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巻ノ七十七

                 巻ノ七十七  七将

 前田家が家康につくのを身て多くの家が彼の下に集まる様になった、その中には伊達家や最上家といった権勢を持つ家もあった。

 その流れを見てだ、幸村は都において十勇士達に話した。

「これは大きな流れじゃ」

「ですな、天下はです」

「徳川家に大きく流れています」

「前田家がついてから」

「それが顕著になっていますな」

「うむ、このままいくとな」

 まさにとだ、幸村は十勇士達にさらに話した。

「天下はほぼ確実にじゃ」

「徳川家ですな」

「内府殿のものになりますな」

「そうなる、どうも奇麗な方法ばかりではないが」

 家康の打つ手についてもだ、幸村は言った。

「的確にじゃ」

「はい、そうですな」

「内府殿は天下人になる手を打っておられますな」

「一つ一つ」

「確かに」

「今宇喜多家が揉めておるが」

 このことも言うのだった。

「これがどうなるかじゃな」

「五大老の一つのですな」

「宇喜多家で、ですな」

「内輪揉めが起こり」

「日増しに激しくなっておりますな」

「下手をすれば合戦になる」

 宇喜多家の中でとだ、幸村は言った。

「だからな」

「これがどうなるか」

「それも内府殿に関わってきますか」

「殿はそう見ておられますか」

「何か妙じゃ」

 こう言うのだった、ここで。

「拙者が見るにな」

「そういえば」

「我等近頃宇喜多家を見ていませんでしたが」

「何かです」

「周りから人が入っていて」

「出入りが見られます」

「それじゃ」

 まさにとだ、幸村は十勇士達に言った。

「御主達のその話を聞いてそれでじゃ」

「宇喜多家のこの騒動はですか」

「何かあると」

「うむ」

 そうだというのだ。

「そう思う」

「ではまさか」

「内府殿が」

「そうだと」

「そうやもな、しかし内府殿のことじゃ」

 家康の資質、老練なそれを知っての言葉だ。

「既に足跡は消しておられよう」

「では、ですか」

「これから何をしてもですか」

「内府殿の仕込みとはわからぬ」

「そうであると」

「おそらくな、そして宇喜多家の後はじゃ」

 この家に限らずというのだ。

「毛利家やもな」

「五大老のうちのですか」

「あの家ですか」

「前田家を無理に引き入れ宇喜多家を弱め」

 そしてというのだ。

「毛利家にも何かすればな」

「実に大きいですな」

「天下に近付きますな」

「相手を弱め自分達に引き込む」

「そうしていけば」

「おのずと天下は徳川家のものとなる」

 幸村は十勇士達に淡々と述べた。

「その様にな、後は大坂を手に入れればじゃ」

「徳川家の天下は安泰」

「そうなりますか」

「おそらくな、戦もなくな」

 幸村の言葉は淡々としたままだった。

「そうなる」

「策ごでざるか、しかし」

 最初に言ったのは猿飛だった、彼はどうにも認められぬといった顔で幸村に対してこう言ったのだった。「それはどうもでござる」

「左様、汚いでありますな」

 清海も猿飛と同じ考えだった。

「策で天下を取るなぞ」

「確かに戦で人が大勢死ぬよりはですが」

 望月も二人に近い考えだった。

「いいにしてもこれは」

「武士としてはどうか」

 穴山もこう言う。

「そう思いまするな」

「策も必要とはいえ」

 根津も釈然としないものを見せている。

「それでも策ばかりとは」

「おそらく本多親子と崇伝殿ですな」

 誰が策を考えているのか、筧は察した。

「近頃内府殿のお傍にいるというこの方々ですな」

「策もまた使うものとはいえ」

 伊佐も少し考える顔で言う。

「そればかり使うのはよくはありませぬな」

「策はあくまで必要だから使うもの」

 霧隠もはっきりと言い切った。

「みだりに使うよりも正道かと」

「どうも本多親子と崇伝殿は策ばかりで」

 最後に言ったのは望月だった。

「真の政も出来るにしましても」

「うむ、この御仁達は政もあるが策が強い」

