巻ノ六十三 天下統一
秀吉は本陣で氏政と氏直の使者がそれぞれ来たとの報を受けた、するとすぐにだった。
彼は確かな顔でだ、こう答えた。
「では新九郎殿とな」
「先にですな」
「会おうぞ」
氏直の使者からというのだ。
「そうしようぞ」
「関白様、新九郎殿は」
家康はすぐにだ、秀吉に申し出た。
「この度の戦については」
「わかっておる、新九郎殿はな」
秀吉も家康に穏やかな声で答えた。
「この戦には反対であった」
「ですから」
「それはこれから話す」
こう家康に答えた。
「徳川殿の悪い様にはせぬ」
「お願い申す」
「ではな」
家康に穏やかな顔で応えてだった、そのうえで。
秀吉は氏直の使者と会った、そして使者から氏直の言葉を聞いた。秀吉は使者が話を終えると彼にすぐに問うた。
「では新九郎殿はご自身がか」
「はい、腹を切られ」
そしてというのだ。
「それを全ての責とされ」
「他の者の赦免を願っておられるのじゃな」
「左様です」
「見事なお心であるな」
ここまで聞いてだ、秀吉は使者に微笑んで言った。
そして己をじっと見ている家康を目だけで一瞥してだった、使者に答えたのだった。
「では新九郎殿への裁きを言い渡す」
「はい」
「ご自身の命と共に全ての者の赦免を願い出る心見事である」
こう使者に言った。
「その心に免じ切腹は命じぬ」
「そうして頂けるのですか」
「少し寺に入られよ」
出家をせよというのだ。
「その様にな」
「出家ですか」
「うむ」
穏やかな声のままだ、秀吉は使者に答えた。
「一年か二年な、いいという時になったらわしが言おう」
出家を解くというのだ。
「そうされる様にな」
「有り難きお裁き、では」
「約束しよう、新九郎殿には断じて重き裁きは下さぬ」
今言った通りだというのだ。
「その様にな」
「では」
「その様にな」
こうしてだった、氏直への裁きを使者に告げて去らせた。この後すぐに氏政の使者と会うことになっていたが。
秀吉は家康にだ、氏政についてはこう言ったのだった。
「新九郎殿はこれでよいが」
「はい、それでもですか」
「この度の戦の責は取らねばならぬ」
「それならば」
「うむ、だからな」
「北条殿については」
氏政にはとだ、家康も言った。
「やはり」
「うむ、そうするしかない」
「そうなりますか」
「そしてじゃ」
秀吉は家康にさらに言った。
「裏切り者を放っておく訳にもいかぬ」
「内通を申し出た松田殿、大道寺殿も」
「この二人にも切腹を命じる」
こう家康に言った。
「その様にな」
「では」
「その様にだ、そしてじゃ」
「そのうえで」
「助五郎殿もじゃ」
氏規、家康の旧友である彼についても言及した。
「間違いなく兄君を庇おうとするが」
「しかしですか」
「助五郎殿は何も悪いことをしておらぬ」
その家康に対して言った。
「だからな」
「処罰はですか」
「せぬ」
確かな声で約束した。
「その様にな」
「それでは」
「助五郎殿もそうする、そして」
「そしてとは」
「忍城ではまだ戦が行われているそうじゃな」
秀吉はこの城のことをだ、家康に問うた。
「そうじゃな」
「はい、どうやら」
「よくもここまで戦った」
まさにというのだ。
「甲斐姫という姫が随分と働いているというが」
「その様です」
「強く、しかも」
こうも言った秀吉だった。
「大層美しいという」
「そこでそう言われますか」
「おなごはよい」
先程とは違い好色そうな笑みだった。
「だからな」
「やれやれですな」
「ははは、徳川殿も好きであろう」
「確かにそうですが」
「わし程ではないか」
「そう思いまする」
家康は秀吉をやれやれといった目で見つつ答えた、とはいってもその顔は呆れているのではなく温かいものだった。
「関白様は昔からそうですな」
「おなごはな」
「好きで、ですか」
「こちらはこれ一本じゃ」
「おのこには興味がなく」
「そちらに興味はない」
それも一切というのだ。
「右府様とはそこが違う」
「あの方はそちらも好きでしたからな」
信長はこのことでも有名だった。
「まあそれがしもそちらの趣味はあまり、ですが」
「そういえば徳川殿もな」
「そちらはそれがし自身はです」
「家では盛んでも」
「興味はありませぬ」
一切、というのだ。
「おなごだけです」
「そうじゃな、しかしか」
「関白様は少し度が過ぎておるのでは」
「これでも他人の妻やおなごには手を出さぬ」
そうした節度は弁えているというのだ。
「決してな」
「それはそうにしましても」
「わしの女好きはというのか」
「程々がいいのでは」
「そうは言っても好きでありじゃ」
そしてというのだ。
