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巻ノ六十七

                 巻ノ六十七  関白秀次

 関白となった豊臣秀次が都に入り聚楽第に住むことが決まった、幸村は家臣達からその話を聞いて述べた。

「では聚楽第に入られたらな」

「すぐにですな」

「挨拶に行かれる」

「そうされますな」

「そうしなければな」

 絶対にというのだ。

「ならんからな」

「真田家として挨拶をする」

「そうしなければですな」

「ならぬので」

「そうじゃ、しかし思えばじゃ」

 ここでこんなことも言った幸村だった。

「拙者は今まであの方にお会いしたことはない」

「そういえばそうですな」

「あの方にお会いしたことはないですな、殿は」

「太閤様にはありましたが」

「それでも」

「うむ、お会いすればな」

 まさにというのだ。

「これがはじめてじゃ」

「左様ですな」

「そうなりますな」

「だからな」

 それでというのだ。

「少し不安がある」

「どういった方か」

「お会いするにしても」

「そうなのですか」

「そうじゃ」

 こう家臣達に言うのだった。

「だから不安ではある」

「伝え聞くところによるとです」

「悪い方ではないとのこと」

「そのご資質もです」

「関白様、天下人に足ると」

「そうは聞いておる」

 幸村にしてもというのだ。

「しかし百聞は一見に然ずじゃ」

「だからですね」

「そのことを見る」

「そうされたいのですね」

「そうyじゃ、ではお会いしよう」

 秀次にというのだ、こう話してだった。

 幸村は聚楽第に参上しそこにいる秀次と会う用意を進めていった。そしてそのことを決めてからであった。

 その日になりだ、出発しようとする幸村に十勇士達が言ってきた。

「殿、ではです」

「我等もお供します」

「これより」

「うむ、頼むぞ」

 幸村は十勇士達に笑みで応えた。

「この度もな」

「しかし、何故我等なのか」

「禄も身分も低いですが」

「何故その我等が供なのでしょうか」

「それがわかりませぬが」

「実は先日関白様から文があってな」

 それでとだ、幸村は十勇士達にその辺りの事情を話した。

「拙者と共にじゃ」

「我等も参上せよ」

「聚楽第にですか」

「そう言ってこられたのですか」

「太閤様が」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「あの方が直々にな」

「それはまたどうしてか」

「我等の様な者達に関白様がお声をかけて下されたのか」

「それがわかりませぬか」

「うむ、おそらくであるが」

 幸村はいぶかしむ彼等にまた言った。

「御主達の武勇を聞いてじゃ」

「我等のですか」

「それが関白様のお耳に入り」

「そのうえで、ですか」

「うむ、そうであろうな」 

 こう十勇士達に言うのだった。

「おそらくであるが」

「ですか、それでは」

「我等は関白様にそれぞれの武芸をお見せする」

「そうなりますか」

「そこまではわからぬが」

 それでもというのだ。

「御主達の武勇を聞いてであろうな」

「我等そこまで名を知られていますか」

「そうしたことは考えたことはなかったですが」

「そうだったのですか」

「我等が」

「いや、御主達はかなりじゃ」

 自分達のことを知らない十勇士達にだ、幸村は確かな声で話した。

「天下に名を知られておるぞ」

「十勇士としてですか」

「その名で」

「それぞれな、天下の豪傑十人としてな」

 まさにというのだ。

「知られておるぞ」

「しかも殿の家臣として」

「その様にですか」

「拙者はよき家臣達を持っていると言われておる」 

 笑みを浮かべたままでだ、幸村はこうも言った。

「しかしそうして褒められると、しかも拙者自身のことでないのに褒められるとな」

「恥ずかしい」

「そう言われますか」

「どうもな」

 こうも言った幸村だった。

「そうも思う、しかしな」

「しかし?」

「しかしといいますと」

「優れた主には優れた家臣が来るともいうし」

 この言葉も出したのだった。

「拙者のことでもあるのか」

「やはりそうだと思いますが」

「殿だからこそです」

「我等は殿と共にあります」

「生きるも死ぬも共にと誓ったのです」

