巻ノ六十一 姫武将との戦い
幸村は信之と共に軍勢を率いそのうえでだった、忍城に向かった。幸村はその進軍中に十勇士達に問われた。
「我等がこれから向かう忍城ですが」
「相当な堅城と聞いています」
「しかも守る兵は強い」
「将は一騎当千の猛者だとか」
「その通りじゃ」
幸村もこう彼等に答える、馬上から己につき従う彼等に。
「忍城は堅固そのものでな」
「守る兵は相当に強いですな」
「そして敵将甲斐姫は鬼の様に強い」
「そう聞いていますが」
「やはりそうですか」
「かなりの強さですか」
「そうじゃ、そしてその忍城をな」
まさにというのだ。
「我等が攻め落とすこととなった」
「石田殿、大谷殿を助け」
「そしてですな」
「あの城を攻め落とす」
「そうなりますな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「御主達の力も借りるぞ」
「はい、わかっております」
「では思う存分戦わせてもらいます」
「強い敵と戦えるなぞ無上の喜び」
「それが我等の楽しみですから」
身分や冨貴には興味がない、彼等に興味があるのは武辺者としての戦いだ。それで彼等も幸村にこう言うのである。
「やりましょうぞ」
「忍城が如何に堅固であろうともです」
「攻め落としましょう」
「そうしましょうぞ」
「必ずな、そうするぞ」
これが幸村の言葉だった。
「甲斐姫を倒しな」
「その甲斐姫ですが」
「どなたが相手を」
「拙者だ」
幸村は自ら言った。
「拙者が相手をする」
「その甲斐姫とですか」
「そうされるのですか」
「殿ご自身が向かわれるのですか」
「そうする」
まさにというのだ。
「御主達は城に向かえ」
「殿が甲斐姫を引き付けている間に」
「その隙にですか」
「我等は城に向かい攻める」
「そうしますか」
「そうせよ」
まさにというのだ。
「ではいいな」
「わかりました、それではです」
「そうしていきましょう」
「そしてあの城を攻め落としましょう」
「忍城を」
「是非な、ではまずは石田殿、義父上と合流じゃ」
こうしたことを話しつつだった、幸村達は軍勢を率いてそのうえで忍城のところまで来た。城を囲んでいる軍勢と合流したのだ。
幸村はすぐに信之と共に石田、大谷達のところに参上した。彼等がいる本陣には他にも人物がいた。一人は島左近で。
もう一人は強い目を持つ中背の者だった、浅野幸長、幸村達をこの城に呼んだその者だ。浅野は二人が本陣に来るとすぐにだった。
挨拶をした、そのうえで。
浅野はあらためてだ、幸村達の挨拶も受けてお互いの名前を覚えたうえで石田と大谷に対しても言った。
「ではこれよりじゃ」
「うむ、話をするか」
石田が応えた。
「あらためてな」
「城をどうして攻め落とすか」
鋭い目でだ、浅野が言った。
「それじゃが」
「鉄砲を使うか」
石田はこう浅野に言った。
「ここは」
「鉄砲で城を撃ちつつか」
「兵達に城門を登らせてな」
そうしてというのだ。
「攻めるか」
「正攻法じゃな」
「わしも行く」
石田自らというのだ。
「そして必要とあらばじゃ」
「御主自ら城壁を登りか」
「攻め落すが」
「いや、それはならん」
大谷は石田のその勇を止めた、そのうえでこうも言った。
「御主は実際にする、しかしじゃ」
「それでもか」
「あの城はそうした攻め方でも陥ちぬ」
「鉄砲で攻めてもか」
「大砲が今以上にあれば別じゃが」
「しかしか」
「今はあるといっただけじゃ」
その大砲がというのだ。
「だからじゃ」
「ここは正攻法ではなくか」
「別の攻め方じゃな」
「そうするしかないか」
「だから本来水攻めはよかったが」
「済まぬ」
「いや、わしも同じじゃ」
甲斐姫に水攻めを破られたことはとだ、大谷は頭を垂れる石田に対して真面目な声でこう答えたのだった。
「だからな」
「それで、か」
「うむ」
まさにというのだ。
「謝ることはない、むしろじゃ」
「これからじゃな」
「どうして攻めるかじゃ」
「それじゃな」
「果たしてな」
「よい知恵はないか」
浅野は石田と大谷、島だけでなく信之と幸村にも問うた。