「子をなしたい」
「捨丸様だけでなく」
「より多くの子が欲しい」
切実に言うのだった。
「だからな」
「側室の方をですか」
「より欲しい、子はよりじゃ」
秀吉は切実な顔になり家康に話した。
「何人でもな」
「そしてですな」
「跡も継がせたい」
「ですか」
「欲しいものは皆手に入れてきた」
これまでの生、天下人になるまででというのだ。
「しかし最も欲しいものだけがじゃ」
「手に入らなかったというのですか」
「子だけはな、捨丸は得たが」
しかしというのだった。
「もっと欲しい、一人だけでなく」
「だからこそですな」
「甲斐姫がまことに美しいならな」
それならばというのだ。
「側室に迎えたい」
「そしてそのうえで」
「甲斐姫にわしの子を産んでもらいたいものじゃ」
「左様ですか」
「全く、世の中とは因果なものじゃ」
天下人として権勢を極め欲しいものは手に入らないものはないと言われる様になってもというのだ。
「最も欲しいものはずっと手に入らずな」
「より欲しいと思われましても」
「手に入らぬからな」
だからだというのだ。
「因果じゃ」
「その因果については」
「どうしようもないのう」
こうも言ったのだった。
「難儀なことじゃ」
「この世は全てが思い通りにならぬもの」
家康は俯きそうになる秀吉を励ます様にして言った。
「ですから」
「そうしたこともか」
「はい、踏まえてです」
「生きていくべきか」
「諸行無常ともいいます」
平家物語の言葉もだ、家康は出した。
「それも踏まえてです」
「左様か、流石は徳川殿じゃ」
秀吉は家康の言葉をここまで聞いて微笑んで言った。
「よいことを言われる、この世はそうしたものじゃな」
「はい、無常でもあります」
「そうしたものでもあるな」
「そしてそうしたものであると覚え」
「そのうえでじゃな」
「これからも歩まれることかと」
人の生、それをというのだ。
「そうあるべきかと」
「ではそうしていくか、しかしな」
「甲斐姫殿はですな」
「うむ、興味がある」
また顔が変わった、再び好色な顔になった。
「会おうぞ」
「さすれば」
「戦が終わればな」
まさにその時、間もなくというのだ。
「忍城での戦を止めて」
「そしてじゃ」
そのうえでというのだ。
「甲斐姫を呼びな」
「お会いになられますか」
「そうしよう、佐吉と桂松を退けるとはな」
まさにというのだ。
「天下の猛者じゃ」
「お二人こそはですな」
「うむ、実はじゃ」
この二人こそはというのだ。
「わしの家臣で最も武に秀でた者達なのじゃ」
「左様ですな」
「あの二人を退けた」
まさにこのことはというのだ。
「武の誉れじゃ」
「だからこそ会われますか」
「そうする、そもそもこのまま戦が続けば無駄に人が死ぬだけじゃ」
氏直の方から降ると言ってきた今は、というのだ。
「それは忌むべきことじゃ」
「戦が終われば人が死ぬこともない」
「無闇な血は流すことはない」
秀吉の基本的な考えだ、彼は戦をすれば人が死ぬのは当然と考えているがそれでも無駄な血は流すことは好きではないのだ。
だからだ、彼は家康にも言うのだ。
「それでじゃ」
「忍城にも人やりますか」
「早馬をな、佐吉達にも送るが」
それと共にというのだ。
「忍城の方にもじゃ」
「人をやり」
「そして戦を止める、おそらく忍城は兵を寄せ付けておるまい」
こう読んでいた、秀吉は。そしてその読みは当たっていた。
「ならばな」
「忍城の方にも人をやり」
「戦を止める、止めぬ様ならわし自ら行ってじゃ」
忍城までだ、そうしてまでしてというのだ。
「戦を止めるとしよう」
「さすれば」
「後は助五郎殿の方にも人をやる」
氏規、彼のところにもというのだ。
「そしてあの御仁の命も助けようぞ」
「有り難き幸せ」
「徳川殿の願いでもあるがわしは天下の才を少しでも多く欲しい」
「だから新九郎殿も助五郎殿も」
「腹を切らせぬ、そうして助けるぞ」
こう言うのだった、そして実際にだった。
秀吉は氏直の助命を約束した、だが氏政とだった。
「松田殿に大道寺殿」
「お二人もですか」
「うむ、二人はな」
その彼等もというのだった、秀吉は周りの者達に話した。
「主家を裏切った、それも自らな」
「そうした者は信用出来ぬ」
「不忠者として放っておけぬ」
「ましてお二人は北条家の家老でした」
「北条家の柱となる立場でしたが」
「その立場でありながらそうした」
「北条家を裏切ったからな」
そうした者達だからというのだ。
「あの二人も腹を切らせる」
「そうしますか」
「北条殿と同じく」
「そうしますか」
「ここは」
「うむ、それで話を終わらせる」
