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巻ノ百二十五

                巻ノ百二十五  真田丸

 幸村は大坂城の南東に赴いた、そこに着くとすぐに縄張りをはじめそのうえで家臣達にこう命じた。

「拙者の縄張りの通りにじゃ」

「築く」

「そうするのですな」

「うむ、堀をもうけ壁も高く鉄砲を適当な間で撃てる様にしてじゃ」

 そうしてというのだ。

「そのうえでじゃ」

「堅固な出城ですな」

「そうしていきますな」

「南東としかと守る」

「その様なものに」

「そのつもりじゃ、この出城の名前はな」

 幸村は既にそこまで考えていた。

「真田丸としたい」

「真田丸ですか」

「そう名付けられますか」

「殿のお名前を付けた」

「我等が入り守るからな」

 それ故にとだ、幸村は家臣達にさらに話した。

「だからじゃ」

「真田丸とし」

「我等が守る」

「どれだけの敵が来ようとも」

「そうされるおつもりですか」

「うむ」

 その通りだとだ、幸村は答えた。

「その様にする、ではよいな」

「わかり申した、ではです」

「この出城を築きそしてです」

「真田丸と名付けましょう」

「そしてそのうえで守り抜きましょう」

「何があろうとも」

「大坂城は確かに滅多なことでは陥ちぬ」

 天下の名城、城のことを知り抜いた秀吉が全知全能を注いで築き上げた城だけにというのだ。

「しかし人の築いたものじゃ」

「だから弱みがある」

「それで、ですか」

「真田丸を築かれ」

「防ぎますか」

「太閤様は言われた」

 ここでこうも言った幸村だった。

「大坂城の攻め方は二つあるとな」

「その二つとは」

「どういった攻め方でしょうか」

「それは城を守る兵達を飲み込むだけの大軍で攻めることじゃ」

 まずはこれだというのだ。

「一万おれは十万以上、それだけの大軍で一気に攻めればな」

「その南東を中心にですか」

「そうして攻めればですか」

「大坂城も攻め落とせる」

「そうなのですか」

「うむ、だから真田丸を築いた」

 幕府は実際に大軍で来る、その時の守りを考えてというのだ。

「これでおおよそ大丈夫じゃ」

「大坂城は堀は深く城壁も石垣も高いです」

「しかも櫓や門、狭間が見事に配されています」

「そこに真田丸も加わればですな」

「鬼に金棒ですな」

「後はまずあるまいが」

 二つ目についてはだ、幸村はこう前置きして話した。

「その堀や石垣、壁をじゃ」

「その全てをですか」

「埋めて壊す」

「そうすればですか」

「そうなってしまえばどの様な城もじゃ」

 それこそというのだ。

「何なく攻め落とせるな」

「はい、まさに」

「その様な城何でもありませぬ」

「それは全くの裸城ですな」

「その様な城は」

「最早何でもない、しかし堀や壁、石垣を捨てるなぞじゃ」

 門や櫓、狭間まで含めてだ。その堀達に添って設けられている。

「愚の極みじゃな」

「全く以て」

「その様なことなぞ有り得ませぬ」

「自らその様にする者なぞおりませぬ」

「流石に」

「だからそれはない」

 幸村もそれはないとした。

「どう考えてもな」

「左様ですな」

「それは幾ら何でも」

「自ら堀や壁を産めて壊すなぞ」

「それをする者はまさに天下の大馬鹿者」

「有り得ぬことです」

「だからない、二つ目は有り得ぬ」

 こう言って自ら否定した幸村だった。

「流石にな、だからな」

「真田丸さえ設ければ」

「もう大坂城の守りは盤石」

「それで、ですな」

「守りを万全にして攻めていく」

「軍議でもそう言われますな」

「そうする、ではこれからは後藤殿や長曾我部殿、木村殿達とお会いしてな」

 共に大坂方で戦う彼等と、というのだ。

「そのうえでじゃ」

「お話をまとめ」

「そうしてですな」

「軍議において言われる」

「そうされますか」

「父上ならともかくじゃ」

 天下のその智勇を知られた昌幸ならというのだ。

「拙者が軍議でいきなり言ってもな」

「それで通るとは限らない」

「だからですか」

「諸将の方ともお話をして」

「そうしてですか」

「進めていきたい、そうしてからじゃ」 

 軍議の場でというのだ。

「諸将として出せばな」

「通る可能性は高い」

「そういうことですか」

「何か殿らしくない根回しですが」

「そうされますか」

