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巻ノ百二十四

               巻ノ百二十四  大坂入城

 摂津に入った幸村達の前に出たのは何と上田の者達の中でかつて幸村の家臣だった者達それに浪人達だった。

 その彼等がだ、幸村に言ってきたのだ。

「殿、我等もです」

「共に戦います」

「大坂で戦わせて下さい」

「是非」

「馬鹿な、そなた達は」

 幸村は咎める目で言った。

「今は上田で」

「はい、元三郎様にお仕えしていました」

「そうしていました」

「真田家に」

「ではそのまま仕えていれば」

 そうすればというのだ。

「いいであろう」

「ははは、その通りですが」

「しかし我等も武士です」

「ですから戦いたいと思いまして」

「それもお慕いする殿と共に」

「それで源三郎様にはお暇を申し出て」

「それぞれ家督を倅なり弟なり縁者に譲ってきました」

 そうして真田家との縁さえ切ってというのだ。

「そうしてです」

「ここまで来ました」

「途中浪人達も雇い」

「これだけの数となりました」

「そうなのか、我等だけで入城し戦うつもりであったが」

 幸村は唸る様にして言った。

「まさかな」

「我等が来るとはですか」

「思わず」

「ここに来られましたか」

「馬と具足、槍や陣羽織は用意しておった」

 真田家伝来、幸村のそれはというのだ。

「それはな、しかしじゃな」

「はい、我等もです」

「それぞれの槍や刀は持って来ております」

「具足も馬もです」

「全て」

「父上、これでです」

 大助は目を輝かせて幸村に言った。

「見事に一軍の大将として相応しい格好で」

「それでじゃあな」

「城に入られます」

 大坂の城にというのだ。

「それが出来ます」

「そうじゃな、ではな」

「はい、それでは」

「お主達、それでよいのじゃな」

 幸村は上田の者達に向き直り彼等に問い返した。

「これより拙者と共に大坂に入り」

「はい、戦います」

「思う存分です」

「そしてそのうえで」

「名を挙げましょうぞ」

「わかった、では共に来てもらう」

 こう彼等に告げた。

「そして思う存分戦おうぞ」

「真田の武勇見せてやりましょうぞ」

「その名を天下に轟かせましょうぞ」

 彼等も笑って応えた、そうしてだった。

 彼等を加えた幸村達は意気を上げつつ大坂城に向かった。家康はこのことを聞いて思わずこう言った。

「出来る限りな」

「真田殿はですな」

「大人しくして欲しかった」

 こう報を届けた旗本に述べた。

「そして戦が終わればな」

「流罪を解かれて」

「大名に戻ってもらうつもりであったが」

「こうなっては」

「致し方ないか」

「出来ればです」

 家康に本田正純が言ってきた。

「今もです」

「何とかか」

「あの御仁には思い止まって頂く様にしますが」

「禄や地位を出してか」

「そうしたいですが」

「上総介、お主もわかっていよう」

「はい、あの御仁は禄や地位ではです」

「なびく者ではない」

 こう言うのだった。

「到底な」

「承知しておりますが」

「それでもか」

「はい、それ位しかです」


「手がないか」

「思いつきませぬ」

 家康に無念の顔で述べた。

「どうにも」

「そうじゃな、わしもじゃ」

「大御所様もですか」

「そうしたこと位しかな」

「思いつきませぬか」

「どうもな」

 幸村を止めようにもというのだ。

「愚かなことにな」

「それは」

「ははは、事実じゃ」

 笑って返した家康だった。

「わしがそれ位しか思いつかぬのはな」

「だからそう言われますか」

「そうじゃ、とにかくな」

「真田殿は」

「何とかしたかった」

 大坂に行かせたくなかったというのだ。

「どうしてもな」

「ですがそれは」

「適わなかった、ならばな」

「戦の場において倒されるおつもりですか」

「降ればよいが若しくは戦自体が終わればよいが」

「そうでなければ」

「戦うしかない、しかしあの者に対することが出来るものはおるか」

 家康は正純に強い声で問うた。

「武で」

「出来るとすれば立花殿ですが」

 正純は立花宗茂の名を挙げた。

「あの御仁なら、しかし」

「それでもじゃな」

「あの方も出陣されていますが」

「あの者は他にあたるな」

「そうなるかと」

「大坂城の東に布陣することになっておる、しかし」

 家康はまた幸村のことを話した。

