巻ノ八十六 剣豪
宮本武蔵と聞いてだ、根津が幸村に言った。
「宮本武蔵殿のことですが」
「うむ、随分荒削りとのことじゃがな」
「天下でも屈指の剣技の持ち主とか」
「その様じゃな」
「ではです」
根津はここで強い声になりさらに言った。
「それがし是非です」
「その宮本殿と会ってか」
「己の剣術を磨きたいです」
「宮本武蔵殿」
その彼の名をまず挙げた幸村だった。
「風魔小太郎殿も隠棲されておられ」
「あの御仁にですな」
「果心居士殿、前田慶次殿、百地三太夫殿、雑賀孫市殿、後藤又兵衛殿、村上武吉殿、そして最後に立花宗茂殿」
「その方々にですか」
「御主達はそれぞれ会うべきであろうな」
こう言うのだった。
「その術を磨く為にも。そして島津家か」
「あの家もですか」
「赴かれてですか」
「あの家は徳川家の敵じゃ」
こう看破していた、幸村は。
「紛れもなくな」
「関ヶ原で、ですな」
根津はこの戦のことを話に出した、家康が天下を握るに至った戦のことを。
「あの戦において激しく戦いましたな」
「最後の最後でな」
「何でも千六百の兵が六十に減るまで」
「そして退いたな」
「敵中を突破した退きですな」
「聞いたこともにない退きじゃが」
それでもと言う幸村だった。
「何とか逃れた、そしてじゃ」
「その関ヶ原からですな」
「島津家は一石も損じることなく今に至る」
「敗れた方の多くの大名がお取り潰しとなりましたが」
「それでもな、だからじゃ」
「ここは、ですか」
「うむ、徳川家もじゃ」
「島津家を警戒していますか」
「かなりな、だからじゃ」
「あの家は敵ですか」
「徳川家のな、これは毛利家もじゃ」
この家もというのだ。
「幕府にとっては敵じゃ」
「そうなりますか」
「それで遠いが薩摩にもな」
「行かれて」
「鍛錬を積みたい、薩摩はあの戦以降國境を一層固め余所者をいたく警戒しておる様じゃが」
「それでもですか」
「薩摩に赴きたい、拙者が話をすればな」
幸村自身がというのだ。
「必ずな」
「薩摩に入ることが出来ますか」
「そうじゃ、とかく時に備えてじゃ」
「我等はそれぞれ己を高める」
「そうしようぞ、それで宮本殿じゃが」
幸村はあらためて根津に彼の話をした。
「実はもう今おられる場所はわかっておる」
「そうなのですか」
「先程才蔵が戻って来た」
霧隠、彼がというのだ。
「あの者から聞いたわ」
「宮本殿のおられる場所を」
「今は姫路におられる」
その場所にというのだ。
「あの城で何かあったとのことじゃ」
「姫路城においてですか」
「大層な城が建ったがな」
「はい、白い実に見事な」
「その城と何かあったらしいがそれからな」
「姫路におられるのですか」
「そこで剣の修行をされているという」
「では」
「うむ、姫路に行ってじゃ」
そしてというのだ。
「御主の剣術をな」
「より高めるのですな」
「そうする、ではな」
「これよりですな」
「姫路に行くぞ」
二人でとだ、こう言ってだった。幸村は早速根津と共に九度山を出て真田の忍道を通って姫路まで向かった。真田の忍道を通ればすぐにだった。
姫路まで着いた、姫路は大坂程ではないが人が集まってきていて賑わおうとしていた。その姫路の街を見てだった。
根津は神妙な顔になりだ、己の前を進む幸村に言った。
「西国将軍でしたな」
「この城におられる池田殿はな」
池田輝政、七将の一人であった彼だ。関ヶ原の功でこの地に入ったのだ。
「そう呼ばれておる」
「何でも実禄は百万石だとか」
「そこまでなるらしいな」
「播磨は豊かですしな」
「うむ、実際にな」
「それだけの石高はですな」
「あるであろう」
百万石はというのだ。
「やはりな」
「左様ですか」
「そしてじゃ」
「百万石の城に相応しい」
「城下町になっておるな」
「そういうことですな」
「うむ、そしてじゃ」
ここでだ、幸村は前を見た。そこには姫路城があり天守閣が見える。二つの小天守を従えた五層七階の天守閣を見てだった。
幸村は唸ってだ、こう言ったのだった。
「噂通りな」
「はい、あの天守は」
根津もその天守を見て言った、白いそれを。
「見事ですな」
「大坂城のものも見事じゃが」
「はい、あの城のものもです」
「見事じゃ」
「全くですな」
「あの天守を見れば」
それはというのだった。
「来てよかったとも思う」
「この姫路に」
