巻ノ八十一 上田城へ
家康は己の軍勢を率いてそのうえで一路東海道を進んでいた、彼はその中で本多正信にこう問われていた。
「殿、後ろはいいとしまして」
「中山道か」
「はい、竹千代様ですが」
「あ奴が初陣だからか」
「ですから過ちがあれば」
「だから三河以来の者達を多くつけたのじゃ」
家康はこう本多に答えた。
「あ奴が初陣だからな」
「それで、ですか」
「あ奴が雌雄を決する場に遅れたらというのであろう」
「はい」
その通りだとだ、本多は家康に答えた。周りは一面黄色の徳川の軍勢であるが井伊の軍勢だけは赤備えである。
「そうなれば」
「何、そうなってもじゃ」
「よいというのですか」
「備えはしてある」
家康は本多に落ち着いた顔で述べた。
「既にな」
「では」
「わかったな」
「あちらにですか」
「以前より仕掛けておいた、七将にも働いてもらってな」
そのうえでというのだ。
「負けぬ、いやわしが率いておる軍勢だけでもじゃ」
「勝てる様にですな」
「手を打っておる」
「そうでしたな」
「わし等が戦うのは敵の半分程かのう」
「治部殿と刑殿にですな」
「小西家、宇喜多家のな」
「それ位ですか」
「では勝てる」
敵の中で彼等の軍勢だけではというのだ。
「この軍勢だけでもな」
「戦になれば」
「だからあ奴が遅れてもよい」
「そうなりますか」
「うむ、ただな」
ここでだ、家康は眉を顰めさせてだった。本多にこうも言った。
「一つ気になることがある」
「あの城ですか」
「そうじゃ、上田の城じゃ」
この城のことをだ、家康は東海道を進みつつ言った。
「どうしてもな」
「あの城は以前我等も攻めましたが」
「そうであったな」
既に鳥居、かつてその上田城を攻め先に伏見城で死んだ彼のことを思い顔を暗くもさせた。そのうえでの言葉だった。
「あの城は」
「でしたな」
「小さい城じゃ」
「しかしその城が」
「攻め落とせぬ、ただ堅固なだけでなくな」
「守っているのも」
「真田じゃ、攻め落とせぬ」
それこそという言葉だった。
「到底な」
「だからですな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「あの城は攻めるものではない」
「では目付の兵だけを置き」
「中山道を進めばいいが」
「竹千代様はそうされるでしょうか」
「初陣でも多少でも武の才があればそれはせぬ」
秀忠にそれがあればというのだ。
「しかしな」
「なければ」
「攻めるであろう」
「そうなりますか」
「しかし最早竹千代しかおらぬ」
家康は正面を見てだ、本多に述べた。
「わしはそう思っておる」
「跡を継がれるのは」
「あ奴がおらぬからな」
長子であり嫡男だった信康だ、家康にとっては掛け替えのない我が子であり必ず自身の跡をと思っていた。知勇兼備であり家中での信望も集めていた。
だが織田信長の命により腹を切らさせた、無論泣く泣くだ。家康にとっては今も断腸のことである。
「だからな」
「そうなりますか」
「無念であるが」
それでもというのだった。
「言っても仕方ない」
「では」
「あ奴は律儀で生真面目じゃ」
秀忠のその気質を言うのだった。
「しかも政の才はある」
「だからですな」
「戦の世は終わる」
このことを見ての言葉である。
「だからな」
「その世の方となられますので」
「あ奴でよいのじゃ」
「そうなりますか」
「そうじゃ、ではわしはな」
「このままですな」
「西に進む」
東海道、そこをというのだ。
「そして美濃で岐阜城を攻め落とすことになろう」
「そのうえで」
「うむ、その西で戦うことになる」
石田達と、というのだ。
「おそらくな」
「それでは戦の場は」
「関ヶ原か」
そこだというのだ。
「あそこになろうな」
「関ヶ原ですか」
「あそこは東西の道が交じりな」
「山が多いですが開けてもいますので」
「戦うならじゃ」
まさにというのだ。
「あの地となる」
「それでは」
「関ヶ原に行く」
馬上でだ、家康は胸を張って言った。
「そしてあの地で勝ちな」
「そのうえで、ですな」
「一気に大坂まで行きじゃ」
「戦の後始末もして」
