巻ノ八十七 佐々木小次郎
その男佐々木小次郎は宮本と幸村そして根津の前に案内されるとだ、まずは宮本を見て不敵な笑みを浮かべて言った。
「ははは、やはりな」
「うむ、わしは今ここにおる」
「気配でわかったわ」
佐々木は宮本に笑って言うのだった。
「貴殿がおるとな」
「わしも貴殿が来ると思っておった」
宮本も佐々木に笑って言う。
「ここでも会うとな」
「それだけ我等の縁が強いということだな」
「そうだな、しかし」
「お互い会いたくて会っておる訳ではないしな」
「嬉しくはない」
「全くだ」
こう二人で言い合うのだった、だが二人は笑ったままだった。
そしてだ、宮本は佐々木を手で指し示しつつ幸村達に彼を紹介した。
「この者がです」
「佐々木小次郎殿ですな」
「それがしが先程お話した」
「そうなのですな」
「はい」
まさにというのだ。
「そうなのです」
「その背中の刀をですな」
「これがそれがしの得物です」
佐々木は幸村にも語った。
「この刀を使った剣術は天下一ですぞ」
「何を言う、わしの二刀流が天下一じゃ」
宮本は佐々木に対抗する様に言った。
「御主のその刀ではじゃ」
「勝てぬというのじゃな」
「最後に勝つのはわしじゃ」
「それはわしじゃ」
「ではここでそれを確かめるか」
「決着をつけるか」
「そうするか」
お互いに不敵な笑みを浮かべて言い合う、しかしだった。
その二人にだ、幸村は笑って言った。
「いやいや、ここで決着をつけてもいいでしょうが」
「よりよき場がある」
「我等がそうすべき場所は」
「そう思いまする、どうもお二人には決着をつけられる場所もです」
「そうした場があるので」
「今はですか」
「はい、自重されてはどうでしょうか」
こう二人に言うのだった。
「今は」
「ふむ、貴殿がそう言われるのら」
「それならば」
宮本も佐々木も幸村の穏やかだが威厳があり諭す様な口調を受けて矛を収めようと思った。不思議と幸村の言葉にそうしたものを感じてだ。
幸村にだ、こうそれぞれ言ったのだった。
「その様に致します」
「今は」
「その様にして頂けますと」
「それでなのですが」
今度は根津が佐々木に声をかけた。
「佐々木殿の剣は」
「はい、何か」
「一度見てみたいのですが」
「手合わせをですか」
「お願いしたいのですが」
「はい、それでは」
佐々木は笑って根津に応えた、そうしようとしたがここでだった。
ふとだ、佐々木はその目を鋭くさせて辺りを見回して言った。
「そうしたかったのですが」
「これは」
根津も言う、宮本と幸村も気配を察して表情を変えていた。それで幸村はそこにいた自身を含めた四人に言った。
「外に出ましょう」
「それがいいですな」
「外で何かありました」
「これはすぐに出て」
「まずは何事かを確かめ」
そしてというのだ。
「我等に出来ることなら」
「はい、すぐにですな」
根津が幸村に応えて述べた。
「その出来ることをしましょう」
「その通りじゃ、では行こうぞ」
こう言ってだ、幸村は三人を連れて道場の外に出た。すると後から主も道場にいる他の者達も出て来た。そして外を見ると。
ならず者達が暴れていた、幸村はその彼等を見て言った。
「ふむ、これは」
「殿、いけませんな」
根津が幸村に剣呑な顔で言ってきた。
「やはり」
「うむ、これはな」
「すぐにですな」
「何とか収めよう、刀を抜いておる者も多い」
幸村も根津に応えて言う。
「だからな」
「はい、今より」
「ここは我等二人で収めます」
幸村は宮本と佐々木だけでなく主や他の道場の者達にも言った。
「ですから」
「お二人で、ですか」
「はい」
幸村は自分の言葉に驚く道場主に答えた。
「そうさせて頂きます」
「二十人以上が暴れていますが」
「いえ、それ位ならです」
「お二人で、ですか」
「行かせて頂きます、そうですな」