「そうじゃな、そしてじゃ」
「この姫路にですな」
「宮本殿がおられる」
「この街に」
「そうじゃ、今はある道場に住み込みでおられてな」
そうしてというのだ。
「修行中とのことじゃ」
「そうですか」
「そして仕官も願っておられるという」
「そういえば宮本殿は」
「うむ、浪人じゃ」
彼の身分はというのだ。
「まだな、だから関ヶ原では宇喜多殿の軍勢におられた」
「あの方の」
「そしてじゃ」
そのうえでというのだ。
「勝っておったらな」
「宇喜多様が」
「仕官されておったであろうが」
「そう思うと残念ですな」
「宮本殿にとってはな」
実にというのだった、根津に。
「あの方は実はな」
「志が」
「高い」
「だからこそですな」
「剣術を極めるだけでなくじゃ」
「ご自身もですな」
「身を立てたいのじゃ」
そう考えているというのだ。
「今のまま終わらず」
「仕官され」
「それも大きな藩にな」
「そうお考えだからこそ」
「今の立ち場では満足しておらぬ」
このことは間違いないというのだ。
「あの御仁はな」
「左様ですか」
「そうじゃ、そしてじゃ」
「その宮本殿と」
「今から会おうぞ」
「では」
根津は主に応えた、そしてだった。
二人で街中のある道場に入った、この時変装することも忘れていない。忍術のそれも使ってそのうえでだった。
道場に入りだ、幸村はこう言った。
「旅の浪人ですが」
「ふむ、何でござろうか」
出て来たのは初老の男であった、この道場の主と名乗った。
「この道場に」
「はい、一つ手合わせを願いまして」
それでというのだ。
「参りました」
「そうなのですか」
「この道場で腕の立つ方は」
「そうですな」
道場主の男は幸村と根津の目と身体つきを見た、そうして言ったのだった。
「それではです」
「貴殿がですか」
「それがしでは役不足でしょう」
こう言うのだった。
「お二人のお相手は」
「いえ、それは」
「わかります、お二人は共に相当な方ですな」
その腕がというのだ。
「ですから」
「貴殿ではですか」
「はい、とても」
こう言うのだった。
「ですから他の者にとです」
「そうされますか」
「実は今この道場に食客が一人いまして」
「食客ですか」
「はい」
そうだというのだ。
「その御仁を今から呼びますので」
「ではその御仁と」
「手合わせをということで」
「わかりました」
幸村は男に確かな声で応えた。
「さすれば」
「はい、これより」
「その方とお願いします」
こうしてだ、幸村達はその浪人と会うことになった。二人は男にまずは道場の中庭に案内された。道場では若い男達が何十人もいて稽古に励んでいた。
それを見てだ、根津は幸村に言った。
「どの御仁もです」
「熱心に鍛錬をしておるな」
「はい、そしてです」
「よい腕をしておるな」
「そう思います、ただ」
「我等程はな」
「到底ですな」
確かにいい腕をしているがというのだ。
「そうですな」
「うむ、強いことは強いが」
「それなりですな」
「免許皆伝までは至らぬ」
どの者もというのだ。
「まだな」
「左様ですな」
「はい、皆筋はいいのですが」
主もこう言うのだった、二人に対して。
「ですが」
「それでもですな」
「この道場のどの御仁も」
「免許皆伝とまではです」
「至っておらぬ」
「そうなのですか」
「まだ若いです」
どの者もというのだ。
「そしてそれがしはです」
「貴殿は、ですか」
「お二人のお相手をするには歳を取り過ぎました」
それでというのだ。
「ですから」
「そういう訳ですか」
「はい、お断りしました」
「そうでしたか」
「貴殿等は一体どういった修行を積まれたか」
こうもだ、主は言ったのだった。
「わかりませぬが相当ですな」
「十八般をです」
武芸のそれをとだ、幸村は答えた。
「それに若い頃より励んでいて」
「十八般全てにですか」
「はい」
まさにというのだ。
「そうしてきました」
「では相当な」
「それは」
「いえ、わかります」
主は幸村の謙遜を受けてこう返した。
「日々相当な鍛錬に励まれていますな」
「そう言われますか」
「はい、それならばです」
「貴殿ではなく」
「その浪人ならばです」
「相手になると」
「そう思います」
まさにというのだ。
「ですから今から」
「その浪人殿にですな」
「お会いして下さい」
こう幸村に言った。
「是非」