「政は今一つ自信はないが」

 それでもというのだ、幸村自身。

「そうしてな」

「そのうえで、ですな」

「軍議の場で申し上げ」

「戦をその様に進めてもらいますか」

「そうじゃ」 

 こう家臣達にも話した。

「外に出てこそじゃ」

「戦になる」

「この度の戦は」

「そうした戦だからこそ」

「諸将の方々ともお話をされ」

「事前に整えますか」

「そうしようぞ」

 こう言って実際にだった、幸村は後藤や長曾我部、毛利、明石、塙、木村、そして治房達に集まってもらった。そこでまず治房が幸村に申し訳なさそうに話した。

「大野修理即ち兄上はです」

「来られませぬか」

「右大臣様とお話をされ城内の仕事もです」

「全てやっておられていてですか」

「毎日朝早くから夜遅くまでです」

「税務に励んでおられて」

「今もです」

 来られないというのだ。

「残念ですが」

「左様ですか」

「はい、それで代理としてそれがしと」

「それがしが参上しました」

 治胤もいて応えてきた。

「兄上の代理としても将としても」

「左様ですか、では」

「それで宜しいでしょうか」

「我等で」

「はい」

 幸村は微笑んで二人に答えた。

「ではお願い申す」

「かたじけないお言葉」

「では後で兄上にもお伝えします」

「それではです」

 ここで後藤が一同に言ってきた。

「これより真田殿のお話を聞きましょうぞ」

「うむ、では真田殿」

 長曾我部も後藤の言葉に頷いてそうしてだった。

 諸将は幸村の話を聞くことにした、幸村は既に幕府の軍勢がどの者がどういった規模の軍勢を率いて何処にいるか全てわかっていた。

 そのうえでだ、後藤達に誰が何時何処でどれだけの軍勢を率いてどういった戦い方をすべきかと話していった。

 そしてだ、都や奈良、播磨まで攻め取りやがては西国の全てを手中に収め天下二分とすると聞いてだ。まずは毛利が唸って言った。

「そこまでお考えとは」

「如何でしょうか」

「凄いですな」

「全てこの通りにはいく筈がないですが」

「それでもですな」

「はい、こうして外で戦えばです」

「我等はですな」 

 幸村にさらに言った。

「勝てると」

「そうなります」

「いや、戦をすればです」

 明石も言ってきた。

「勝敗は常なれど」

「それでもですな」

「勝たねばです」

 そうならなければというのだ。

「意味がありませぬ」

「そう思いまして」

「そこまで考えられましたか」

「幕府の軍勢をそこまでおわかりなのは」 

 木村はその整った若々しく端正な顔を幸村に向けつつ彼に問うた。

「やはり」

「はい、忍の者を使いまして」

「それでおわかりになられましたか」

「左様です、今も忍の者達を放ち」

 そうしてというのだ。

「そのうえで、です」

「幕府の軍勢の動きをですか」

「今も見ております」

「そうしておりますか」

「戦をするにはまず敵を知ることなので」

 それでというのだ。

「それがしもです」

「そうしてですか」

「いつも敵を見ております」

「そうなのですか」

「策をここまで立てられました」

「ううむ、これが天下の智将ですか」

 木村も唸って幸村に言った、彼のその話を聞いて。

「真田殿ですか」

「いえ、それがしはとても」

「いやいや、お見事です」

「全くですな」

 塙も感嘆して言った。

「真田殿は謙遜されていますが」

「真田殿の言われる通りに戦えば」

 後藤もだった、幸村に言った。

「まさにです」

「戦に勝てますな」

「そうなりますぞ」

 後藤は木村に応え彼に顔を向けて笑って話した。

「そしてです」

「豊臣の天下がですな」

「戻ります」

「そしてですな」

 治房が幸村に問うことはというと。

「大坂城の守りは」

「一万、多くて二万です」

「それだけ置いたうえで」

「守ります」

「そうしますか」

「はい」

 こう答えたのだった。

「それだけの兵で守れば充分です」

「左様ですか」

「大坂城ならば」

「ですな、確かに」

 後藤はここでまた幸村に頷いた。

「この城ならば」

「多くて二万もいればです」

「充分に守れますな」

「ですから兵の殆どは外に出してです」

「戦いまするか」

「城を拠点として」

 そのうえでというのだ。

「戦えばです」

「よいですな」

「そう考えておりまする」

「では篭城はですな」

 木村はこの戦について言った。