 幸村も本多正信、正純親子と崇伝についてはこう述べた。

「非常にな」

「そのせいで、ですな」

「どうにも好きになれぬのですか」

「それが強過ぎて」

「我等にしても」

「御主達は忍じゃが陽の気配が強い」

 このことを言うのだった。

「だからな」

「こうしたことについてはですか」

「どうにも好きになれぬ」

「そうなのですな」

「そう思う」

 まさにというのだ。

「御主達もな、そしてな」

「殿もですな」

「あの御仁達は好きになれぬ」

「そうなのですな」

「確かに策は必要じゃ、父上もよく使われておる」

 武田家の家臣だった時から謀臣として知られその策はかなりのものだった、それで幸村も策自体は否定しないのだ。

 しかしだ、本多親子や崇伝の策についてはこう言うのだった。

「必要にしてもあまりにも陰湿で弄しておる」

「それが問題ですか」

「あの御仁達の策は」

「そうであると」

「どうにも汚いところが多い」

 彼等のそれはというのだ。

「武士の道に外れておる、崇伝殿にしてもな」

「僧ですが」

「それにしましては」

「随分と生臭いですな」

「策が多いですな」

「やはり好きになれぬ」 

 これが幸村の答えだった。

「どうしてもな」

「そうなりますか」

「どうしても」

「そうなのですな」

「うむ」

 こう言うのだった。

「どうもな」

「戦にならぬにしても」

「民を考えるといいにしても」

「どうにもですな」

「汚いと」

「そう思う、しか内府殿は天下は欲しておられてもじゃ」 

 野心はある、だがそれでもというのだ。

「それ以上に天下をよく治めたいと思われておる」

「民もですな」

「その様に」

「よき政を考えておられそれも出来る方じゃ」

 それもまたというのだ。

「だからな」

「それもまたよしですか」

「内府殿は」

「そうなのですな」

「うむ」

 その通りだというのだ、そして幸村はさらに言った。

「そのうえでお拾様も無下になされぬ」

「天下を欲しておられても」

「それでも」

「頼朝公とは違う」

 鎌倉幕府を開いたこの者とはというのだ。

「仁の心も強い」

「確かに。無駄な血はです」

「一切望まれませぬ」

「そうしたことはです」

「しっかりとした方ですな」

「だからな」

 それ故にというのだ。

「内府殿なら普通にしていれば豊臣家も安泰じゃ、しかし」

「しかし?」

「しかしとは」

「今豊臣家は、これから少なくともお拾様が元服されて暫く経つまでは」

 それまではというと。

「主は実質的に茶々様じゃが」

「あの方ですが」

「非常に勘気が強いという」

「尚且つ世間知らずという」

「あの方ですな」

「うむ、あの方はな」

 茶々、彼はというと。

「政に携わるべきではない」

「そうなりますな」

「どうしても」

「あの方は」

「若し政に携われば」

「豊臣家は道を誤る、治部殿に任せるべきじゃが」

 豊臣家のことはというのだ。

「治部殿もな」

「平壊者が故に」

「先に既に場を壊しておられますし」

「それで、ですな」

「豊臣家の政を携わるべきでも」

「かえって」

「ご自身も豊臣家もな」

 危うくしてしまうというのだ。

「只でさえ近頃豊臣家の家臣団が分かれておる」

「ですな、近江派と尾張派に」

「そうなっていますな」 

 近江派は石田や大谷、それに小西行長といった面々だ。石田の領地が近江の佐和山にあるのでこのことからだ。 

 そしてだ、尾張派は福島正則の領地が尾張の清洲にあるからだ。こちらは七将に藤堂と浅野といった者達だ。

「家中が二つに分かれたのは」

「治部殿のお人柄故」

「時と場所を考えず何でも言われるので」

「誰にも必要とあらば厳しいことを」

「あの方は悪い方ではない」

 石田のこともだ、幸村は言った。

「このことは確かじゃ」

「左様ですな」

「あの方は決して悪い方ではありませぬ」

「むしろ私も裏表もなくです」

「信義に篤い方です」

「しかし平壊者であるが為にじゃ」

 石田はこの気質が厄介だというのだ。