「ここは」
「甲斐姫が強かったのですな」
信之が石田達に問うた、浅野の言葉を受けて。
「そうですな」
「そうじゃ、滅法強い」
大谷が信之に答えた。
「これがな」
「そうなのですな」
「あの姫を抑えられれば違うが」
「では、です」
その話を聞いてだ、信之は。
今度は幸村を見た、幸村は兄を見返し無言で頷き合った。そしてそのことが終わってからであった。今度は幸村がだった。
石田達にだ、こう言った。
「ではそれがしがです」
「御主がか」
「はい、甲斐姫を城から誘き出し」
「そのうえでか」
「戦いまする」
「そしてか」
「甲斐姫の目をこちらに引き付けますので」
そしてというのだ。
「その間にです」
「攻めよというのか」
「はい」
まさにというのだ。
「そうして下さいますか」
「ふむ」
浅野は幸村の言葉を聞いて考える顔になった、そのうえでこう言った。
「よいかもな」
「では」
「甲斐姫を何とか城から出すか」
「そうしましょう」
「出ぬ場合は」
「はい、その時はです」
幸村はさらに言った。
「我等が忍の術を使い」
「そしてか」
「城を攻めまする」
そうするというのだ。
「夜に城に忍び込み」
「攻めるか」
「そうします」
「そうするか、しかしじゃ」
ここで浅野は幸村にさらに言った。
「それは危険じゃ」
「城内に忍び込むことは」
「それは首を縦に振れぬ」
「左様ですか」
「危険が大きい」
城に忍び込む者達にとってというのだ。
「だからな」
「それは、ですな」
「出来ぬ、それをする位なら」
ここで浅野が言う策はというと。
「兵糧攻めの方がいい」
「その方がですか」
「時間がかかってもな」
「そうされますか」
「そう考えておるが」
「いや、兵糧攻めよりもじゃ」
ここで言ったのは石田だった、彼が言うにはだ。
「他の攻め方の方がよい」
「鳥取城の様になるからか」
「あれで確かに城は陥ちたが」
しかしとだ、石田は難しい顔で言うのだった。そこには彼のいくさ人であるがそれと共に別の一面も見えていた。
「しかしな」
「餓えた者達がか」
「あまりに気の毒だった」
だからというのだ。
「あれはせぬ方がよい」
「だからか」
「うむ、兵糧攻めで餓えさせるよりな」
「一気に攻めてか」
「降した方がよい」
餓えさせ苦しませつつ死なせるよりはというのだ。
「むしろな」
「御主は相変わらず甘いな」
浅野は石田の話を聞き少し呆れつつ言った。
「兵糧攻めは確かな効果があるぞ」
「それはわかっておるが」
「それでもか」
「そうじゃ、御主は無闇に人を死なせるのが嫌いじゃな」
「嫌いじゃ」
石田ははっきりとだ、浅野に答えた。
「戦で人が死ぬのは当然にしてもじゃ」
「死ぬ者は最低限でよい」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「だからじゃ」
「そう言うのか」
「うむ、兵糧攻めは最後の手段じゃ」
否定しないがそれでもというのだ。
「最後にしてじゃ」
「そのうえでか」
「攻めようぞ」
「では忍び込むことと兵糧攻めはか」
「最後じゃ」
最後の最後とだ、石田は浅野に再び言った。
「そうしようぞ」
「わかった、ではな」
浅野は石田がそう簡単には引くことをしないと知っていた、それでこの時も結局は頷いたのだった。そしてだった。
あらためてだ、彼は他の者達に攻め方を聞いたのだった。
「ではどうして攻めようか」
「夜襲ですな」
ここで言ったのは信之だった。
「それで攻めましょうぞ」
「夜襲か」
「はい、昼はあえて攻めず」
「夜になった時にか」
「城を攻めましょうぞ」
その忍城をというのだ。
「是非共」
「ふむ、水攻めは夜襲で崩されたが」
「しかし敵がしたならです」
「我等もか」
「しましょうぞ」
是非にというのだ。
「ここはです」
「わしもそれでいいと思う」
「それがしもです」
大谷と島は信之のその言葉に頷いて言った。
「敵は強い」
「そう簡単に倒せる相手ではありませぬ」
「しかし夜襲を仕掛ければな」
「また違いまする」
