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巻ノ百二十六

                巻ノ百二十六  軍議

 家康は自ら出陣しまずは都に向かうことにしていた、そこでまずは秀忠が率いる軍勢と合流しようとしていた。

 その時にだ、幕臣達の報告を聞いて苦い顔をしていた。

「そうか、あ奴はか」

「はい、少将様はです」

「相変わらず我儘を申されているそうで」

「伊達殿も苦労して兵を進めてもらっているそうです」

「何かと」

「全く、あ奴は昔から無駄に勘気が強い」

 自身の息子について歯噛みして言う家康だった。

「あれでは公儀の示しがつかぬ」

「ではこれ以上何かあれば」

「その時はですか」

「大御所様も」

「ご決断をですか」

「せねばならぬか」

 苦い顔での言葉だった。

「そこまでとは思っておったが」

「これ以上はですか」

「幕府としてもですな」

「看過出来ませぬか」

「例えご一門でも」

「一門だからといって甘い顔をしてはならぬ」 

 そこは断じてと言う家康だった。

「例え一門でも三河からの譜代の家でもじゃ」

「不始末があれば断ずる」

「そうしなければ天下に示しがつかぬ」

「法も守られぬ」

「そうだというのですな」

「法は惨くともやたら厳しくても駄目じゃが」

 それでもと言う家康だった。

「甘やかすものでもいかぬ」

「譜代でもご一門でも公平にですな」

「そうあるべきですな」

「ですから少将様でもですか」

「これ以上に我儘は」

「放っておけぬ」

 こう言うのだった。

「だからな」

「左様ですか」

「では、ですな」

「少将様を注意されますか」

「これ以上の我儘はならぬと」

「そしてそれでも我儘がなおらぬなら」

 それならばというのだ。

「わしも断を下す」

「厳しいそれを」

「そうされますか」

「その様に」

「それも考えておる、まあそれは置いておいてな」

 家康はここで話を変えた、今度の話はというと。

「これからの戦じゃが」

「いよいよですな」

「大坂も戦の用意を進めていますし」

「天下の大名達が揃っています」

「それではですな

「いよいよじゃ」

 まさにというのだ。

「戦じゃ」

「ですな、では都においてですな」

「彦根城を拠点として」

「そうして都を守り」

「敵を迎え撃ちますか」

「いや、戦は大坂じゃ」

 その地でとだ、家康は言い切った。

「都や他の場所での戦とはならぬ」

「うって出ませぬか」

「大坂は十万の兵を集めていますが」

「その十万の兵で攻めませぬか」

「普通はそうしますが」

「普通はな、戦を知っておればな」

 それならばそうするとだ、家康も言った。

「ましてや大坂は援軍も期待出来ぬしな」

「ならば大坂に多少の兵を置いてです」

「そして残りの兵でうって出ます」

「都も大和も攻め」

「領地を拡大し力を備える」

「そして幕府により大きな戦を挑む」

「そうしてきませぬか」

 幕臣達はいぶかしげに言った、家康の断言を受けて。

「しかしそうはせぬ」

「戦は大坂でとなる」

「では敵は篭城しますか」

「大坂の城に」

「そうじゃ、これは下の下の策じゃ」

 大坂にとってとだ、家康は言い切った。

「必ず負けるな」

「はい、大坂城に篭ればです」

「後は幕府が用意した二十万の軍勢で囲む」

「そのうえで色々と仕掛ければよいです」

「人を攻めていけば」

「左様、城を攻めるのではない」

 ここで笑って言った家康だった。

「戦はな」

「人を攻める」

「そうするものですな」

「城を攻めるのは下計です」

「それに対して人を攻めるのは上計です」

「囲んでしまえば人を攻めるのは容易い」

 その中にいる相手はというのだ。

「実にな」

「そうなるのは当然ですから」

「城に篭りますか」

「自ら攻めることを捨てて」

「そうして戦いますか」

「大坂城は天下一の城じゃ」

 まさにとだ、家康も言い切った。

「その堅固さは他の城なぞとても及ばぬ」

「はい、まさに」

「二万いえ一万五千の兵もあれば」

「攻め落とせませぬな」

「到底」

「うむ、そうじゃ」