「内府殿にも言って場を壊し尾張派の方々ともな」

「揉めてですな」

「家を分けてしまっている」

「そうなっているのですな」

「そうじゃ、あの御仁の為にな」

 幸村は残念な顔で述べた。

「そうなっておる」

「こうした時こそ一つにまとまるべきですが」

「茶々様に静かにして頂く為にも」

「しかしそうもなっていない」

「このことも厄介ですな」

「近江と尾張のいざかいは深くなっていく一方じゃ」

 幸村は瞑目する様にして言った。

「果たしてこれがどうなるか」

「まさかと思いますが」

「どちらかが軽挙に出る」

「それもありますか」

「出るとすれば七将じゃ」

 尾張派の彼等というのだ。

「治部殿を特に嫌っておられるからな」

「それ故にでですか」

「軽挙に出るやも知れぬ」

「そうだといいますか」

「うむ、そうならぬことを祈る」

 まさにというのだ。

「これからな」

「ですな、まさに」

「若しあの方々が軽挙に走れば」

「その時は」

「豊臣家は天下どころではなくなる」

 こう言うのだった、そしてだった。

 幸村は石田と七将の対立の深化も父や兄に伝えた、昌幸は幸村のそ文を見て信之に対してこう言ったのだった。

「これは危ういな」

「治部殿が」

「治部殿だけではない」

「では豊臣家が」

「家臣が今二つに分かれれば」

 その様な状況になればというのだ。

「そこに付け込むことが出来る」

「だからですか」

「これは危うい」

「豊臣家が」

「天下人の座を失うやもな」

 今はまだその座にいるがというのだ。

「これは」

「そうなりますか」

「まだ趨勢ははっきりしておらぬがな」

「しかしですな」

「危ういことは事実、そしてな」

 昌幸はさらに言った。

「わしは真田家を残す」

「例えどうなろうとも」

「その為の手を全て打ってじゃ」

「そしてですか」

「生き残る、わかったな」

「さすれば」

「御主もそれはわかってもらう」

 信之自身にも言った。

「わかったな」

「はい、それでは」

「治部殿は口が過ぎた」

 石田についてはだ、昌幸は一旦瞑目してから述べた。

「時と場所、相手も構わず何でも言うからにはな」

「それが為にこうなった」

「家が二つに分かれた」

「間に立てる者もおらぬしな」

「大納言様がおられれば」

 秀長、彼がというのだ。

「違ったが」

「あの方がおられたなら」

「唐入りも利休殿、関白様のこともなく」

「豊臣家もですな」

「安泰であった」

 今の様な状況でもというのだ。

「実にな」

「そうなっていましたか」

「間違いなくな」

 こうまで言うのだった。

「そうなっておったが」

「しかしですな」

「その大納言様がおられぬ」

「だから最早ですか」

「豊臣家の天下は危うい、しかしな」

「しかしですか」

「時の流れは何時どう転ぶかわからぬ」

 そうしたものでもあるというのだ。

「急に流れが変わったりするのう」

「はい、織田家にしましても」

「元の右府殿はあのままいくとな」

「天下人でしたが」

「しかし本能寺で横死された」

 明智光秀に襲われてだ、そして織田家はそこから何でもない家にまでなってしまった。天下なぞ夢のまた夢の。

「そうしたこともある」

「だからですか」

「流れはどうなるかわからぬ」

「それでは」

「流れが徳川家にあってもじゃ」

 それでもというのだ。

「何時どうなるかわからぬもの、覚えておくのじゃ」

「わかり申した」

 信之は父のその言葉に頷いた。

「さすれば」

「その様にな、だから豊臣家もじゃ」

「まだ、ですか」

「天下人のままいるやも知れぬ」

「左様ですか」

「そしてその場合の手も打つ」

 昌幸は袖の中で腕を組んだ姿勢で信之に述べた。

「わしはな」

「そうされますか」

「その様にな、まあ見ておれ」

「これからですか」

「手を打つ、そしてな」

 そのうえでというのだ。

「真田家は生き残る、何としてもな」

「天下がどうなろうとも」

「そうしていく、それでじゃが」

 また話した昌幸だった。

「天下は近いうちに戦になるやもな」

