまでもそうでしたし」

「それで今度も」

「そうなります」

 間違いなく、という言葉だった。

「やはり」

「ですな、では」

「お心を貫かれて下さい」

 幸村への忠告だった。

「さすればです」

「真田家に残りですか」

「義も貫いていけます」

「殿ならばです」

 十勇士達もここで言った。

「必ずです」

「義を貫けます」

「関白様のお誘いを受けても」

「それでも」

「うむ、そのつもりじゃ」

 幸村は彼等にも答えた。

「拙者は金銭にも禄にも官位にも宝にもな」

「一切ですな」

「心を寄せず」

「そのうえで」

「義を貫く」

 そう考えているからこそというのだ。

「そうしていくぞ」

「さすれば」

「その様に」

 十勇士達も応える。

「していきましょうぞ」

「我等その殿に何処までもついていきます」

「例え火の中水の中」

「何処までも」

「どうやら」 

 石田は十勇士達も見て言った。

「真田殿は既にです」

「既にといいますと」

「優れた股肱の臣を持たれていますな」

 こう言うのだった。

「それも十人も」

「はい、この者達はです」

 まさにとだ、幸村自身も答える。

「それがしにとってです」

「かけがえのないですな」

「臣であり」

 さらにだった、幸村は石田に話した。

「友であり義兄弟です」

「そこまでですか」

「そうした者達です」

 まさにというのだ。

「死ぬ時は共にです」

「そうですか、それならばです」

「ならばといいますと」

「それがしと同じですな」

「と、いいますと」

「それがしは家臣としては一人ですが」

 こう前置きしてだ、石田は幸村に話した。

「家臣であり友である者がいます」

「島左近殿ですな」

「そうです」

 その通りという返事だった。

「あの者がおります」

「石田殿にとってかけがえのない方ですな」

「それがしは武はどうもです」

 ここでだ、石田は苦笑いになって言った。

「苦手で」

「いやいや、かなりと聞いていますが」

 幸村はすぐにだ、石田に返した。

「石田殿は」

「それがしも思いますが」

 暫く沈黙していた兼続も言って来た。

「ですが」

「それでもですか」

「石田殿はこう仰るのです」

「そうなのですな」

「常にです」

「それがし程度の武では」

 その石田の言葉だ。

「天下に何かあった時関白様をお守り出来ませぬ」

「だからですか」

「それがしは桂松にはそちらでは劣ります」

「大谷吉継殿ですな」

「桂松はいざとなればです」

 その大谷のことをだ、石田は幸村に話した。

「鬼になります」

「そして、ですな」

「鬼の様に戦いますので」

「その大谷殿と比べればですか」

「それがしなぞはです」

 とてもという声でだ、石田は語った。

「とてもです」

「だからですか」

「はい」

「より強い武を備える為に」

「鬼になり関白様をお守りする為にです」

 まさにその為にというのだ。

「それがしはです」

「島殿を迎えられたのですか」

「そう思い誘いをかけて家に来てもらいましたが」

 その石田家にだ。

「妙に気が合いです」

「家臣としてだけでなく」

「友としてもです」

「共におられますか」

「左様です」

 まさにというのだ。

「そうしております」

「そうでしたか」

「左近はまさにです」

「石田殿にとってはですな」

「臣であり友です、しかし」

「しかしとは」

「真田殿もお持ちとは」

 また十勇士を見て言う石田だった。

「お見事ですな」

「そう言われますか」

「では死ぬ時も」

「はい、共にです」

「そう誓い合われているのですな」

「そうです」

 まさにというのだ。

「そうしています」

「お強いですな」90

「その絆が」

「そうです、ではその絆をです」

 石田は幸村にこうも言った。

「大事にされて下さい」

「これからもですな」

「はい、そうされて下さい」

「わかりました」

 確かな声で返した幸村だった。

「そうさせてもらいます」

「是非共、ではです」

「この茶室での話をですな」

「関白様にお伝えします」

 文でというのだ。

「早馬を送り」

「それでは」

「そのうえで大坂に行かれて下さい」

「それでは」

 幸村も応えた。

「都の後で」

「はい、大坂まで」

「大坂はです」

「今はですな」

「人が集まり店も多く」

 そしてというのだ。

「非常にです」

「栄えていますか」

「その賑わいも御覧になって下さい」

「その賑わいはです」

 直江も幸村に話す。

「この都を凌いでいます」

「そうなのですか」

「はい、ですから」

 それでというのだ。

「その賑わいも見ましょうぞ」

「わかりました」

「それがしはまだ都におります」

 石田は幸村にまた言った。

「ですから大阪はです」

「我等だけで、ですか」

「お楽しみ下さい」

「わかり申した」

「そして大坂には関白様もおられますが」

 さらに幸村に言うのだった。

「弟君であられる羽柴秀長様もおられます」

「関白様の片腕と言われる」

「非常に素晴らしい方です」

「天下の宰相ですな」

「はい、まさに」

 その秀長はというのだ。

「そこまでの方です」

「そしてその羽柴秀長殿とですか」

「そしてです」

 さらに言う石田だった。

「それがしの無二の友でもありますが」

「無二のですか」

「はい、左近は家臣であり友ですが」

「その方はですか」

「無二の友です」

 こうまで言うのだった。

「その者も大坂にいますので」

「拙者にですな」

「会って頂きたいのです」

「その方は」

 幸村は石田を見てそのうえで答えた。

「大谷吉継殿で」