「北条家の具足は白だから見分けもつきやすい」
「同士討ち不安もありませぬ」
そのこともあってというのだ。
「夜に一気に攻めてじゃ」
「攻め落としましょうぞ」
「うむ、そうじゃな」
石田も頷いた、ここで。
「それなら上手くいけば一気に攻め落とせてじゃ」
「そしてというのじゃな」
「無駄な命を奪うこともない」
それでというのだ。
「よいな」
「ではな」
「うむ、夜か」
「一気に攻めてじゃ」
全軍を以てというのだ。
「そして攻めようぞ」
「それでは」
信之も応えた、そしてだった。
その話が終わってからだった、幸村は十勇士達のところに戻って彼等に話した。
「夜襲をすることになった」
「ではその夜襲の時にですな」
「甲斐姫が出て来るならば」
「その時は、ですな」
「殿が」
「出来れば拙者がな」
まさにとだ、幸村も言う。
「出てじゃ」
「そしてですな」
「甲斐姫を倒す」
「そうしますか」
「実はおなごでも強いとなると」
幸村としてはだ。
「戦いたくなるわ」
「ですな、我等もです」
「武器を持たぬなら男でも興味はありませぬが」
「おなごでも強ければです」
「戦いたくなりますな」
「だからじゃ」
幸村はさらに言った。
「拙者が行く」
「では、ですな」
穴山がここで言った。
「我等はそれぞれ」
「この力を使い」
海野は不敵な笑みを浮かべている。
「存分に暴れると」
「ではそうしましょう」
望月もそうした感じである。
「その夜は」
「さて、どう暴れるか」
由利は今にも彼の得物である鎖鎌を出しそうだ。
「楽しみです」
「忍の者にとっては夜こそ最高の戦の場」
霧隠は冷静な素振りだが口元は楽しげな笑みとなっている。
「思う存分ですな」
「いや、こうした時こそです」
伊佐もだった。
「我等十勇士の力の見せどころ」
「殿、お任せ下され」
根津は幸村に言った。
「我等は我等の務めを果たします」
「例え何が来ようともです」
猿飛も今にも立ち上がりそうな位だ。
「我等忍城を陥としてみせます」
「幸い風魔もおらぬ様です」
筧は軍師役としてこのことを指摘した。
「ならば尚更好都合です」
「見事城を攻め落としましょう」
最後に言ったのは清海だった。
「我等で」
「そうしようぞ、それで先程風魔の話が出たが」
筧を見つつだ、幸村は彼等のことも話した。
「この度の戦ではこれと言って出ておらぬな」
「はい、確かに」
「北条家の忍といえばあの者達ですが」
「西に伊賀、甲賀あれば東に風魔あり」
「そうも言われていますが」
「あの者達は出ておらぬ」
微妙な顔でだ、幸村は言うのだった。
「小田原に封じられておるか」
「伊賀、甲賀は徳川殿の下におります」
筧が幸村に話した、風魔の話を出した彼がだ。
「だからでしょうか」
「伊賀、甲賀が風魔を相手にしておるからか」
幸村は考える顔で言った。
「それでか」
「十蔵の言う通りかと」
海野は神妙な顔で幸村に述べた、十勇士筆頭として。
「風魔も動きたいですが」
「伊賀、甲賀がおって動けぬか」
幸村は考える顔のまま述べた。
「そういうことか」
「ならばこれまで風魔が出ないことも納得がいきますな」
根津もこう言う。
「あの者達は動きたくとも動けぬのです」
「伊賀、甲賀は共に西国でも精強の忍達」
穴山も言う。
「ならば風魔とても」
「うむ、伊賀か甲賀だけでも互角」
風魔といえどもとだ、幸村も指摘した。
「それが双方となるとな」
「風魔とて動けなくなる」
今度は霧隠が言った。
「見事な封じ込めですな」
「そうの通りじゃな、忍のことからもじゃ」
幸村は唸る様にもして述べた。
「北条は勝つことが出来なかった。
「ううむ、では戦になった時点で」
望月は主の言葉に唸る様にして応えた。
「風魔も封じられる運命でしたか」
「相手よりも多くの戦力を用意する」
幸村はまた言った。
「それが戦に勝つ第一歩であるからな」
「忍もまたそれは同じ」
由利も今は神妙な顔になっている。
「多くの力がある方が勝ちますな」
「伊賀、そして甲賀にもなりますと」
伊佐は瞑目する様に話した。
「風魔もどうにもなりませぬな」