「共にいようと」

「そうか、では拙者はその御主達をこれからも宝にしていきたい」

 まさにというのだ。

「必ずな」

「そうして頂けると我等これ以上はなき喜びです」

「では、です」

「関白様の下にもお供致します」

「是非供」

「ではな、尚御主達の身なりはそのままでいいとのことじゃ」 

 普段通りでいいというのだ。

「このことも言っておく」

「着替えずともいいのですか」

「然るべき身なりに」

「そうなのですか」

「うむ、文にはそうも書いておった」

「それはまた」

 十勇士達はそう聞いてだ、驚いて言った。

「驚きました」

「我等のこのままの身なりでいいとは」

「皆忍の身なり、僧衣のままですが」

「傾奇者と変わりませぬが」

「それでもよいとのことですか」

「むしろその身なりでないとならぬと書いておられた」

 秀次のその文の中でというのだ。

「その様にな」

「では」

「その様にさせて頂きます」

「この服でいかせてもらいます」

「是非」

「その様にな、では参ろうぞ」

 幸村は十勇士達に言ってだ、そのうえで。

 彼等を連れてそのうえで聚楽第に参上した、聚楽第はこれ以上はないまでにみらびやかなものであった。

 金に輝いている高い建物だ、その前に来てだった。十勇士達は目を瞠って幸村にこうしたことを言った。

「凄いものですな」

「輝くばかりです」

「大坂城も凄いですがここもです」

「凄いですな」

「うむ」

 実際にとだ、幸村も答えた。

「まるで宮殿じゃ」

「ですな、関白様のおられる宮殿ですな」

「次の天下人がおわす」

「そうした場所ですな」

「そうじゃ」

 実際にというのだ。

「これは凄い、ではな」

「はい、今よりですな」

「我等は聚楽第の中に入り」

「関白様とお会いする」

「そうしますな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「そうしようぞ」

「これより」

 十勇士達も応えてだ、彼等は聚楽第の中に入りそしてだった。秀次の間へと案内された。聚楽第の中もだ。

 金箔や絵で飾られた麩が続き質のいい檜が天井にある。柱もしっかりとしており絢爛たるものがそこにある。 

 外観に負けない華やかにだ、幸村も十勇士達もまた言うのだった。

「大坂城よりは小さいにしろ」

「この豪華さたるや」

「まるで竜宮城」

「ここまでのものとは」

「いや凄いものですな」

「天下人の贅じゃな」

 幸村は唸って言った。

「これは」

「天下人のですか」

「その贅沢ですか」

「これは」

「そう言うべきものですか」

「まさにな」

 幸村はまた言った。

「この絢爛さはな」

「この世のものとは思えませぬな」

「金色に赤に青にも眩いばかりです」

「白に黒もあります」

「五色ですな」

「それがありますな」

「黄色が金になったな」

 そうした五色だとだ、幸村は言った。 

 そしてだ、幸村は進みつつこうも言ったのだった。

「して太閤様は金色が随分お好きじゃな」

「ですな、大坂城といいこの聚楽第といい」

「とかく金箔を使われます」

「黄金の茶室も持っておられますし」

「とかく金がお好きですな」

「何かと」

「それをご自身の、豊臣家の色にさえされている」

 その金色をというのだ。

「そこまでお好きじゃ」

「金色に染めた具足や陣羽織にですな」

「金色の旗」

「鞍も金色ですし」

「豊臣家は全てが金色ですな」

「そこまでお好きじゃ」

 秀吉、彼はというのだ。

「その派手なまでの絢爛さで天下人であることも示されておる」

「この聚楽第にしてもそうで」

「豊臣家自体が、ですな」

「金色を象徴にされておられる」

「天下人の色とされていますか」

「そういうことじゃ、天下人の贅でな」 

 それにというのだ。

「その権勢も見せておられる」

「金をふんだんに使う」

「どれだけでも使える、ですな」

「天下人の権勢を見せておられる」

「そうなのですな」

「そういうことじゃ、だがな」

 幸村はこうしたことも言った。

「永遠に存在する城や御殿はな」

「ないですな」

「形あるものは全て何時かはなくなるもの」

「全ては必ず滅する」

「それは世の常ですな」

「そうじゃ、だからな」

 その摂理があるからこそというのだ。

