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巻ノ四十六

                 巻ノ四十六  婚礼

 遂にだ、その相手が上田に入った。幸村は己の屋敷でその報を聞いて言った。

「いよいよじゃな」

「はい、殿もです」

「奥方を迎えられますな」

「いよいよ」

「その時が来ていますな」

「まだな」

 どうにもという声でだ、幸村は言うのだった。

「信じられぬ」

「奥方を迎えられることを」

「どうしてもですか」

「まだ、ですか」

「信じられませぬか」

「夢ではないか」

 こう言うのだった。

「まことにな」

「しかしです」

「殿はこれより実際にです」

「奥方を迎えられます」

「そうなります」

「そうじゃな、拙者がな」

 幸村はあらためて十勇士達に話した。

「妻を迎えるな」

「確実に」

「そうなります」

「間も無くです」

「我等はそれが楽しみです」

「どうもな」

 ここでだ、幸村は彼等が現実を見ていることを確かに感じ取って言った。

「結婚は周りはそうなると実感出来てもな」

「ご自身は、ですか」

「即ち殿は、ですか」

「どうにもなのですか」

「実感出来ぬものか」

 その結婚することがというのだ。

「そうしたものか」

「では」

「それではですか」

「我等もですか」

「そうなりますか」

「そうであろうな、戦に勝ったりすれば実感出来るが」

 そうした時はというのだ。

「しかしな」

「それでもですな」

「ご婚姻のことは」

「どうしても」

「何か実感出来ぬな」

 こう言うのだった、どうしても。

 そしてだ、こうも言ったのだった。

「共に住む様になってからか」

「奥方を迎えられ家を持たれた」

「そのことをですか」

「後で実感出来る様になる」

「そういうものですか」

「そうやもな、とにかくな」

 ここまで話してだ、そしてだった。

 幸村は婚礼の場に入った、そして。

 そこでだ、父の昌幸にこう告げられた。

「婚礼の服に着替えよ」

「今より」

「そしてじゃ」

 昌幸は我が子にさらに言った。

「ここに御主の奥が来るからな」

「その方を迎える」

「着替え終わったらせよ、よいな」

「では間も無く」

「来る」

 その妻となる姫がというのだ。

「いよいよな」

「それでは」

「そうせよ、しかし御主だけは」

 昌幸もまたこう言ったのだった。

「どうも実感がない様じゃな」

「婚姻のことにですな」

「自分が本当に結婚するのか実感がないな」

「このことは先程家臣達にも話しましたが」

「そうであろう、こうしたことはな」

「どうしてもですか」

「その場ではそうなのじゃ」

 婚姻、その時はというのだ。

「実感がないのじゃ」

「現実のものとは思えぬ」

「自分のことだとな」

「夢を見ている様です」

 その実感のない感じをだ、幸村は行表現したのだった。

「どうにも」

「わしも同じだった」

 昌幸は息子の言葉を聞いて微笑んで言った。

「その時はな」

「ご自身のこととはですか」

「うむ、思えなかった」

 実際にとというのだ。

「どうしてもな」

「そうでしたか」

「それがしもじゃ」

 二人と共にいる信之も言って来た。

「どうしてもな」

「兄上もとは」

「結婚ははな」

 どうしてもというのだ。

「実感出来ぬもの」

「すぐには」

「うむ、婚礼のその時はな」

「しかし今は、ですな」

「妻がおるのだとな」

 自分自身にというのだ。

「実感しておる」

「ではやはり」

「徐々にじゃ」

 その実感がとだ、幸村に話す。

「出て来るものじゃ」

「そうじゃ、御主は今日は座っておるのじゃ」

「婿の場に」

「そうしておれ」

「全ては我等、そして家臣達に任せるのじゃ」

「そうしていいのですな」

 幸村は問うた。

「それがしは」

「わかったな」

「それでは」

「その様にな」 

 こう話してだ、そしてだった。

 幸村は待った、するとだった。 

 籠に乗ってだ、その姫がだった。

 城に来た、その行列を見てだった。

 十勇士達は幸村にだ、こんなことを言った。

「確か大谷殿は十万石」