「いや、恐るべきは伊賀と甲賀」
清海は彼等のことに言及した。
「二ついればどの様な忍も勝てませぬか」
「そしてそのどちらも徳川殿の下にある」
幸村はこのことも指摘した。
「このことも大きいと思わぬか」
「言われてみれば」
「確かにです」
「西の忍を代表する二つが徳川殿の下にある」
「これは大きいですな」
「それも実に」
「これがどうなるか」
幸村は深い思索の顔でさらに言った。
「果たして」
「わかりませぬな」
「かなりのことなのは確かですか」
「徳川家には強い忍もある」
「それも二つも」
「しかもじゃ」
幸村はさらに話した。
「謀士も備わった」
「ですな、崇伝殿にですな」
「本多父子」
「三人も」
「そうじゃ、これもじゃ」
まさにというのだ。
「大きいぞ」
「武辺の家ですがそこにですか」
「忍に謀臣も備わった」
「では徳川殿は」
「これまで以上に強くなられますか」
「そうなるであろう」
幸村は言った。
「やはりな」
「ですか、では」
「その徳川殿がですな」
「天下が一つになった後どうなるか」
「それも気になるところですな」
「そう思う」
十勇士達にこうも言うのだった。
「やはり関白様が天下人でな」
「その後は羽柴家の方が継がれる」
「関白になられ」
「そうなりますな」
「それが妥当じゃ、しかし」
それでもというのだ。
「捨丸様に何かあれば三好殿となる」
「あの方ですな」
「関白様の甥であられる」
つまり秀次である。
「あの方が次の天下人」
「そうなりますな」
「関白様も五十を超えられた」
人間五十年でだ、既にというのだ。
「それでは何時どうなるかわからぬ」
「そうした状況だから」
「関白様の次に、ですな」
「どうなるのか」
「それが大事ですか」
「うむ、順当にいけば捨丸様となるが幼い」
その幼さが危険だというのだ。
「何時どうなるのかな」
「ですな、幼子の命はわかりませぬ」
「昨日元気でも今日に死ぬ」
「それも急に」
「そうしたものですから」
「実に危うい、そしてな」
また言った幸村だった。
「その時の為に三好殿もおられるが」
「その三好殿も危うくなれば」
「羽柴家に人がいなくなる」
「そうなれば」
「天下は法に人で治まる」
この二つがあってこそというのだ。
「天下の法も必要じゃが」
「人も欠かせぬ」
「それならばですな」
「天下人もいなくてはならぬ」
「天下を治める方が」
「若し羽柴家にそうした人がいなくなれば」
秀吉の後にというのだ、最早五十を越えた彼の。
「危ういな」
「ですか」
「そうなりますか」
「ではその時は」
「やはり」
「うむ、そうなるやもな」
ここでは家康の名前をあえて出さなかった。だがだった。
幸村は忍のことも考えていた、そのうえで。
今は周りを見ていたがだ、不意にだった。
飯を炊く煙が周りの村から出ていたがそのうちの一つを見てだった、瞬時に顔を強張らせた。それは十勇士達も同じだった。
それでだ、幸村は十勇士達にあらためて言ったのだった。
「見たな」
「はい、確かに」
「飯を炊く煙の中に忍の狼煙がありました」
「あれは風魔の狼煙です」
「間違いありませぬ」
「必死に送ってきたな」
風魔の者達をとだ、幸村は言った。
「忍城に」
「ですな、城の中に入っているかまではわかりませぬが」
「夜襲の時には来ますな」
「そしてあの者達ともですな」
「戦になりますな」
「うむ」
幸村は確信を以て答えた。
「そうなる」
「ではこのことを石田殿、浅野殿にお話しましょう」
「お義父上にも」
「無論若殿にも」
「そうせねばな。どうもこの戦」
幸村は眉を曇らせさらに言った。
「思ったよりも厄介な戦になるな」
「甲斐姫だけでも手強かったですが」
「そこにさらにですな」
「風魔も来る」
「そうなりますと」
「間違いなくな、しかし何としても攻め落とす」
幸村は決意も見せた。
「夜にな」
「ではすぐに石田殿達にお話しましょう」
「これより」
「そうしようぞ」
幸村は十勇士達に応えた、そして実際にすぐに信之に話し石田達にも話した。すると大谷は腕を組み神妙な顔になり本陣において共にいる石田にこう言った。