「それでじゃ」
そこまでして、というのだ。
「ことはなる、それとじゃが」
「はい、茶々様ですな」
「わしも今は正室がおらぬし」
「あの方を奥方に迎えられれば」
「よいと思うが」
「はい、それがしもそう思いますが」
本多は家康のその考えにまさに、という顔で返した。だがそれは最初だけですぐに難しい顔になりこうも言った。
「ですがあの方は」
「気位が高いからのう」
「殿の申し出であっても」
「断られるな」
「それがどういったものか気付かれることなく」
これが茶々の難しいところだ、実は政のことが全くわからないのだ。勿論戦のことも然りだ。そうしたことは疎いどころではないのだ。
「ただ怒られるだけで」
「そのうえでな」
「下の者に言われるだけです」
「だからわしのこの申し出もじゃな」
「残念ですが」
「聞かれぬか」
「そうなるかと」
間違いなく、というのだ。
「あの方の場合は」
「そうなるな」
「はい」
「だが言ってはみる」
それはするというのだ。
「わしもな」
「そうですか」
「一応な、駄目であろうがじゃ」
「言ってみれそれが成ればよし」
「だからじゃ」
「殿は茶々様の夫となられ」
「徳川家と豊臣家が一つになるのじゃ」
「お拾様と千姫様の縁組もありますし」
このことはもう決まっていることだ、秀吉と家康の間で決まっていて話を進めるだけになっているのである。
「これも成れば」
「完全となる」
「茶々様を江戸に迎えて」
「悪いことはないが」
「あの方がおわかりになられぬ」
「そのことが厄介じゃな」
先のこともだ、家康は既に考えていた。その家康に対して石田もだった。
大谷に先のことを問われてだ、こう答えた。二人は今は休憩を取って共に飯を食っている。
「決まっておる、残る三大老の方々を軸にしてじゃ」
「治めていくか」
「そうしようぞ」
「御主も大老になるな」
大谷は石田にこうも言った。
「その時は」
「わしが百万石あればな」
「この様なことになっておらんかったしな」
「だからじゃな」
「御主が百万石の大身になってじゃ」
「大老の一人としてか」
「お拾様を助けて治めることになるな」
まさにというのだ。
「そうなるな」
「そうか、わしが大老か」
「あまり嬉しくなさそうじゃな」
「わしは己のことはどうでもよい」
はっきりとだ、石田は大谷に言った。
「豊かになるとかはな」
「どうでもよくてか」
「うむ、そうしたものよりもな」
「天下のことじゃな」
「そうじゃ」
そちらの方が大事だというのだ。
「やはりな」
「そう言うか、やはりな」
「わしのこうしたことは知っておろう」
「欲がないのう」
「少なくとも金銀等はどうでもよいし官位とかもな」
「どうでもよいな」
「考えたことがないと言えば嘘になるが」
しかしというのだ。
「それでもじゃ」
「あまりじゃな」
「興味がない、酒も馳走もな」
そうしたものもというのだ。
「どうでもよい」
「あくまで豊臣家のことをか」
「考えておるだけじゃ」
「そうじゃな、だから御主はな」
大谷は一旦瞑目する様にだ、目を閉じてから石田に話した。
「余計にここはじゃ」
「自重すべきとか」
「思ったがのう」
「そうか」
「うむ、未練がましいがな」
「そう言うが動くしかない」
石田はあくまでこう考えている、これは頭の良し悪しではなく彼の気質からくるものであるからどうしようもない。
「やはりな」
「そうじゃな、では我等はこれからもな」
「東に進むな」
「おそらく岐阜城は陥ちる」
大谷もこう言った。
「残念じゃがな」
「やはりそうじゃな」
「吉法師様は頑張られるであろうが」
織田秀信、彼はというのだ。
「しかしな」
「それでもじゃな」
「軍勢の数が違う」
家康が率いる彼等のだ。
「だからじゃ」
「陥落は免れぬか」
「あの堅城でもな」
「では岐阜城の西のじゃな」
「関ヶ原でじゃ」
まさにその場所でというのだ。
「戦になるぞ」
「そこで雌雄を決するか、内府と」
「そうなる、わしはこの戦が終われば」
大谷は石田にこうも言った。
「もう終わりじゃ」
「無理か」
「これまで相当に力を使った」