「我等と同じ程度ですが」

「しかしです」

「我等と比べて」

「かなり派手ですな」

「人が多く」

「身なりもいいです」

 こう言うのだった。

「二十万石はありそうな」

「見事な行列ですな」

「あれだけの行列を出されるとは」

「大谷殿はそこまで華やかなのですか」

「そういえばな」

 ここで幸村も言った。

「大谷殿の政はよくてな」

「港もよく」

「そしてですか」

「豊かなのですな」

「十万石以上に」

「実際の石高よりも」

「そしてじゃ」

 幸村はさらに言った。

「娘殿を送る行列だからな」

「だからですか」

「あそこまでみらびやかにですか」

「飾られているのですか」

「その豊かさと姫様への想い」

「その二つ故に」

「そうであろう、大谷殿はやはり」 

 その大谷のことも思うのだった。

「かなり素晴らしい方じゃな」

「政にも秀でてられ」

「娘様への想いもお強い」

「そうした方ですな」

「資質とお心を併せ持った」

「素晴らしき方ですか」

「そう思った、ではな」

 幸村はまた言った。

「その大谷殿の娘殿をじゃ」

「はい、これより」

「殿は奥方にですな」

「迎え入れられますな」

「そうする」

 こう言うのだった、そしてだった。

 彼は夫として妻を迎える場に来た、その彼女のところにだった。

 その姫が来た、姫は。

 白無垢を着ていた、それは既にだった。

「もうですか」

「はい」

 姫は角隠しで顔を隠したまま幸村に応えた。

「先程着替えてきました」

「そうでしたか」

「そうなのです、それでは」

「はい、それがしがです」

 生真面目な声でだ、幸村は姫に応えた。

「真田源次郎幸村といいます」

「竹と申します」

 姫も名乗った。

「以後宜しくお願いします」

「それでは」

「共に生きていきましょう」

「二人で」

「これより何があろうとも」

「当家には家訓があります」

 幸村は微笑み姫に答えた。

「一度夫婦となったなら最後までです」

「離れることはですか」

「あってはならないとです」

「そうした家訓があるのですか」

「どちらかが旅立つまでは」

「決してですか」

「そうなっております」

 このことを妻に話したのだった。

「ですから」

「だからですか」

「はい、それでです」

「ここで、ですね」

「そのことを誓います」

 こう言うのだった。

「あなたに」

「では」

「これより式がはじまります」

「そしてそれが終わり」

「一生です」

「二人で、ですね」

「生きていきましょう」

 こう話してだった、二人は式を挙げた。式は華やかなまま進み。

 それが終わってからだ、幸村は妻と二人だけになった。妻はここでようやく角隠しを取った。するとだった。

 そこからだ。白く整った美麗な顔立ちの女が出た。小柄で幸村よりも頭一つ小さい。

 その妻がだ、幸村に言った。

「では」

「はい、今宵より」

「二人での夜を過ごしましょう」

「さすれば」

「父に言われたことがあります」

 竹は夫に言った。

「生涯を賭けてです」

「そのうえで、ですか」

「あなたにお仕えせよと」

「ではそれがしは」

「殿もですか」

「あなたを全てを賭けて」

 そのうえでというのだ。

「お守りします」

「そうして頂けますか」

「はい」

 これが幸村の返事だった。

「その様に」

「では」

「二人で」

「共にですね」

「過ごしていきましょう」

 二人で誓い合いその夜を過ごした、これがはじまりとなり。

 幸村は妻との暮らしをはじめた、妻の名は竹といった。彼はその竹と仲睦まじい日々を過ごしはじめるとすぐにだった、

 十勇士達もそれぞれだった、妻を迎えて家を持った、だが彼等の家は全て幸村の屋敷の傍にあり夜寝る時以外は常に彼と共にいた。

 この時も同じでだ、幸村は領地を周りながら彼等に言った。

「夜はそれぞれの家に戻るが」

「はい、日の出と共にですな」

「我等いつも屋敷に来ていますし」

「確かに寝起きは共にでなくなりましたが」

「これまでと変わりませぬな」

「そうじゃな、皆家を持ったが」

 それでもとだ、幸村も言う。

「変わらぬな」

「はい、やはり我等はです」