「この戦、夜に攻めてもじゃ」
「難しいというか」
「御主も知っていよう、西に伊賀と甲賀あれば東に風魔じゃ」
忍のことを話すのだった。
「その風魔の忍達が来たとなるとな」
「容易にはというか」
「そうじゃ、勝てぬ」
こう言うのだった。
「だからじゃ」
「こちらの忍は」
「真田家自体がそうであるが」
「そうじゃな、では真田家に頑張ってもらうか」
「そうするしかない、しかし甲斐姫だけで厄介だったのじゃ」
その彼女に加えてというのだ。
「それで風魔も来るとなると」
「どうしても苦戦は免れぬか」
「そう思う」
こう友に言う。
「だからな」
「苦しいか」
「しかし攻め落とさねばならぬ」
忍城、この城をだ。
「何としてもな」
「そうじゃ、ではな」
「この夜は総攻撃じゃ」
大谷は確かな声で言った。
「わかったな」
「わしも御主も出る」
「無論じゃ、総出で行くぞ」
「それではな」
二人も意を決した、風魔が出るとなる余計にだった。彼等は風魔のことを知り余計に気を引き締めた。
その夜攻め手である幸村達は晩飯を食い夜になるとすぐに戦の用意に入ろうとした、だがその彼等を城の中から見てだ。
甲斐姫は兵達にだ、強い声でこうしたことを言った。
「今宵は来ます」
「上方の軍勢がですね」
「来ますね」
「夜襲を仕掛けてきますか」
「今宵に」
「そうしてきます、先程城の外から狼煙がありました」
夜襲があると教えるそれがというのだ。
「風魔から」
「何と、風魔が来るのですか」
「我等の援軍に」
「彼等が来るのですか」
「そうです」
まさにというのだ。
「夜の彼等は無敵です」
「だからこそですね」
「我等もここは気を張り戦い」
「そしてこの城を守るべきですね」
「何があろうとも」
「この戦が終わるまでは」
絶対にというのだ。
「城を守りましょう」
「そして機が来ればですね」
「小田原に向かい殿をお助けする」
「そうされますね」
「そうです、だからこそ」
絶対にとだ、甲斐姫は強い決意を以て兵達に告げた。そして自ら薙刀を手にして鉢巻を額に付けてだった。
身構えた、城の壁の外からだった。
何かが来た、それは一人の影だった。
「敵が来ました」
「そうですか」
「はい、四方八方からです」
「城を囲んだうえで」
「一気に攻め寄せてきております」
夜の闇の中でというのだ。
「ですから」
「わかっています、これより打って出ます」
これが甲斐姫の断だった。
「そして敵を追い払いましょう」
「でjは我等も」
「はい、お願いします」
影にだ、甲斐姫は答えた。
「一気に戦い倒しましょう」
「さすれば」
影は甲斐姫の言葉に頷いてだ、そしてだった。
姿を消した、甲斐姫はその消えたのを見届けすぐに動いた。
石田と大谷、浅野が率いる軍勢は忍城を囲んだうえで夜の闇に紛れて音を立てない様にして進んでいた。真田兄弟の軍勢もそこにいる。
その中でだ、信之は幸村に問うた。二人は共に馬に乗っている。
「どう思うか」
「城の方からですか」
「出て来ると思うか」
「間違いないかと」
幸村は兄に自分の読みを告げた。
「ここは」
「やはりそうか」
「はい、出て来てです」
そしてというのだ。
「追い払わんとしてくるでしょう」
「そしてじゃな」
「風魔も来ます」
忍である彼等もというのだ。
「そしてです」
「戦いとなるか」
「間違いなく」
「わかった、ではな」
「忍の戦いもまた」
「我等の戦じゃ」
信之もはっきりと言った。
「だから風魔が来たらな」
「思う存分ですな」
「戦うとしよう」
忍としてもだ、こう話してだった。
幸村は兄と共に進みつつ身構えていた、その彼等の目にだ。
城門が開くのが見えた、それは夜の闇の中でのことだったが。
二人の目にははっきりと見えた、それは十勇士達も同じでだ、
幸村にだ、小声で囁いた。
「殿、どうやらです」
「敵が動きました」
「うって出て来ました」
「一気に来るかと」
「そうじゃな、では拙者は甲斐姫を見付ければ」
両手にそれぞれ一本ずつ十字槍を持った、そのうえでの言葉だ。