幸村はさらに言った。
「それぞれの木刀の一本でもあれば」
「足りますか」
「左様です」
「まことにそれで宜しいのですか」
「お任せ下さい」
幸村の返事は変わらない、そしてだった。
あくまで真剣を持たせようとする主や道場の者達を止めてだ、木刀を受け取った。それは根津もであり。
根津にだ、こう言ったのだった。
「行くぞ」
「はい、それでは」
根津も余裕のある顔で応えた。
「そうしていきましょう」
「ではな」
「ふむ、確かに」
宮本は平然と笑みさえ浮かべて言った。
「お二方ならです」
「大丈夫だとですな」
「はい、絶対に」
「お二方なら」
佐々木も言う、言いつつ妙に宮本と張り合っている感じが出ている。
「安心出来ます」
「小次郎殿もおわかりですか」
「はい、ですから」
「安心してですな」
「お二人を送れます」
そうだというのだ。
「ただ、相手に怪我なぞささぬ様に」
「幾ら暴れていても」
「貴殿達の相手ではないので」
「戦の場でもないので」
「だからですな」
「手荒なことはしませぬ」
刀や薙刀、金棒まで持ち出しての大喧嘩であるがだ。
「ではこれより止めて参ります」
「さすれば」
佐々木とも話をしてだ、そしてだった。
幸村と根津は木刀をそれぞれ一本だけ持ってだ。そのうえでだった。喧嘩をしているならず者達のところに来て声をかけた。
「御主達止めるのだ」
「?何だ一体」
「一体何だってんだ?」
「喧嘩なぞするものではない、そうしたことは道場で作法を守ってするものだ」
腕を振るうことはとだ、幸村は根津を従えたうえでならず者達に言った。
「ましてや周りに人がいる中で光るものなぞ出すものではない」
「そんなこと聞けるか」
「わし等にも意地があるわ」
「ここで決着をつけてくれるわ」
「今日こそはな」
「だから邪魔をするな」
「邪魔をすると御主達から倒すぞ」
「話は後で聞くがそこまでいきり立っているなら仕方がない」
幸村も言う。
「ならばじゃ」
「はい、殿」
根津が幸村に応えた。
「やはりこうなりましたな」
「そうじゃな、ではじゃ」
「これよりですな」
「少し大人しくしてもらおう」
「そうしましょう」
「何言ってんだ、こいつ等」
ならず者達は幸村のその言葉を聞いてだ、二人を囲んでそれぞれ言った。
「この数をどうして止めるんだ」
「喧嘩の前に手前等を叩きのめしてやる」
「邪魔をするなら容赦しないって言ったな」
「ならそうしてやる」
「覚悟しやがれ」
こうそれぞれ言って二人に挑みかかってきた、刀や金棒を手に。だが。
二人は音もなく動いてだ、風の様に流れる動きでだった。
二十人以上いるならず者達の手や脛、みぞおち等を木刀で打ってだ、そうしていき瞬く間にだった。
全てのならず者達をのしてしまった、そして痛みで蹲る彼等に言った。
「さて、では話を聞こうな」
「なっ、まさか」
「二十人以上いたというのに」
「そのならず者達を僅か二人で」
「瞬きする間に全て倒すとは」
見た者は皆唖然としていた、だが宮本と佐々木だけは言った。
「ふむ、やはりな」
「この程度のことはされるか」
「これはわし並の武芸者」
「よいものを見せてもらった」
笑みを浮かべて言うのだった。
そして幸村は自分達が倒したならず者達にあらためて声をかけ武器を放させたうえでお互いの話を聞いた、そのうえでだった。
話を無事に収めた、そのことにならず者達も驚いて言った。
「何と、そうすれば確かに」
「争う理由はありませぬな」
「お互いに半々に分ける」
「そうすればいいですな」
「左様、偶数の日の賭場はそちらが使い」
右側にいるならず者達に告げた、そして左側にいるならず者達にも告げた。
「奇数の日はそちらが使う」
「どちらか一方ではなく」
「両方が使えばですな」
「問題はない」
「しっかりと決めてですな」
「賭場の寺の僧侶には拙者からも話しておこう」