「内府殿が天下を目指され」

「それに治部殿が反発されてな」

「そうなりますか」

「そして上杉家じゃが」

 この家のこともだ、昌幸は話した。

「会津への転封が決まったな」

「はい」

「そして今移っておられるが」

 上杉家は元は長尾家といい謙信が関東管領の上杉家の養子に入ったことから上杉の姓となった。元は越後の国人であったのだ。それが会津にというのだ。

「わかるな」

「はい、上杉家の気持ちは越後にありますな」

「どうしてもな」

「越後に戻られたいですか」

「そう考えておられるであろう」

 石高の問題ではないというのだ。

「やはりな」

「では」

「何かと動かれるやも知れぬ」

 越後に戻る為にというのだ。

「それがどうなるかじゃ」

「徳川家に目をつけられ」

「悶着があるやもな」

「そうなれば」

「そこから天下は動くやもな」 

 これが昌幸の見立てだった。

「戦にな」

「そうですか」

「今内府殿は大名を取り込み続け五大老の家にも仕掛けておられる」

「前田家を服属させ宇喜多家にも」

「毛利家にでもあろうし」

「そして上杉家にも」

「その時にどうなるかじゃ」

 家康が上杉家に仕掛けたその時にというのだ。

「戦になるやもな」

「ではその時に」

「わしも手を討とう」

 昌幸はこう信之に言った、既に彼はその頭の中であらゆることを考えて打つ手も決めようとしていた。だがそれはまだ表には出ていなかった。

 そしてだ、天下はその間にも動き。

 宇喜多家のお家騒動は遂に一触即発の状況になった、大谷はこれを見てだった。

 彼と親しい徳川四天王の一人榊原康政のところに言ってだ、こう頼み込んだ。

「それがしに力添えをお願いしたいですが」

「宇喜多家のお家騒動のことで」

「はい、あのままいけば」

「ですな」

 榊原もしの武士然とした濃い顔で応えた。

「あのままではです」

「危ういですな」

「そう思いまする」

 こう大谷に答えた。

「戦になりかねませぬ」

「ですから今のうちに」

「二人で、ですな」

「宇喜多殿をお助けして」

 そしてというのだ。

「お家騒動を収めましょう」

「それでは」

 榊原は快諾で応えた、そしてだった。

 二人は宇喜多家の家臣団の間に入り仲裁をはじめた。どちらにも公平に。だがそれが上手いくと思われた時に。

 急にだ、榊原は大谷に申し訳のない顔でこう言ったのだった。

「刑部殿、済まぬがそれがしは」

「これ以上このことには」

「動けなくなり申した」

 こう言うのだった。

「残念なことに」

「というと」

「殿が」

「内府殿がですか」

「はい」

 まさにというのだ。

「それがしについて周りの者に言ったとか」

「何を言っているのかと」

「はい、そうです」

「だからですか」

「それがしは」

 大谷にまた申し訳ない顔で言った。

「ですから」

「ではそれがしだけで」

「いえ、どうも刑部殿も」

 大谷もというのだ。

「そのお身体ではとです」

「内府殿がですか」

「気にかけておられるとか」

「そうですか、それがしを気遣って」

「休まれては、実際にです」

 榊原もだ、大谷を見て彼を気遣う顔で言った。

「お辛いでしょう」

「それは」

「隠されずとも、しかしそれがしは」

「左様ですか」

「これで」

 こうしてだった、榊原はこの件から完全に手を引いた。そしてそれからだった。大谷も家康の気遣いを受けてだった。

 この件から退いた、それから彼は己の領地に引っ込んだがそこでだった。

 宇喜多家のことを聞いてだ、唸って言った。

「そういうことか」

「と、いいますと」

「殿、一体」

「内府殿がご自身が仕切りたかったのじゃ」

 こう家臣達に言ったのだった。

「全てな」

「宇喜多家の騒動は終わりましたが」

「内府殿が仲裁され全てを決められ」

「どうも騒動を起こした側が一方的によい裁定をされ」

「内府殿につかれてるとか」

「徳川家にこぞって入られたとか」

「これで徳川家の力はさらに強くなりな」

 そしてというのだ。

「宇喜多家の力はな」

