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巻ノ百二十二

               巻ノ百二十二  集まる豪傑達

 大坂からの文を受けてだ、後藤はすぐにだった。

 屋敷にいた者達にだ、こう言った。

「時が来た」

「では」

「これよりですな」

「わしは行く」

 こう告げた。

「大坂にな」

「ではです」

「我等です」

「お供します」

「これまで約していた様に」

「よいか、わしはよいが」

 ここでこうも言った後藤だった。

「この度の戦はわかっていよう」

「ははは、それは承知のこと」

「殿も言われましたが」

「それで今まで待っていました」

「だからです」

「お気遣いは無用」

「共に一花咲かせましょう」

「大坂において」

「済まぬな」

 彼等の言葉を受けてだ、後藤は微笑んで応えた。

「これまでわしに共にいてくれて」

「殿だからです」

「我等も惚れ込んでここにいました」

「このこともお気遣い無用です」

「お気になされることはありません」 

 家臣達は後藤に笑って返した。

「ですから」

「これから参りましょう」

「大坂に」

「皆で」

「是非な、ただな」

 ここでこうも言った後藤だった。

「母上のことじゃな」

「お母上はです」

 家臣の一人がすぐに応えた。

「既にそれがしが後のお暮しが十分に出来るだけの銭を用意しています」

「そうか」

「はい、そしてです」

「お主がか」

「誓ってです」

 まさにというのだ。

「命にかえても」

「世話をしてくれるか」

「ですから」

 それでというのだ。

「このこともご心配なく」

「そうしてじゃな」

「大坂に向かわれて下さい」

「ではじゃ」

 ここまで聞いてだ、後藤はその顔を穏やかなものにさせてその家臣に述べた。

「母上はな」

「はい、それがしが」

「頼んだぞ」

「さすれば」

「では他の者はじゃ」

 後藤はあらためて己の前に集まる家臣達に話した。

「これよりな」

「はい、大坂に行きましょう」

「これより」

「そうしましょうぞ」

 こうしてだった、家臣達もだった。

 大坂に向かった、こうして後藤は大坂に入ったのだった。

 長曾我部盛親は都にいた、それでだ。

 所司代の板倉勝重は厳しい顔でだ、役所にいる者達に言っていた。

「ではな」

「はい、長曾我部殿は」

「是非ですな」

「大坂に行かせぬ」

「何としても」

「あの御仁は武勇がある」

 こう言うのだった。

「だからな」

「大坂に入られると厄介ですな」

「それで、ですな」

「大坂方には入らせぬ」

「その様に見張りますか」

「そうせよ。何かあれば」

 その時はというのだ。

「わしに全て言え」

「わかりました」

「それでは常にです」

「長曾我部殿を見ておきます」

「その様に」

「頼むぞ、そしてな」

 板倉はさらに言った。

「わかっておるな」

「はい、どうもです」

「かつての一領具足の者達もです」

「土佐を出てそのうえで」

「都に向かっておって」

「既に何人かが」

 長曾我部の旧臣達がというのだ、一領具足はその者達のことだ。

「長曾我部殿とですな」

「話もしておりますな」

「戦が近いと見るとです」

「すぐに動きだしました」

「そうなっております」

「あの者達もじゃ」

 その彼等もというのだ。

「見張っておれ」

「わかりました」

「それではです」

「あの者達の動きも見て」

「長曾我部殿と共に大坂に入らぬ様にする」

「そうすべきですな」

「そうせよ」

 まさにというのだ。

「わかったな」

「はい」

 是非にと言うのだった。

「それでは」

「彼等も」

「その様にな」

 板倉はこう命じた、だが。

 そのすぐ後にだ、何とその長曾我部自身が板倉に面会を申し出た。板倉は所司代の役所でその話を聞いて驚いた。

「長曾我部殿がか」

「はい、是非所司代にです」

「今より会いたいと」

「そう言われています」 

 そうだというのだ。

「その様に」

「それでどうされますか」

「一体」

「どういうことか」

 板倉は袖の中で腕を組み考える顔になった、そして少し考えてからそのうえで周りの者達に答えた。

「会おう」

「そうされますか」

「会われますか」

「うむ」

 そうすると答えた。

「ここはな」

「はい、それでは」

「これよりお通しします」

「そうされます」

「ではな」

 こうしてだ、板倉はその長曾我部と会った。すると長曾我部は板倉に対してこう言ったのだった。

「実は浪人暮らしに飽きておりまして」