その開く場所の話もするのだった。
「その様にな」
「そこまでして頂けますか」
「何から何まで」
「いや、有り難い」
「しかも誰も怪我をしておりませぬ」
「ただ急所を打っただけで」
「こうしたことで怪我をさせぬ」
ましてや命を奪うこともだ、幸村は笑みを浮かべ答えた。
「戦の場でもないとな」
「左様ですか」
「だからですか」
「そうされたのですか」
「そうじゃ」
まさにというのだ。
「最初からそのつもりはなかった」
「いや、完敗です」
「そこまでの方とは」
「いや、我等の相手ではありませんでした」
「何とお見事か」
「これからはつまらぬ喧嘩なぞせず」
幸村は彼等にこうも言った。
「話を第一としてな」
「ことを収める」
「それがよいのですな」
「無闇に刃物なぞ出さず」
「そうしていけば」
「心を常に安らかにもしてな」
そのうえでというのだ。
「そうしてくのじゃ、わかったな」
「わかり申した」
「我等も感服しました」
「これからは賭場もそうしていきます」
「話を第一として」
ならず者達は幸村に誓った、そうしてだった。
幸村は根津を連れて道場の者達の方に戻った、するとまずは主が感服した顔と声でこう幸村に言ったのだった。
「お見事です」
「そう言って頂けますか」
「まことに。まさかあの様に収められるとは」
こう幸村に言うのだった。
「しかも僅かお二人で」
「拙者ならば」
宮本も唸って言った。
「抑えることは出来ても」
「それでもですか」
「怪我はさせます、いえ怪我どころか」
それ以上のこともというのだ。
「何人かしても気にしませぬので」
「その様に動かれますか」
「ああした者達でも」
「拙者もです」
佐々木も言うのだった。
「怪我をさせぬ様気をつけることはしませぬ」
「出来てもですな」
「そこまで考えませぬ」
宮本と同じくそうするというのだ。
「一切」
「そうなのですか」
「全く、しかし貴殿は違いました」
「これがこの方なのです」
根津は幸村の素性を深く今以上に察せられることを怖れてあえて幸村を殿と呼ばずこう呼んだのだった。この方とである。
「出来るだけ相手はです」
「怪我をさせぬ」
「そうされるのですか」
「こうした時は。無駄な殺生も好まれず」
「怪我を負わせることさえも」
「好まれぬのですな」
「左様です」
それが幸村だというのだ。
「そうした方なのです」
「仁のお心が強いのですな」
宮本は根津の言葉を聞いてこのことを察した。
「そうなのですか」
「そうなのです、拙者達にもです」
それこそというのだ。
「いつもお優しく」
「成程」
「我等いつも大事にしてもらっております」
「よく方に仕えておられると」
佐々木は根津にこう問うた。
「そう思われていますか」
「心から」
「それは何より」
「若しもです」
根津は宮本と佐々木にあえて言った。
「お二方がこの方にお仕えしたいなら」
「それならばですか」
「お仕えされてはと」
「そうされてはどうでしょうか」
こう誘うのだった。
「お二方さえよければ、禄は今はないですが」
「いや、禄よりもです」
宮本は笑ってだ、根津にこう答えた。
「拙者はこちらの方にお仕えしていい方ではないですな」
「拙者もです」
佐々木も笑って言う。
「どうも我が強く」
「貴殿の様に忠実に仕えられませぬ」
「ですから折角の申し出ですが」
「お断りさせて頂きます」
「左様ですか」
「はい、お気持ちだけ頂きます」
「その様に」
こうそれぞれ言う、根津もそれを受けてそれ以上は誘わなかった。そしてその話の後でだ。幸村主従は姫路を後にすることにしたが。
そこでだ、佐々木は宮本に言った。
「ではわしもな」
「これでか」
「うむ、去る」
そうするというのだ。
「旅を続ける」
「そうするか」
「そしてじゃ」
「うむ、時が来ればな」