「相当に弱まりましたな」

「宇喜多殿も困っておられるとか」

「お家の力がかなり弱まり」

「どう挽回するかと思われているとか」

「内府殿が仕掛けたことじゃな」

 大谷はこのことを察して言った。

「まさにな」

「そうなのですか」

「ここは内府殿があえてお家騒動を起こされ」

「そしてそれをご自身で収められてですか」

「宇喜多家の一方を徳川家に引き込まれましたか」

「そうされたな、見事ではある」

 大谷は一旦は褒めた、だがだった。

 それと共にだ、彼は隻眼になっているその目を顰めさせてこうも言った。

「しかし奇麗ではない」

「武士としてはですか」

「どうにもですか」

「奇麗ではない」

「そう言われますか」

「うむ、これも政であるが」

 それはわかっていてもだった。

「奇麗ではないな」

「どうにもですな」

「このことはですな」

「厄介だと」

「殿はそう思われますか」

「うむ、実にな」

 こう言うのだった、そしてだった。

 大谷は家康への考えを少し変えた、武士としてどうかという策も使うとだ。そして家康は大坂城においてだ。

 西ノ丸に入りそこから政を執る様になっていた、北政所と入れ替わりになる様にだ。だがその家康の権勢は日に日に大きくなり。

 石田への反発は高まっていっていた、だが彼はそれに気付かず家康のことにも天下のことにも心を砕いていた。

 だがその彼にだ、ある日島が顔を顰めさせて言った。

「殿、すぐに御身を隠されて下さい」

「何があった」

「七将が殿のお命を狙っています」

「刺客か」

「いえ、兵を率いてです」

 そのうえでというのだ。

「殿のお命を」

「何っ、兵までか」

「はい、率いてです」

「七将全てがか」

「この屋敷に向かっております」

「それはいかんな、ではすぐにな」

「御身を」

 島は石田にまた言った。

「佐竹家の方に既にお話をしております」

「手配してくれたか」

「はい」

「済まぬな」

「お礼よりも今は」

 すぐにというのだ。

「お隠れ下さい」

「それではな」

 石田は島の言葉に頷いてだった、実際に。

 変装し籠も細工をしてだった、そのうえで。

 佐竹家まで逃げ込んだ、佐竹家側はすぐに彼を出迎えたが。

 すぐにだ、佐竹家の者が石田と彼に同行する島に言った。

「この件は桑島殿の知らせですな」

「はい」

 島は佐竹家の者に答えた。

「お拾様の侍従であられる」

「そうでしたか、やはり」

「はい、しかしですな」

「先程屋敷の周りに怪しい者を見ました」

「それは」

「おそらくですが」

「では」

「はい、七将側の兵は多いです」

 それでというのだ。

「ですから」

「ここからですか」

 石田も言った。

「去られた方がよいと」

「今この屋敷の兵は多くありませぬ」

 佐竹家の者は申し訳なさそうに言った。

「ですから」

「ここは、でござるか」

「然るべき場所に」

「わかり申した」

 石田は答えた。

「そうします」

「申し訳ありませぬ」

「いえ、ここに匿ってくれただけでも」

 一時そうしてもというのだ。

「有り難きこと」

「そう言って頂けますか」

「死地を脱することが出来ました」

 とりあえずのそれをというのだ。

「ですから」

「だからですか」

「はい、それでは」

「どうか難を避けられて下さい」

 佐竹家の者はこう言ってだ、そのうえでだった。石田と島を丁寧に送り出した。石田は一旦島と共に佐竹家の屋敷から出たが。

 すぐにだ、島にこう言った。

「ここはだ」

「伏見城にですか」

「逃れる」

 こう言った。

「やはり御主もわかったか」

「はい」

 島は石田に確かな笑みで応えた。

「殿ならばと」

「そう言ってくれるか」

「はい、それでは」

「すぐに伏見城に入ろうぞ」

「身を隠されたまま」

「そうしようぞ」

 是非にというのだ。

「今よりな」

「あの城は今現在内府殿がおられますが」

 島はあえて石田にこのことを話した。

「そのうえで政を執っておられますが」

「そうであるな」

「もうご存知でしたか」

「無論な、しかしな」