「向かう」
「はい、それではですな」
「我等が風魔の相手をします」
「間も無く来るでしょう」
「今にも」
「頼む、風魔が動けば嵐が起こる」
俗に言われている言葉だ、それだけ風魔の強さが凄まじいということだ。
「その嵐を止めてもらうぞ」
「承知しました」
「ではこれより」
「風魔に対します」
「わしは石田殿のところに向かう」
信之も言って来た。
「そして風魔の者達からな」
「石田殿達をですな」
「お守りする」
忍としてだ、そうするというのだ。
「そうしてくる」
「さすれば」
「本陣にもな」
必ずというのだ。
「風魔は来るな」
「やはり」
「ならばじゃ」
「兄上が行かれ」
「本陣を守る」
忍の者達からもというのだ。
「そうする」
「さすれば」
「ここは任せた、そしてな」
「隙があれば」
「城に入りな」
「攻め落とせというのですな」
「そうせよ、頼んだぞ」
こう弟に言う。
「ここはな」
「承知しました」
幸村もすぐに答えた。
「さすれば」
「ではな」
こう話すのだった。
「御主達も頼むぞ」
「わかり申した」
「甲斐姫は強い」
信之はこのことも言った。
「そしてじゃ」
「風魔もですな」
「あの者達もおるからこそ」
「はい、我等もです」
「戦いまする」
「そして何としてもです」
「忍城を」
「そうせよ、忍城の中のことはわかっておるな」
信之は幸村と十勇士達にこのことも尋ねた。
「どういった構造になっているか」
「はい」
幸村は兄の問いにはっきりとした声で答えた。
「そちらも」
「ならよい、ならばな」
「甲斐姫を倒すか退ければ」
「すぐにじゃ」
「忍城に攻め入り」
「そして攻め落とすのじゃ」
「わかり申した」
兄に確かな声で答えた幸村だった。
「さすれば」
「その様にな、ではわしは本陣に行く」
自身の手勢を引き連れてだった、信之は本陣に向かった。そして幸村は十勇士達と彼が率いる兵達に言った。
「ではな」
「はい、これからですな」
「攻めますな」
「忍城を」
「そうしますな」
「しかしじゃ」
その前にというのだ。
「敵は必ず来る」
「甲斐姫とその手勢が」
「風魔の者達も」
「風魔は任せよ」
十勇士達が兵達に言う。
「あの者達は我等が受け持つ」
「だから御主達は軍勢に向かえ」
幸村がまた言った。
「甲斐姫のな」
「わかり申した」
「では我等はです」
「甲斐姫の手勢、北条の者達と戦います」
「そうします」
「そうせよ、そして拙者はじゃ」
幸村はというと。
「甲斐姫に向かう」
「そして甲斐姫の後は」
「城攻めですな」
「いよいよ」
「そうなる」
まさにというのだ、こう話してだった。
幸村は攻めにかかった、そしてすぐにだった。
目の前に白い影が見えた、それが何か言うまでもなく。幸村は彼の手勢に静かに告げた。
「突っ込むぞ」
「わかりました」
「さすれば」
「そうするぞ」
こう言ってだった、すぐに。
その白い軍勢に向かう、だが彼等に迫る別の影があった。幸村は瞬時にその影達に気付いててだった。
傍にいる十勇士達にだ、こう言った。
「よいな」
「はい、では」
「我等が行きます」
「そして殿はです」
「そのまま」
「頼んだ」
こう言ってだった、十勇士達を彼等に向かわせてだ。
自身は軍勢と共にさらに突き進んだ、するとその彼の前にだ。
長い髪に鉢巻きを締めた姫がいた、白い陣羽織と具足、それに服と鞍という北条家の身なりが夜の中にもはっきりと浮かび出ている。
その姫にだ、幸村は問うた。
「甲斐姫殿か」
「はい」
甲斐姫は幸村のその問いに答えた。
「左様です」
「お名前は聞いておりまする」
幸村は甲斐姫に礼儀正しく告げた。
「そのご武名は」
「左様ですか」
「そしてです」
「この度はですね」
「手合わせを願いたい」
両手にそれぞれ十字槍を持っての言葉だ。
「宜しいか」
「はい」
甲斐姫は幸村の言葉にすぐに答えた。
「それでは」
「お手合わせを」
甲斐姫も礼儀正しく応える、そしてだった。
二人は一騎打ちに入り周囲でも戦いがはじまった、闇夜の中赤と白の軍勢がそれぞれ激しくぶつかり合う。