北条家の沙汰にするというのだ。
「ただ、北条家の領地は一旦全て召し上げ」
「新九郎殿は一旦高野山にでも入ってもらい」
「そして、ですか」
「そのうえで、ですか」
「暫く謹慎してもらい」
「そのうえで」
「まあその時に言う」
時が来ればというのだ。
「今はまだ言わぬ」
「では」
「その様にして、ですな」
「北条殿の領地は全て召し上げ」
「関東については」
「徳川殿に入ってもらう」
ここで場にいる家康を見て告げた。
「その様にしようぞ」
「わかりました」
「さすれば」
周りの者達も秀吉のその沙汰に頷く、皆それが妥当と思いこれと言って言わなかった。だが政宗のこともここで言われてだった。
政宗は彼の陣に戻ってからだ、片倉と成実にこうしたことを言ったのだった。水色の布で覆われたその中で。
「仙台か」
「はい、そちらにですな」
「転封となりましたな」
「その様にですな」
「関白様は言われましたな」
「やはりな」
政宗はその隻眼を光らせこうも言った。
「関白様はわしを警戒しておられる」
「それ故に当家を米沢から外し」
「より北にある仙台に転封として」
「米沢には蒲生殿を入れられて、ですな」
「我等への備えとされますな」
「わしと徳川殿じゃな」
政宗の隻眼が再び光った。
「やはり関白様はわかっておられるか」
「殿の天下への野心を」
「それをですか」
「さて、ではこの度は難を逃れたが」
それでもとだ、政宗はさらに言った。
「関白様はこれからもわしを狙ってこられるな」
「必要とあらば」
その時はとだ、片倉が主にすぐに言った。
「当家そのものを」
「そうであろうな」
「ですが殿は諦めませぬな」
成実も言ってきた。
「天下を」
「そのつもりじゃ、しかし仙台に入ればな」
もうそれは受け入れている、政宗はそのことについても言及した。
「その地は治める必要がある」
「仙台は寒いですがよき地です」
「治めればそれだけの見返りはあります」
「政に励み力を蓄え」
「そのうえであらためてですな」
「そうしようぞ、とにかく仙台に入る」
受け入れている言葉だった、完全に。
「この戦の後でな」
「会津、米沢には何か仕込んでおきますか」
「その様にされますか」
「蒲生殿は切れ者という」
政宗もこのことはよく知っている、信長の家臣であった頃から俊英で知られ文武両道の者で有名だからだ。
「迂闊なことをしても効かぬ」
「では大人しく仙台に入られる」
「そうされますか」
「そうするとしよう」
今は仕込みをせず、というのだ。
「大人しくしておるぞ」
「わかりました、では」
「戻れば仙台に向かう用意をしましょう」
二人もこう政宗に応えた、そしてだった。
伊達家も大人しく仙台に行くことにした、思うことはあっても。
北条家は降り氏政と松田、大道寺の切腹が申し渡され戦は終わった、だがそれは小田原でのことであり。
すぐに北条家が負けたことは各地に伝えられることになった、氏規はその知らせをその日のうちに彼が守る城の中で聞いた。
そしてだ、伝えて来た者に言った。
「御主が来たのならな」
「真実とですか」
「思うしかない」
目の前にいる大柄な忍を見て言った。
「最早な」
「左様ですか」
「他の忍とは違う」
まさにというのだ。
「御主はな、何しろじゃ」
「それがしこそはですな」
「風魔の棟梁じゃからな」
見れば忍頭巾から見える目は鋭い、異様な眼光でありその身体の大きさもよく見れば尋常でない大きさである。
「風魔小太郎じゃからな」
「殿はそれがしをあえてです」
「わしのところに送ってくれたか」
「はい、戦は終わったと」
「我等の負けでは」
「殿のお命は助けられましたが」
「兄上、大殿はじゃな」
「切腹となりました」
風魔は氏規にこのことを告げた。
「関白様のお言葉で」
「大殿お一人でか」
「松田殿、大道寺殿も」
「家を裏切ったからじゃな」
「その様に申し渡されました」
「不忠者は誰も信じぬし好まぬ」
氏規は達観した顔で述べた。
「そういうことじゃ」
「ですな」
「御主は最後まで仕えたがな」
「はい、ですが」
「それでもか」
「我等は代々北条家に仕えてきましたが」
風魔、彼等はというのだ。
「しかしです」
「その北条家はな」
「敗れまして」
「殿は高野山にか」
「一時の様ですが」
「では待つのじゃ」
氏規は袖の中で腕を組み風魔に告げた。
「殿が許される時をな」
「そしてその時はですな」
「おそらく殿は一国の主となる」
国持大名になるというのだ、秀吉の下で。
「関東を治めていた時よりずっと石高は減るが」
「それでもですな」
「国持大名じゃ」
それだけにというのだ。