「おそらく真田は南に来る」

「大坂城の」

「大坂城は天下の名城、しかし南は開けておりそこに大軍を置くことが出来大坂城の南も一直線でな」

「堀と壁こそかなりのものですが」

「あそこが比較的弱い」

 大坂城の中ではだ、そうなっているのだ。

「そしてその弱い場所にこそな」

「真田殿が来られますな」

「そうじゃ、だからじゃ」

「立花殿が向かうことは出来ぬ」

「前田家や伊達家が布陣する手筈になっております」

「竹千代もな」

 家康は秀忠の名はあまり面白くなさそうに出した。

「あ奴は武の才はない、律儀で政の才もあるが」

「しかしですか」

「武がない、だから頼りにならぬ」

 こと戦のことに関してはというのだ。

「それでじゃ」

「大御所様ご自身がですか」

「真田を見るがあの者はおそらくその南でも東に行くであろうな」

 大坂城のそこにというのだ。

「南の中でも一番弱い、あの城の唯一の泣きどころと言っていい」

「では」

「うむ、あそこでの戦になるやも知れぬが」

「それはですな」

「避けねばな」

「わかり申した、ただ城攻めの話になっていますが」

 正純は家康のその話についてあえて問うた。

「外での戦になることは」

「それはない」

 家康は正純の問いに一言で返した。

「この度の戦は城攻めじゃ」

「堺や都に来ることはありませぬか」

「大坂にはそれだけの数と将も揃ったが」

「しかしですか」

「茶々殿は戦を知らぬ」

 大坂の実質的な主である彼女はというのだ。

「だからな」

「外での戦はされませぬか」

「大坂城が堅固なのでそこで篭っていれば勝てると思っておるわ」

 茶々のその考えを見抜いての言葉だった。

「だからじゃ」

「城攻めですか」

「そうなるわ」

「それは戦の常道ではありませぬが」 

 ここでこう言ったのは柳生だった。

「篭城は援軍が来そうでするもの」

「そうじゃな」

「かつて小田原の北条家もそうでした」

「他の城から助けを来させる采配であったな」

「はい、だから篭城しましたが」

「まだ豊臣恩顧の大名達が来ると思っておるのじゃ」 

 ここでも茶々の考えを読み切って言う家康だった。

「だからじゃ」

「篭城されますか」

「そうじゃ、しかし最早な」

「豊臣恩顧の大名も」

「それはない、しそうな者は全て江戸への留守居を命じたしな」

 大坂での戦にあえて参加させなかったのだ。

「しかもどの家も幕府が今の公儀と認めておる」

「それでは」

「それはない、少なくとも援軍が来ることはな」

「ありませぬな」

「そのうえでの篭城じゃ」

「では孤城ですな」

「それを攻めることになる」

 それがこの度の戦だというのだ。

「ではわかるな」

「はい、囲んでおればいいですな」

「そして城は攻めぬ」

 家康はさらに言った。

「わかるな、このことは」

「人をですな」

「城を攻めるのは下計じゃ」

「人を攻めるのが上計」

「それでじゃ」 

「ここはですな」

「城を攻めずにじゃ」

「人を攻めてですな」

「大坂を手に入れるとしよう、何度も言うがわしは大坂が欲しい」

 この地がというのだ。

「欲はそれだけじゃ」

「幕府の為に」

「他は何もいらぬわ」

「大坂さえ手に入れば」

「それでよい、この考えで攻めていくが」

 ここでまた顔を顰めさせて言う家康だった。

「真田か、わしはあの家とは全く以て因縁が深いわ」

「三方ヶ原からです」

「そう思うと長いですな」

「あの家との因縁は」

「実に」

 三河から家康に仕えてきている年老いた幕臣達が主に応えた。

「二度上田を攻めても敗れ」

「今もですか」

「しかも真田の中でも二度の上田攻めて活躍された源次郎殿」

「十勇士達もいますな」

「ここで終わらせるべきであろうな」

 家康の顔が意を決した顔になった、そのうえでの言葉だった。

「やはり」

「では、ですな」

「あの御仁は」

「二度と幕府と戦えぬ様にする」

 幸村、彼はというのだ。

「そうする」

「左様ですか」

「あの御仁を」

「そうしますか」

「そうじゃ、しかもどちらにしろこの戦でな」

 これからはじまる大坂での戦でというのだ。

「戦国の世は終わる」

「これで完全に」

「そうなりますか」

「吉法師殿がかなり終わらせ太閤殿がほぼ終わらせたが」

 それがというのだ。

「もうな」

「これからの戦で」

「それが完全に終わる」

「戦国の世が」

「遂に」

「うむ、そうなる」

 間違いなく、というのだ。