「それでは」
こうしてだ、幸村主従は宮本武蔵と会うこととなった。中庭への縁側に座っているのは大柄で引き締まった顔の無精髭のある荒削りなもののある顔の男だった。主はその男に対して声をかけた。
「宮本殿、宜しいか」
「何でござろうか」
男は微笑み主に応えた、眉は太く髪の毛も硬い感じだ。服は実に質素である。
「それで」
「実は貴殿に手合わせして頂きたい方々が来られまして」
「拙者と」
「はい」
そうだというのだ。
「それでこちらに案内致しました」
「左様でありますか」
「はい、宜しいでしょうか」
「そちらのお二人ですな」
男、宮本武蔵は主従を見て主に応えた。
「左様ですな」
「その通りです」
「ふむ」
宮本は二人を見た、そうしてあらためて言った。
「どうやらお二人共相当な武芸者ですな」
「おわかりですか」
「目と身体つきを見れば」
その二つからというのだ。
「わかり申した」
「左様ですな」
「このお二人は共にそれがしと同じ位の武芸の持ち主」
そうだというのだ。
「それだけに」
「拙者もそう思いまして」
主も言うのだった。
「貴殿にと思った次第です」
「ですか。それでは」
「お願い出来ますか」
「喜んで」
宮本は微笑みまた主に応えた。
「さすれば今より」
「ですか、それでは」
「お二人と手合わせを」
こう応えてだ、そしてだった。
宮本は主従と手合わせをすることとなった、宮本は二人と道場で対するとすぐにこう言った。
「実はこの道場では食客としてです」
「暫しですな」
「世話になっております」
こう幸村に話した、三人はまだ中庭にいる。そこの池や木々を見つつ話をしている。
「姫路城で少し」
「あったのですか」
「天守閣で、そしてです」
「そのことで、ですか」
「池田様に暫しいて欲しいと言って頂き」
「そうしてですな」
「ここにおる次第、そして」
幸村を見てだ、宮本は言った。その目の光を鋭くさせて。
「貴殿達は普通の方ではないですな」
「普通ではないとは」
「それがしは剣術だけと言っていいですが」
しかしというのだ。
「他にも様々な術を備えていますな」
「それは」
「いや、見ればわかること」
宮本は微笑んでこう返した。
「目と身体つきで」
「そうですか」
「特に貴殿は」
根津よりも幸村を見て言うのだった。
「かなりの気品をお持ちですな、大名かそのご子息か」
「そう言われますか」
「言葉は信濃の訛り。では」
「宮本殿、それ以上は」
根津がだ、すっと前に出て制止した。
「お願い出来ますか」
「いや、それがしもそうしたことはしませぬ」
「左様ですか」
「拙者と手合わせをしたくて来られたのですな」
「はい」
根津も幸村にはっきりと答えた。
「左様です」
「ではです」
「このことはですか」
「これ以上は聞きませぬ」
確かな声での返事だった。
「決して」
「さすれば」
「はい、これ以上は言いませぬ」
また約束をした。
「何があろうとも」
「そうして頂けば何よりです」
「では手合わせを」
「それがしもですが」
幸村は宮本にあらためて言った。
「実はこの者と特にです」
「そちらの方と」
「はい、お願い出来ますか」
宮本に対して頼んだ。
「その様に」
「そちらの方は剣術ですな」
宮本は根津をあらためて見て述べた。
「それも尋常ではない腕ですな」
「それも見てですか」
「はい、わかります」
幸村に答えるのだった。
「やはり目と身体で」
「そうですか」
「これだけの御仁、それがしもそうそう見たことがありませぬ」
吉岡一門等多くの者達と死闘を繰り広げてきた彼でもというのだ。宮本の生涯はまさに決闘の生涯であり多くの者達と戦ってきたがだ。
「どれだけの修羅場を潜り抜けてこられたか」
「わかりませぬ」
根津はにこりともせず答えた。
「それは」
「左様ですか、そこまで」
「剣に生きてきました」
「そしてですな」
「今後の為にです」
まさにそれが為にとだ、根津は宮本に言った。
「お願いします」
「わかり申した、主殿からの願いもありますが」
それと共にというのだ。
「喜んで」
「喜んで、ですか」
「はい」
まさにというのだ。
「そうさせて頂きます」
「それでは」
こうしてだった、宮本は根津と剣術の稽古をすることとなった。だがここで幸村は彼の剣術を見て唸って言った。
「ほう、それは」
「ご存知ですか」
「二刀流ですな」