「石高も立場も備えておるからな」
「我等もですな」
「また召し抱えられるであろう」
「その時を待てというのじゃな」
「そうせよ、時を待て」
これからはというのだ。
「暫しの間な」
「さすれば」
「うむ、そうせよ」
「そうします、ただ」
「ただ、何じゃ」
「若しもそうならなかったならば」
北条家が何らかのことで一国の主として大名に戻らねばというのだ。
「我等は」
「その時はか」
「はい、我等の主は北条家のみです」
「他の家には仕えられぬな」
「ですから」
そう考えているからこそというのだ。
「その場合は」
「御主はどうするつもりじゃ」
「浪人になろうかと思っています」
「誰にも仕えずにか」
「その様に」
こう氏規に答えた。
「それがしは」
「では風魔の者達はどうなる」
「それぞれの者の好きにさせます」
「北条家に仕え続けるなり他家に仕えるなりか」
「どの者も腕は確かです」
だからこそ、というのだ。
「ですから食いっぱぐれることはありませぬ」
「そうか、御主はあくまで当家のみに仕えぬか」
「そうも考えています」
「ではな」
「では、とは」
「若しよければじゃ」
こう前置きを置いてだ、氏規は風魔に言った。
「わしのところに来るか」
「その時は」
「よければな」
「そうして宜しいのですか」
「わしが大名になっていればな」
「では」
「うむ、考えておいてくれ」
自分に仕えることをとだ、氏規は風魔に話した。
「その様にな」
「はい、それでは」
「何にしろ戦は終わった」
氏規はまた言った。
「そしてな」
「北条家は滅びますな」
「そうなりました」
まさにというのだ。
「残念なことに」
「ならばわかった、開城じゃ」
「助五郎様はご助命とのことです」
「腹を切る覚悟はあったがな」
「よいとのことです」
「そうか」
「はい、ですから」
それでというのだった。
「ご安心下さい」
「わし自身のことはか」
「左様です、ではそれがしは暫くは」
「身を隠すか」
「殿に幸あらんことを願い」
そしてというのだ。
「殿が戻られそれがしを必要とされるなら」
「戻って来るな」
「その時はお願いします」
「ではな」
氏規も応えてだ、そしてだった。
風魔小太郎は何処かへと姿を消し氏規は開城し降った、実際に彼は助命されその身は保証されることとなった。
知らせは忍城にも来た、その時石田達はというと。
夜通り戦ったが結局引き分けに終わり戻っていた、それでだった。
本陣で朝飯を摂っていたがだ、その報を聞いて言った。
「そうか、終わりか」
「はい、そうです」
使者は石田に答えた。
「小田原は開城となりました」
「そうであるか」
「ですから」
「わかっておる、関白様のお言葉じゃ」
それならばとだ、石田も答える。
「ではな」
「その様に」
「それでじゃが」
「はい、忍城の方にも使者が行っております」
「わかった、昨夜まで激しい戦を繰り広げておったが」
「そう聞いておりますが」
「その時のことを話そう」
ここで石田は使者に昨夜、もっと言えばつい先程まで行われていた戦のことを話した。その戦はというと。
幸村と甲斐姫は激しい一騎打ちを行っていた、幸村は二本の槍を次から次にと繰り出すがその攻撃をだ。
甲斐姫は薙刀で防ぎ隙を見て反撃を繰り出す、そうして百合二百合と行い闇夜の中に激しい銀の火花を撒き散らしていた。
十勇士達はその周りで風魔の者達と戦っている、風魔の者達は北条の兵達と共に十勇士に向かうが彼等は数の劣勢を個々の武勇とまとまった動きで対していた。
それを見てだ、軍全体の軍監を務める島は周りの者達に言った。
「十勇士達も強くそしてな」
「はい、源次郎殿ですが」
「相当なお強さですな」
「甲斐姫もそうで」
「互いに一歩も譲りませんな」
「まさにじゃ」
島は二人の闇夜の中での一騎打ちを見て言う。幸村は赤い鎧兜に馬具、服に馬まで同じ色であり陣羽織もだ。
対する甲斐姫は白だ、鎧兜も馬具も服も馬も。夜の闇の中に二人の姿が見事に浮かび上がっている。その二人を見て言う。
「あの者達はな」
「龍虎ですな」
「若しくは鬼と鬼ですな」
「そうした戦ですな」
「まさに」
「うむ、人の戦を超えておる」
島はこうも言った。
「源次郎殿はただ采配だけではないな」
「武芸十八般の方と聞いていましたが」
「噂通りですな」
「両手で二本の槍を一本ずつ使いながら馬にも乗る」
「それも万全に」
「馬術も見事じゃ」
それも見て言うのだった。
「姿勢がいささかも崩れぬ」
「手を使わず馬に乗っておられるというのに」
「それでもですな」
「姿勢が全く崩れませぬ」
「それでいて馬を見事に操っておられます」