「共に生き共に戦い共に死ぬ」

「そうした間柄ですな」

「心と心で繋がっておる」 

 微笑んで言った幸村だった。

「まさにな、だからな」

「そうですな、しかしです」

 ここで笑って言ったのは清海だった。

「わしの様な破戒僧まで妻を迎えるとは」

「兄上、最早我等はです」

 伊佐が兄に言う。

「破戒僧ですから」

「そうじゃ、今更女房を迎えるなぞ言っても」

 二人には霧隠が言う。

「今更じゃ」

「うむ、皆妻を持ってもよい」

 海野も言う。

「むしろ堂々としていてよい」

「我等は皆武士となったのじゃ」

 こう言ったのは由利だった、しかも嬉しそうに。

「なら破戒僧でもよいではないか」

「それよりもこれからはよき家を育てること」

 穴山はそのことを念頭に置いていた、破戒僧がどうとかいうよりも。

「それが大事じゃ」

「さて、女房を持ったからには」

 望月も言う。

「子ももうけてじゃな」

「これまで我等はそうしたことは考えてこなかったが」

 根津はこれまでの自分達のことを考えていた。

「これからは違うな」

「武士として家を育てていこうぞ」

 筧はここでも冷静で的確だった。

「皆な」

「いやいや、女房を迎えるなぞ」

 最後に言う猿飛は清海と同じく笑っているが彼の笑顔の方が明るい。

「この前まで想像も出来なかったがのう」

「しかし御主達は家を持ちそれぞれ石高も増えた」

 幸村はその彼等に言った。

「その分も頑張らねばな」

「ですな、家を持ちです」

「石高も多く頂きました」

「それならですな」

「余計に頑張らねば」

「そういうことじゃ、拙者も石高を増やしてもらった」

 他ならぬ幸村もである。

「有り難いことじゃ」

「はい、しかしです」

「殿は大殿から言われた増やす分を半分にされましたが」

「またどうして」

「その様にされたのでしょうか」

「多くはいらぬと思ったからじゃ」

 それ故にとだ、幸村は十勇士達にすぐに答えた。

「だからじゃ」

「それで、なのですか」

「その分を我等に回して頂いた」

「そうされたのですか」

「そうじゃ、あそこまで貰うよりはな」

 それよりもというのだ。

「御主達の石高が増えた方がよいと思ってな」

「有り難きこと」

「そこまでして頂けるとは」

「殿のお心痛み入ります」

「まことに」

 十勇士達は深い感銘を受けて自分達の主に頭を下げた、彼等はあらためて幸村の器を知りその心に感じ入ったのだ。

 そのうえでこの日も彼等は修行に政にと励んだ、だがこうした日々はすぐに終わることとなった。

 幸村は信之と共に城に呼ばれてだ、昌幸に告げられた。

「関白様がいよいよな」

「兵を起こされるのですな」

「うむ」

 昌幸は信之の問いにすぐに答えた。

「そうされるとのことじゃ」

「西国に向けて」

「そうなる、そしてな」

「我等もですか」

「わしはここに残るが」

 この上田にというのだ。

「御主達はそれぞれ出てもらうことになった」

「西国まで、ですか」

「とはいっても兵を率いてではない」 

「ではどの様に」

「源三郎は関白様のお傍にいよとな」

「関白様ご自身にですか」

「言われた、そして源次郎はじゃ」

 幸村はというと。

「九州に行くのじゃ」

「そうしてですな」

「うむ、あの地を探りな」

 そのうえでというのだ。

「忍として働けとのことじゃ」

「そうですか、さすれば」

「それぞれ主な家臣達を連れてまずは大坂に行くがいい」

 昌幸は二人の息子に告げた。

「わかったな」

「はい、それでは」

「今すぐに用意をします」

「九州の戦は急に進んでおる」 

 昌幸は二人にこのことも話した。

「島津家の勢いは日の出じゃ」

「大友、龍造寺を破りですな」

 幸村が父に問うた。

「このまま九州を」

「既に大友、龍造寺は滅亡を待つばかり」

「共に戦に敗れ」

 その島津家にだ。

「そうなっていますな」

「だからな」

「早いうちにですか」

「兵を進めねばならん」

「だからですか」

「御主達はな」

 二人共というのだ。

「向かってもらうぞ」

「はい、わかりました」

「それでは」

 信之も幸村も応えた、そして。