「左様ですか」

「それで、です」

 板倉に確かな顔で述べた。

「戦が近い様ですが幕府に」

「幕府にとは」

「加えて頂きたいのですが」

 こう板倉に言った。

「その先陣に」

「貴殿がですか」

「はい、そこで手柄を立ててです」

 そのうえでというのだ。

「また大名にして頂きたいのですが」

「そのお気持ちまことですか」

「大名に戻りたいのです」

 長曾我部は自分が幕府の軍勢に加わりたいと言った長曾我部にまさかと言う顔になっている板倉にさらに話した。

「ですから」

「幕府に入り」

「働けば大名にしてくれるでしょうか」

「戻せと」

「なりませぬか」

「そのお気持ちまことか」

 板倉は長曾我部を見据えて彼に問うた。

「幕府につきたいというお気持ちは」

「大名に戻りたいのです」

 これが長曾我部の返答だった。

「このこと強く思っています」

「そうでござるか」

「なりませぬか」

「暫し待たれよ」

 板倉はこう長曾我部に返した。

「このこと大御所様にお話し申す」

「そのうえで」

「はい、お伺いを立て」

 思いもしなかったことだし仮にも元大名だった者が大名に戻りたいというのだ、流石に所司代の一存では決められぬ。だから家康に決めてもらうとしたのだ。

「そうしてです」

「返事を頂けますか」

「はい」

 また長曾我部に答えた。

「その様に」

「それでは」

「はい、そして」

 そのうえでというのだ。

「お答えしますので」

「数日かかりますか」

「すぐに早馬を送り申す」

「そのうえで」

「返事を頂きますので」

「数日ですな」

「お待ち下されば」

 こう長曾我部に答えた、そのうえで長曾我部を帰らせたが。

 彼はすぐに京都所司代の役所にいる者達を集めてだ、このことを話してどう思うのかを聞いたのだった。

「どう思うか」

「まさか」

「長曾我部殿が幕府につかれる」

「その軍勢に入られたい」

「そうお考えとは」

「信じられませぬ」

「わしもじゃ」

 彼から直接話を聞いた板倉もだった。

「まさかな」

「本当のことでしょうか」

「まことにそう思われているのでしょうか」

「その様に」

「わからぬ、しかし早馬は送る」

 それはというのだ。

「そしてな」

「大御所様にお話し」

「そのうえで、ですな」

「ご裁決を頂く」

「そうしますな」

「うむ」

 そうするというのだ。

「ここはな」

「では」

「その数日の間ですな」

「長曾我部殿にはお待ち頂く」

「そうしますか」

「是非な」

 こう言ってだ、そのうえでだった。

 早馬を送って家康の裁決を頂きそのうえで長曾我部に答えようとしていた、それと共に戦の用意もしていたが。

 二日後の朝だ、長曾我部の屋敷を観ていた者が血相を変えて板倉のところに駆け込んで言ってきた。

「大変です、長曾我部殿が」

「どうした」

「お姿が見えませぬ」

「まさか」

 ここで板倉は察して言った。

「幕府につくと言ったのは」

「それは偽りで」

「我等を欺き」

「大坂に向かわれた」

「そうなのでしょうか」

「忍の者はおるか」

 板倉は彼等を呼んだ、すぐに幾人か彼の前に参上しそのうえで聞いてきた。

「これよりですな」

「長曾我部殿を探せ」

「そして様子を見よと」

「そう仰せですな」

「そうじゃ、しかしな」 

 ここでこうも言った板倉だった。

「お主達ですらあの御仁は討てぬ」

「それだけの武勇の方なので」

「だからですな」

「それは出来ぬので」

「下手にですな」

「手を出すでない」

 それはさせなかった、板倉は忍の者達に強い声で告げてそうさせた。

「無駄に命を失うでない」

「では見ているだけで」

「そうしてですか」

「もうこうなっては」

「大坂にですか」

「行かせるしかない」

 板倉は忍達にも所司代の役所にいる武士達にも苦い声で答えた。

「ことここに至ってはな」

「左様ですか」

「そうしてですか」

「長曾我部殿とは大坂で戦う」

「そうなりますか」

「うむ」

 その通りだというのだ。

「こうなってはな」

「そう思いますと」

 武士の一人が板倉と同じく苦い顔で述べた。

「今言っても遅く未練になりますが」

「よい、言ってみよ」

「既に腕利きの者達を送り無理に捕らえるでもして」

「戦が終わるまでじゃな」

「静かにしてもらうべきでしたな」

「手荒なことはせぬ」

 幕府は出来るだけそうしたことはしたくない、そう考えていてそれで長曾我部についてもだったのだ。手荒なことは血生臭くなりやすく政道では王道を歩みたいと考えている幕府にそぐわないと考えられているのだ。