業病でありその身体にある残り少ない力をだ。
「だからな」
「それで、か」
「後は頼んだ」
石田の顔を見て微笑んで告げた。
「お拾様のことな、だから生きよ」
「わかった、ではな」
「あの世で待っておる」
「うむ、我等はあの世でもな」
「共にいようぞ」
「友としてな」
二人はこの誓いも確かめ合った、そうしてだった。
彼等も軍勢を進ませた、決戦の時は近付いていた。
それは上田城も同じでだ、秀忠は軍勢を西に進ませつつ己の傍らにいる榊原に対して穏やかな声で尋ねた。
「兵達はどうか」
「はい、しかと飯を食いです」
「疲れもないか」
「左様です」
「ふむ」
秀忠は自分の目でも軍勢を見た、見れば周りの兵達も徳川家の者達以外の兵達もだ。その彼等の顔は。
「いい感じじゃな」
「御覧になられた通りです」
「これならよい」
「餓えず力もある」
「兵達がそうであるならな」
「やはり戦はです」
「兵達がしっかりしていてこそじゃな」
秀忠はここでこうも言った。
「民達もそうじゃしな」
「はい、誰もが飯をしかと食っていれば」
「万全じゃな」
「そうです」
「餓えた民がおってはならぬ」
秀忠はこのことは強い声で言った。
「絶対にな」
「その通りです」
「東国の民達もようやくな」
「近頃ですな」
「豊かになってきたな」
徳川家の領土がというのだ。
「最初来た時はじゃ」
「駿河と比べますと」
「比べものにならないまでにじゃ」
まさにというのだ。
「東国は貧しかった」
「北条殿の政がよかったので餓えてはいませんでしたが」
「どうしてもな」
「はい、貧しかったです」
「それが田畑を整え町もな」
「造っていき」
「よくなった」
「豊かになりましたな」
「そうなった、そのことから思うが」
「兵は、ですな」
「餓えぬ様にな、そしてじゃ」
さらに言った秀忠だった。
「途中民達にはじゃ」
「はい、決してですな」
「略奪等は許すな」
「若しそうしたことがあれば」
「斬れ」
返事は一言だった。
「おなごの編笠を覗いても一銭を盗んでもじゃ」
「そうしてもですな」
「斬れ」
そうした些細なこともというのだ。
「許すでない」
「徹底して、ですな」
「そうしたことは許すな」
「わかり申した」
榊原はまた頷いて答えた。
「それでは」
「そちらもな」
「徹底します」
「このことはな」
「他の家の方々にも」
「伝えてくれ」
「はい」
榊原は秀忠にすぐに答えた。
「ではな」
「その様に」
また応えた榊原だった、そしてだった。
秀忠はもう一人傍にいる信之にはだ、こう言った。
「さて、まずはじゃ」
「上田城にですな」
「向かうがじゃ」
「それがしは」
「出陣の時に言った通り休んでおれ」
上田城を攻める時はというのだ。
「よいな」
「畏まりました」
信之は秀忠に答えた。
「それでは」
「うむ、それではな」
「しかし若殿」
旗本の一人が秀忠に言って来た。
「真田殿は城のことに詳しいので」
「だからか」
「はい、城攻めに加わって頂ければ」
「心強いというのじゃな」
「そう思いまするが」
「それならならん」
秀忠はその旗本にすぐにこう言った。
「親兄弟で争うことはな」
「それはですか」
「出来る限りはじゃ」
「せぬ方がよい」
「だからじゃ」
それ故にというのだ。
「そうする、よいな」
「わかり申した」
その旗本も秀忠の断固たる言葉に頷いた。
「それでは」
「ではな」
その旗本の言葉を受けてだ、秀忠は彼に微笑んでからだ。周りの他の面々に対してあらためて言ったのだった。
「これよりじゃ」
「はい、それでは」
「これよりですな」
「上田城に向かい」
「攻めまするか」
「鉄砲も弓矢も使いじゃ」
そしてというのだ。
「一気に攻めるぞ」
「この数で、ですな」
「攻め落としますか」
「その様に」
「うむ、ただ降った者は切るな」
秀忠はこのことも厳命した。
「女子供もじゃ」
「決してですな」
「戦わぬ者以外は切るな」
「そのこともですな」
「徹底せよ」
こう言うのだった。
「わかったな」
「はい、そのこともまた」
「注意します」
「断じてその様なことがない様」
「徹底します」