「あれだけの馬術の持ち主は天下にもそうはおらぬ」
幸村は馬術も優れているというのだ、そして。
それは幸村だけでなくだ、甲斐姫もだ。島は甲斐姫についても言及した。
「甲斐姫も同じじゃ」
「その源次郎殿と互角に戦う」
「あれだけ強い方は天下にそうはおられませぬが」
「前田慶次殿位でしょうか」
「あそこまでの武芸者は」
「剣なら上泉殿か」
この者の名前をだ、島は出した。
「足利義輝公もお強かったというが」
「そうした剣豪の方もおられますが」
「槍は、ですな」
「前田慶次殿ですが」
「真田殿もですな」
「見事じゃ」
その武芸はというのだ。
「それは甲斐姫もじゃ、またその甲斐姫を止めておるがじゃ」
「それでもですな」
「どうにもですな」
「我等も攻めていますが」
「それでもですな」
「うむ、城の壁も門も越えられぬ」
見ればその前で北条の軍勢の見事な守りに防がれている、島はその状況を見て軍監として言った。
「成田殿も見事じゃ」
「元々三方を沼や田に囲まれていますし」
「滅法攻めにくい城ですし」
「守るべき場所に兵を集め槍や弓矢、鉄砲で寄せつけませぬ」
「甲斐姫は封じていますが」
幸村によってだ。
「しかしですな」
「これ以上は攻められませぬな」
「風魔の者達も来ておりますし」
「どうにも」
「うむ、これではな」
どうにもとだ、島は言った。
「中々攻められぬ、しかしじゃ」
「攻め落とさねばなりませぬ」
「それではですな」
「そうじゃ、正門に兵を集めよ」
攻める兵達をというのだ。
「わしも行く、出来れば本陣から桂松殿か源三郎殿に来てもらい」
「そして、ですな」
「そのうえで一気に攻める」
「数を頼みに正門の中まで押し入る」
「そうしますな」
「そうじゃ、この夜か遅くても朝飯を食った後でじゃ」
一旦休んでもというのだ。
「城の中まで押し入るぞ」
「はい、では」
「集中的に正門を攻めましょう」
「飯を食った後も」
「まずは押し入りましょう」
「飯はかんぴょうや干米じゃ」
そうしたものを口に入れてというのだ。
「とにかくすぐに食って腹に溜めよ」
「そして、ですな」
「引き続き攻める」
「休まずに」
「城に攻め入り確かなものとなってからじゃ」
攻める勢い、それがだ。
「休むぞ、よいな」
「はい、では」
「まずは攻めましょうぞ」
「朝になっても休まずに」
「食うのも急いで」
「立ったまま食え」
その干し米やかんぴょうをというのだ。
「わかったな」
「わかり申した」
兵達も応える、そしてだった。
島はあくまで攻め続けた、実際にそうした飯を食ってまた攻めようとしたがそこで、だったのである。使者が来たのだ。
石田はここまで話してだ、使者に言った。
「源次郎殿もな」
「まだですか」
「朝になったが」
空は白くなっている、しかしというのだ。
「戦っておろう」
「さすれば」
「うむ、わしは納得した」
秀吉の命だからだ。
「ならばな」
「はい、それではですな」
「左近や源次郎殿にも伝えよ」
「さすれば」
「戦を止める法螺貝も鳴らすからな」
それもするというのだ。
「それと共にじゃ」
「それがしそちらにも伺います」
「頼んだ、しかし」
「しかしとは」
「迂闊であった」
石田はここで苦々しい顔になり使者にこんなことを言った。
「結局忍城を攻め落とすことが出来なかった」
「そのことがですか」
「うむ、迂闊であった」
こう言うのだった。
「実にな、しかしじゃ」
「それでもですか」
「戦は止める、必ずな」
石田は使者に約束した、そうして。
法螺貝を鳴らさせた、同時に忍城の方からも聞こえてだった。
幸村と甲斐姫は一騎打ちを止めた、十勇士達もだった。
「戦は終わりか」
「その様ですね」
甲斐姫も言う。
「しかも今の音は」
「はい、戦そのものを止めるもの」
「では」
甲斐姫はその音からすぐに察して言った。
「我等は敗れました」
「北条家はですか」
「小田原は陥ちました」
このことを察しての言葉だ。
「無念ですが」
「貴殿は負けておられませぬが」
「いえ、北条家は敗れました」
このことは確かだというのだ。
「間違いなく」
「そう言われますか」
「では降りますので」
それでというのだ。
「退かせて頂きます」
「さすれば、しかし」
「しかしとは」
「それがし貴殿のことは忘れませぬ」
幸村は微笑み甲斐姫に言った。
「見事な戦いぶりでありました」
「だからですか」
「はい」
それ故にというのだ。
「このことは忘れませぬ」
「それでは」
「機会があればまた」
「お会いしましょう」
二人でこう話してだ、そしてだった。