「だからあの者もじゃ」

「この戦で、ですな」

「二度と大御所様とは戦えぬ」

「そうなりますか」

「そうじゃ、あの者との戦も終わる」

 大坂での戦でというのだ。

「そうなる、そして終わらせる為にな」

「これよりですな」

「大坂に向かう」

「そうしますな」

「軍勢はこのまま西に進ませる」

 即ち大坂までだ。

「大坂を囲むぞ」

「わかり申した」

「さすれば」

 幕臣達も応えそうして家康の下西へと向かう、それは秀忠も同じで彼も大軍を率いて大坂に向かっていた。

 だが彼は浮かない顔でだ、周りの者達にこう聞いていた。

「大坂の民達は無事であろうな」

「はい、既にです」

「大坂から逃れております」

「戦になりそうな場所からは逃れ」

「そこで戦見物の用意に入っております」

「ならよい、戦になろうともな」

 これはもう避けられないがというのだ。

「やはりな」

「戦になろうともですな」

「民は害してはならぬ」

「そうですな」

「そうじゃ、民を守るのが幕府の務め」

 それだけにというのだ。

「だからこそじゃ」

「我々はですな」

「民を害してはならぬ」

「絶対に」

「それ故にですな」

「民が既に逃れていて何より」

「上様としては」

「そうじゃ、それを聞いてまずは安心した」

 そうだったというのだ。

 だがここでだ、秀忠は厳しい顔でこうも言った。

「しかし逃げ遅れた者がいればな」

「その時はですな」

「その民を戦の場の外に出す」

「そうしますな」

「そうせよ、戦は武士がするものじゃ」

 即ち自分達がというのだ。

「だから民を巻き込んではならぬ」

「何があろうとも」

「そのことは守らねばなりませんな」

「そういうことじゃ、そして真田が九度山を出たと聞いたが」

 秀忠も幸村のことを気にしていて彼のことを聞いた。

「そのまま大坂に向かっておるか」

「はい、何と真田家を出奔した者達も加わり」

「かつて大名だった格に相応しい威風で大坂に向かっております」

「まさに着陣する様な」

「そうしたものです」

「そうか、それは花道であるな」

 幸村にとってとだ、秀忠はその話を聞いて瞑目する様にして述べた。

「真田にとって」

「全くですな」

「十勇士にご子息の大助殿もご一緒ですし」

「まさに花道です」

「武士として」

「それも本懐か、大坂には他に後藤又兵衛や長曾我部もおる」

 秀忠は彼等の名前も出した。

「だからじゃ」

「激しい戦になる」

「それは避けられませぬな」

「そうじゃ、父上でなければ」 

 自然と家康の名も出た。

「攻め落とせぬ、そしてな」

「勝てぬ」

「左様ですか」

「わしはどうも戦は苦手じゃ」

 自分で言うのだった。

「だからな」

「大御所様だからですな」

「あの方がおられるからこそですか」

「幕府は勝てる」

「そう言われますか」

「そもそも戦にもならぬし大坂を手に入れることもな」

 幕府としては第一の願いのそれもというのだ。

「出来るものではない」

「大御所様でなければ」

「どうしても」

「そうであろう、しかしわしも父上と同じくな」

 こうも言った秀忠だった。

「豊臣家についてはな」

「滅ぼすおつもりはないですな」

「上様も」

「左様ですな」

「千の夫であるしじゃ」

 秀頼のことから話した。

「それに茶々殿はじゃ」

「奥方様の上の姉上」

「だから余計にですな」

「お江は今も慕っておる」

 茶々のことをというのだ。

「だから何としてもな」

「豊臣家はですな」

「あの家は残す」

「そのおつもりですか」

「うむ、父上もこのことは何としてもとお考えじゃ」

 家康はかなり強く思っている、秀吉との約束で律儀故に破ることに抵抗がありそれにかつての主家にあたる家を滅ぼす汚名を受けることも考えてだ。

「それでな」

「はい、では」

「何としてもですな」

「豊臣家は残す」

「そうしますか」

「大坂から出せば豊臣家は何の力もない」

 堅城そして天下の要地から出るとだ。

「ならばな」

「幕府としてもですな」

「もうそれでいい」

「後は国持大名、石高ろ官位は高くして」

「それでいいですな」

「それでよいからのう」

 だからだというのだ。

「お江の言う通りにな」

「茶々様もですな」

「お命はですか」

「お助けする」

「そうされますか」

「血は少ない方がよい」

 その流れる量はというのだ。

「それでことが果たされればな」

「それでよいですな」