 だからだ、板倉もこう考えていたのだ。

「出来るだけ法と理に基づき穏やかにな」

「ことを収めたかったのですか」

「あの御仁についてもな、しかしこうなっては」

 最早というのだ、長曾我部が大坂に発った後では。

「どうしようもない」

「ではこのまま」

「長曾我部殿は」

「大坂に行かせるしかない」

 板倉は無念の声で答えた、そしてだった。

 彼は所司代として大坂に向かう長曾我部を見張らせた、するとだった。

「一人また一人とか」

「はい、長曾我部殿に人が入り」

「武具も備わっていき馬も付き」

「そしてです」

「どんどん大きな行列となりです」

「大坂に向かっておられます」

「多くの武士達が何処からか出て来て」

 そうしてというのだ。

「そうなっておりまする」

「今では道中で見る者が目を見張る程です」

「まさに大名の城入りです」

「そうしたものになっております」

「土佐から出た者達じゃな」 

 その何処からか出て来た武士達のこともだ、板倉は察した。

「一領具足の者達じゃ」

「あの者達ですか」

「まさに長曾我部の旧臣達ですな」

「その者達が密かに土佐を抜け出て」

「そして、ですか」

「長曾我部殿の下に馳せ参じた」

「そうじゃ」 

 まさにというのだ。

「その者達じゃ、土佐に流していた毛利殿も抜け出られておるな」

「はい、そうしてです」

「あの御仁はもう大坂に入られています」

「その他にも大谷刑部殿のご子息や仙石殿石川殿にです」

「加藤孫六殿の家から塙駄右衛門殿も入られています」

「そして切支丹の明石殿もです」

「細川殿のご次男殿もお父上の制止を振り切って入られています」

 細川忠興の子までというのだ。

「剣豪では宮本武蔵という者が入ったとか」

「そしてです」

「九度山でも」

「そうであろう」

 九度山と聞いてだ、板倉は静かに述べた。

「あの御仁はな」

「大坂ですか」

「あちらに行かれる」

「そうなりますか」

「幕府につく御仁ではない」

 それはないとだ、板倉ははっきりと言い切った。

「そうした巡り合わせの方ではないからな」

「だからですな」

「あの方は大坂に入られ」

「幕府に槍を向ける」

「そうされますか」

「惜しいがのう」

 板倉は今度は瞑目し無念そうに述べた。

「長曾我部殿もあの御仁も」

「幕府方で戦えば必ず武勲を挙げられ」

「大名に返り咲くことになりましたが」

「後藤殿にしましても」

「そうなっていましたが」

「大坂についた、そして間違いなく」

 彼等はというのだ。

「見事な武勲を挙げられてな」

「名を残される」

「そうされますな」

「そうなる、しかし生きられるか」

 名を残そうとも、というのだ。

「それはな」

「出来ぬ」

「大坂は敗れるが故に」

「それは難しいですか」

「散るのも武士の道やも知れぬが」

 それでもと言うのだった。

「どうにもな」

「悲しいですな」

「このことは」

「どうしても」

「真田殿程の御仁なら」

 長曾我部、後藤もその中に入る。

「幕府に従い戦えば」

「武勲を挙げられ」

「見事大名に返り咲かれる」

「毛利殿にしても」

「そうなりますな」

「明石殿もじゃ」

 彼もというのだ。

「宇喜多家では三万三千石の大名であった」

「ならばですな」

「切支丹でなく」

「そのうえで武勲を挙げられれば」

「それで、ですな」

「大名に戻れたわ」

 そうなったというのだ。

「どの御仁もな、しかしな」

「どの方も幕府とは縁が悪く」

「それで、ですな」

「大坂につき戦う」

「そうされますな」

「敵ならば戦いじゃ」

 そしてというのだ。

「討たねばならぬ」

「そうなりますな」

「真田殿にしても他の方々にしても」

「どうしても」