甲斐姫は幸村に一礼してから踵を返し兵達をまとめ忍城に向かった。十勇士達はその甲斐姫達を見つつ幸村のところに集まった。
そのうえでだ、彼等の主に言った。
「見事な方ですな」
「おなごにしておくのが惜しい位に」
「殿と一騎打ちで分けるとは」
「武も勇も相当ですな」
「うむ」
実際にとだ、幸村も十勇士達に答えた。
「まことにな」
「戦は終わりましたが」
「我等は勝っていませぬな」
「この城の戦においては」
「あの姫様には」
「どう見てもな」
勝っていないとだ、幸村も言う。
「数においては優勢であったが」
「凌ぎきられ」
「そして、ですな」
「戦が終わりました」
「そうなりました」
「北条家もじゃ」
まさにと言うのだった。
「見事な方がおられた」
「ですな、それも姫君に」
「このことは忘れられませぬ」
「我等も」
「拙者もだ、敗れても誇りを見せる方もおられた」
北条家の中にというのだ。
「このことは覚えておこうぞ」
「ですな、では」
「兵を収め」
「そのうえで」
「退くとしよう」
こう十勇士達に言い実際にだった、幸村は兵達をまとめ自ら後詰となり下がった。こうして忍城での戦も終わった。
石田はすぐに忍城にこれ以上攻めることはしないと使者を送り約束し陣を解いた、北条側もその彼の軍勢に何もしなかった、だが。
石田はそれでもだ、苦い顔でこう言った。
「攻め落とせなかったことは無念じゃ」
「そう言うな」
その彼に大谷が言う。
「これは致し方のないこと」
「そう言ってくれるか」
「敵があまりにも強かった」
甲斐姫、そして忍城の軍勢がというのだ。
「それではな」
「攻め落とせなかったのも道理か」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「だから気にすることはない、それよりもじゃ」
「兵を率いてか」
「無事に大坂に戻るとしよう」
「ではな」
「うむ、兵達をまとめ」
そしてというのだ。
「小田原の関白様の下に戻ろうぞ」
「ではな」
「うむ、兵達には労いの言葉を贈る」
石田は彼等については確かな声で述べた。
「そして褒美も出そう」
「これまでの健闘を讃えてじゃな」
「実際によくやってくれた」
「それでじゃな」
「今宵は馳走と酒を出す」
この二つをというのだ。
「どちらも好きなだけ口にしよう」
「それではな」
「まずは下がる、では夜にじゃ」
「その時にじゃな」
「兵達に褒美を出そう」
「御主も飲むか」
「わしもか」
石田は大谷の今の問いには少し自嘲する様に笑ってこう返した。
「しくじったがな」
「だから戦の勝敗は常じゃ」
「問題は恥じぬ戦であったかどうかか」
「わしは御主は恥じぬ戦をしたと思っておる」
大谷は石田に確かな声で告げた。
「だからな」
「今宵はか」
「御主がそうしたいならせよ」
「酒を飲むこともか」
「そうせよ」
まさにというのだ。
「よいな」
「わかった、ではな」
「御主は恥を知っておる」
それもわかっているというのだ、石田は。
「武士として、男としてな」
「それは買い被りであろう」
「わしはそうは思っておらぬ、若しそうなればな」
その時はというのだ、石田が恥を忘れたその時は。
「容赦はせぬ」
「斬るか、わしを」
「思いきり殴ってやる」
微笑んでだ、石田にこう告げた。
「その顔が変わる位にな」
「そうして止めるか」
「その時は覚悟せよ」
「わかった、ではな」
「うむ、今宵は好きにせよ」
「そうさせてもらう」
二人で話してだ、石田は大谷の助けを受け左近とも合流しそのうえで兵を収め小田原に向けて退きにかかった、そして。
増田は信之と幸村の兄弟と彼等の兵達を入れ石田の軍勢と合流にかかった、その時にだ。
幸村から甲斐姫との一騎打ちの話を聞いてだ、唸って言った。
「見事じゃ」
「そう言ってくれますか」
「うむ、あの甲斐姫と一騎打ちをしてじゃ」
そしてというのだ。
「分けるとはな」
「勝ちたかったですが」
「甲斐姫の強さは巴御前や板額と肩を並べるという」
増田はかつての女猛者達の名を出した。
「それではじゃ」
「勝つことはですか」
「むしろ分けることがな」
「その方がですか」
「凄い」
そうだというのだ。
「源次郎殿こそ見事」
「そうであればいいのですが」
「このこと関白様に申し上げておく」
幸村の武勲として、というのだ。
「必ずやよきことになろう」
「有り難きこと」
「して源三郎殿も見事であられた」
幸村は信之にも労いの言葉をかけた。
「一晩よく本陣を守られた」
「風魔の者達からですか」
「よくやってくれた」
まさにと言うのだった。
「お陰で我等は無事に戦えた」