「それに越したことはないですな」

「何といっても」

「だからじゃ」

 それでというのだ。

「ここはな」

「それで、ですか」

「豊臣家が大坂から出ればそれでよし」

「それ故に」

「右大臣殿のお命は奪わず」

「茶々様についても」

「そうしたい、しかし問題はな」 

 幕府のその考えを妨げるものはというと。

「その茶々殿じゃな」

「ですな、あそこまで強情で」

「しかも何もわかっておられぬと」

「そうした方が主ですし」

「難しいですな」

「そもそも茶々殿が大坂の主でなければじゃ」

 秀忠はこの仮定から話した。

「切支丹を認めることもなくな」

「この度の戦もなかった」

「左様ですな」

「とおの昔に大坂からも出られていましたし」

「何もなかったですな」

「父上から奥方にとも言われておった」 

 秀忠はこのことも話した。

「それを受けられてじゃ」

「何もなかった」

「左様ですな」

「その時点で」

「そうなっていましたな」

「そうじゃ、何もなかったわ」

 それこそというのだ。

「既にな、しかしな」

「それでもですな」

「あの方がああした方なので」

「今に至りますな」

「戦に」

「そうじゃ、あそこまで強情で何もわかっておらぬうえに主となると」

 まさにというのだ。

「どうしようもないな」

「しかもそれを誰も止められぬ」

「大坂の誰も」

「それも厄介なことですな」

「大納言殿がおられればな」

 秀長、彼がというのだ。

「やはりな」

「今の様なことはなかったですな」

「豊臣家も天下も」

「左様ですな」

「茶々殿を止められて」

「こと無きになっていましたな」

「そうなっておったであろう、しかしな」

 その秀長はというのだ。

「太閤様よりもな」

「早くに亡くなられ」

「そうしてですな」

「太閤様をお止めする御仁もおられず」

「唐入りもありましたし」

「そして利休殿や関白様も」

 秀吉により腹を切らされた彼等のことをだ、幕臣達が思い出して秀忠に無念の顔で話をしたのだった。

「ああなってしまわれ」

「今もですな」

「茶々殿を」

「そうなっておる、惜しい御仁であった」 

 豊臣家の者であるがだ、秀忠は惜しむ怖えで述べた。

「全くですな」

「今もおられれば」

「最悪でも豊臣家は大坂を出られ」

「幕府も戦までしませんでした」

「そう思うと無念じゃ、しかし無念であってもな」

 その気持ちがあってもというのだ。

「行くぞ」

「はい、大坂に」

「そしてですな」

「戦に勝つ」

「そうしましょうぞ」

「是非な」

 こう言ってだった。

 秀忠も軍勢を大坂にやる、この話は天下に知れ渡っていた。そしてその話を聞きつつだ、幸村は具足も兜も陣羽織も着けてだった。

 馬に乗り大坂城の前にいた、そのうえで十勇士達に言った。

「ではな」

「はい、それでは」

「これよりですな」

「城入りですな」

「大坂城に」

「そうじゃ」

 まさに今からだというのだ。

「よいな」

「いよいよですな」

「城に入りそうして」

「右大臣様の御前に出て」

「そのうえで」

「将としてじゃ」

 一軍を率いるこの立場でというのだ。

「戦うことになるぞ」

「まさかそうなるとは」

「信じられませぬ」

「夢の様です」

「その様になるとは」

 十勇士達はまずはこう思った、だが彼等はすぐに思いなおしてこうも言った。

「いや、しかしそれもです」

「殿ならば当然ですな」

「殿もかつては大名でした」

「それなら」

「そうであるな、もう殆ど忘れておったが」

 幸村は十勇士達のその指摘に笑って応えて言った。

「拙者も大名であったわ」

「はい、ですから」

「将として戦うのは当然です」

「大名とはそれだけの格がありますから」

「ですから」

「そうじゃな、では将としてな」 

 その立場でとだ、また言った幸村だった。

「城に入ろうぞ」

「そして将として戦う」

「そうされますな」

「これから」

「そうされますな」

「そうしようぞ」

 こう言ってだ、幸村は大坂城の正門の前から堂々とした入城にかかった。その時の彼等の身なりはというと。

 幸村は鹿角の赤い兜に具足と陣羽織、馬具と全てが赤備えであり彼が率いる軍勢もだった。彼の後ろには若々しい若武者姿の大助が馬に乗っていてそして十勇士達もそれぞれの獲物を持ち身なりもそれぞれの恰好を奇麗にしているもので実に傾いていた。その軍勢は真田の六文銭の旗を掲げた赤備えの軍勢で大坂城の者達も見て思わず唸った。