「それでもですか」

「うむ、わしは行く」

 こう言うのだった。

「あの城にな」

「内府殿は今は」

「わしに何もせぬ」

 このことを見抜いているからこその言葉だった。

「だからな」

「あえて入られますか」

「うむ、ではな」

「これより」

「伏見に向かおう」

 石田は島にこう言ってだ、身を隠したうえで伏見に向かった。だがこの頃七将達は佐竹家から石田が出たことを知ってだった。

 本陣を構えていた七将達はだ、周りに言った。

「探せ」

「はい、それでは」

「これよりですな」

「治部殿を探し出し」

「そうして」

「そうじゃ、討ち取る」

 そうするというのだ。

「あ奴、何としても見付けよ」

「わかりました」

「ではすぐに辺りを探します」

「草の根を分けてでも」

「そのうえで」

「そうせよ」

 七将達はそれぞれの家臣達に言った、そして彼等の間でも話をした。まずは彼等の筆頭格である加藤清正が言った。

「各々方、宜しいですな」

「はい、今よりです」

「治部めを探し出し」

「天誅を与えてやりましょうぞ」

「何としても」

「左様、そして」

 そのうえでと言うのだった。、

「あ奴の首を太閤様の墓前に」

「そうせねば」

 次に言ったのは福島だった。

「天下は定まらぬ」

「あ奴はですぞ」

 加藤嘉明が言うには。

「太閤様に讒言を繰り返して今に至った輩でござる」

「唐入りの戦の時どれだけ言ってくれたか」

 その唐入りの戦で死線を潜り抜けた黒田の言葉だ。

「忘れられませぬ」

「お拾様にも取り入るのは必定」

 細川はこのことを断言した。

「その前に」

「その首討ってやりましょうぞ」

 池田も石田への憎しみを剥き出しにしている。

「天下の為お拾様の為に」

「治部め、見ておれ」

 最後に蜂須賀が言った。

「これまでの悪行の報いを与えてやるわ」

「では治部を探し出し」

 そしてとだ、加藤清正がまた言った。

「討ち取りましょうぞ」

「殿、治部はもう佐竹家の近くにはいませぬ」

 その加藤に彼の家臣が言ってきた。

「隈なく探しましたが」

「そうか」

「はい、それでは」

「さらに探せ」

 より広い範囲をというのだ。

「手掛かりもな」

「そうしたものも」

「全て探せ」

 こう命じるのだった。

「よいな」

「わかり申した」

 家臣も応える、そしてだった。

 七将はまずはその場に止まりそうして今は石田を探した、そしてその行く先を知ってまずは驚いたのだった。

「伏見城とな」

「あそこに逃げたのか」

「内府殿のおられる城に」

「そうなのか」

 こう言って驚くのだった。

 加藤もだ、七将の面々にその顔で話した。

「もう各々方お聞きと思われますが」

「治部めは伏見城に逃げ込みましたな」

「内府殿のおられる城に」

「あの城にはあ奴の屋敷もありますが」

「しかしお命を狙った相手の場所に向かう」

「何という奴」

「図々しいというか」

 七人共苦い顔で言った。

「このことはです」

「どうしようもありませんな」

「言う言葉もありませぬ」

「このことはです」

「呆れるしかありませぬ」

「治部め、何という奴」

「とんでもない奴ですな」

 口々に言う、しかしだった。

 呆れるのが終わってからだ、彼等はあらためて言い合った。

「しかしあ奴の居場所はわかり申した」

「それならばですな」

「早速伏見城に向かいましょう」

「そしてあ奴の首を取りましょう」

「是非共」

「これよりあの城に進軍ですな」

「兵達を連れて」

 是非にと話してだ、そしてだった。

 彼等はすぐに兵を率いてだ、伏見に向かった。この動きは幸村も都において十勇士達に調べさせていkたが。

 十勇士達の報を聞いてだ、彼は言った。

「こうなることもな」

「有り得たことですか」

「治部殿の嫌われ方を見れば」

「七将の方々との確執ですな」

「あれを見れば」

「あの御仁は悪い方ではないが」

 しかしというのだ、石田は。

「どうしてもな」

「敵を作ってしまう」

「そうした方ですから」

「この様なことになることも」