 息子達にだ、昌幸はこうも言った。

「二人には残念であろうが」

「妻を迎えてすぐの出陣」

「だからですか」

「御主達は必ず帰って来る」

 このことは確信していた、父として。

「しかしな」

「それでもですな」

「妻を迎えてすぐの出陣はですな」

「離れ難い」

「そうしたものであるというのですな」

「わしもそうであった」

 今度は己のことを言うのだった。

「妻を迎えてすぐの出陣は辛いものであった」

「どうしてもですな」

「そのことは」

「やはり絆が出来たばかりなので」

「その時故に」

「そうじゃ、しかし戦は武士の務め」

 それ故にというのだ。

「行かねばならぬ、よいな」

「はい、承知しております」

「それがしもです」

 信之も幸村も父にすぐに答えた。

「そしてです」

「必ず武勲を挙げてきます」

「そして真田家の名を天下に知らしめてきます」

「そうして参ります」

「頼むぞ、既に龍造寺家は主の隆信殿が討たれてじゃ」

 そしてというのだ。

「後は鍋島直茂殿が取り仕切っておられるが」

「あのままでは、ですな」

「最早風前の灯火ですな」

「多くの兵を失ったしな、それにじゃ」

 さらに言う昌幸だった。

「大友家も耳川で多くの家臣と兵を失い宿老の立花道雪殿が亡くなられた」

「そして島津家の大軍がですな」

「迫っていますな」

「これでは危うい」

 この家もというのだ。

「だからじゃ」

「どちらの家もですな」

「危うく」

「関白様も兵を出されて」

「島津家の九州統一前にとなりましたか」

「そうじゃ、では御主達に行ってもらう」

 こう息子達に告げた、そして実際にだった。

 幸村はすぐに出陣の時が来た、すると。

 幸村は十勇士達にはだ、穏やかな声で言った。

「ではな」

「はい、これよりですな」

「我等は九州にですな」

「忍として行くのですな」

「そうなる、千陣の軍勢よりも先にじゃ」

 まさにというのだ。

「九州に入りな」

「そして、ですな」

「そのうえで、ですな」

「九州において忍として働く」

「そうなりますな」

「うむ、では今から行こうぞ」

 見れば具足も着けていない、普段通りの身なりだ。

「忍としてな」

「それぞれ変装し」

「身分も隠し」

「主に野山を進み」

「そうしていきますな」

「そうじゃ、そうしていくぞ」

 やはり穏やかに言う幸村だった。

「九州においては」

「ではこれよりですな」

「我等は女房達に別れを告げ」

「そのうえで出発となりますな」

「そうして来るのじゃ」

 また言った幸村だった。

「よいな」

「では殿もですな」

「これよりですな」

「奥方様に暫しのお別れをですな」

「言われますな」

「そうしてくる、ではな」

「はい、さすれば」

 こうしてだった、幸村は。

 妻のところに行きだ、こう告げたのだった。

「ではな」

「はい、ご武運を」

 竹は微笑んで夫に応えた。

「楽しみにしております」

「そう言ってくれるか」

「旦那様ならです」

「それがしならか」

「必ず帰ってこられます」

 それ故にというのだ。

「その心配はしておりません」

「そうなのか」

「そしてです」

 さらに言う竹だった。

「旦那様は武士としてもです」

「恥ずべきことはか」

「されません」

 全く、という言葉だった。

「ですからこのこともです」

「安心しておるか」

「私は旦那様が武勲を挙げられることをです」

 まさにそれをというのだ。

「楽しみにしているだけです」

「そう言ってくれるか」

「では」

「うむ、ではな」

 幸村は竹と笑顔で別れてだった、そして。

 十勇士達と共にまずは大坂に向かった、この時にだ。

 海野がだ、こう幸村に述べた。

「若殿は軍勢を率いられてですな」

「そのうえでな」

「大坂に、ですな」

「向かう」

 幸村もこう話した。

「そうなっている」

「そして我等は」

 望月はその大坂の方を見て言った。

「十一人だけで」

「大坂からな」

「瀬戸内に出て、ですな」

 根津は微笑んで主の言葉に応えた。

「船でまずは博多ですな」

「そうなる、陸を進むよりも」

「はい、やはり船です」

 筧はこう幸村に述べた。