「うむ、見事」

「流石は真田殿よ」

「赤備えで来られたか」

「武田以来じゃのう」

「あれこそ真の赤備えじゃな」

「全くじゃ」

 大野も彼等を見て言った、既に彼等を出迎える用意を整えたうえで。

「あれこそな」

「まことにですな」

「真田家ですな」

 大野の二人の弟達も長兄の後ろに控えていて言う。

「見事な武者ぶり」

「生真面目に着こなしておられますが」

「それがまたよし」

「全くですな」

「うむ、あれでこそじゃ」

 大野はまた言った。

「真田殿、ではな」

「はい、では」

「これよりですな」

「真田殿をお迎えする」

「そうしますな」

「正門を開け、そしてじゃ」

 大野は弟達にさらに言った。

「わしが行く」

「豊臣家の執権の兄上がですか」

「ご自身がですか」

「後藤殿、長曾我部殿、毛利殿にもそうされましたが」

「真田殿にもですか」

「大名であられたしのう」

 格のこともあってというのだ。

「是非な」

「わかりました、ではです」

「我等もお供します」

「これより正門を開けて」

「真田殿をお迎えしましょう」

「将帥と兵は揃った」

 大野はこのことはよしとした。

「勇将に後藤殿、長曾我部殿が入られてな」

「木村殿もおられますし」

「武はありますな」

「そして十万の兵がおられる」

「それではですな」

「うむ、そのうえで真田殿が来られた」

 幸村、彼もというのだ。

「智将、軍師もなられるあの御仁がな」

「そして十勇士」

「天下の豪傑も揃っていますが」

「そこに忍も加わった」

「それではですな」

「戦の仕方によっては勝てる様になった」

 大野はこう確信していた。

「これでな、しかしな」

「それでもですな」

「真田殿が来られても」

「勝てる様にはなっても」

「それでもですな」

「問題は主じゃ」

 それが一番の問題だとだ、大野はこのことは危惧を覚えて話した。

「どうしてもな」

「そうなりますか」

「大坂の場合は」

「十万の兵に智将勇将豪傑が揃えど」

「それでもですな」

「勝てる様にはなったが」

 しかしというのだ。

「勝てるかというとじゃ」

「それはですな」

「また違いますな」

「どうしても」

「そうじゃ、茶々様は今もじゃな」

 弟達に顔を向けて問うた大野だった、ここでは。

「長刀を持たれご自身がじゃな」

「はい、白襷を付けられ」

「鉢巻も締められてです」

「城の女御衆もそうした格好をさせて連れてです」

「城の中を見られています」

「それは主の行いであるが」 

 しかしというのだ。

「それは右大臣様がされることであってな」

「茶々様は静かにされる」

「そうあるべきですな」

「こうした時北政所様は穏やかでしたし」

「大政所様も」

「そうじゃ」

 この二人の様にというのだ。

「そうあるべきじゃ」

「しかしですな」

「茶々様はあの方々とは違いますな」

「生まれついての姫様」

「そうでありますな」

「しかも気がお強い」

 只の姫ではなかったのだ、茶々は。

「あれは元右府様に似られたか」

「そうやも知れませぬな」

「あの方は」

「織田家の中には勘気の強い方もおられた」

 茶々達の母である市の家だ、そしてその勘気が強い者こそが織田信長という訳なのだ。

「その血を受け継がれた、しかしな」

「元右府様程何でもお知りではない」

「それ故にですな」

「北政所様、そして大政所様と違う」

「それでああしてですな」

「今もな」

 自ら主の様に城の中を見回っているというのだ。

「そうしておられる、出来ればわしもじゃ」

「茶々様にはですな」

「是非共」

「奥においてな」

 本丸のそこでというのだ。

「静かにしてもらいたい、采配はな」

「兄上がですな」

 治房が言ってきた。

「普段通りに」

「うむ、上様をお助けしてじゃ」 

 秀頼のことだが秀頼をこう呼ぶことも最近になってからだ、大野があえてこう呼んでからのことだ。それまでは秀頼は殿と呼ばれ茶々がその呼び方だったのだ。

「采配を振るいたい、そしてな」

「後藤殿や今来られた真田殿にですな」

「お任せしたいですな」

「戦のかなりの部分を」

「そうしたいですな」

「わしは戦のことは疎い」

 このことを自覚しているのだ、それも強く。

「大軍を率いて戦ったこともないからのう」

「だからですな」

「一角の将であるあの方々にお任せし」

「そしてですな」

「戦われたいですな」

「そうしたい、戦は場数が大きい」

 このことがというのだ。

「だからじゃ」

「本来はそうされたい」

「しかしですな」

「茶々様はそうではない」

「何としてもですか」

「言われる」

 戦のことにも口を出してくるというのだ。

「現にそれでこの度の戦にもなったな」

「はい、切支丹のことから」

「そうでしたな」

「浪人を集めることも強く言われていました」

「大名達への文も」

「前田家にも送った」