「その時に決着をつけようぞ」
宮本に不敵な笑みを浮かべて言った。
「是非な」
「望むところ。ではな」
「それに相応しい場所でな」
「そうしようぞ」
「ではな」
こう話してだ、佐々木も去った。主従は彼とも別れの挨拶をし宮本とも道場の者達とも別れの挨拶をしてだった。
九度山への帰路についた、その時にだ。根津は幸村に言った。
「実はならず者達を抑える時に」
「宮本殿に教えてもらった剣術をじゃな」
「使いました」
そうしたというのだ。
「実際に」
「そうであったな」
「おわかりですか」
「うむ、剣術がじゃ」
まさにというのだ。
「前よりも鋭くなっておった」
「だからですな」
「拙者もわかった」
そうだったというのだ。
「あの時にな」
「そうでしたか」
「よいことじゃ」
幸村は笑ってこうも言った。
「早速身に着けるとはな」
「左様ですか」
「そうじゃ、宮本殿の剣術はよかった様じゃな」
「一刀と二刀の違いがありましたが」
それでもとだ。根津は幸村に話した。
「宮本殿の太刀筋は素晴らしいものでしたので」
「御主も参考になったか」
「非常に」
「それでか」
「はい、太刀筋に早速出ていたと思います」
「わかった、ではじゃ」
根津の話を聞いたうえでだ、幸村は言った。
「これからはな」
「その備えた剣術を」
「戦の場で使うのじゃ」
「そのつもりです」
「これで御主はさらに強くなった」
幸村はこうも言って微笑んだ。
「よいことじゃ」
「全くです」
「これから修行を積もうぞ」
「殿もですか」
「当然じゃ、拙者も強くなくてどうする」
こう根津に返した。
「戦の場で働けぬ」
「だからですな」
「これからも強くなる」
また言った。
「そうなる」
「左様ですな」
「うむ、しかしな」
「しかしとは」
「戦にまたなると思うが」
それでもとだ、幸村はこんなことも言った。
「若しやな」
「戦にならぬやもですか」
「そうなるやも知れぬ」
「その場合は」
「我等は九度山でな」
まさにあの山の中でというのだ。
「生涯を終えることになる」
「そうなりますか」
「ただ修行だけをしてな」
「そして技だけをですな」
「極めるやも知れぬ」
「そうなるやもですか」
「知れぬ。それはどうもな」
幸村はその場合についてはだ、どうかという顔で述べた。その顔に彼の考えがそのまま出てしまっていた。
「拙者もな」
「受け入れ難いですか」
「やはり世に出たい」
こう言うのだった。
「そしてまた一働きしたい」
「そのうえで」
「武士の道を極めたい」
これが幸村の考えだった。
「そう考えておる」
「やはりそうですか」
「星を見るとじゃ」
幸村は根津にこのことからも話した。
「また戦になりそうじゃが」
「しかしですか」
「それがないとな」
「我等はこのまま」
「生涯を終える」
九度山の中でというのだ。
「そうなるかも知れぬ」
「そうなることは」
「御主も嫌じゃな」
「拙者だけでなく」
根津も幸村に応え述べた。
「十勇士の他の者達もです」
「同じじゃな」
「そうだと思いまする」
「やはりそうか」
「殿と共に世を出て」
そしてというのだ。
「働きたいです」
「そうじゃな、どれだけの技を備えたか」
「己が知り天下にもです」
「見せたいな」
「左様ですな」
「確かに禄や官位はいい」
そうしたものにはだ、やはり幸村も十勇士達も興味がない。だがそれでも己の力を見せたいという願いはあるのだ。
だからだ、今もこう言うのだ。
「しかし武士の道の歩みを」
「是非ですな」
「天下に見せたい、しかし戦のないまま泰平で進めば」
それもというのだ。
「民達が苦しまぬ」
「それはよいことですな」
「所詮己がことじゃ」
そうだとわかっていてだ、幸村は言うのだ。
「拙者の願いはな」
「我等もまた」
「戦になれば巻き込まれる者にとっては難儀な話じゃ」
「これ以上はなく」