「攻め落とせませんでしたが」
「いや、あの城を一晩で落とすことは無理であった」
「では」
「もう少し時があればわからなかった」
そうだったというのだ。
「だからこそ」
「それでは」
「うむ、貴殿も見事だった」
信之の戦いぶりもというのだ。
「だからな」
「それがしの戦ぶりもですか」
「関白様にお伝えする、共に功績は互角」
そうだったというのだ。
「関白様に申し上げておこう」
「左様ですか」
「そう言って頂けますか」
「そうじゃ、そのことを申し上げておく」
では、とだ。こう言ってだった。
増田は石田達と共に小田原まで兵を退けさせた、その夜は石田は兵達に宴を行わせ酒を出し好きなだけ飲ませた。
だが自身は静かに過ごしていた、大谷はその彼に問うた。
「飲まぬか」
「うむ、考えたがな」
「今はじゃな」
「飲まぬことにした」
そう決めたというのだ。
「今はな」
「そうか、わかった」
「馳走もよい」
そちらもというのだ。
「兵達が楽しむのを見て楽しもう」
「ではわしもじゃ」
石田の言葉を聞いてだった、大谷は。
自身の前の馳走や酒を下げさせてだ、周りの者達に告げた。
「佐吉と同じものでよい」
「普通の晩飯ですか」
「それで宜しいのですか」
「うむ、よい」
周りの者達に微笑んで告げた。
「それでな」
「わかりました、では」
「その様に致します」
「ではな、さて今宵はじゃ」
大谷はあらためて石田に顔を向け彼に言った。
「二人であれこれ話をするか」
「それを肴にしても」
「水を飲むか」
「ははは、それで乾杯か」
「何、それもたまにはよかろう」
「それもそうか、ではな」
「今宵は二人で飲もうぞ」
こう話して水を飲みそのうえで話を肴にした、それでだった。
二人で夜を過ごした、幸村はこの時は信之そして十勇士達と共にその酒と馳走を楽しんでいた。その中で。
彼は酒を味わってだ、笑顔で言った。
「これはまたよい酒じゃな」
「上方の酒じゃな」
信之が言う。
「これは」
「上方の酒ですか」
「摂津の酒じゃ」
この国の酒だというのだ。
「大坂で飲んだことがあってな」
「おわかりになられたのですか」
「うむ」
その通りと言うのだった。
「それでわかった」
「そうですか」
「そうじゃ、しかしな」
「しかしとは」
「御主も大坂で摂津の酒は飲んでおる筈じゃが」
「それはそうですが」
しかしとだ、幸村は兄の問いに答えた。
「ですが」
「御主が飲んだ酒ではなかったか」
「どうにも」
「同じ国でも田によって米の味が違う」
信之はここでこのことを指摘した。
「それで米から造る酒の味もじゃ」
「同じ国でもですな」
「違うのやもな」
「そういうことになりますか」
「そう思った、それでな」
その酒を飲みつつだ、信之はさらに言った。
「関東の酒じゃが」
「どうにもですな、水も」
「近畿と比べてよくはないな」
「土の質が悪いので」
「そのせいでじゃな」
「酒も水も味が」
近畿と比べてというのだ。
「落ちますな」
「どうしてもな」
「この酒は関東では飲めませぬ」
その摂津の、はじめて味わうその酒の味を楽しみながらだ。幸村は信之に対して言った。
「できませぬ」
「それ故にな」
「はい、飲めませぬ」
「そうじゃな、しかしな」
「しかしとは」
「この関東は平坦しておるからな」
「そして川も多く」
幸村も言う。
「政はしやすいですな」
「豊かになるな」
「はい、確かに酒や水の味は落ちますが」
近畿と比べてだ、だがそれでもというのだ。
「しかし」
「政をすればな」
「豊かになります」
「そうじゃな、それとじゃ」
「それと、とは」
「北条家は小田原におったが」
このことも言うのだった。
「そして鎌倉幕府は鎌倉にあった」
「はい、しかしですか」
「うむ、どちらも政を執るにしてはな」
「西に寄っていますか」
「関東全体を治めるにはな、そう思わぬか」
「確かに」
幸村も兄に答えた。
「それがし前に小田原に行ったことがありますが」
「その時に思ったか」
「関東全域を治めるには」
小田原よりもというのだ。
「武蔵、それも江戸の辺りがです」
「よいか」
「そうも思いましたが」
「江戸城か」
「かつて太田道灌殿が築かれた城ですが」
「あちらの方がよいか」
「そうも思いました」
こう兄に述べた。
「むしろです」
「江戸城か」
「はい、あちらです」
「あの城のことはわしも聞いておるが」
「それでもですな」
「随分小さくしかもほぼ捨てられておるという」
そうした城だというのだ。
「最早廃れておるというが」
「しかしです」
「その城はか」
「場所としては関東を治める場所かと」
「そう思ったか」
「はい」