 前田家の前の主である利常にだ、とはいっても利常は先年加藤と同じく瘡毒即ち腎虚で亡くなっている。

「そうしたことを常にされていた」

「そしてですな」

「今の戦にも至る」

「そして戦がはじまっても」

「何かと口出しをされますか」

「今もな、真田殿にも充分働いてもらいたいが」

 赤備えでしかも赤い赤兎馬を思わせる見事な馬にのる幸村を見た、その姿に城内から兵達が喝采を送っている。

「果たしてどうなるか」

「それはですな」

 今度は治胤が言ってきた。

「難しいですな」

「どうにものう」

 こう話す、そしてだった。

 大野が幸村を迎えた、幸村は正門から堂々と馬に乗り大助と十勇士そして軍勢を率いて堂々と入ったが。

 大野は黄金に塗られた具足と陣笠、そして旗の豊臣の兵達を左右そして後ろに大勢揃えてそのうえで幸村を迎えた、彼もまた馬に乗っている。

 幸村は大野に下馬をして礼をしようとした、しかし彼は微笑んでこう返した。

「それには及び申さぬ」

「左様ですか」

「はい、それは上様にされて下さい」

 自分ではなくというのだ。

「そうされて下さい」

「左様ですか」

「はい、そうされて下さい」

「そしてですな」

「上様の下で戦って頂きたい」

「右大臣様の下で」

「左様です」

 幸村に穏やかな声で述べた。

「是非」

「わかり申した、それでは」

「はい、その様に」

 幸村も頷き彼は大野に案内されて本丸にまで行きそこで秀頼に拝謁した、そこには茶々もいてだった。

 そのうえで話してだ、そのうえでだった。

 秀頼に色々と任されることも言われたがその話の時にだ、幸村は秀頼に対して強い声でこう申し出た。

「それがしは城の南東に行きたいのですが」

「あそこには」

「はい、そして城の外にです」

 そこにというのだ。

「出城の様なものを築きたいのですが」

「出城とな」

「あの場所が大坂城では唯一弱いと思いますので」

 それでというのだ。

「守りの時はです」

「あそこで戦いたいか」

「左様です」

 こう秀頼に申し出たのだった。

「そうしたいですが」

「ふむ、そうなのか」

「宜しいでしょうか」

「ではやってみよ」

 これが秀頼の返事だった。

「そなたがそうしたいならな」

「はい、では」

「余は戦のことは知らぬ」

 このことは大野と同じではっきりと自覚していた。

「だからじゃ」

「このことはですか」

「うむ、又兵衛とお主、それに長曾我部にじゃ」

 その彼等にというのだ。

「話を聞いてな」

「そうしてですか」

「戦を聞きたい」

「いや、それはなりませぬ」

 ここでだった、茶々が眉間に皺を寄せて言ってきた。

「右大臣殿は天下人、それならば」

「拙者がですか」

「決めるもの、それを他の者に任すなぞ」

「ならぬと」

「話を聞いても」

 それでもというのだ。

「決めるのはです」

「拙者ですか」

「そうです、よいか真田殿も」

 今度は幸村にその顔を見せて言ってきた、整っているその顔は眉間の皺のせいでかなり険しく見える。

「それは守られよ」

「はい」

 幸村はその茶々に静かに応えた。

「さすれば」

「それでよい、そして戦に勝った時は」

 茶々は論功の話もしてきた。

「上田の旧領にさらにじゃ」

「加えて頂けると」

「望むだけな」

 まさにそれだけのものをというのだ。

「渡そう」

「そうして頂けるのですか」

「うむ」

 茶々は今度は強い顔で答えてみせた。

「だからじゃ」

「それではですか」

「存分に戦われよ」

「わかり申した」

「宜しく頼むぞ」

 秀頼の声は茶々のそれとは違い穏やかであった、主として相応しい威厳と風格も確かにあった。だが。

 幸村は秀頼にもあるものを感じていた、しかしそうしたことは語らずに退いてから十勇士達にこう問われた。

「右大臣様は如何でしたか」

「あの方は」

「殿の主となられましたが」

「どういった方でありましたか」

「うむ、よき方でな」

 幸村は十勇士達にまずはこのことから話した。

「確かに威厳と風格もおありでな」

「器はある」

「そうなのですな」

「しかし。国持大名として右大臣としての器で」

 器は器でもというのだ。

「天下人とはまた違う」

「そうした方ですか」

「太閤様のご子息でも」

「そうした器はおありではない」

「そうなのですか」

「そう思った、そして噂通りにな」

 曇った顔でだ、幸村はこのことも話した。

「右大臣様だけでなくな」

「茶々様が常におられ」

「そしてですか」

「言ってこられる」

「そうなのですか」

「そうじゃ、噂通りであった」

 このこともというのだ。

「だから思った、この戦はな」

「殿が思われている通り」

「そうだとですか」

「そう言われますか」

「そうじゃ、加藤家に文を書いておくか」

 今の時点でというのだ。

「そして島津殿にもな」

「そうしてですな」

「いざという時はですな」

「右大臣様を」

「あちらまで」