「この場合は」

「してはです」

「敗れますか」

「そうならざるを得ませぬ」

「篭城は援軍があってこそ出来るもの」

 ここで言ったのは後藤だった。

「それ故にじゃ」

「今ここで篭城をしても」

「どの大名もつかぬ」

 今の大坂、即ち豊臣家にはというのだ。

「到底な、だからじゃ」

「ここはですか」

「大きな大名が幾つか味方になるまではな」

「外で戦うべきですか」

「そうじゃ、幸いこちらには多くの鉄砲も兵糧もある」

 そうしたものが全てというのだ。

「大きな戦は充分に出来る」

「だから後藤殿も真田殿と同じお考えですか」

「それしかない」

 戦に本気で勝つつもりならというのだ。

「やはりな」

「だからですか」

「是非共外に出て幾度か勝ちな」

「領地も手に入れて」

「最低でも西国を手中に収めるまではじゃ」

 それまではというのだ。

「安心は出来ぬ、それで最初から篭城などすれば」

「まさに最初から敗れる様なものじゃ」

 まさにとだ、今度は長曾我部が言ってきた。

「篭城なぞすればな」

「左様ですか、それがし戦に加わったことはありませぬので」

 まだ若いからだ、関ヶ原の時はまだほんの子供でそれから天下に戦はなかったので当然のことである。

「そうしたことは存じませんでした」

「こうしたことは実際の戦でわかるからのう」 

 明石は木村の言葉に考える顔で答えた。

「だからなそれも仕方ない」

「左様ですか」

「木村殿はこれが初陣じゃしな」

「はい、何かとご教授下され」

 木村は明石だけでなくそこにいる全ての者に謙虚な態度で頭を下げた。

「この度の戦の為にも」

「木村殿は確かに初陣でありますが武芸は見事なものです」 

 治房が外から入って来た諸将に話した。

「馬も刀も槍も」

「はい、これまで鍛錬は怠っていませぬ」

 木村自身必死にこのことを話した。

「一度も」

「その武芸は大坂一でございます」

 治房はまた諸将に話した。

「ご安心を」

「しかも兵法の書もよく読まれています」

 治胤も木村のことを語った。

「ですから戦を知れば」

「必ずや力になります」

「そうですな、木村殿を見ていますとわかります」

 塙が大野兄弟に答えた。

「そうしたことも」

「それは何よりです」

「木村殿の武勇は必ず各々方の力になります」

「初陣を経れば」

「その時は」

「それがしもそう思いまする」

 幸村にもわかった、木村のその目と身体つきからだ。それは明らかに鍛えられた武士のものだからだ。

「それは、ですから」

「木村殿も将ですからな」

 毛利もこう言った。

「そのご武勇、必ずや」

「豊臣家の為にも」

 木村は若い声で毛利に応えた。

「それがし命を賭けまする」

「そうしてですな」

「戦に勝ちまする」

 こう言うのだった、そしてだった。

 幸村は諸将に己の考えをさらに話していった、その話を全て聞いてだった。治房はこう幸村に言った。

「ではそのお考え兄上に」

「お話して頂けますな」

「約束します、そして」

「そのうえで」

「はい、兄上も頷かれるでしょう」

 豊臣家の執権である彼もというのだ。

「そしてそのうえで」

「家中が一つとなりですな」

「戦を出来るかと、ただ」

「ただ、ですな」

「我等はそうですが問題は有楽様です」

 信長の末弟であり茶々にとって叔父でもある彼だというのだ、今は茶々にとって頼りになる相談役である。

「ご子息と共に」

「この度の戦については」

「どうも乗り気でおられず」

「そうしてですな」

「まさかと思いますが」

 こう前置きしてだ、治房は幸村に有楽のことをさらに話した。

「幕府に」

「若しそうであったなら」

 木村が歯噛みして言ってきた。

「何とかせねばなりますが」

「それは出来ぬ」

 治胤が感情を見せた木村を止める様に言ってきた。

「有楽様は茶々様の叔父上であられるぞ」

「だからですな」

「それは出来ぬ」

「ですな、それは」

「大坂から出て行って欲しいとも思うが」

「それもですな」

「あの方次第じゃ、あの方はどうにも出来ぬ」

 治胤も思うところがある、だがそれを必死に隠しての言葉だ。

「だからな」

「あの方についてはですな」

「我等が一つになって戦を進めることによってじゃ」

「封じますか」

「それしかない、それであの方は何とかなるが」

 その子も含めてだ。