「このことも破れば切る」
秀忠の言葉はここでも厳しかった。
「我等は武士であることをわかっておれ」
「肝に命じておきます」
皆こう答える、そしてだった。
秀忠は軍勢を上田城に進ませた、そして城の前まで来てだった。城に人をやってこう言わせたのだった。
昌幸にだ、使者は秀忠の言葉として伝えた。
「ふむ、降れとな」
「はい」
使者は昌幸、そして彼のすぐ傍に控える幸村に答えた。
「そうされよとのことです」
「中納言殿はか」
お命はです」
それはというのだ。
「取らぬ故、断じて」
「中納言殿は律儀な方」
このことでは父である家康の遥か上を行くと評判である。。
「それではか」
「はい、誓っておられます」
「そうか、しかしじゃ」
「若殿のこの申し出は」
「謹んでな」
そうしてというのだ。
「辞退させて頂く」
「左様ですか」
「戦は武士の務め」
笑ってこうも言った。
「ならばな」
「戦われると」
「この白髪首、取られよ」
ここでも笑ってだ、昌幸は言った。
「ここでお待ちしておりまするとな」
「若殿にですか」
「伝えられよ」
使者い穏やかな声で告げた。
「是非共」
「それでは」
使者は昌幸の言葉を受けて一旦秀忠の本陣まで戻った、そのうえで彼の言葉を秀忠に伝えたのだった。
するとだ、秀忠はこう言った。
「わかった、ではな」
「それではですな」
「致し方ない」
こう言ってのことだった。
「戦じゃ」
「はい、それでは」
「皆のこれより城を攻める」
秀忠は本陣に詰める諸将に告げた。
「よいな」
「はい、わかりました」
「それではです」
「上田の城を攻めましょう」
「囲んだうえで」
「そうせよ、この数じゃ」
それ故にというのだ。
「一気に押し潰せる」
「ですな」
「如何にあの城が堅固でもです」
「この数ならば」
「何でもありませぬ」
「攻め落とせます」
「このまま」
こう言うのだった、誰もが。
「鉄砲もあります」
「それを放ち」
「そして兵達を進ませ」
「まさに一気にです」
「出来まするな」
「うむ、本丸まで攻め」
そしてというのだ。
「そこであらためてじゃ」
「降る様にですな」
「真田殿に勧める」
「そうしますか」
「それでいこう、ではな」
ここまで言ってだった、そのうえで。
秀忠は自ら軍勢を率い城攻めをはじめた、だが。
その彼を観てだ、信之は言った。
「これはな」
「はい、やはり」
「大殿の言われる通りにですな」
「なりますな」
彼と共にいる者達も言う。
「あの城で足止めを受ける」
「無闇に上田の城を攻めて」
「そのうえで」
「わしとしてはな」
徳川方に加わったからとだ、信之は言った。
「ここは中納言様にじゃ」
「是非共ですな」
「お話をして、ですな」
「足止めにならぬ様にして」
「先に進むべきと」
「お話したところじゃが」
そうしていたというのだ。
「是非な」
「そうですな、やはり」
「そこは、ですな」
「目付程の兵を置き」
「そのうえで大勢は」
中山道を上がり家康が率いる主力と合流すべきだとだ、信之の家臣達も信之に言う。だがそれはだった。
信之は後詰として置かれている、それで軍勢の離れた場所で言うしかなかった。
「しかしですな」
「それはそうはならずに」
「残念なことに」
「我等はここにいます」
「後詰に」
「これでは何も言えぬ」
秀忠にというのだ。
「わしもな」
「ですな、これでは」
「見ているしかありませぬ」
「どうしても」
「これでは」
「全くじゃ、それではな」
また話した、そしてだった。
信之は後詰としてだ、戦の行方を見守るのだった。そうするしかないが故に。
攻め手は完全に上田城を囲んだ十重二十重に城を囲みそのうえでだ。
橋から城に迫ろうとしている、徐々に進んで来るその動きは理に適ったものであり隙がない様に見えた。
だが物見櫓から彼等の動きを見てだ、昌幸は笑って言った。
「これは勝ったわ」
「勝ちますか」
「敵はかなりの数ですが」
「うむ、敵はわし等が城の中にだけいると思っておる」
敵の動きを見てだ、昌幸は彼の家臣達に言う。
「外にはと思っておるな」
「ですな、確かに」