「その手筈をしておこう」

 今からというのだ。

「そうしておこう」

「ではですな」

「文を熊本と薩摩まで送り」

「そのうえで、ですな」

「戦としますか」

「そうする、城の南東に出城を築くが」

 それと共にというのだ。

「外での戦をな」

「右大臣様に言われますか」

「そうされますか」

「そして領地を拡げ」

「まずは幕府と五分に持って行きますか」

「そうする、幸い近畿は豊かな国が多い」 

 即ち大阪の周りはというのだ。

「摂津、河内、和泉を完全に抑え」

「都も手に入れ」

「大和や播磨もですな」

「そうした国々まで手に入れられれば」

「実に大きいですな」

「そこからさらにじゃ」

 近畿のかなりを抑えてというのだ、都も含めて。

「兵をさらに集めてば豊臣につく大名も出よう」

「そうなればですな」

「その大名も従え」

「さらに豊臣の国を増やし」

「それからですな」

「天下を五分にして幕府にさらに戦を挑み」

 そうしてというのだ。

「天下を豊臣の手に取り戻す」

「そうしていきますか」

「外で戦い」

「そうお考えですか」

「西国を抑えればな」

 そうすればというのだ。

「もうかなり強くなっていてじゃ」

「幕府にも引けを取らぬ」

「そうなっていますか」

「その時は」

「それを目指す、とかく城の守りも大事じゃが」

 それと共にというのだ。

「さらにじゃ」

「攻める」

「それが大事ですな」

「豊臣家にとっては」

「その通りじゃ、この状況ではな」

 十万の兵に将もいる今はというのだ。

「大坂城の守りもしっかりしておるし」

「そのこともあり」

「うって出て戦い」

「攻めていきますか」

「それがよい」 

 これが幸村の考えだった。

「思い切ってな」

「ですが父上」 

 ここで大助が幸村に言ってきた、彼もまた軍議に加わる様になっていた。元服してから幸村があえて入れているのだ。

「我等の兵は十万、しかしです」

「幕府は二十万じゃな」

「数は倍ですが」

「左様、しかしじゃ」

「勝てますか」

「一つ一つの場所に兵を集めてじゃ」 

 そうしてというのだ。

「戦っていけばよいのじゃ」

「全体の兵が劣っていても」

「そうじゃ」

 それでもというのだ。

「大坂城には一万程でよい」

「置くのは」

「残りの兵で攻めていく、敵が十万の兵で攻めてきてもじゃ」

 この大坂城にというのだ。

「攻め落とせぬからな」

「この城がそれだけの堅城であるからこそ」

「一万五千、二万なら尚更じゃ」

「では」

「残りの兵で戦っていく」

 外に出てというのだ。

「後は采配次第でじゃ」

「勝てますか」

「そうじゃ、勝てる」

「そうなのですか」

「しかしそれはあくまでな」

「茶々様次第ですか」

「そうじゃ、右大臣様は我等にお任せしてくれるが」

 このことはわかった、秀頼は自分が戦に疎いのをわかっていてそれで幸村達に戦を任せようとしているのだ。それが戦に勝てる道だとわかっているからだ。

「しかしじゃ」

「それでもですな」

「うむ、茶々様は違う」

「どうしてもですな」

「あの方は口出しせずにいられぬ方じゃ」

 そうした気質だというのだ、茶々は。

「だからな」

「父上のお考えにもですか」

「必ず口を出されるわ」

「そしてそのお言葉次第で」

「外に出て戦うこともな」

「出来ませぬか」

「勝とうと思えば外に出るしかない」

 大坂の軍勢がというのだ。

「城からな、しかしな」

「それでもですか」

「まさに茶々様次第じゃ」

 大坂の実質的な主である彼女のというのだ。

「それをご自身がわかっておられるか」

「噂を聞きますると」

「そのことすらですな」

「茶々様はわかっておられませぬな」

「どうにも」 

 十勇士達が困った顔で話した。

「だから多くの御仁が負けると思われていますな」

「どうにも」

「この戦は大坂が敗れると」

「その様に」

「主がしっかりしておるのとそうでないのとは違う」

 幸村も言い切った、このことについて。

「まさに天と地程な」

「幕府は大御所様ですし」

「あの方程しっかりしている方はおられませぬ」

「まさに天下人」

「そうした方ですが」

「茶々様はな、しかし拙者はあえて言う」

 戦をどう進めるか話す時もというのだ。

「我が考えをな、しかしその前にな」

「その前に?」

「その前にといいますと」

「後藤殿と久し振りにお会いし」

 そしてというのだ。

「長曾我部殿や毛利殿、大坂の御仁では木村殿ともな」

「お話をされたい」

「そうなのですか」

「そういえば宮本殿もおられたわ」 

 宮本武蔵、彼もというのだ。

「そうした御仁達ともな」

「お話をされてですか」

「再会を楽しまれ」

「そして互いにどう戦うか」

「そうしていきたいのですか」

「酒も飲んでじゃ」

 笑ってこちらの話もした。

「そうしてな」

「そのうえで、ですな」

「親睦も深められ」