稽古だから木刀だ、だが宮本は二本の木刀をそれぞれの手に持っている、そうして構えているのだ。
それを見てだ、幸村は言うのだった。
「明の書にもある」
「三国志演義等にですな」
「水滸伝にもありますな」
「あれを参考にした訳ではないですが」
そうした書の劉備や顧三娘等が両手にそれぞれ剣を持って戦っている、それをというのだ。
「しかしです」
「ああした様にですな」
「刀を使います」
「右手と左手でそれぞれ」
「そうした剣術を考えてまして」
「そしてですか」
「今それをです」
根津を見つつだ、幸村に言うのだった。
「この御仁、そして貴殿にもです」
「見せて頂けますか」
「そしてそれがしの剣術の全てを」
それもというのだ。
「お見せしましょう」
「さすれば」
根津は彼の剣術、一振りの木刀を両手で持った普通のそれで宮本と対峙しつつそのうえで宮本と幸村に応えた。
「これよりです」
「宜しいですな」
「お願いします」
「さすれば」
こうしてだ、両者は木刀で打ち合った。宮本は実際に二刀流で来る、根津はその彼に対して一刀で向かうが。
両者は五角だった、激しく長い時間打ち合うが五角だtった。そして。
一刻程そうしてからだ、休憩となった。宮本は汗を手拭いで拭きつつ共に休憩に入った根津に対して言った。幸村と三人で縁側に庭を前にして座ったうえでだ。
「いや、貴殿もかなり」
「腕が立つと」
「はい」
まさにというのだ。
「これはお見事です」
「そうですか」
「はい、隙がないですな」
「そう言って頂けますか」
「動き、特に攻めに」
根津の剣術はそうだというのだ。
「お見事です、ただ」
「ただとは」
「お動きは剣術だけではないですな」
このことも言うのだった。
「音がない、気配もさせない。まるで忍ですな」
「忍術ですか」
「それの持ち主ですな」
「多少は」
「そうなのですか、やはり」
「はい、嗜んでおります」
「ふむ、わかりました」
宮本は察したがここでもそれ以上は言わずに述べた。
「やはりそうでしたか」
「ではそれがしの剣は」
「剣術家の剣に加えて」
「忍術も入っていると」
「そう思いました」
「やはりそうですか、しかし」
「しかし?」
「それはよいですな」
宮本は笑って根津に言った。
「非常に」
「そう言って頂けますか」
「はい、 忍術は気配を消しますので」
「剣術と合わされば」
「これ以上はなく強いです」
「では」
「よいかと、特に戦の場では」
道場ではなく、というのだ。
「役立ちますな、しかし」
「しかしとは」
「戦はもうないのでは」
宮本は難しい顔でこんなことも言った。
「天下は急に穏やかになっていますし」
「そう思われますか」
「jはい、そうなれば」
宮本は難しい顔で話した。
「それがしとしましては」
「仕官がですか」
「それがなくなりますので」
それ故にというのだ。
「困ります」
「そうですか」
「せめて仕官が出来てから」
そうなってくれればとだ、宮本は苦い顔で言った。
「そうなって欲しいですが」
「それもですか」
「果たしてどうなるか」
「それは」
「泰平自体はいいにしても」
それ自体がだ、宮本もよしとしていた。彼にしてもそのこと自体はよくそしてこうも言ったのだった。
「仕官出来てからにしてもらいたいですな」
「宮本殿としては」
「そうです、せめて」
願って言うのだった。
「思います、しかし」
「それもですな」
「わからぬもの、若し泰平のまま終わるなら」
それならばとだ、また言った宮本だった。
「それがしも考えねばなりませぬな」
「近頃です」
幸村が言ってきた、彼が言うことはというと。
「天下に浪人が満ち溢れていますな」
「左様ですな」
「関ヶ原でお取り潰しになった家が多く」
「それで、ですな」
「多くの浪人が溢れています」
「その浪人達がどうなるか」
「それが問題です」
幸村は強い声で言った。
「まさに」
「実はそれがしも」
「同じですか」
「それがしは最初から浪人ですが」
何処かの藩にいた訳ではないというのだ。
「しかしです」
「浪人であるからこそ」
「はい、ですから」
「同じというのですな」
「左様です」
まさにというのだ。
「ですからこのままです」
「泰平となれば」
「やはり困りますな」
「左様ですか」
「戦があれば」
宮本はその目を強くさせて言った。
「その時は」
「すぐにでも」