「そうです、あの者とお会い下さい」

 是非にという言葉だった。

「真田殿に必ずや大きなものとなりますので」

「はい、それでは」

「大坂でも楽しまれて下さい」

「わかり申した」

「さて、お話が終わりましたな」

 双方の間にいた兼続がここで言った。

「それではです」

「はい、これよりですな」

「茶を楽しみましょうぞ」

 話が終わったのでというのだ。

「そうしましょうぞ」

「それではです」

 石田が穏やかな笑みで幸村に言って来た。

「それがしが淹れさせて頂きます」

「石田殿がですか」

「一つ茶を淹れ」

 そしてというのだ。

「それをこの場にいる者達で回し飲みしませぬか」

「共に同じ碗の茶を飲むのですな」

「近頃こうした飲み方が都や大坂で流行っていまして」

 それでというのである。

「この場ではです」

「そうしてですか」

「飲みませぬか」

 こう幸村に提案するのだった。

「如何でしょうか」

「そうした飲み方があるとは」

 根津が石田の言葉に目を丸くさせて応えた。

「それはまた」

「絆を深める為の飲み方ですな」

 伊佐は何故そうした飲み方をするのかを察した。

「それで、ですな」

「確かに。同じ碗で回し飲みをすればな」

 由利は伊佐のその言葉に頷いた。

「仲間意識が出来るな」

「我等も殿と共によくそうしておる」

 望月は自分達のことを思い出した。

「酒や水であるがな」

「しかし茶でも同じこと」 

 穴山はこの辺りは割り切っていた。

「ならばよいな」

「まあ一人が飲み干してはいかんがな」

 霧隠は笑って清海に顔を向けた。

「そうであるな」

「いやいや、わしもそこはわかっておるぞ」

 清海はその大きな口を開いて霧隠に笑って返した。

「しかとな」

「しかし御主の口は大きい」 

 海野も清海に言う。

「気をつけよ」

「佐助、御主もじゃ」 

 筧は猿飛に釘を刺した。

「茶が好きじゃからな」

「うむ、わかった」

 猿飛は筧の言葉に素直に頷いた。

「では慎もうぞ」

「まあ細かいことは気にせずにな」

 幸村はお互いに話す己の家臣達に穏やかな微笑みで告げた、その笑みはまさに大器を持つもののそれであった。

「共に飲もうぞ」

「ここは我等が出会えた祝いです」

 石田は茶を淹れはずめつつ話した。

「ですか畏まらずに」

「皆で、ですか」

「絆を深める為に飲んでいく」

「だからですか」

「特にこだわらずにですか」

「飲めばいいですか」

「はい、飲み過ぎるだの気にせずに」

 そのうえでというのだ。

「飲みましょうぞ」

「石田殿がそう言われるのなら」

「我等もです」

「飲ませてもらいます」

「是非」

「はい、それでは」

 こうしてだった、石田は茶を淹れてだった。

 一同は石田が淹れた茶を回し飲みした、そして。

 皆が一回りして最後の一口を兼続が飲んでだ、石田に言った。

「結構なお手前で」

「いえ」

 こう言葉を返した石田だった。

 そしてだ、石田は一行にあらためて言った。

「それではです」

「はい、次はですね」

「大坂にです」

「行くのですな」

「都から大坂には」

 今度は兼続が言って来た。

「船で行きますので」

「川をですな」

「はい、進んでです」

 そしてというのだ。

「大坂まで行きます」

「川を使えばですな」

「都から大坂はすぐです」

 それこそというのだ。

「このことは源四郎殿もご存知と思いますが」

「はい、以前はです」

 前に大坂に行った時のことをだ、幸村は兼続に話した。

「歩いていきましたが」

「お考えがあってですな」

「はい、その方が都から大坂への道を学べると思って」

「それで、でしたか」

「歩いて行きましたが」

「この度はです」

「川で、ですな」

「船を使ってです」

 そのうえでというのだ。

「向かいますので」

「川の道もですな」

「進んでいきましょう」

 こう言ってだ、そしてだった。 

 一行は今度は大坂まで船で行くことにした、そうした話をしてだった。

 一行は石田と別れた、石田は茶室を出る時に幸村達に言った。

「それがしは聚楽第にいますので」

「あちらにですか」

「何かあればです」

 その時はというのだ。

「何時でもいらして下さい」

「そしてですか」

「拙者がお力になります」

「そうして頂けるのですか」

「はい、それがし真田殿が好きになりました」

 それでというのだ。

「出来ればこれからもです」

「それがしとですか」

「お付き合いをしたいものです」

「そう言って頂けますか」

「心から」

 これが石田の返事だった。

「この様に」

「ですか、では」

「はい、これからもです」

「何かあればですか」

「それがしにお話下さい」

「それでは」

 こうしたことを話してだ、そしてだった。

 幸村達は今は石田と別れた、この日は休んでだった。

 朝に船に乗った、その船のうちの一隻に十勇士達と共に乗ってだった。幸村は確かな声で彼等にこう言った。

「この度は船だが」

「前とは違いですな」

「船ですな」

「船に乗りそのうえで」

「大坂に向かいますな」

「陸の道はわかった」

 前のその時にというのだ。

「そしてこの度はな」

「川ですな」

「その道を進んで学ぶ」

「そうしますな」

「そうじゃ、では行こう」

 是非にと言ってだ、そしてだった。

 主従は船で大坂まで下るのだった。そして今度は秀吉と秀長、もう一人の者に会うのだった。



巻ノ四十一   完



                        2016・1・14

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?