まさにというのだ。
「そうした場所だとです」
「江戸か」
「意外ですか」
「江戸はだ」
まさにとだ、信之はここで言った。
「確かに場所はいい」
「関東を治めるにはですね」
「場所的にな、しかし」
「それでもですか」
「江戸城はな」
「あまりにもですか」
「廃城だからな」
それでというのだ。
「関東全域を治めるには都合が悪かろう」
「ですな、しかし」
「その江戸城を改築してな」
そのうえでとだ、信之は幸村に言った。
「見事な城にすればな」
「関東を治めることも」
「出来るであろうが、しかし」
「改築しようと思えば」
江戸城を関東全域を治めるだけの城にしようとすればというのだ。
「相当な銭と時がかかりますな」
「そうであるな」
「そこが問題かと」
「そうじゃな、しかしな」
「はい、兄上の言われる通り小田原や鎌倉よりもです」
「関東を治めやすい」
「そうであるかと」
幸村は信之に話した。
「あの地は」
「近畿で言うと都か」
「まさに」
「あの都は実に治めやすい場所じゃ」
「だからこその都ですな」
「そうじゃ、では江戸は東国の都か」
こうも言った信之だった。
「そう成り得るか」
「そうした場所ですか」
「今は何もない場所じゃな」
「はい、その廃城の様な城の他はです」
まさにというのだ。
「町も田畑もです」
「何もなくか」
「一面の野原です」
「今はそうか」
「まさに、しかし」
「銭と時さえかかれば」
「見事な城にもなりましょう」
杯を手にだ、幸村は己の兄に話した。
そのうえでだ、彼はこうしたことも言った。
「さて、それでなのですが」
「うむ、これからのことじゃな」
「天下は一つになりますな」
「間違いなくな」
「泰平の世が訪れますな」
「ようやくな、しかしわかっておろう」
「はい、まだまだ磐石でありませぬ」
訪れる泰平はとだ、信之にこう答えた。
「それは」
「そうじゃな」
「訪れたばかりで」
「何かあればな」
「すぐに元の乱世に戻りますな」
鋭くなった顔でだ、幸村は信之に述べた。
「匙加減一つ間違えれば」
「そうした状況じゃな」
「まだまだ」
「ではじゃ」
「はい、それでは」
「それをどう守るかじゃ」
「守成ですな」
幸村はこうも言った。
「泰平をもたらしたのが創業なら」
「それを守るのはな」
「まさに守成ですな」
「泰平を磐石にしそれを守る」
「そうしていかねばなりませぬな」
「これからはな、関白様がどうされるかじゃが」
「中納言殿と利休殿がおられ」
幸村は秀長と利休の名前を出した。
「石田殿、大谷殿もおられ」
「人が揃っておられるな」
「まさに、ですから」
「天下は羽柴家の下定まるか」
「そうした流れですが」
「しかしそれはまだ磐石ではないからな」
「どうなるかはですな」
また言った幸村だった。
「わかりませぬな」
「まだまだな、しかし我等はな」
「何があろうとも」
「生き抜いていこうぞ」
信之は幸村に確かな声で言った。
「この世で」
「真田家は」
「我等は腹を切るのは最後の最後じゃ」
最早どうにもならなくなった時にというのだ。
「それ以外はな」
「何としても生きること」
「地獄の沙汰も銭次第じゃが」
「その地獄に行くのも最後の最後じゃ」
「そういうことですな」
「だから家は守るぞ」
「何があろうとも」
「武士の心もな」
信之はこれもと言った。
「守っていこうぞ」
「武士のですな」
「そうじゃ、それもじゃ」
まさにというのだ。
「守っていこうぞ」
「ですな、我等も武士だからこそ」
「何があろうともな」
「守っていきましょうぞ」
家と武士の心、その二つをというのだ。
「必ず」
「うむ、それでだが」
「それでとは」
「御主は今は二千石だったな」
信之は幸村の石高の話をした。
「そうだったな」
「はい、そうですが」
「どうも父上は万石をと考えておられる様だ」
「それがしがですか」
「そうだ、万石だ」
それだけの石高をというのだ。
「わしが家を継ぐ様だが」
「それがしもですか」
「そうだ、万石取りとしてだ」
「家にいると」
「いや、上田だけでなく沼田も手に入ればな」
「その時は」
「わしが沼田に入るがそのわしが家督を継げば」
その時はというのだ。
「御主が沼田を治めることになるからな」
「その時のことを考えてですか」
「この度の戦の功によりだ」
「それがしが万石取りのですか」
「そうなるやも知れぬ」
「左様ですか」
「受けるか、この話」
信之は幸村のその目を見て問うた。
「大名になるか」
「それは」
幸村は信之を見て一呼吸置いた、そのうえで兄に答えたのだった。
巻ノ六十三 完
2016・6・29