「そうじゃ」

 その通りだというのだ。

「何としてもな、それが残念じゃ」

「天下の豪傑達を討たねばならぬ」

「そのことは」

「大御所様も同じお思いであろう、しかしそれも戦」

 幾らそれを無念に思ってもというのだ。

「ならばな」

「はい、討ち取りましょう」

「我等が戦に出れば」

「その時は」

「そうしましょうぞ」

 所司代の役所にいる武士達も口々に言った、彼等もまた無念の中覚悟を決めていた。

 長曾我部は周りに一人また一人と多くの武士達を迎え自身も見事な具足を着けて槍を持って馬に乗ってだった。

 大坂に向かっていた、そして大坂城に入り彼の下に馳せ参じてきたその一領具足の者達に笑みを浮かべていった。

「まさに花道であったぞ」

「大坂までの道は」

「そうでありましたか」

「うむ、晴れ舞台であったわ」

 満面の笑みでの言葉だった。

「実にな」

「いえ、それはこれからです」

「殿の晴れ舞台は今からです」

「これから戦ですから」

「戦になるのですから」

 だからだとだ、彼の家臣達も笑って話した。

「まだそう言われるには早いですぞ」

「花道や晴れ舞台と言われるには」

「まだこれからです」

「これからですぞ」

「そうであるな、ではな」

 長曾我部も彼等の言葉に頷く、そしてだった。

 秀頼に拝謁し忠義を誓った、戦に勝てば土佐一国も約束された。

 後藤も大坂に入った、するとだった。彼はすぐに秀頼に見込まれて彼に晴れた顔でこう告げられた。

「何でもな」

「戦のことはですか」

「話して欲しい」

 こう後藤に言うのだった。

「余は戦を知らぬ、だからな」

「それがしでよければ」

 後藤は秀頼に畏まって応えた。

「そうさせて頂きます」

「ではな」

「戦の時はお任せ下さい」

 後藤は畏まったまま秀頼にまた述べた。

「それがしがお話出来ることなら」

「後藤殿ならです」

 今は豊臣の執権になっている大野も後藤に話した。

「是非共です」

「戦のことならですな」

「お話をして頂きたい」

 後藤を立てて言った、秀頼の隣にはいつも通り茶々がいるが彼女にも納得してもらう為にこう言ったのだ。

「それがしも是非」

「聞いてそのうえで」

「戦を決めたいです」

「そうですか、しかし」

「しかしとは」

「それがしよりもです」

 後藤は畏まっているが決して卑屈ではない態度で大野に返した。

「真田殿が来られますな」

「文を出しております」

「それならばです」

「真田殿のお言葉をですな」

「はい、是非」

 自分の言葉よりもというのだ。

「この度の戦の軍師としてです」

「お話をですか」

「されるべきです」

「真田とな」

 ここで茶々が言ってきた。

「それは確か関ヶ原でお取り潰しとなった」

「いえ、その方は去年お亡くなりになっています」

「では誰じゃ」

「ご子息の方です」

「そうした者がおったか」

「はい」

 後藤は茶々に応えた。

「その御仁のお話をです」

「聞くべきか」

「それがしなぞよりも遥かに知恵のある方」

「そうか、わかった」

 一応こう応えた茶々だった。

「ではな」

「真田殿が来られたら」

「その話聞いて」

 そしてというのだ。

「決めようぞ」

「決められますか」

「うむ」

 後藤の剣呑になった問いにそれが何故か気付くことなく答えた。

「そうじゃ」

「そうなのですか」

「何かあるか」

「この戦右大臣様が総大将ですな」

「そうじゃ」

「そうですか」

 後藤は茶々の話を聞いて述べた。

「わかりました」

「何かあるのか」

「いえ、それがしは武士」

 後藤は茶々にこう返した。

「ですから」

「よいのか」

「はい」 

 こう言うだけだった、今は。

「そうであるなら」