「しかしこの地は我等にとって遊び場です」
「代々住んで隅から隅まで見てきた」
「そうした場所です」
「だからじゃ」
そうした場所だからだというのだ。
「城の外もよく知っておる」
「無論城の中も」
「全て、ですな」
「外には源次郎様の軍勢がおられます」
「そして十勇士達も」
「わしはこの城を守る」
昌幸はにやりと笑ってこうも言った。
「そしてな」
「はい、源次郎様がですな」
「外で思う存分暴れる」
「そうされますな」
「我等が守っている間に」
「外はあの者に任せた」
幸村、彼にというのだ。
「ではな」
「はい、それでは」
「我等は護り」
「源次郎様が攻められる」
「そうなりますな」
「真田の戦、徳川家に再び見せてやる」
かつての上田攻めの時と同じくだ。
「前の時とは違う攻め方じゃが」
「守ることは守る」
「そうしますな」
「完全に」
「そうするとしよう、鉄砲を全て用意せよ」
それをというのだ。
「敵が来たらな、そしてじゃ」
「それを合図にですな」
「源次郎様が動かれますな」
「外から」
「久し振りに十勇士達の戦いが見られる」
昌幸はこのことも期待して述べた。
「日々鍛錬を重ねておったしな」
「腕は衰えていませんな」
「あの者達も」
「源次郎様と同じく」
「それも見せてもらうとしよう」
こうも言ってだ、昌幸は采配を手にしてだった。戦の指揮にかかった。真田方は徳川の軍勢、城に迫る彼等にだ。
一斉に鉄砲を放った、秀忠はそれを聴いても驚かなかった。
「敵も黙ってはおらぬな」
「はい、鉄砲を撃ってきましたな」
「それも結構な数ですな」
「戦には備えていましたか」
「それも万全に」
「そうじゃな、しかし怯んではならぬ」
秀忠は自ら陣頭に立ち指揮を執りつつ言った。
「このままじゃ」
「間合いを詰めて」
「そうして、ですな」
「数で攻めますか」
「そうしますな」
「上田城のことはわかっておる」
その縄張り等がというのだ。
「全てな」
「はい、既に多くの城の中はわかっています」
「見取り図もあります」
「それに従って攻めればいいこと」
「まずは門の全てを集中的に攻めてです」
「門を破りそこから先に進みましょう」
「門や櫓に鉄砲を撃ち込みましょう」
彼等もというのだ。
「鉄砲の数も負けておりませぬ」
「それならばです」
「その数で、です」
「門の傍の櫓も門の兵達も倒し」
「そうして門を破り先に進み」
「本丸に迫りましょう」
「そうせよ、昼も夜も攻めよ」
こう命じてだ、実際にだった。
秀忠は数に任せて攻めさせた。すると真田の兵達は下がっていきすぐに大手門まで迫った。その状況を見てだ。
秀忠は笑顔でだ、周りの者達に言った。
「このままいけばな」
「はい、大手門を抜け」
「そうしてですな」
「そのうえで」
「うむ、後はじゃ」
まさにというのだ。
「真田の父子に降る様に言おう」
「大手門を抜けば」
「そこで、ですな」
「大いに攻めて」
「そうしてから」
「降る様に言おう」
秀忠は勝利を感じていた、この流れでいけば勝てるとだ。
その為彼は攻めを急がせた、しかし昌幸はその秀忠の采配を城の櫓からはっきりと見ていた。それでだった。
不敵な笑みを受けてだ、城の者達に命じた。
「よし、自らな」
「大手門を開けてですな」
「そのうえで」
「一気に反撃に転じるぞ」
こう言うのだった。
「よいな」
「わかりました」
「そしてその時には」
「まさに、ですな」
「仕掛けていた策を次から次に出す」
まさにというのだ。
「よいな」
「それでは」
家臣達も応える、そして大手門に殺到する徳川の兵達に対してだった。
門を開いた、これには秀忠も驚いた。
「門を自らとな」
「これは一体」
「どういうことでしょうか」
「わからぬ、しかしじゃ」
それでもとだ、秀忠は周りの者達に言った。
「開いたならな」
「一気にですな」
「中に入りますか」
「そうせよ、そしてそのまま攻め落とせ」
上田城をというのだ、こう話してだった。
秀忠は兵を開いた門に雪崩れ込ませた、兵達も彼の指示に従い突き進むが門が完全に開いた時彼等が見たものは。
「!?あれは」
「まさか!」