 このことは家康もわかっていた、大坂城はそれだけの城だとだ。

「あの城はな、しかしな」

「それでもですな」

「あの城に篭れば」

「もうそれではです」

「我等は勝てますな」

「大坂に対して」

「それが出来る」

 こう言うのだった。

「そして茶々殿はな」

「あの方がですか」

「そうされますか」

「大坂城の主であられるあの方は」

「そうされますか」

「茶々殿は戦も政もわかっておらぬからな」

 それでというのだ。

「必ずじゃ」

「そうした様にされますか」

「選んでそうして」

「そのうえで、ですか」

「篭城されますか」

「外にうって出ずに」

「そうすれば負けぬと思っておるのじゃ」

 茶々はそう考えているというのだ。

「大坂城に入っておればな」

「それではどうにもなりませぬが」

「茶々殿はそうお考えですか」

「天下の堅城にいれば負けぬ」

「決してと」

「そういうことじゃ、お主達は戦を知っているから言える」

 今の様なことがというのだ。

「しかしな」

「戦を知らぬとですか」

「篭城すればそれだけで勝てる」

「そう思われてですか」

「外から援軍なぞ来ないのに」

「それでもですか」

「そうじゃ、来ると思われているかはな」

 それはというと。

「まず考えておらぬ」

「そうなのですな」

「篭城しようとですな」

「お考えですか」

「特に考えずに」

「勝てると思われて」

「それが戦を知らぬ場合の考えじゃ」

 即ち茶々のというのだ。

「まさにな」

「ううむ、では大坂城を囲めば」

「そうするのですな」

「そしてそのうえで」

「大坂城の中の人を攻める」

「そうしていきますな」

「そうしていくぞ」

 こう言ってだ、そしてだった。

 家康はあらためれだ、傍に控えていた正純に顔を向けた。そのうえで彼に対して確かな顔で尋ねた。

「それでじゃが」

「はい、大坂のことですな」

「あれの用意は出来ておりますな」

「はい、充分に」

「あれだけで攻め落とせるか」

 それはというと。

「無理じゃ」

「左様ですな」

「しかしじゃ」

「攻めることは出来ますな」

「人を攻めることはな」

 笑って言うのだった。

「音だけでも充分じゃ」

「全く以て」

「しかも囲んでそうすれば」

「余計にじゃ」

 正純に笑って話した。

「よい、それと有楽殿じゃが」

「はい、あの方からは逐一です」

「わしに文を届けてくれているな」

「今も」

「ではその文を渡してくれ」

「それと織田家の方でしたら」

「奇妙殿もじゃな」

 織田信雄である、信長の次男であり家康にとっては旧知の間柄でもあって家康もいつも気にかけている。

「もうじゃな」

「はい、今は城の中におられますが」

「いざという時はな」

「出られるとです」

「有楽殿が話されておるか」

「はい」

 そうだというのだ。

「ですからご安心を」

「ならよい、やはりな」

「あの方もですな」

「大事にしたい」

 信雄もというのだ。

「あの御仁とはまことに長い付き合いじゃ」

「あの方がお若い頃からの」

「だからな」

 その縁故にというのだ。

「あの御仁もな」

「お助けしてですか」

「そうしてじゃ」 

 そのうえでというのだ。

「あの御仁にもな」

「何かあれば」

「うむ、城を出られる様にな」

「お伝えしておきます」

「頼むぞ、まさかな」

「はい、大坂方は」

「こちらに話が筒抜けとは思うまい」

 それはというのだ。

「これも普通に考えればじゃ」

「すぐに察しがつきますな」

「有楽殿のこともな」

 家康と縁がある彼をだ。

「その筈じゃが」

「茶々殿はこのことについても」

「わからぬ」

「だからですな」

「ある意味でじゃ」

 こうした密偵を送ることもというのだ。

「楽じゃ、しかし茶々殿は疑い深くもあるが」

「ご一門ならばです」

「すぐに信じられるな」

「これまで二度の落城を受けておりますからな」

「あのことは大きいな」

「はい、やはり」

 小谷城と北ノ庄城においてというのだ。

「そのせいで疑い深くありますが」

「それと共にな」

「身内ならばです」

「無条件で信じてしまうな」

「そうしたところもおありです」

「その為姉妹仲はよいが」