「この聚楽第もな」

「ここまでの絢爛さですが」

「何時かはなくなる」

「そうなりますか」

「それはどうしようもない」

 形あるものであるが故にというのだ。

「拙者はどうもこうした絢爛さはな」

「ですな、殿には縁なきもの」

「我等にとってもです」

「贅沢も絢爛も縁なきもの」

「そうですな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「それはな」

「ですな、どうしても」

「そのことは、ですな」

「我等には縁がない」

「どうにも」

「見事と思うがしてみようとは思わぬ」

 これが幸村の言葉だった。

「やはりな」

「左様ですか」

「それは、ですか」

「どうしようもない」

「そうなのですな」

「うむ」

 こう言うのだった。

「やはり拙者は質素じゃ」

「質素でいいですな」

「ここは」

「それでいいですな」

「そう思う、では参上しよう」

 その秀次の前にだ、こうしたことも話しながら幸村も十勇士達も向かう。そしてその秀次の間の前でだ。

 案内役の小姓がだ、幸村達に厳かな声で告げた。

「では」

「これより」

「関白様の御前に」

 こうしてだった、麩が開けられ幸村と十勇士は秀次の前に参上した。見れば黄金の服を着た面長で頬髭を生やした若い男だった。

 しっかりとした目で幸村達を見ている、小姓がその彼に言った。

「真田源次郎幸村殿とです」

「十勇士の面々じゃな」

「はい」

「わかった、ではだ」 

 秀次は小姓に対して言った。

「御主は下がれ」

「わかりました」

 秀次はその小姓を下がらせた、そのうえで自ら幸村達に声をかけた。

「この度はよく来てくれた」

「お呼びとありです」

「来てくれたか」

「左様です」

「ふむ」

 ここでだ、秀次は。 

 自分に対する幸村の顔を見てだ、こう言ったのだった。

「よい目をしておるな」

「それがしがですか」

「そして見たところじゃ」

 さらに言う秀次だった。

「鍛えられいるな、皆」

「家臣の者達も」

「十勇士といったな」

 秀次は彼等も見て言った。

「そうであるな」

「左様です」

「我等殿にお仕えしています」

「生きるも死ぬと誓った」

「そうした間柄であります」

「そうだな、主従であり義兄弟でもあり友でもある」

 秀次はこのことも言った。

「そうした間柄と聞いておる」

「それが我等です」

 幸村は秀次に答えた。

「だからこそこうして共にいます」

「そうか」

「そして死ぬ時も」

「共にか」

「全ての者が」

「そうか、御主に殉ずるのではなくか」

「死ぬのは戦の場で」

 そしてというのだ。

「十一人が共にです」

「その戦の場でじゃな」

「そう誓っておりまする」

「そして誓いを破ることはない」

「武士です」

 それ故にというのだ。

「誓いも破りませぬ」

「武士であるからか」

「はい、誓いも破りませぬ」

「戦の場で皆共に死ぬか」

「矢尽き刀折れるまで」

「それが武士じゃな」

 ここまで聞いてだ、秀次は瞑目する様な顔になった。そしてだ。

 彼は幸村にだ、あらためてこんなことを言ったのだった。

「しかしな」

「しかしとは」

「豊臣家のことは知っていよう」

 秀吉と彼の家のことはというのだ。

「我等のことは」

「武士かといいますと」

「我等は元は違う」 

 言うのはこのことだった。

「元々は百姓、しがないな」

「だからですか」

「そうじゃ、武士ではない」

 その出自はというのだ。

「だからじゃ」

「それで、ですか」

「うむ、武士といっても俄じゃ」

 そうした家だというのだ。

「所詮はな、しかしそのわしでもな」

「関白様もといいますと」

「武士になれるか」

 こう幸村に問うのだった。

「わしもな」

「百姓の生まれでもですか」

「わしも今でこそ関白じゃが」

 己のことも言う秀次だった。

「幼い頃は何でもない、貧しい中におった」

「百姓として」

「そんな者じゃ」

 所詮はというのだった、自分自身のことを。

「刀を持っておってもな」

「その関白様がですか」

「武士になれるか、そして」

「武士として死ねるか」

「それが出来るか」

 こう幸村に問うのだった。

「御主はどう思うか」

「武士とはです」

 幸村は一旦間を置いた、そのうえで。