「そうした者達にとっては迷惑以外の何者でもない」
「だからですな」
「戦がないまま泰平になれば」
それはというのだ。
「民達にとっても天下にとってもな」
「よいことですな」
「その通りじゃ、しかしそれでも思う」
己のその考えに浅ましさも感じてだ、幸村は自嘲して言った。
「拙者は悪い者じゃ」
「いえ、殿は」
根津はその幸村にすぐに言った。
「決して」
「そうではないか」
「はい、殿程の方はです」
それこそというのだ。
「天下に二人とです」
「おらぬか」
「はい」
まさにというのだ。
「だからこそ我等もです」
「共にいてくれるか」
「そうなのです」
「御主達だけじゃな、拙者をそこまで言ってくれるのは」
「滅相もない、殿だからこそです」
根津は真剣に述べた。
「何度も申し上げますが」
「御主達にとってはか」
「はい、我等は禄も地位もいらぬ」
「ただ己の武芸を極め道を歩みたい」
「そうした者達ですから」
「拙者の様なか」
「求道の方こそと思ったのです」
つまり類は友を呼ぶということだった、根津が幸村に話すのはこのことだった。そのことを話してだった。彼等は九度山に入った。根津は九度山でも剣技を磨くが。
その剣技を見てだ、他の十勇士達も唸った。
「太刀筋だけでなくな」
「前以上に気で切っておるな」
「太刀に気を宿して切る、か」
「時には鎌ィ足も作って」
「うむ、そうしてじゃ」
稽古で鎧を居合で両断してだ、根津は言った。鎧を両断したというのに刃こぼれ一つしていない。それも気を込めているからだ。
「切っておる」
「間合いを離してもじゃな」
「そうして切るか」
「太刀だけで切るのではない」
「気や鎌ィ足でもか」
「それでも切るか」
「太刀を素早く動かせばな」
それでというのだ。
「風が出来る、それが鎌ィ足じゃな」
「そしてその鎌ィ足を飛ばしてか」
「そうして前のものを切る、か」
「そうすれば刃は落ちぬ」
「そういうことか」
「うむ、人をどうしてもじゃ」
刀、それでというのだ。
「脂や血が付くな」
「骨を切れば刃こぼれする」
「どうしてもな」
「それはどうにもならぬ」
「普通に切ればな」
「それでわしも考えた、宮本殿にも稽古をつけさせてもらってな」
そして彼の太刀筋を知ってというのだ。
「刃で切るよりもじゃ」
「気や鎌ィ足でか」
「それで切った方がよい」
「戦の場では」
「そうなのじゃな」
「普通の刀では二人か三人、しかし我等の戦は何十人じゃ」
一人でそれだけを一度に相手にするというのだ。
「そうした戦だからな」
「だからか」
「多くの敵を倒す為に」
「気も鎌ィ足も使う」
「そういうことか」
「その通りじゃ、これまでもそうであったが」
確かにその通りだ、根津の剣術は前から気や鎌ィ足を使うものだった。そうして戦の場で戦ってきたのである。
しかしだ、これからはというのだ。
「これまで以上にな」
「そうするのか」
「気をよく使い」
「鎌ィ足もか」
「それも使うのか」
「そうじゃ、気もこれまでより出しやすくなった」
練ってそしてというのだ。
「鎌ィ足もな」
「それだけ力が上がった」
「剣術家としてじゃな」
「それ故に出来る様になった」
「そうのじゃな」
「その通りじゃ、剣術の修練を続けてな」
宮本と稽古もしてというのだ。
「それが出来る様になった」
「成程のう、それでか」
「それでそうなったか」
「だからか」
「前よりも強くなった」
「そういうことか」
「そうじゃ、そしてじゃ」
根津は義兄弟達にさらに言った。
「御主達もじゃ」
「うむ、天下の豪傑達とそれぞれ会い」
「殿と共にな」
「己の技を磨き」
「さらに強くなり」
「時が来た時に備える」
「そして時が来れば」
まさにとだ、十勇士達もそれぞれ言った。
「戦うということじゃな」
「その力を以て」
「殿と共に働く」