「真田殿の策必ずな」

「実際に行われる様にですな」

「していこう、我等でな」

「さて、話はこれで整った」

 後藤がここで言った。

「ではな」

「これよりですな」

「酒を飲んで親睦を深めるとするか」

 幸村に応えての言葉だった。

「そうするか」

「おお、酒か」

 長曾我部は酒と聞いて後藤に笑顔を向けた。

「それか」

「この面子で今から飲まぬか」

「ははは、そちらも大歓迎じゃ」

 長曾我部は笑い声も立てて後藤に応えた。

「わしは酒は大好きじゃ」

「わしもじゃ」

「わしもまた」

 毛利と塙も続く。

「ではな」

「これから飲むとするか」

「酒ならばな」 

 今度は明石が言った。

「それがしもいけるくちで」

「ははは、それはそれがしも同じこと」

「我等兄弟も酒も望むところですぞ」 

 大野兄弟もだった、戦だけでなくそちらもというのだ。

「それならば」

「これより酒を出して飲みますか」

「肴もいいものがありますし」

 木村が言うその肴はというと。

「大坂の海で獲れた魚や貝が」

「それがまたよいですな」

 幸村は木村のその言葉に笑みで応えた。

「魚に貝とは」

「そういえば真田殿も酒は」

「好きでして」

「そして肴はですか」

「上田の山の生まれでこれまでもずっと九度山にいたので海の幸には縁がなかったので」

 それでというのだ。

「ですから」

「では海の幸をですな」

「はい、頂き」

 そしてというのだ。

「飲みたいですな」

「ではすぐに酒を出して」 

 木村は幸村のその言葉に笑みで応えて言った。

「そして海の幸も」

「それではこれより」

 大坂の諸将は酒も飲み海の幸も楽しんで互いの絆も深めていっていた、そうして戦を待っていたが。

 治房と治胤は兄に幸村の話をした、すると大野はその話を聞いてまずは納得した顔でこう弟達に言った。

「うむ、それならな」

「よいですな」

「兄上もそう思われますな」

「わしも戦の経験は少ない」

 このことを自覚してのことだった。

「だからな」

「ここはですな」

「真田殿達にお任せする」

「だからですな」

「真田殿の策をよしとされますか」

「後藤殿も頷かれたのであろう」

 大野はこのことについても言った。

「真田殿の策には」

「はい、問題ないとです」

「太鼓判を押されています」

「多くて二万の兵で大坂を守り」

「残りの兵で外に出る戦でよいと」

「そして他の将の御仁も頷かれたのなら」

 それは自分の弟達もその中にいることも承知のうえだ。

「ならばな」

「兄上としても」

「異存はありませぬか」

「うむ、確かに大坂城ならばじゃ」

 この城ならというのだ。

「二万の兵を置けばな」

「誰も攻め落とせぬ」

「絶対にですな」

「だからそれだけの兵で守り」

「他の兵で外を攻めるべきですな」

「そう思う、篭城しても先はないしのう」

 大野もこのことはよくわかっていてその通りだというのだ。

「ではな」

「はい、我等に賛同してくれますな」

「軍議の折は」

「執権である兄上が頷かれれば」

「大きいですから」

「上様にもお話しておく」

 秀頼にもというのだ。

「これよりな」

「はい、それでは」

「その様に」

「ではな」

 こう話してだ、そのうえでだった。

 大野は幸村の話を秀頼にも話した、彼と二人だけになった時に。すると秀頼も大野に対してこう言った。

「ではな」

「はい、これでですな」

「よい」

 こう大野に答えた。

「お主がよしといいその前に又兵衛もじゃな」

「よしと言われております」

「そして諸将もじゃな」

「その様に」

「なら問題はない」

 秀頼は大野に明るい顔で答えた。

「余もそれでよしとする」

「左様ですか」

「特に戦のことは又兵衛じゃな」

「そうですな、長曾我部殿もお見事ですが」

「あの者の武名は世も聞いておる」

「天下の豪傑でありです」

「猛将じゃな」

「まさに」

 その通りだとだ、大野も答えた。

「あの方は」

「ならばじゃ」

「それで宜しいですか」

「うむ」

 こう言うのだった。

「余もな、また言うぞ」

「それでは軍議において」

「余も賛成と言おう」

「それは何よりです」

「余はな、だが」

「茶々様は」

「母上がどう言われるか」

 こが問題だというのだ。

「やはり」

「左様ですな」

「余もどうにかしてな」

 母である彼女にはというのだ。