それはまさに一進一退であった、幸村と甲斐姫のそれも。
互いに引かない、幸村は二本の槍を駆使するが。
甲斐姫は薙刀でそれを防ぎ反撃を加える、助けに来た島はそれを見て思わず唸った。
「これは凄い」
「はい、見事なですな」
「お二人共」
島の周りの者達も言う。
「実に」
「あそこまでとは」
「源次郎殿も甲斐姫殿も」
「見事なものです」
「まさに武者です」
「うむ」
島も言う。
「あれはな、鬼じゃ」
「お二方とも」
「まさにですな」
「戦の鬼ですな」
「鬼の様な強さですな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「見事じゃ、しかし」
「しかし?」
「しかしといいますと」
「甲斐姫が足止めを受けている間にな」
そして風魔もというのだ。
「城を攻めるか」
「そうしますか」
「今のうちに」
「そして攻め落としますか」
「そうしますか」
「うむ、そうしようぞ」
島は自身が率いる兵達に言った、そしてだった。
忍城を攻めんとする、だがだった。
その彼等のところにも北条の兵達が来て立ち塞がる、島はその彼等を見て即座に察した。
「成田殿の兵達か」
「この城の本隊ですか」
「その兵達が来ましたか」
「うむ、この者達を倒さねば」
島は鋭い目でその彼等を見て言うのだった。
「忍城は攻め落とせぬ」
「では」
「これよりですな」
「我等も戦いましょう」
「北条の兵達と」
「この者達を破り」
そしてというのだ。
「忍城を攻め落とすぞ」
「わかり申した」
島も戦いに入った、彼が率いる兵達と共に。そしてそれは本陣もだった。
石田は自ら槍を取り戦っていた、彼のところにも北条の兵達が来ていたのだ。
風魔の者達もいた、石田は彼等とも戦いつつ本陣の兵達に言った。
「怯むな!このまま戦え!」
「はい、そしてですな」
「今の敵襲を防ぎ」
「撃退した後は」
「城を」
「うむ、攻めよ」
まさにというのだ。
「その時はな」
「佐吉、それはよいが」
大谷も自ら戦いつつ石田に言う。
「この状況ではじゃ」
「城を攻めることはか」
「無理じゃ」
こう言うのだった。
「残念じゃがな」
「風魔も来ておるからか」
「風魔は源次郎殿が防いでくれていても」
それでもというのだ。
「数が多い」
「確かに。思ったよりもな」
「だからじゃ」
「今宵はか」
「諦めるしかないやもな」
風魔の手裏剣を手にしている刀で弾き返しつつの言葉だ。
「また次じゃ」
「くっ、成田殿もやるわ」
「伊達に北条家きっての名将ではない」
「そう言われているだけはあるか」
「そういうことじゃ」
まさにというのだ。
「だからな」
「しかしじゃ、攻められるならば」
「攻めるべきじゃな」
「そう思うがどうじゃ」
「わしもそう思う」
大谷は石田の傍に来て彼に答えた。
「この攻めを凌いで相手に隙があればな」
「その時はじゃな」
「一気に攻める、今は左近が近くにおるが」
忍城のそこにだ。
「我等もじゃ」
「攻めるべきじゃな」
「うむ」
「源次郎殿もおる」
浅野もいるが彼も戦っている、浅野は弓矢を放っているが闇夜の中なので中々相手に当てられないでいる。
「だから何としてもじゃ」
「防ぎか」
「そのうえで隙を見て攻める」
「そうすべきじゃな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「ここはな」
「難しいにしてもやるしかない」
大谷は意を決した顔になった、それは鬼の様な凄みがあった。
「戦の常じゃな」
「では桂松よ」
「難しいのは理由にならぬ」
石田にも強い声で返した。
「ならば朝になろうとも敵が退けばじゃ」
「攻めるか」
「そうするぞ」
攻め落とせるのなら日が昇ってもというのだ、そう決意してだった。
本陣でも戦が続いた、双方一歩も引かぬ戦いが闇夜の中で行われていた。それは朝になろうとも行われようとしていたが。
小田原においては状況が変わっていた、だが幸村達はまだそのことを知らずさらに戦いを行っていくのだった。
巻ノ六十一 完
2016・6・12