見ればだ、開いた門にだ。真田の赤い具足の兵達が揃っていた。しかも彼等の手には鉄砲があった。その鉄砲には既に火が点けられていて。
「撃て!」
この言葉と共にだった、鉄砲が一斉に放たれる。大手門の上そして周りの櫓からもだ。鉄砲が一斉に放たれた。
この射撃で徳川の兵達は次から次に撃ち倒された、秀忠もそれを見て驚いた。
「何と、大手門にか」
「はい、どうやらです」
「城の鉄砲を全て集めた様です」
「また撃ってきました」
「物凄い数ですな」
「ううむ、まさか撃つ為に開くとは」
門をだ、秀忠は驚いたまま言った。
「これが真田か」
「若殿、大変です!」
秀忠のところに旗本が一人駆け込んで言って来た。
「横、そして後ろから敵が攻めてきております」
「何っ、伏兵か!?」
「どうやら」
こう秀忠に答えた。
「その様です」
「何と、伏兵も忍ばせておったか」
「敵の数は少ない様ですが」
それでもというのだ。
「恐ろしい強さの者達です」
「若殿、これはです」
榊原がここで秀忠に言った。
「十勇士ではないかと」
「あの噂に聞くか」
「一騎当千の者揃いの」
「あの者達が攻めて来ておるか」
「そうやも知れません」
「ううむ、何ということじゃ」
秀忠は伏兵の報にだ、狼狽した顔で周りを見回した。彼のその軍勢は。
あちこちで乱れていた、見れば実際に僅かな数の兵達に攻め立てられていた。
川からだ、海野は手裏剣を投げて兵達の喉を的確に貫きつつ川辺で剣を振るう根津に対してこう言った。
「よいか、一人一人確実にじゃ」
「倒してじゃな」
「そうじゃ、我等の数は少ないがな」
「少ない様に思わせぬことじゃな」
「それが大事じゃ」
こう言うのだった。
「よいな」
「わかっておる、一人一人を確実に素早く倒していけば」
「我等の数はわからぬ」
「多い様に見せることじゃな」
「そういうことじゃ、では倒していくぞ」
海野は言いつつだ、手裏剣を投げ続けた。水の傍に来た敵兵は中に引き込みその中で掻き切って倒していた。根津の刀は煌き敵兵を次次に倒している。
望月は拳で戦う、穴山は物陰からその彼を援護して鉄砲を放つがこの鉄砲がだった。
まさに百発百中で敵を倒す、望月はその彼の鉄砲を見て言った。
「相変わらず見事よのう」
「見事か」
「うむ」
その通りだというのだ。
「かなりな」
「そうか、しかしな」
「しかし?」
「そう言う御主もかなりのものじゃな」
拳だけでなく投げや蹴りまで使い素手で武器を持つ敵を倒していく望月に言うのだった。
「素手でそこまで戦えるか」
「これがわしの戦の仕方だからのう」
「素手が一番よいか」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「わしの場合はな」
「わしの鉄砲と同じか」
「撃つ間隔も短い」
普通の足軽の三分の一程だ、しかも狙いを外さない。
「相変わらず凄い腕だな」
「鉄砲はわしの身体の一部じゃ」
それだというのだ。
「だからじゃ」
「それ位はか」
「出来て当然じゃ、それではな」
「ここでじゃな」
「思い切り暴れるぞ」
「そうするか、二人でな」
こう話してだ、二人も敵をここぞとばかりに倒していた。そして。
筧が雷や火を放ちその威力だけでなく音でも敵を狼狽させているそこにだ、伊佐が入ってそうしてだった。
錫杖、鉄のそれを振り回し敵を倒していく。筧はその伊佐を見て言った。
「見事であるな」
「拙僧の錫杖が」
「うむ、右に左に暴れてな」
「いえ、これでもです」
「清海にはか」
「及びませぬ」
こう言うのだった、自分では。
「まだまだです」
「そう言うか」
「はい、兄上ならここでもお一人で、です」
「充分にというのだな」
「受け持たれますが拙僧は筧殿もおられてこそ」
筧が術で乱したそこに入ってようやく暴れられるというのだ。
「ですから」
「そう言うか」
「とてもです、まだまだ修行が必要です」
「修行が必要なのはそれがしも同じ、しかしな」
「ここは、ですね」
「二人で暴れてな」
「敵を乱しますか」
「そうしていこう」
こう言いつつだ、筧は敵陣に向けて右手の平を向けた。そしてそこから火の玉を出して敵兵を撃つのだった。