「そうするのじゃな」
「そうじゃ、戦うぞ」
まさにというのだ、根津はまた義兄弟達に言った。
「共にな」
「そうじゃな、では次に誰が行くか」
「それはわからぬが」
「行ったその時はな」
「さらに強くなるか」
「今以上に」
「そうなろうぞ、そして間違ってもな」
それこそとだ、根津は他の十勇士達にこうも言ったのだった。
「途中で死ぬでないぞ」
「死ぬ時は共に」
「殿と共にじゃな」
「我等十人共」
「そう誓い合ったからな」
「その通りじゃ、だから何があっても死ぬな」
それこそというのだ。
「そのこと言っておくぞ」
「わかっておる」
「誰が死ぬものか」
「わし等は共に死ぬと決めた」
「殿と同じ死に場所じゃ」
「それは決めておるからな」
だからこそというのだ。
「よいな」
「わかっておるわ」
「では死なぬ為にも」
「より強くなるか」
「絶対にな」
こう彼等に言うのだった。
「よいな」
「そうじゃな、殿と共に戦いたい」
「そうしたいのならな」
「わし等も強くならねば」
「絶対にな」
「そういうことじゃ、では飯にするか」
根津はこの話もした。
「そろそろ昼飯時じゃ」
「うむ、殿のところに行って」
「そうするか」
「やはり飯を食わねばな」
「どうにもならぬわ」
「そうしようぞ」
こうしてだ、彼等は幸村のところに行って飯を食った。この日の昼飯は米に稗や粟それに山菜やら魚の肉を入れた雑炊だった。
その雑炊を食いつつだ、幸村は話した。
「豪傑の方々に会うにしても」
「はい、天下にですな」
「豪傑の方はそれぞれおられますな」
「だからですな」
「天下を巡ることにもなる」
「そうなのですな」
「そうじゃ、例えば前田慶次殿は今は米沢におられる」
かつて幸村が会った天下無双に傾奇者はというのだ。
「あの地にな」
「そういえばあちらに迎えられたのですな」
「上杉家の方に」
「上杉家が大幅に禄を減らされてから」
「直江殿にお声をかけられて」
「米沢に入られましたな」
「頭を一度剃られたそうじゃな」
慶次のこの話もだ、幸村はした。
「しかしじゃ」
「今はですな」
「髪の毛も戻られて」
「前の様にですか」
「傾いておられますか」
「その様じゃ、そして後藤殿はな」
後藤又兵衛、彼はというと。
「近頃ご主君の黒田殿と特に折り合いが悪く」
「前からそうした話はありましたが」
「近頃ですか」
「特にですか」
「折り合いが悪く」
「それで、ですか」
「出奔するやも知れん」
そうした話が出ているというのだ。
「どうもな」
「それは大殿からですか」
「聞いたお話ですか」
「父上も色々と天下を見ておられて拙者もな」
幸村自身もというのだ。
「調べておってな」
「前田殿や後藤殿のことを」
「ご存知なのですか」
「そうじゃ、お二方のことは父上からではなく拙者が調べてじゃ」
「ご存知になった」
「そうなのですか」
「うむ、わかった」
実際にというのだ。
「お二方のことはな」
「左様でしたか」
「では、ですな」
「お二方についても」
「さらに調べて」
「お伺いするのですな」
「そう考えておる、次に赴くのは」
その豪傑はというと。
「まだ決めておらぬが」
「またですな」
「すぐに赴いて」
「そして、ですな」
「教えを乞いますか」
「そうする、我等は今以上に強くなり」
主従十一人全てがというのだ。
「そしてじゃ」
「時が来れば」
「戦いますか」
「思う存分」
「そうするとしようぞ、それと伊賀者は」
彼等についてもだ、幸村は話した。
「まだじゃな」
「はい、代わり代わりにです」
「九度山の方に来ております」
紀伊の藩主浅野殿よりもです」
「伊賀者の目が光っております」
「浅野殿は我等に対して優しい」
幸村はかつて七将の一人だった彼についても話した。
「我等が関白様と縁があったからな」
「ついついですな」
「我等に情けをかけられて」