「あちらの方が速うございます」

「昼も夜も進めるからな」

「歩くなら馬でも夜は休まねばなりませぬが」

 穴山は自分の足を見ている、彼等は皆忍であり健脚であるが。

「船はどちらも進めますからな」

「交代で漕いでな」 

 その船をとだ、幸村は穴山に答えた。

「進めばよい」

「確かに、それがいいですな」

 由利も頷いて答えた。

「船で進む方が」

「では海からすぐに九州に向かい」

 伊佐は落ち着いた声だった。

「忍として島津家を調べますか」

「そうする、だから陸よりも海じゃ」

 幸村はまた言った。

「そうすることにしたのじゃ」

「さて、海を進むのは我等にとっては珍しいですな」

 霧隠はしみじみとして述べた。

「川はありますが」

「確かにのう、上田は山の中にあるからな」

 清海も言う。

「これは珍しいことじゃ」

「ははは、しかしそれもまた面白い」

 猿飛はその大きな口を開いて笑っていた。

「伊予から出た時を思い出す」

「ああ、そういえばな」

「御主は伊予の生まれであったな」

「だから海にもな」

「馴染みがあるな」

「左様、山育ちであるが」

 猿飛は仲間達に笑って答えた。

「それでもじゃ」

「海にもじゃな」

「馴染みがある」

「そうなのじゃな」

「うむ、よくじい様に海に連れられて水練を教わった」

 笑みを浮かべたままでの言葉だった。

「瀬戸内の海も懐かしいわ」

「では、じゃな」

「海に行くのが楽しみなのじゃな」

「そうじゃな」

「そうじゃ、さてどうなるか」

 また言う猿飛だった。

「瀬戸内での船旅はな」

「瀬戸内は海流も渦も多いと聞く」

 ここでこうも言った幸村だった。

「船で進むにしてもな」

「はい、厄介ですな」

「小島も多いと聞きます」

「海賊もまだいるそうですし」

「無事に辿り着くには」

「我等だけでは難しい」

 幸村は冷静に述べた。

「だから大坂で然るべき者を雇いな」

「そのうえで、ですな」

「船に乗り」

「その者達に船を昼夜動かしてもらい」

「九州に向かうのですな」

「そのつもりじゃ」

 まさにというのだ。

「拙者はな」

「では、ですな」

「これより大坂に向かい」

「そしてそのうえで九州に入る」

「そうしますな」

「皆女房達には別れを告げたか」

 幸村はあらためて彼等に問うた。

「それは済ませたか」

「はい、既に」

「そのことはもう済ませました」

「だからこそここに来ました」

「ならよい、後はな」

 幸村は彼等の言葉を聞いて納得した顔で頷いた。そのうえで。

 上田を発ち大坂に向かう、彼等だけが知っている忍道を旅装束で進むことにした。彼等は山道を進んでいった。

 その時にだ、十勇士達は幸村に言うのだった。

「九州はどうなるのか」

「気になりますな」

「今にも島津家が統一しそうだとか」

「そうした状況と聞いていますが」

「島津家は兵は強く」

 幸村はその島津家のことを彼等に話した。

「そしてな」

「四兄弟ですな」

「その彼等を率いる」

「その方々もおられますな」

「どの方も素晴らしき将帥と聞く」 

 それ故にというのだ。

「だからな」

「強いのですな」

「将帥も兵も共に強いからこそ」

「だからこそ強く」

「これまでの戦にも勝ってきていますな」

「そうじゃ、だから大友家にも龍造寺家にも勝った」

 そのどちらにもというのだ。

「そしてじゃ」

「今まさにですな」

「その両家を完全に併呑せんとしている」

「そうなのですか」

「うむ、そのうえで関白様に従われるおつもりなのじゃ」 

 その九州を完全に掌握して、というのだ。

「九州探題としてな」

「九州探題とは」

「それはまた、ですな」

「大きいですな」

 十勇士達もその話を聞いて言う。

「果たしてどれだけの石高か」

「途方もつきませぬな」

「徳川殿で二百五十万石」

「しかしですな」

「その徳川殿以上じゃな」

 九州を統一すればというのだ。

「天下第一と言ってよい」

「ですな、確かに」

「そこまで至れば」

「では関白様としては」

「それは、ですな」

「どうしても」

「出来ぬ」

 認めることはというのだ。

「九州探題も九州の統一もな」