「どちらかに馳せ参じて」
「戦われますか」
「そうします」
「そうお考えですか」
「貴殿は違いますか」
宮本は幸村に問い返した。
「それは」
「宮本殿と同じかと」
幸村はこう答えた。
「それは」
「やはりそうですか」
「はい、ですが」
「問題はですか」
「誰につくかといいますと」
「それは違いまするか」
「つく方、いえ仕える方は決まっております」
これが幸村の返事だった。
「既に」
「左様ですか」
「はい、その時は」
「志がおありですか」
「それ程大層なものかはわかりませぬが」
それでもというのだ。
「それがしはもうj決めております」
「そうなのですな」
「はい、あくまでその時が来ればです」
「戦になれば」
「そうします」
決めた相手に仕えてというのだ。
「それがしも戦います」
「そうされますか、では」
「はい、その時は」
「味方同士であればいいですな」
宮本は笑みを浮かべ幸村に言った。
「それがしそう思いました」
「敵に別れるのではなく」
「お二人共強いですからな」
実際に手合わせをしてみて、そして根津に技を授けたからこそわかることだ。だから宮本も言ったのだ。
「ですから」
「そう言われますか」
「非常に、ではその時は」
「はい、敵同士にならぬ様に」
「そのことを祈ります」
「さすれば」
「はい」
こうした話をだ、宮本はしつつだった。根津に彼の技をさらに教えていった。それは長く続いていたがある日のことだ。
道場にまた客が来た、宮本はその時も道場において根津と稽古をしていたが主からその話を聞いて問うた。
「それがしにですか」
「はい、その方はじかにです」
「それがしに会いたいと」
「ここにおられると聞いて参ったと」
「うむ、ではです」
宮本はその話を主から聞いて言った。
「その御仁のことをお聞きしたいですが」
「どうした方か」
「宜しいでしょうか」
「はい、すらりとした整った顔立ちで」
「ふむ、やはり」
「髷は奇麗に整え月代はなく」
主はその者の外見をさらに話した。
「見事な服を着られ背中には長い刀があります」
「やはりですか」
「ご存知の方ですか」
「ははは、腐れ縁です」
笑ってだ、宮本は言った。
「ほんの」
「その方とは」
「そしてそれがしとですな」
「お会いしたいと言われていますが」
「わかり申した」
これが宮本の返事だった。
「あ奴が来たならばです」
「宮本殿もですか」
「会わずにいられませぬ」
まさにというのだ。
「ですから」
「お会いになられますか」
「はい、ではこちらに」
「お通ししても宜しいですか」
「是非、出来ればです」
ここでだ、宮本は幸村達も見て言ったのだった。
「お二方にもお会いして欲しいので」
「だからですか」
「お通しして下され」
是非にという返事だった。
「お願い申す」
「さすれば」
主も応えてだ、その者を通す為に一旦戻った。そしてだった。
宮本は幸村と根津にだ、笑って言った。
「これからです」
「面白い方の様ですが」
「腐れ縁の者で」
先程言った通りにというのだ。
「何かと会い色々ある相手です」
「そうなのですか」
「どういう訳か」
こうも言うのだった。
「長きに渡ってです」
「縁がですか」
「ある相手で」
「今もですか」
「はい」
まさにという返事だった。
「左様です、それが為にです」
「宮本殿とも」
「よく会うのです、お互い天下を巡っていますが」
「まさに縁ですな」
幸村もその話を聞いて頷いた。
「それはまた」
「それがしもそう思います、では」
「これよりですな」
「その者にお会い下され、しかし」
「しかし、ですな」
「そ奴とは何時か決着をと考えています」
笑ってだ、宮本は言った。
「小次郎殿とは」
「生死を賭けた」
「立身と共にです」
「決着もですか」
「何時かはと考えています」
「成程、宮本殿は剣士ですな」
幸村は宮本の本質がわかった、彼はあくまでそれであるとだ。
「剣に生きられ剣に死なれる」
「そうした運命でしょうか」
「そう思いました、では」
「これよりです」
その佐々木小次郎と会うというのだ、実際にだった。
幸村のところに面長で色白そして背中に長い刀を背負った大きな長身の剣士が着た。身なりも傾奇者程派手ではないが立派だ。年齢は宮本と同じ程か。その者も幸村主従の前に姿を現したのだった。
巻ノ八十六 完
2016・12・14