「わからぬことを言うのう」

 茶々は気付かぬまま首を傾げるだけだった、そしてだ。

 その話をしてだ、ここでだった。彼は茶々の前から退いてから自身の家臣達に真剣な顔で言ったのだった。

「お主達何かあればな」

「戦に敗れる」

「その時はと言われますか」

「うむ、落ち延びてな」

 そしてというのだ。

「生きよ、よいな」

「やはり敗れますか」

「この戦大坂方は」

「そうなりますか」

「そうならないではな」

 到底、というのだ。

「いられぬわ」

「左様ですか」

「やはり噂通り茶々様が全て決められるので」

「それを誰も止められないので」

「だからですか」

「それで、ですか」

「そうじゃ」

 実際にというのだ。

「わしもそれを今見たわ、これでは大坂がここまでなるのも道理でじゃ」

「そして敗れることも」

「それもですか」

「道理である」

「そう言われますか」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「そしてな」

「敗れた時は」

「その時はですか」

「我等に落ち延びよと」

「そう言われますか」

「うむ、どうせわしは死に場所を求めておった」 

 後藤は家臣達に清々しい笑みで述べた。

「ならばな」

「それではですか」

「殿はここで死なれる」

「そうされますか」

「この城を枕とされて」

「そうされますか」

「うむ、しかしお主達は生きよ」

 こう言うのだった。

「わしに殉じることはない、だからな」

「はい、しかしです」

 一人が後藤に言ってきた。

「我等は殿の家臣です、ですから」

「ここまで来たのです」 

 別の家臣も言ってきた。

「それならです」

「そうです、我等は殿と最後までいます」

「火の中水の中です」

「何処までついていきまする」

「ですからその様な水臭いことを言われないで下さい」

「そうされて下さい」

「そう言ってくれるか」

 後藤は家臣達、誰一人として自分の前から去ろうとしない彼等に対して瞑目しそのうえで言ったのだった。

「わしはいい家臣達を持った」

「そう言って頂き何よりです」

「それではです」

「我等このまま最後までです」

「殿と一緒におります」

「あの世でも何処でも」

 こう応えてだった、彼等は一人も後藤の前を去らなかった。そしてだった。

 大坂にまた一人来た、今度の者は。

「岩見重太郎殿か」

「あの化け猿を倒した」

「あの方も来られるとはな」

「また凄い方が来られやな」

「全くじゃ」

 こう口々に言う、そしてだった。

 岩見はその逞しい顔で笑ってだ、周りに言った。

「ここなら何の不足もない」

「不足もないとは」

「それはどういう意味でござろう」

「一体」

「死ぬ場所としてじゃ」

 それにというのだ。

「何の不足もないわ」

「戦いそしてですか」

「そうしてですか」

「ここで死なれる」

「そうお考えですか」

「そうじゃ、華々しく戦いな」

 そしてというのだ。

「最後の最後にじゃ」

「散る」

「武士らしくですか」

「そう言われますか」

「それで来た」

 また言ったのだった。

「ここにな」

「左様ですか」

「散られる為に」

「武士の最後の一花を咲かせる為に」

「その為に」

「左様、思う存分働き暴れ」

 岩見は笑って周りの者達に話した。

「そうしてな」

「その名を残されますか」

「散られて」

「そうする」

「それも武士じゃな」

 岩見のその言葉を聞いて言ってきた者がいた、それは宮本武蔵だった。宮本は岩見のところに来て言った。

「散るのも」

「貴殿は確か宮本武蔵殿」

「わしの名を知っておるか」

「天下無双の剣豪と聞いておる」

 岩見もまた笑って宮本に応えた。