 あらためてだ、秀次に答えたのだった。

「心かと」

「心か」

「生まれも大事でしょうが」

 武士としてのそれもだ。

「しかしです」

「心か」

「武士の生まれでも心が備わっていなければ」

「武士ではないか」

「武士の風上にも置けぬという言葉がありますな」

「確かにな」

「そうした言葉もありますし」

「武士に生まれてもか」

 秀次は問うた。

「それも代々の」

「それでも心がなければ」

「武士ではないか」

「はい、死ぬ時もです」

「武士の心があればか」

「武士と思います、この者達もです」

 ここで十勇士達も見て言った。

「元はです」

「武士ではなかったか」

「今は武士ですが」

 身分はというのだ。

「それまではです」

「武士でなかったか」

「多くの者が」

「しかし今ではだな」

「はい、皆武士です」

 幸村は秀次に強い声で答えた。

「紛れもなく」

「心としてそうなったか」

「ですから」

「わしもだな」

「武士であり、です」

 そしてというのだ。

「武士として死ぬことが出来ます」

「そうか、ではな」

「武士としてですな」

「最後まで生きて死にたい」

 こう幸村に答えた。

「是非な」

「ではその様にです」

「励めばよいな」

「はい、それとなのですが」

 ここでだ、幸村は秀次にこうも言った。

「関白様は大坂には」

「あちらにはか」

「行かれることは」

「今はまだだがな」

「それでもですか」

「やはりよく、じゃな」

「行かれるべきと存じます」

 秀次に意見したのだった。

「やはり」

「そして太閤様とじゃな」

「よく会われてです」

「お話をすべきか」

「そう思います」

「政もじゃな」

「そうして太閤様と話をされて」

 政をというのだ。

「されるべきです」

「太閤様に意見をすることもか」

「時には必要かと」

「よいのか」

 幸村の今の言葉にだ、秀次は眉も目も鋭くさせた。そしてそのうえで幸村に対してあえて問い返したのであった。

「そうしても」

「そう思いますが」

「わしが太閤様に意見をしても」

「治部殿と刑部殿がおられます」

 石田と大谷、この二人がというのだ。

「この方々がです」

「そうじゃな、信頼出来る」

 この二人についてはむしろ幸村よりも秀次の方がよく知っていた。それですぐに答えることが出来たのである。

「あの者達はな」

「心からですな」

「では二人と話をしてじゃな」

「はい、太閤様ともです」

「お話をすべきじゃな」

「天下のことは」

「そうじゃな、あの者達がおった」

 石田と大谷、二人のことを思い出して言った秀次だった。

「天下には。それにわしの家臣達もじゃな」

「頼りにされてです」

「天下の政をすればよいな」

「そう思いまする」

「わし一人で太閤様に申し上げるのではなく」

「はい」

 まさにというのだ。

「治部殿、刑部殿もおられますので」

「二人の力も借りて」

「進められればよいかと」

「そうであるな、そして戦の時もか」

 武士として次の天下人としてだ、秀次はさらに言った。

「助けを借りるべきじゃな」

「お二人は戦でも頼りになります」

「それじゃ、よく治部は戦下手というが」

「忍城でのことからですな」

「あれは敵が強過ぎた」

 こう幸村に言うのだった。

「むしろな」

「はい、それがしもそう思いまする」

「そうじゃな」

「治部殿は優れた方です」

 戦の場においてもというのだ。

「ですから」

「戦の場でもじゃな」

「関白様のお力になります」

「刑部と共にじゃな」

「そう思いまする」

「わかった、では戦の時もあの二人と家臣達を頼り」

 ここでだ、秀次は。

 幸村と十勇士達を見てだ、笑みを浮かべてこうも言ったのだった。

「御主達の力も借りたい」

「それがし達もですか」

「ここまでの話を聞いてわかった」

 それもよく、というのだ。

「御主も家臣達もまことの武士、だからな」

「それ故にですか」

「御主達の力も借りたい」

 是非にというのだった。

「その時はな、よいか」

「関白様がそう言われるのなら」

「真田家自体もじゃ」

 幸村だけでなくというのだ。

「その力も借りたい」

「さすれば」

「戦の時は御主達も呼ぶ」

 己の下にというのだ、秀次ははっきりと言った。