「だから、ですな」

「島津家が九州を統一する前に」

「兵を送られ」

「そして、ですか」

「戦をしてもな」

 最初からその考えだ、秀吉も。

「島津家の九州統一は許さぬ」

「では旧領のみですか」

「薩摩、大隅、日向の」

「あの三国のみ」

「関白様はその様にお考えですか」

「そして我等も」

「その島津家を調べる為にも」

「九州に行くのじゃ、ではまずは大坂に行くとしよう」

 こう言ってだ、幸村は十勇士達と共に忍道を通ってまずは大坂に向かっていた。彼の等のその動きは遠くから見られていた。

 それは忍の者達だった、彼等は。

 幸村達を見てだ、こう言っていた。

「大坂に向かわれるか」

「そうだな」

「半蔵様の言われる通りだ」

「今は徳川家には向かわれぬ」

「徳川家と真田家は盟友となった」

「それ故にか」

 信之の婚姻によってだ。

「今は敵同士ではない」

「そして関白様の為に動く」

「そうされておるな」

「では我等は」

「徳川様のお考え通りに動く」

「半蔵様の言われる通りにな」

「そうなるな」

 こう話すのだった。

「ではな」

「半蔵様にそのことをお伝えしよう」

「十二神将の方々にもな」

「そうしようぞ」

 こう言ってだ、彼等は何処かへと消えた、そして。

 駿府にある服部の屋敷にだ、声が聞こえてきた。

「真田家のご次男殿はです」

「家臣の方々と共に大坂に向かわれています」

「真田家の忍道を使われ」

「そのうえで」

「そうか」 

 ここまで聞いてだ、座していた服部は。

 静かに瞑目してだ、こう声に答えた。

「わかった、ではな」

「今は、ですな」

「真田家にはですか」

「忍は送らぬ」

「そうされますか」

「いや、盟友となったとはいえ戦国の世」

 それ故にというのだ。

「やはり少なくともな」

「忍の者を送り、ですか」

「常に見ておく」

「そうされますか」

「うむ」

 その通りという返事だった。

「あの家にもな、しかしな」

「第一はですか」

「今は」

「北条家じゃ」

 この家だというのだ。

「あの家じゃ」

「北条家もまた盟友ですが」

「徳川家と」

「それでもですか」

「忍を送るのですか」

「そうされますか」

「殿は北条殿に関白様に従われる様に言われている」

 そう動いているというのだ。

「今はな、しかしな」

「北条殿は、ですか」

「それに首を縦に振られない」

「そうなのですか」

「それどころかじゃ」

 服部は難しい顔で話した。

「兵を整えてな」

「戦の用意をですか」

「それを進めておられる」

「そうなのですか」

「その様じゃ、だからな」

 それ故にというのだ。

「今からじゃ」

「北条家を見て」

「若し戦になればですか」

「その時は」

「殿は北条家とは戦をしたくない」

 家康の考えも言うのだった。

「その様にお考えじゃが」

「しかし、ですな」

「徳川様がそうお考えでも」

「北条殿が頑ななら」

「その時は」

「戦となる」

 こう言うのだった。

「関白様とな」

「関白様と戦になれば」

「北条殿が」

「その時はな」

「知っておけば、ですな」

「容易に動ける」

「ですから」

 声達も言う。

「北条殿のご領地に」

「今からですな」

「我等も入るのですな」

「わしも行くことを考えている」

 棟梁である服部自身もというのだ。

「十二神将達もかなりの数を入れたい」

「では」

「伊賀のかなりの力を入れて」

「そのうえで」

「うむ、北条殿を調べようぞ」

 盟友である筈のこの家と戦になることを見越してというのだ、服部は声達に話した。そうした話ををしてそのうえでだった。

 服部は彼等にだ、こう言ったのだった。

「ご苦労だった」

「有り難きお言葉」

「さすれば」

「後で褒美をやる、楽しみにしておれ」

 こうも告げた、そのうえで声達が去る気配を感じ取ってからだ。彼もまたその姿を何処かへと消したのだった。



巻ノ四十六   完



                       2016・2・21


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