「二刀流とな」

「左様、そしてな」

「この大坂で戦ってか」

「功を挙げてな」

 そうしてというのだ。

「そうしてじゃ」

「一角の者になるか」

「そのつもりじゃ」

「そうか、しかしな」

 岩見は宮本と話をしてだ、真顔になりこう返した。

「お主もわかろう」

「この戦で勝つのはじゃな」

「そうじゃ、わかっておろう」

「そうじゃが幕府にも諸藩にもな」

「仕官出来なかったか」

「ははは、巡り合わせが悪かった様じゃ」

 宮本はその豪快な顔で明るく笑って岩見に話した。

「それでじゃ」

「大坂に来たか」

「大坂では雇ってもらえた」

「では大坂で名を挙げてか」

「まあ勝って欲しいがのう」

 雇ってもらったからにはとだ、宮本はその願いも述べた。だがそれでも彼も空気でわかっていたのだ。

「しかしな」

「それでもか」

「名を挙げればまたそこからな」

「仕官の話になるか」

「そうも思うからじゃ」

 だからだというのだ。

「わしもまたここで働く」

「死ぬのではなくじゃな」

「わしは生きる」

 死ぬつもりはないというのだ、それも一切。

「絶対にな」

「大坂がどうなろうとか」

「そうじゃ、死ぬつもりはない」

「そこはわしと違うか」

「そうじゃな、しかしな」

「うむ、同じ釜で飯を食う間柄になった」

 お互いに笑って話をした、そのうえでの言葉だった。

「ならばな」

「うむ、ここはな」

「共に戦おう」

「最後の最後までな」

 生きようとする者と最後の一花を咲かせんとする者、その立場の違いはあれどもだった。二人も戦う為に大坂に来た。

 だがそれでもだった、大野は最後の一雄がまだおらず弟達に言った。

「あとはな」

「真田殿ですな」

「九度山におられる」

「文は送った」

 それはというのだ。

「ならばな」

「後は来られるかどうか」

「その問題ですな」

「後は」

「真田殿ご自身の」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「後はな」

「左様ですな」

「それではですな」

「後は真田殿がどうされるか」

「それだけですな」

「それだけじゃ、来られるとは思う」

 大野の読みではだ。

 だがそれでもとだ、彼は難しい顔で話した。

「だからな」

「ここは、ですな」

「静かに待つ」

「そうすべきですな」

「今は」

「そうじゃ、騒いでもみっともないだけじゃ」

 彼等も将だ、将がそうしたことをしてはどうしようもない。こう考えてのことだ。

「だからな」

「ここは、ですな」

「真田殿をお待ちしますか」

「この大坂で」

「そうされますか」

「それだけじゃ、若し真田殿が来られるとも」

 それでもとだ、やはり大野はあえて泰然自若として弟達に話した。

「よいな」

「はい、戦いましょう」

「幕府と」

 弟達も答えた、そしてだった。

 彼等は待つことにした、既に大坂城では戦の用意が最後まで整おうとしていていた。

 その軸には後藤や長曾我部、毛利勝永達がいた。だが彼等は大坂城の中の動きを見て眉を顰めさせていた。

 毛利は後藤にだ、城を見回った後でどうかという顔で問うた。

「どう思われるか、城の様子は」

「うむ、これはでござる」 

 後藤は毛利に深刻な顔で述べた。

「先程と長曾我部殿ともお話をしたが」

「やはりな」

「茶々様が色々と動かれ」

「しかも織田殿が」

 織田有楽斎がというのだ、そしてその子の頼長もだ。

「何かと」

「怪しいでござるな」

「どうにも」

「おそらく幕府に」

 この親子はというのだ。

「通じておろう」

「間違いありませぬな」

「おかしな振る舞いがあり申す」

「あれはやはり」

「つながっているかと」