「その時は働いてもらう」

「では」

「期待しておる」

 笑みを浮かべてまた言った秀次だった。

「御主達にはな」

「では微力ながら」

 幸村も秀次に応えて言った。

「働かせて頂きます」

「そうしてもらう、ではこれからじゃ」

「これからとは」

「茶を飲むか」

「茶を」

「うむ」

 それをというのだ。

「皆で飲むか」

「これより」

「こうして話をしたからな」

 それでというのだ。

「時間もある、茶も共に飲むか」

「宜しいのですか」

「こうした時の遠慮は好かぬ」

 静かな微笑みでだ、秀次は幸村に返した。

「だからじゃ、これからな」

「では茶を」

「飲もうぞ」

 こう話して幸村主従は聚楽第の茶の間に案内されそこで秀次と共に茶を飲むこととなった、茶は秀次自らが煎れたが。

 茶を出してからだ、秀次は幸村にこんなことを言ったのだった。

「わしの茶は利休殿に教えて頂いた」

「利休殿ご自身にですか」

「それで今もな」

「この様にしてですか」

「茶を煎れておる」

「そうですか」

「そしてじゃ」

 さらに話す秀次だった。

「こうして飲んでおる、ついこの前までな」

「利休殿がですか」

「おられたが。言うまい」

 そこから先はというのだ。

「とにかく茶を飲もう」

「それでは」

「そもそも茶もな」

 この飲みもの自体もというのだ。

「幼い頃は飲めるなぞ思わなかった」

「関白殿が幼き頃は」

「さっきも言ったが百姓の出じゃ」

 豊臣家自体がというのだ。

「しがない、茶はおろか食うこともわからなかった」

「それが、ですか」

「こうして茶を飲めること自体がじゃ」

 それこそというのだ。

「夢の様な話じゃな、しかし武士になったなら」

「それならば」

「御主の言った通り武士として生きてな」

 そしてとだ、秀次はさらに言った。

「武士として死ぬ」

「そうされますか」

「潔く、未練なく散るとしよう」

 笑みさえ浮かべての言葉だった。

「武士としてな」

「そのお心があれば」

「武士として生きて死ぬことが出来るか」

「最後まで」

「そうか、そういえば真田家の家紋は六文銭だったな」

 秀次は幸村にこのことも問うた。

「冥土の渡し賃か」

「左様です」

「死ぬ覚悟はあるか」

「その死ぬ時は」

「武士としてか」

「恥じぬ様にと」

 ここで共に茶を飲む十勇士達を見てだ、幸村は秀次に答えた。

「そう誓っております」

「そうか」

「はい、友に武士として死のうと」

「ならば相応しい死に場所まではか」

「生きるつもりです」

「それもまた武士じゃな」

 秀次は幸村のその言葉にも微笑んで言葉を返した、頷いてさえいる。聚楽第にあるだけありこの茶の間は絢爛なものだったがその中での秀次の笑みは素朴ですらあった。

「死ぬに相応しい場所まで死なぬのも」

「その間何があるかわかりませんが」

「恥を受ける時もあるな」

「おそらく」

「では言おう」

 秀次は幸村、そして十勇士達の考えを知り彼等に言った。

「御主達は死に場所まで死ぬな」

「死ぬに相応しい時まで」

「命を粗末にするな」

 そういう意味での死ぬなという言葉だった。

「決してな」

「絶対にですか」

「そうじゃ、恥を受けようともわしが御主達を見ておる」

 幸村達の心を知る彼等がというのだ。

「わしが御主達を庇う」

「その時は」

「わしがその恥を注ぐからな」

「だからですか」

「生きよ」

 こう言うのだった。

「その時までな」

「そうして下さるのですか」

「優れた者の心を護るのも武士であろう」

 優しい言葉だった、声も。

「それならばな」

「そうして下さるのですか」

「御主達のことがわかったからな」

 だからこそというのだ。

「そうさせてもらう」

「では」

「死ぬべき時まで生きてな」

「そして死に場所では」

「見事武士として戦いな」

「そのうえで」

「死ぬのじゃ、よいな」

 こう幸村達に言いだ、そして。

 彼等と共に茶を飲みつつだ、こうも言ったのだった。

「今日の茶は特に美味い」

「よい茶ですな」

「ははは、幾らよい茶でも沈んだ気持ちで飲むとまずい」

「では」

「御主達と話せて共に飲んでいるからな」

 それ故にとだ、また笑顔で言う秀次だった。

「美味い」

「そう言って頂けますか」

「だからまた飲もう」