火があがり焼かれた敵兵は火だるまになり倒れてだ、他の兵達も狼狽しそこに伊佐が入り錫杖で攻める。十勇士達はここでも暴れている。
霧隠が霧を出した中でだ、由利は鎖鎌を振るう。そうしつつ自身は刀を振るい手裏剣を投げる霧隠に問うた。
「敵の場所はわかっておるな」
「御主と同じじゃ」
これが霧隠の言葉だ、二人は左右に並んで戦っている。
「見えずともな」
「気配でじゃな」
「充分にわかる」
それでというのだ。
「敵のな」
「ならよいがな」
「わしも御主もそこは同じじゃ」
「目だけ頼らぬな」
「殿にいつも言われおろう、目は大事だが目だけに頼るな」
「耳、鼻にな」
「気でもな」
「そうじゃな、よくわかるわ」
「霧で周りが見えず狼狽しておる」
霧隠が出した霧でだ、二人の周りは濃霧に包まれ。
由利が放った鎖鎌の分銅に額を割られた足軽が倒れ霧隠の刀で喉を貫かれた別の足軽が倒れていた。
霧隠は足軽に足をやって後ろに蹴りその要領で刀を抜いてから言った。
「その様な敵はな」
「倒すのはたやすい」
「このまま暴れると」
「わかっておる」
由利は鎌で傍の足軽の喉を切った、霧隠は今度は手裏剣で陣笠の下の額を貫く。そうして二人も果敢に戦う。
猿飛と清海は敵陣にそのまま飛び込み刀と木の葉、それに金棒で戦う。清海は金棒で敵兵を吹き飛ばしており。
猿飛は木の葉を手裏剣として投げてだ、刀を振るっている。
そうした敵陣で戦いつつだ、猿飛は清海に言った。
「どれだけ暴れられる」
「腹が減るまでじゃ」
「ははは、そう言うか」
「そう言う御主はどうじゃ」
「わしも同じじゃ」
笑ったままだ、猿飛は清海に答えた。
「腹が減るまでな」
「戦えるな」
「うむ」
その通りだというのだ。
「それまでは好きなだけ暴れられる」
「飯はさっき食ったばかりじゃ」
「握り飯美味かったのう」
「わしはたらふく食ったからな」
「今は好きなだけ暴れられるな」
「それも長くな」
「よし、ではどちらがより暴れられるかな」
「競うか」
「命を粗末にせずにな」
そのうえでというのだ。
「暴れようぞ」
「それではな」
言いつつだ、二人は戦い続けていた。
幸村は自ら軍勢を率いて戦っていた、馬に乗る彼は両手にそれぞれ十字槍を持ち縦横に振るっている。
幸村が槍を振るう度にだ、貫かれ斬られた敵兵が倒れていく。徳川の兵達はその彼を観て驚いて言った、
「な、何じゃあの者は!」
「あれが真田幸村か!?」
「何という強さじゃ!」
「まさに鬼じゃ!」
「鬼の様な男じゃ」
「このまま攻めよ!」
幸村は彼が率いる兵達に言った。
「切れ!そして突くのじゃ」
「そうしてですな」
「敵の動きを散々に乱す」
「そうするのですな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「だからよいな」
「わかり申した」
「それではです」
「このまま攻めて」
「そうして」
「次じゃ」
幸村は戦いつつ言った、赤い鹿の角を持つ鎧兜と陣羽織の中で。
「次の策に移るぞ」
「はい、では」
「ここは」
「そうしますか」
「そうじゃ、まずは我等は徹底的に攻める」
敵である彼等をというのだ。
「よいな」
「それでは」
兵達も応え幸村を先頭にして攻める、既に攻めにかかりきって周りを見ていなかった徳川方の軍勢は幸村の手勢の攻撃を受けて総崩れになった。
そしてだ、昌幸もここぞとばかりにだ。
「鉄砲だけでなくじゃ」
「うって出て、ですな」
「敵を追いやりますか」
「うむ、川まで追いやれ」
「そして川で」
「そこで、ですな」
「また策がある」
幸村と同じことを言った。
「それをするぞ」
「ですな、そうしてですな」
「敵を総崩れにしますな」
「徹底的にそうして攻めましょうぞ」
「全ては殿の思い通りですな」
「これが内府殿なら違う」
家康、彼ならばというのだ。
「あの御仁は城攻めには慎重じゃ」
「手堅く攻められますな」
「その為城攻めが下手とも言われますが」
「それは慎重であまり攻められぬ故のこと」
「城攻め自体はですな」
「わかっておられる」