「そうしてそのうえで」

「力を一つにしてですな」

「戦われますな」

「力を一つにするのも大事じゃ」

 戦にはというのだ。

「だからじゃ」

「そちらも行い」

「そのうえで幕府と戦いますか」

「そうじゃ、あと城の南東のことはお許しが出た」

 このことも笑って話す幸村だった。

「あちらに出城を築くことが出来るぞ」

「おお、あそこにですか」

「ではですな」

「あちらに出城を築かれ」

「そしてそこにですか」

「我等が入りますか」

「守る時はな、攻める時は大助が入るのじゃ」 

 我が子を見て彼に告げた。

「よいな」

「そうしてですな」

「守れ、よいな」

「わかり申した」

 大助は父に確かな声で応えた。

「その様にします」

「そうせよ、よいな」

「はい、それでは」

「そうしてじゃ」

 十勇士達も見て話した。

「お主達は拙者とじゃ」

「外に出てですな」

「そのうえで、ですな」

「戦う」

「そうしていくのですな」

「そうじゃ、一騎当千のお主達が暴れれば」

 そうすればというのだ。

「幕府の軍勢もじゃ」

「退けられる」

「それが出来るというのですな」

「殿の下我等が一斉に暴れれば」

「その時は」

「間違いなくな、だから大助が南東を守り」

 そうしてというのだ。

「拙者とお主達で攻めていくぞ」

「わかり申した、では」

「そうして派手に攻めてやりましょうぞ」

「大坂から都、大和、播磨、紀伊と領地を拡げ」

「近畿全土を掌握しますか」

「近畿を掌握すればそこからさらに攻められる」

 力をつけてというのだ。

「西国も抑えてな」

「そうしてですな」

「幕府とあらためて決戦を挑み」

「豊臣家も天下人に返り咲く」

「そうなりますな」

「そうなる為にもな」

 是非というのだ。

「外に出る戦がしたい」

「篭ってもいいことはありませぬな」

「どう考えましても」

「大坂に閉じ込められてしまい」

「それでは誰もついて来ませぬな」

「篭城はこの場合下の下じゃ」

 そうした戦い方だというのだ。

「いや、下の下以下やも知れぬ」

「だからですな」

「それをすることはなりませぬな」

「どうしても」

「それだけは」

「負ける」

 間違いなく、というのだ。

「篭城をすればな」

「ですな、周りを囲まれ」

「お味方になりそうな大名も駄目だとなりますな」

「そして誰もつかず」

「後はですな」

「敗れてしまう」

 そうなってしまうというのだ。

「だからじゃ」

「何としてもですな」

「それはせずですな」

「外に出る様にですな」

「言っていきますか」

「それには拙者だけでは無理じゃな」

 見抜いている目でだ、幸村は言った。

「やはり」

「では城の諸将の方々とですか」

「お話をしていきますか」

「南東に出城を築きつつ」

「そうしていきますか」

「そのつもりじゃ」

 こう十勇士と大助達に話してだった。幸村は話が一段落ついてからだった。彼等に明るい顔になって今度はこう言った。

「では話が終わったからな」

「はい、ではですな」

「もう夜ですし」

「これからですな」

「九度山を出てから控えていましたが」

「飲もうぞ」

 酒、それをというのだ。

「そうしようぞ」

「はい、それでは」

「今より樽と杯を出してです」

「そうしてです」

「心ゆくまで飲みましょうぞ」

「大助、お主もじゃ」

 幸村は笑って我が子にも声をかけた。

「飲むのじゃ」

「元服したからですか」

「そうじゃ」

 だからこそというのだ。

「ここはな」

「父上、そして十勇士達と共に」

「心ゆくまで飲め、そして朝酔いが残っておればな」

 二日酔いならばというのだ。

「まずは鍛錬で汗をかきな」

「その後の風呂か行水で、ですな」

「酒を抜くのじゃ」

「そうするのですか」

「そうじゃ、よいな」

「朝に酔いが残ると辛いのですか」

「これが相当に辛い」

 笑ってだ、幸村はその時のことも話した。

「重い風邪の様にな」

「そうなのですか」

「しかしじゃ」

「それがですか」

「鍛錬で汗をかきその後で風呂に入ればな」

「酒が抜けているのですか」

「そうじゃ、だからな」

 大助に笑って話すのだった。

「よいな」

「今は心ゆくまで飲む」

「そうしようぞ、では酒と適当な肴を持って来てな」

 そうしてというのだった。

「思う存分飲もうぞ」

「はい、それでは」

「これより酒を持ってきます」

「そしてそのうえで」

「殿のお言葉通り飲みましょうぞ」 

 十勇士達が早速幾つもの樽と大坂の海で獲れた見事な魚達を持って来た。そうして魚を刺身にして食べながらだった。大助も入れて心ゆくまで飲んだ。次の日の朝は幸村の言う通り鍛錬と風呂で残っていた酒を抜いた。



巻ノ百二十四   完



               2017・9・24


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