 こう話す、それは豊臣家譜代の者達も同じで。

 木村はその若く端正な顔で大野のところに来て彼に言った。

「修理殿、織田殿とご子息殿は」

「うむ、どうもな」

「怪しいですな」

「あの方は茶々様のご一門」

 茶々の母お市の方は信長の妹、そして織田有楽斎も信長の弟だ。つまり有楽は茶々にとって叔父にあたる。

「だからな」

「滅多なことは言えませぬが」

「あれではな」

「やはりですな」

「そう思うしかない」

「始終戦に反対しておられましたし」

「ご子息殿に至ってはな」

 頼長、彼はというと。

「わしも見たが」

「遊女達を連れるだけでもですが」

「その遊女達に武者の恰好をさせて興じておられる」

「ああして白の中を見回っておられますと」

 そうしたことをされてはというのだ。

「城の士気にも関わります」

「実際集まってきた浪人衆が眉を顰めておる」

「あれが一軍を率いる将かと」

「わしも止めておるが」

 実質的に戦の采配を執る大野にしてもだ。

「しかしな」

「それでもですな」

「お二人共聞かれぬ」

 有楽も頼長もというのだ。

「全くな」

「そしてですな」

「幕府ともじゃ」

 敵である筈の彼等ともというのだ。

「そうであるならば」

「最早ですな」

「放っておけぬが」

 しかしと言うのだった。

「言っても聞かれぬ」

「では」

 ここで木村は剣呑な目になり大野に言った、無意識のうちに腰の刀に手が添えられているのが余計に剣呑だ。

「それがしが」

「止められよ」

 大野はその木村を穏やかな声で制した、穏やかなのは豊臣の采配を振るう者故の器の大きさであろうか。

「それは」

「やはり茶々様のご一門だからですか」

「そうじゃ」

 まさにそれが故にというのだ。

「それは出来ぬ」

「左様ですか」

「元々豊臣にとって主筋の家じゃ」

 織田家はというのだ。

「しかも茶々様のご一門」

「それ故に」

「何もじゃ」

 まさにというのだ。

「してはならぬ」

「幕府とつながっておっても」

「それでもじゃ」

 それがどう見ても明らかでもというのだ。

「仕方がない」

「左様ですか」

「うむ、だから貴殿もな」

「あの方々については」

「放っておくのじゃ」

 こう言うしかなかった。

「よいな」

「さすれば」

「その様にな、それにな」

「真田殿ですか」

「先程話があった」

 今は明るく言う大野だった。

「九度山を発たれるとのことじゃ」

「それでは」

「大坂に来られる」

 まさにこの城にというのだ。

「そしてな」

「大坂の将としてですな」

「戦って頂ける」

 幸村、彼もというのだ。

「そうなるわ」

「それは何よりですな」

 木村もその話を聞いて笑みになった。

「これまでの多くの名将豪傑が大坂に入られており」

「天下の智将真田殿もじゃ」

「それがしもお名前を聞いております」

 若い木村もというのだ。

「ですから」

「楽しみじゃな」

「是非お会いしてお話をして」

 そしてというのだ。

「靴を並べたいと思っておりまする」

「そうか、木村殿らしいな」

「そのうえで思う存分戦い」

「上様にか」

「勝ちをと考えております」

 大野に毅然として述べた。

「是非」

「左様か、ではな」

「はい、それでは」

「真田殿が来られれば」

「戦の用意も整ってきましたし」

「戦になれば」

「暴れてやりましょうぞ」

「十万の軍勢がある」

 既にそれだけの軍勢がというのだ。

「ならばな」

「戦の仕方次第で、ですな」

「まずは近畿を抑えてな」

「そうすれば大名もついてきますな」

「そしてさらにじゃ」

「天下を」

「そうなるからじゃ」

 だからこそというのだ。

「思う存分戦おうと」

「うって出て」

「天下の名将豪傑と共にな」