 こう幸村に言った。

「機会があればな」

「では」

 幸村も応える、そしてだった。

 幸村と十勇士達は秀次と共に茶を飲みそのうえで聚楽第を後にした、十勇士達は真田家の屋敷に戻ってだ。

 そのうえでだ、幸村に笑って話をした。

「いや、よい方ですな」

「穏やかで鷹揚で」

「殿の本質も見ておられますし」

「我等も見てです」

「武士について考えておられますし」

 秀次のそうしたことを見ての言葉だ。

「器も大きな方です」

「あの方ならばです」

「次の天下人になれますな」

「太閤様の次に」

「あの方で決まりですな」

「そうじゃな、しかしな」

 ここでだ、幸村は不穏な顔になり十勇士達に言うのだった。

「拙者は先日星を見て言ったな」

「凶兆ですか」

「それですか」

「太閤様の血に赤いものが混ざった」

「星達に凶兆を見られたと」

「それが気になる」

 こう言うのだった。

「拙者はな」

「関白様についても」

「そうだというのですか」

「何か凶兆がある」

「そうやも知れぬと」

「拙者の見間違いであればよいしじゃ」

 それにとだ、こうも言った幸村だった。

「星はな、しかしあの方がこのまま天下人になられれば」

「天下は治まりますな」

「唐入りで忙しくなりますが」

「あの方が無事治められる」

「そうなりますな」

「明まで入れば」

 幸村は秀吉の唐入りが成功した場合から話した。

「明の領地まで含めて一気に政を行いじゃ」

「そして、ですか」

「天下は広く治まる」

「そうなりますか」

「太閤様はそうお考えか、大きいな」

 日の本だけを見てはいない、秀吉はそうした意味では確かに器が大きい。伊達に一介の百姓から天下人になった訳ではない。

「成功すればな」

「では失敗に終われば」

「その時はですか」

「どうなるか」

「それは」

「その時は関白様が天下を治められる」

 秀次、彼がというのだ。

「あの方ならばな」

「唐入りが失敗しても」

「そうしてもですな」

「関白様が天下を治めて下さる」

「そうなりますか」

「だから問題はない、だが」 

 不穏なもの、星から見たそれがどうしても気になりだ、幸村は十勇士達に言った。

「人の先はわからぬな」

「三年先は闇といいますし」

「どうしてもですな」

「先はわかりませぬな」

「人は」

「そうじゃ、先はじゃ」

 あくまでというのだ。

「わからぬものだからな」

「それで、ですな」

「あの方もですな」

「先はわからぬ」

「そうなのですな」

「若しあの方に何かあれば」

 その時はというのだ、むしろであるというのだ。

「豊臣家の天下は危うくなる」

「もうあの方しかおられませぬし」

「豊臣家は人自体が少ないですな」

「どうにも」

「うむ、お子があまり生まれぬ家じゃ」

 秀吉そして豊臣家の泣きどころをだ、幸村は看破した。

「それは困ることであるな」

「家を続けることが大事ですからな」

「天下人のお家ならば尚更」

「太閤様にはもうお子がおられませぬし」

「これからも」

「あの方もお歳じゃ」

 秀吉に子がなく彼も五十を超えている、とかくこのことが豊臣家にとって大きな重しになっているのだ。それも途方もないまでに。

「だからな」

「それで、ですな」

「余計に関白様が重要ですな」

「あの方がおられれば」

「そうなっておる、果たしてな」

 また言った幸村だった。

「関白様がどうなられるか」

「それが、ですな」

「これからの天下も決める」

「そうなのですな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「あの方がどうなられるか」

「お身体は丈夫ですし」

「お若いですしお子も何人もおられます」

「ご子息もおられますし」

「あの方ならばですな」

「うむ、豊臣家を栄えさせられる」

 そうなるというのだ。

「今は人が少ないがな」

「あの方からですな」

「再びそうなることが出来る」

「では」

「太閤様はあの方を大事にされますな」

「実際に大事にされておるしな」

 跡継ぎとしてだ、秀吉も秀次を見ていて用いているというのだ。このことは天下にはっきりと知らしめててもいる。

「しかし先はわからぬからな」

「どうなるか」

「どうしてもですな」

「太閤様の後に関白様が無事に天下人となられる」