「静かにして頂いてな」

「特に今は」

「そうして頂きたいが」

「そうもなりませぬか」

「今も薙刀を持って女衆を連れてじゃ」

 そのうえでというのだ。

「城の中を巡ってな」

「兵達を督励しておられますが」

「あれもよくないな」

「どうにも」

 大野は秀頼には率直に言った、実は彼に対しては諫めることも自由に出来彼もそれを聞いてくれるのだ。

「それは」

「しかしじゃな」

「あの方はそれがよいと言われますので」

「だからじゃな」

「止められませぬ」

「そして軍議にもな」

「出られますな」

 大野は苦い顔で言った。

「やはり」

「間違いなくな」

「それでは」

「何とかしたいがな」

「はい、さもないとです」

「大坂はどうなるかわからぬ」

「どうにも」

 大野の顔は苦いままだった、そして実際にだった。

 茶々は城の兵達を督励していた、だがその茶々を見てだった。

 浪人達は眉を顰めさせてだ、こう話し合った。

「噂は真であったな」

「うむ、ここはおなごの城じゃ」

「戦もおなごが仕切っておる」

「茶々様がな」

「まさに主ではないか」

 この城のというのだ。

「右大臣様を差し置いて」

「茶々様は大坂城から長きに渡って出ておらぬという」

「大坂のこと以外は何もご存知ないというぞ」

「まして戦のことなぞ」

「それで何が出来る」

「その様な方が主で」

 こう話をするのだった。

「それでは先が見えたな」

「この戦負けじゃ」

「戦のことを何も知らぬ方が采配なぞ執れるか」

「執れば負けじゃ」

「確実にそうなるわ」

「そうならぬ筈がないわ」

 戦を知る彼等はこうしたこともわかっていた、それでだ。

 口々にだ、こうひそひそと話をした。

「ではな」

「うむ、折角入ったがのう」

「命あってじゃ」

「命あっての物種じゃ」

「ここは大坂を出るか」

「幕府に移ろうぞ」

「これでは戦う前から決まっておるわ」

 その勝敗がというのだ。

「では迷うことはない」

「早く城を出ようぞ」

「幸いまだ戦になっておらぬ」

「今幕府に降れば命は取られんわ」

「むしろ幕府の兵として戦おうぞ」

 こうしてだった、城を出て幕府につく浪人達が出だしていた。しかもその数は多く大野もそれを聞いて項垂れた。

「逃げる兵もおり他の兵の士気もじゃな」

「はい、どうにもです」

「上がっておりませぬ」

「茶々様が主と見てです」

「その様になっております」

 治房と治胤が兄に言う。

「兄上、やはりです」

「茶々様には静かにしてもらうべきです」

「ここは何とか」

「そうしてもらいましょうぞ」

「わかってはおる」 

 実に苦しい返事だった、大野の今のそれは。

「しかしな」

「それは出来ぬ」

「どうしてもですか」

「わしにはな、そしてお主達もであろう」

「それは」

「そう言われますと」

 二人も返事が出来なかった、まさにその通りだからだ。

「茶々様をお止めすることは」

「やはり」

「治部殿や刑部殿ならともかくな」

 彼等ならというのだ。

「しかしじゃ」

「我等では」

「到底」

「そうじゃ、どうしてもな」

 言えぬというのだ。

「特にわしはな」

「どうにもなりませぬか」

「このことは」

「そうじゃ、だから軍議についてもな」

 それもというのだ。

「母上にお話して何とかしようか」

「いえ、母上はです」

 治房がすぐに兄に言った。

「むしろです」

「そうじゃな」

「はい、茶々様を励まされます」

「母上は昔からそうであったわ」 

 大蔵局、彼女はというのだ。

「茶々様を大事にされるあまりな」

「その我儘はいつもです」

「聞かれていた」

「ですから」

「母上は止められぬばかりか」

 むしろというのだ。

「励まされるわ」

「ですから」

「母上にお話しても」

 治胤も言う。

「無駄ですな」

「うむ、このことに関してはな」

 茶々についてはとだ、大野は歯噛みして言った。

「わしがお止めせねばならんが」

「兄上、こうなれば」

 治房の今の言葉は必死なものだった、兄に強く言っていることにそれが何よりも出ていた。

「兄上がです」

「そうは言ってもじゃな」

「お止めせねば」

 茶々、彼女をというのだ。

「そうしなければです」

「大坂は滅びるな」

「はい」

 まさにというのだ。

「兄上がそう言われてもです」