「有り得たことですか」

「それも今の様に兵を挙げてな」

 七将達がというのだ。

「有り得た、治部殿は口が過ぎる」

 悪人ではないがそれが為にというのだ。

「だからこうなることは考えられたが」

「そしてですな」

「治部殿は伏見城に逃げ込まれましたな」

「内府殿のおられる場所まで」

「あちらまで」

「あれは正しかった」

 石田のその決断はというのだ。

「少なくとも内府殿は今は治部殿をお守りする」

「今は、ですか」

「少なくともですか」

「そうじゃ、今はな」

 あくまで今の時点では、というのだ。

「そうされる」

「そのことがわかっておられるからですか」

「治部殿は伏見城に入られた」

「あの城は堅固でちょっとした軍勢も防げますし」

「だから入られましたか」

「そうじゃ、しかし治部殿のあのご気質がな」

 幸村はここで難しい顔になりこうも言った。

「今の事態を招いた、豊臣家の天下を護りたいのなら」

「家は、ですな」

「一枚岩であるべき」

「このことは当然ですな」

「中で揉めていては何も出来ぬ」

 それこそというのだ。

「だからな」

「ここは、ですな」

「治部殿はご自身を抑えていくべきでしたか」

「こうしたことにならぬ様に」

「以前から」

「今豊臣家は二つに分かれておる」

 幸村はこのことをまた指摘した。

「そしてこのことがな」

「豊臣家にとってですな」

「悪いこと」

「そうでありますな」

「うむ、このままでは危うい」

 豊臣家の天下はというのだ。

「家は一つであるのは絶対じゃ」

「天下人である為には」

「それこそ」

「そうであるがな」 

 幸村は難しい顔になって述べた。

「これではな」

「豊臣家の天下は、ですか」

「危うい」

「そうなのですな」

「ここを内府殿に付け込まれては」

 それこそというのだ。

「天下は保てぬ」

「では」

「このことも踏まえてですか」

「次の天下人は内府殿ですか」

「あの方になりますか」

「そうやもな、それを収める方もおられぬしな」

 石田と七将の確執をというのだ。

「茶々様にも出来ぬしな」

「ですな、あの方は」

「立場はおありですがそれでもです」

「何もご存知ない方」

「それでは」

「どうにもならぬ、むしろ動かれては」

 かえってというのだ。

「おかしなことになる」

「動かれるやもですが」

「動かれては、ですな」

「かえって危うくなる」

「そうなりますな」

「そうなると思う、とかくこのことは豊臣家にとってはまずい」

 実にというのだ。

「このことも父上にお知らせするが」

「しかしですな」

「このことは」

「大きい」

 十勇士達に言い切った。

「豊臣家、天下にとってな」

「趨勢に大きく影響する」

「それ程までに」

「ここで治部殿が大人しくなって下されば」

 どうなるかもだ、幸村は述べた。

「いいのじゃが」

「豊臣家の為にですな」

「そうして下されば」

「豊臣家は執権になる方がそのまま残り」

「天下人でなくともですか」

「家を守れますか」

「それが出来るが」

 しかしというのだ。

「それが出来る方でもない」

「ご気質故に」

「どうしても」

「また動かれるであろう」

 ここで引っ込んでもというのだ。

「すぐにな」

「あの方がもう少し穏やかならば」

「そもそもこうしたことになりませんでしたし」

「これからもですな」

「厄介なことになりますか」

「残念なことじゃ」

 石田の優れた資質と一本気で裏表のない気質の双方を知っているからこそだ、幸村は嘆息したのだった。

「生き急いで死に急ぐ」

「そうなりますな」

「どうしても」

「あの御仁は」

「そう思う」

 幸村は石田のことを想い無念に思った、彼を知っているが故に。だが伏見城からの報は次から次に入ってきていた。



巻ノ七十七   完



                          2016・10・15

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