 まさにというのだ。

「それは、ですか」

「まだ、ですか」

「確かにはですか」

「言えぬ」

「そうなのですか」

「そうじゃ、拙者としてはじゃ」

 幸村としてはというと。

「出来るだけな」

「関白様にですな」

「あの方に天下人になってもらいたいですな」

「次の天下人に」

「是非共」

「あの方ならば問題ない」

 こう見てのことだ。

「資質も年齢もな、それにお身体も」

「全てが問題ない」

「そうなのですな」

「敢えて言う」

 ここで幸村が言うことはというと。

「関白様は太閤様とは違う」

「ですな、どうしても」

「あの方とは違いますな」

「関白様は関白様で」

「太閤様は太閤様ですな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「太閤様は天下一の人たらし、機転が利いて動きが速い」

「それが太閤様ですな」

「あの方ですな」

「だからこそ天下人となれた」

「そうなのですな」

「そうじゃ、しかし関白様はじゃ」

 秀次、彼はというと。

「人たらしでも太閤様程機転が利く訳でも動きが速くもないが」

「それでもですか」

「あの方はですな」

「そうした派手さはないですが」

「程よく様々な資質を持たれている」

「そうした方ですな」

「太閤様は創業の方でじゃ」 

 そしてというのだ。

「関白様は守成の方なのじゃ」

「むしろですな」

「あの方はそうした資質の方なのですな」

「だからですな」

「天下人としていい」

「そうなのですな」

「そうじゃ、あの方ならばじゃ」

 秀次だからこそというのだ。

「そう思う、是非天下人になってもらいたい」

「治部様、刑部様もおられますし」

「そのこともあってですな」

「是非、ですな」

「あの方が次の天下人ですな」

「そうなってもらいたい、先はわからぬが」

 それでもと言う幸村だった、そしてだった。

 幸村は十勇士達にだ、あらためてこう言ったのだった。」

「さて、都にも慣れて落ち着いてきたしな」

「だからですか」

「これからですか」

「御主達に頼むことがある」

 こう彼等に言うのだった。

「よいか」

「はい、何なりと」

「殿のご命令ならばです」

「我等火の中水の中です」

「何処へなりとも行きます」

「西国、ひいては天下の動きを見てもらいたい」

 こう言うのだった。

「行ってもらいたい場所は言うからな」

「天下の動きを見てですな」

「その動きを常に的確に把握し」

「上田の大殿、若殿にお知らせする」

「そうするのですな」

「そうじゃ、拙者がこの都にいる訳はじゃ」

 このことについても言うのだった。

「都で仕事をしてな」

「そして、ですな」

「天下の動きを調べ大殿、若殿にお知らせする」

「それだからこそですな」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「その為にな」

「わかり申した」

「それではです」

「我等天下を巡っていきます」

「そしてその動きを見てきます」

「そのうえで殿にお知らせします」

「その様にな、この都はな」

 ここはというと。

「拙者が受け持つ」

「殿がですか」

「そうされますか」

「ご自身が巡られ」

「調べられますか」

「うむ」

 そうするというのだった。

「是非な」

「この都の動きは激しいです」

「人の往来も多いですし」

「多くの大名の方々のお屋敷もあります」

「まさに都ですな」

「だからこそじゃ」

 そうした場所だからというのだ。

「拙者がそうしてな」

「調べられ」

「そしてですか」

「大殿、若殿にお知らせする」

「そうされますか」

「そうする、父上兄上にな」

 その二人にというのだ。

「お知らせするのじゃ」

「では我等は天下を」

「そして殿は都を」

「調べていきましょう」

「頼むぞ」

 確かな声で告げた、そしてだった。

 十勇士達はすぐに天下に散り調べていった、そのうえで。

 上田の昌幸、信之に知らせた。忍としても無事に動いていた。



巻ノ六十七   完



                    2016・7・30


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