「豊臣家の執権としてな」

「左様です」

「わかったとしか言えぬな」

 この場合はとだ、大野は弟に苦い顔のまま答えた。

「今は」

「そうなるかと」

「そしてじゃな」

「大坂の勝ちを手に入れましょうぞ」

 茶々の余計な口出しを止めてというのだ。

「これまではどうにもなりませんでしたが」

「今はどうにもならぬことをか」

「どうにかせねば」

 それこそというのだ。

「なりませぬ、ですから」

「やってみるか」

「それでこそ大坂の執権ですから」

 茶々と大坂の為に止めてこそというのだ。

「お願いします」

「ではな」

 大野は弟に約束はした、しかしだった。

 彼はどうにも自信がなかった、それでその大柄な身体の背を曲げて悩む時が多くなった。だがその中でもだ。

 戦の用意は進み瞬く間にだった、幸村が築くことを許された大坂城の南東の出城も出来た。そこは木の壁と深い空堀で守られた砦で。

 鉄砲を撃つ為の穴と櫓が見事な間で壁に設けられていてしかも壁は高かった。その砦を見て大野も思わず唸った。

「これはまた」

「如何でありましょうか」

「はい、この砦ならば」

 自分を案内する幸村に答えた、二人共今は具足を着けて陣羽織まで羽織っている。幸村の頭には兜もある。

「かなりの敵が来ましても」

「防げますな」

「はい、しかも壁の裏には」

 つまり城の方から見ればだ。

「壁のところを行き来しやすい様になっていますな」

「その為の足場を設けました」 

 それも道としてだ。

「櫓と櫓が互いに守り合える様にもです」

「されましたか」

「これならば数万の敵が一度に来ましても」

 幸村は笑って大野に話した。

「ここに多少の兵を置くだけで」

「守れますか」

「この真田丸もあればです」

「堅固なこの大坂城はですな」

「攻め落とされることはありませぬ」

「だから守りは万全ですな」

「安心して攻められまする」

 外の幕府方の兵と戦えるというのだ。

「最強の盾となっていますから」

「だからこそ」

「はい、この出城はです」

 まさにというのだ。

「我等が安心して外にうって出られる」

「その為のものですな」

「外の戦はお任せ下され」

 幸村は大野に笑みを浮かべてこうも言った。

「思う存分暴れてみせましょうぞ」

「そして都も奈良も手に入れ」

「近畿から西国をです」

 その全てをというのだ。

「手に入れましょうぞ」

「ですな。兵糧もあれば銭もあります」

 大坂にはとだ、大野はこのことは確かにと言った。そしてこのことは紛れもない事実であった。

「武器も具足もあり申す」

「それがしが驚いたのは」

 ここで幸村が言ったことはというと。

「鉄砲があまりにも多く」

「そのことですか」

「出城にもです」

「はい、鉄砲は望まれるだけです」

 それこそと答えた大野だった。

「お渡ししますので」

「お陰で、です」

「真田殿もですか」

「多くの鉄砲を用意出来ました」

 大野に笑みで答えた。

「まさに」

「それは何より、鉄砲もその弾もです」

「大坂には多くありますな」

「太閤様が遺して下さいました」

「これだけの鉄砲があれば」

「余計にですな」

「戦えます」

 こう大野に約束した。

「まさに」

「それは何より、それとこの出城でござるが」

 大野はその出城の話もした。

「真田殿が築かれたので」

「だからでござるか」

「はい、名前ですが」

 今話すのはこのことだった。

「真田丸とされてはどうでしょうか」

「それがしの名をですか」

「はい、付けられては」

 この出城にというのだ。

「そうされてはどうでしょうか」

「そうして宜しいのですか」

「はい」

 幸村に笑顔で答えた。

「真田殿が築かれ真田殿がお守りしますから」

「出城に我等の名をかんしてもいいとは」

「是非、そしてです」

「そのうえでですな」

「この城を豊臣家をです」

「守ってですか」

「はい、戦に勝つ為のお力を」

「さすれば」

 幸村は大野に感激と共に答えた、そうしてだった。

 彼はその出城である真田丸に兵を置き外に出て戦うことにした、そうして軍議でそれを言うことを決めていた。その軍議の時は間もなくだった。



巻ノ百二十五   完



                 2017・10・1

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