そうだというのだ。
「そうした御仁なのじゃ、だからな」
「ここでもですな」
「こうして攻められませぬな」
「慎重にされる」
「そうされていましたな」
「やはり中納言殿はお若い」
翻って秀忠はというのだ。
「しかも初陣でじゃ」
「戦がわかっておられぬ」
「それが表に出ましたな」
「そしてその結果ですな」
「我等もこうして防げて、ですな」
「攻められますな」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「このままじゃ、ではな」
「はい、城からもですな」
「追い立ててやりましょう」
「そして川にまで追い立て」
「そのうえで」
「度肝を抜いてくれよう」
昌幸はにやりと笑った、そして兵達に槍や刀で切り込ませ真田家のお家芸である忍術も使わせた。すると。
「な、何じゃ!?」
「右から来たぞ!」
「左からもじゃ!」
「後ろからも来たわ!」
「何じゃこの攻めは!」
「どういう攻めじゃ!」
徳川方、城攻めを行っている彼等は忽ちのうちに大混乱に陥った。そしてそのうえでだ。
城の外の軍勢は幸村の手勢と十勇士達に攻められどうにもならなくなっている、秀忠はその状況を見て蒼白になった。
「どうしたのじゃ、急にどうにもならなくなったぞ」
「敵の伏兵です」
「そして城からうって出てきました」
「忍術も使ってきますし」
「それで乱れておるのです」
「そうか、これはまずい」
秀忠は狼狽したまま言った。
「一旦退き陣を整えよ」
「若殿、それはです」
榊原は秀忠のその言葉を聞き血相を変えて彼に言った。
「なりませぬ」
「どうしてじゃ」
「ここで退いては陣形が乱れたまま逃げてしまいます」
だからだとだ、榊原は歴戦の経験から話す。
「そうした状況で逃げては敵の思うままです」
「だからか」
「はい、それはなりませぬ」
「しかしそう言ってもじゃ」
秀忠は一転して攻め立てられる己の軍勢を見つつ榊原に言う、
「この有様では」
「ここは一旦踏み止まりです」
そしてというのだ。
「陣形を整え」
「そしてか」
「はい、退くことも攻めることもです」
そのうえでというのだ。
「致しましょう、ですが」
「今すぐはか」
「なりませぬ」
こう言って秀忠を止めようとする、しかしここは昌幸が一枚上でだった。彼は忍の者に命じた。
「すぐに敵の中に入りじゃ」
「そして、ですか」
「退きの法螺貝を鳴らせ」
徳川方のそれをというのだ。
「よいな」
「わかり申した」
徳川方の動きが乱れたままであるのを見てすぐに手を打った、そしてその退きの法螺貝の音を聴いてだった。徳川の兵達はすぐに動いた。
「退きじゃ!」
「退けとのことじゃ!」
「すぐに退け!」
「城攻めは止めじゃ!」
攻め立てられながらも逃げ出す、榊原はそれを見て今度は彼が血相を変えた。
「何っ、兵達が逃げておるぞ!」
「今しがた退きの法螺貝が鳴りました!」
「それで兵達が逃げております!」
伝令の者達がすぐに駆け付けて言ってきた。
「そのせいで」
「我等の軍勢が」
「今度はどうしたのじゃ」
自身の命を待たずに逃げはじめる軍勢を見てだ、秀忠はまた言った。
「一体」
「わかりませぬ、何者かが退きの法螺貝を吹きました」
「また真田の策か!?」
「わかりませぬ、ですが法螺貝の声は全軍に響きました」
だからだというのだ。
「これでは」
「もうか」
「はい、こうなってはどうしようもありませぬ」
こう秀忠に言った。
「ですから」
「そうか、ではな」
秀忠も頷いた、そしてだった。
彼は全軍に逃げる様に言った。その際彼は自ら殿軍を務めようとしたが榊原がそれを制した。
「それがそれがしが」
「しかしこうしたことも」
「御大将に何かあってはどうにもなりませぬ」
だからだというのだ。
「ですからここは」
「御主がか」
「はい、後詰はお任せを」
「済まぬな」
「有り難きお言葉」
こう秀忠に応えてだ、そのうえで。
榊原は秀忠と軍勢の殆どを逃がす為に自ら後詰となり戦う。そうして軍勢を逃すことに成功した。しかし戦はこれで終わりではなかった。
巻ノ八十一 完
2016・11・10