「そのうえで、ですな」
「見張りも緩やかなのですな」
「そうなのですな」
「うむ、しかしじゃ」
浅野家はそうだ、だがというのだ。
「伊賀者は違う」
「徳川殿の家臣ですし」
「それで、ですな」
「我等を見る目も厳重ですな」
「そうなのですな」
「そうじゃ、若し何か見付ければ」
幸村達が彼等もっと言えば徳川幕府にとって不審な動きを見せればだ。
「すぐにじゃ」
「何かしてくる」
「そうなのですな」
「そうじゃ、だからな」
そうしてくるが故にというのだ。
「くれぐれもじゃ」
「はい、そうしたへまはしませぬ」
「我等もです」
「そこは決してです」
「しませぬ」
「ご安心を」
「その様にな、さもないとじゃ」
それこそというのだ。
「見付かってじゃ」
「厄介なことになる」
「殿の言われる通り」
「だからこそ」
「拙者も気をつける、だから御主達もじゃ」
「そうします」
「くれぐれも」
彼等も幸村に述べた。
「見付からぬ様に」
「そうしていきます」
「伊賀者達が常にいますが」
「それでも」
「その様にな。これまで伊賀者とは何もなかったが」
特にだ、いざかいの類はというのだ。
「これからはわからぬ」
「そうですな、どうしても」
「我等にしましても」
「今は流罪の身ですから」
「そこで下手に動いては」
「やはりいざかいとなりますな」
「伊賀者達とも」
「だからじゃ、見付からぬ様にしてだ」
そうしてというのだ。
「出入りする様にな」
「そうしていきます」
「是非共です」
「そしてそのうえで」
「天下を見て回りますし」
「修行もします」
「その様にな。こうして山に入れられたがやることは多い」
実にとだ、幸村はこうも言った。
「それを一つ一つしていこうぞ」
「はい、この山にいる間にも」
「鍛錬も積み」
「より強くもなります」
「頼んだぞ」
幸村は十勇士達に笑って告げた、そうした話をしてだった。彼等は山の中に流罪となった身だったが充実した日々を過ごしていた。彼等がそうした日々を過ごしている間に。
天下は動いていた、都にはある者がいた。
実に男らしい顔立ちと体格の男がいたがだ、彼は周りにいる者達に言っていた。
「だから今はじゃ」
「はい、時ではない」
「だからですな」
「我等もここには来ずに」
「それぞれの暮らしをしていろと」
「そうじゃ」
その男長宗我部盛親は言うのだった、かつての家臣達に。
「御主達が出奔してまでわしのところに来たのは有り難いが」
「それでもですか」
「時を待て」
「それまでは大人しくしていよ」
「その様にですな」
「そうしていよ、時は来る筈じゃ」
長宗我部はその目を鋭くさせて言った。
「だからな」
「はい、時が来れば」
「その時は」
「殿の前に馳せ参じ」
「そうしてですな」
「戦うぞ、そしてお家を再興する」
長宗我部は強い声で言った。
「長宗我部をな」
「ご領地は土佐ですな」
「やはりあの地ですな」
「あの国に返り咲く」
「そうされますか」
「あの国以外にはない」
土佐、その国以外にはとだ。長宗我部も言った。
「そうであろう」
「はい、我等の国といえばです」
「まさにあの国です」
「土佐です」
「土佐以外にはありませぬ」
「だからじゃ」
それ故にというのだ。
「それははっきりと言う」
「その時が来たならば」
「まさに」
「うむ、しかし今都はじゃ」
彼等がいるこの町はというと。
「もう幕府の目が行き届く様になっておる」
「かつての六波羅探題の様にですな」
「所司代という役職がもうけられていますな」
「板倉殿が入られて」
「もう目が光っていますな」
「板倉殿は出来た方じゃ」
長宗我部はこのこともわかっていた、それもはっきりと。
「だからじゃ」
「こうして集まっていれば」
「まさにすぐにですか」
「気付かれてしまう」
「だからですな」
「散るのじゃ」