「そうしましょうぞ」

「して貴殿は」

 大野はまた木村に問うた。

「一つ聞くが」

「何でしょうか」

「奥方を迎えられたが」

 このことは大坂でも話題になっている、美男子の木村に相応しい整った容姿の妻を迎えたとである。

「それでもじゃな」

「それがしが武士ですから」

「だからか」

「はい、戦になれば」

「華としてか」

「散るつもりです」

「この戦敗れればか」

「それは兵法の常ですな」

 敗れることがあるのもというのだ。

「左様ですな」

「うむ、わしは戦に出たことは少ないが」

 それでもとだ、大野はその木村に答えた。

「しかしな」

「その通りですな」

「そうじゃ、片方が勝てばな」

「片方は負ける」

「やはり戦の常じゃ」

 勝敗、それはというのだ。

「貴殿の言われる通りじゃ」

「だからです」

「敗れてもか」

「幕府に華を見せてやります」 

 大野に笑みさえ浮かべて答えた。

「そうしてやります」

「武具の手入れをしてか」

「香も焚く用意をしております」

 その武具、ここでは具足にだ。

「それも」

「そして華々しく戦いか」

「卑怯未練なぞ見せず」

「大坂、豊臣に戦を見せるつもりか」

「左様です」

 こう大野に言うのだった。

「それがしは」

「そうか、わかった」

「それでよいですか」

「うむ、ならば武士の戦の仕方をな」

 それをというのだ。

「後藤殿に聞くのじゃ」

「あの御仁に」

「そうせよ」

「あの方が優れた武士だからですな」

「まさにな、だからな」

「あの方の傍にいて教えを授かり」

「後藤殿は吝嗇な方ではない」

 後藤についてこうも言った。

「貴殿が頼めば何でも何度でもな」

「教えて下さいますな」

「そうした方よ、だからな」

「あの方の傍にいて」

「教わるのじゃ」 

 武士としての在り方、そして戦い方をというのだ。

「そのうえでな」

「華々しく卑怯未練なぞなく」

「戦われよ」

「わかり申した}

「してわしはじゃ」

「豊臣家の執権として」

「己の務めを果たす」

「わかり申した、では互いに」

「十二分に戦おうぞ」

「豊臣家の為に」

 大野はこう言ってだ、木村と誓い合った。豊臣家の若武者はその目を燃え上がらせて武士として戦うことを誓っていた。

 しかしその彼を見送ってからだ、大野は側近達にこんなことを言った。

「あれだけの者、何とかな」

「散らせたくはない」

「そう言われますか」

「この戦は負ける、だからこそな」

 そう確信しているからだというのだ。

「是非な」

「生き延びてもらい」

「そうしてですか」

「天寿を全うして欲しいと」

「どうしてもという時はわしが腹を切ってじゃ」

 そうしてというのだ。

「首を幕府に差し出してな」

「豊臣家を助けてもらい」

「そうしてですか」

「木村殿についても」

「助かって頂きたいですか」

「そう思っておる、後藤殿にこのことも話しておくか」

 こう言って彼は後藤に実際に話した、そして彼が頷くのに喜んだ。大野は確かに大坂の執権として働いていてだ。

 それでだ、彼の家臣達は唸って言った。

「常に城のことに心を砕かれておられる」

「己のことなぞ考えてもござらぬ」

「采配のこと、政のことを考えられど」

「富や贅沢なぞ」

「露程にも」

「このことを覚えておこうぞ」

「我等が殿のことを」

 大野のことをというのだ。

「是非な」

「そうしようぞ」

 こう話してだ、彼等は大野に従っていた。その彼のことを見ているからこそ。



巻ノ百二十二   完



              2017・9・8

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