そうせよというのだ。
「わかったな」
「はい、わかりました」
「今気付かれては厄介ですし」
「時が来たならば」
「その時に」
「そうせよ。それとじゃが」
長宗我部はかつての家臣達にさらに言った。
「お拾様と千姫様が夫婦になられたな」
「はい、先日」
「そうなられましたな」
「目出度いことに」
「そうなりましたな」
「これで右府殿はお拾様の外祖父になられた」
このことを言うのだった。
「これは大きいぞ」
「お拾様の後見も出来る」
「そういうことですな」
「何か意見も出来ますし」
「大きいですな」
「そうじゃ、だから転封もじゃ」
これもというのだ。
「言える、幕府は大阪が欲しい」
「あの地をですか」
「どうしてもですな」
「右府殿は欲しい」
「そうなのですな」
「しかし豊臣家についてはじゃ」
この家についてはどうかというと。
「実はじゃ」
「どうでもいいと」
「そうなのですか」
「わしはそう見ておる」
こう家臣だった者達に言った。
「だから豊臣家が他の国に移ればじゃ」
「摂津、河内、和泉を手放し」
「そのうえで、ですか」
「他の国に移られれば」
「それで、ですか」
「よいと思われている」
これが家康の考えだというのだ。
「実は多くのものは求めておられぬのじゃ」
「そうなのですか」
「豊臣家に対して」
「そこまではですか」
「求めておられませぬか」
「うむ、しかしな」
それでもとだ、長宗我部はこうも話した。
「それを豊臣家、もっと言えばな」
「茶々殿ですか」
「あの方がですか」
「そのことをおわかりか」
「それが、ですか」
「それが問題なのじゃ」
まさにというのだ。
「あの方はとかく気位が勘気の塊であられるが」
「政のことはご存知ない」
「そして戦のことも」
「そうしたことはですな」
「まさに一切ですな」
「ご存知ない、わしも大坂におったことがある」
父である元親についてだ、それで大坂に行ってそのうえで茶々とも会ったことがあるのだ。
「しかしな」
「それでもですな」
「あの方を拝見しますと」
「どうしてもですか」
「何もかもをですか」
「おわかりになってないしご存知ない」
つまり全く何の役にも立っていないというのだ、こうしたことについては。
「逆におられるだけでじゃ」
「厄介ですか」
「そうした方ですか」
「あの方は」
「そうした方が大坂の今の主じゃからな」
それでというのだ。
「大納言様がおられれば。せめて関白様がおられれば」
「何とかなる」
「左様でしたか」
「まだ豊臣家の天下であっただろう」
秀長、最悪でも秀次がいればというのだ。
「しかしどの方もおられぬからな」
「茶々殿がおられ」
「あの方が大坂の主だからこそ」
「右府殿のそうしたお考えもですか」
「おわかりになられぬ」
全く、というのだ。
「だからな。大坂から出られぬ」
「大坂から出られぬのでは」
「どうしてもですな」
「右府殿としても引き下がれぬ」
「どうしても大坂が欲しいからこそ」
「それではどうなるかわかるな」
長宗我部はまたかつての家臣達に言った。
「天下は」
「はい、茶々殿がどうにかならねば」
「このままでは、ですか」
「戦になりますか」
「再び」
「そうなるであろう。そしてその時こそじゃ」
まさにというのだった。
「わかったな」
「その時こそですな」
「我等が動く時」
「そうなのですな」
「その時まで生きよ」
強い言葉で告げた。
「わかったな、わしも生きる」
「はい、そう致します」
「ではその時こそ」
「我等馳せ参じます」
「必ずや」
「今は己の身を保て」
そうして生きろというのだ。
「わかったな」
「そう致します」
かつて土佐にいた彼等はこぞって今も自分達が主と忠義を慕う者に応えた、彼が言うままに時を待つのだった。その時が来ること確信しつつ。
巻ノ八十七 完
2016・12・21