 今もだ、お江は江戸でただひたすら姉が助かることを望んで祈ってもいる。それは必死そのものである。

「しかしな」

「それがですな」

「有楽殿を素直に信じることにつながっておる」

「そしてこのことはですな」

「我等にとって狙い目じゃ」

 敵である家康達にとってはというのだ。

「実にな」

「そうなりますな」

「なら有楽殿にはな」

「はい、これからもですな」

「色々と城の中のことを知らせてもらおう」

 大坂城の中を隅々まで知っているからというのだ。

「そうしてもらおう」

「さすれば」

「そしてじゃ」

 さらに言う家康だった。

「茶々殿に何かと言ってもらうか」

「講和をですな」

「そしてその時にじゃ」

「あの城からですな」

「豊臣家を何としても出す」

「そうしていきますか」

「これは吉法師殿になるかのう」

 笑って信長のことも話した。

「出ぬ相手にはな」

「無理にですな」

「出てもらうことにしよう」

「出ざるを得ない様にしますか」

「わしは随分待った」

 豊臣家が大坂から出ることをだ。

「その様にしてきたが」

「これからはですな」

「わしも歳であるし戦にもなった」

「ではですな」

「これまで以上にな」

「豊臣家に大坂から出てもらおう」

「そうなってもらう」

 是非にというのだ。

「その為の策としてじゃ」

「講和の後で」

「思い切ったことをするつもりじゃ」

「左様ですか」

「その為の講和じゃ、城を囲めば」

 その時はというのだ。

「人を攻めるぞ」

「茶々殿をですな」

「その心をな」

「そうしてですな」

「大坂から出てもらおうぞ、しかしわしは本気であったが」

 家康は微妙な顔になり正純にこうも言った。

「茶々殿への申し出はな」

「ご正室にですな」

「わしも長い間正室はおらんしな」

「茶々殿もですな」

「太閤殿が去られた」 

 秀吉、彼がだ。

「だからな」

「是非ご正室にですな」

「本気で言ったのじゃが」

「豊臣家の為にも」

「そう思ったのじゃがな」

「茶々殿はいつもすぐに断られましたな」

「うむ、冗談ではないとな」

 実際にこう言ってすぐに断ってきた、茶々は。

「そう言われてじゃ」

「しかし若し茶々殿が大御所様のご正室となれば」

「右大臣殿はわしの義理の息子になる」

「千様のご夫君であられると共に」

「竹千代の弟にもなる」

 秀忠、彼のだ。

「ならば悪いことはな」

「幕府としても」

「出来る筈がない」

 それは到底というのだ、幕府としても。

「だから何度も申し出たが」

「それをですな」

「茶々殿は断った、しかし平の入道殿を見よ」

 平清盛、彼をというのだ。

「あの御仁も九郎判官殿を助けたな」

「ご母堂を側室とされて」

「そうした、平家物語では悪逆非道の御仁となっているが」

「その入道殿でもですな」

「そうした、ならばわしがその様なことをするか」 

 義理の息子となった秀頼を粗末に扱う、最悪殺すかというのだ。

「言わずともわかろう」

「大御所様は天下の律儀者です」

「そう言われるのがわしの誇りじゃ」

「ならばですな」

「無体にはせぬわ」

「必ずや」

「それを約束することでもあったというのにのう」

 今もこう思い苦い顔になるのだった。

「まことにな」

「それを茶々殿がおわかりになられず」

「こうもなった、とかく茶々殿は政がわかっておらぬ」

「そして何もですな」

「知らぬ」

 このことも思うのだった。

「そしてそれがじゃ」

「今にも至りますな」

「切支丹も許したしな」

 このことがこの度の戦の大きな理由であることは天下の誰もが知っていると言えるが茶々は知らない。

「こうなっておる」

「切支丹のことさえなければ」

「わしもな」

「戦とはしませんでしたな」

「切支丹だけはならん」 

 家康にしてもなのだ。

「あの者達は天下を乱すからな」

「その通りです、乱しそして」

「乗っ取ろうとする」

「そう考えますと」

「認められぬ、しかもそれがな」

 茶々、彼女はなのだ。

「わかっておらぬ、難儀なことじゃ」

「全くですな」

「しかしそう言っても最早はじまらぬ」

「ことここに至っては」

「大坂城を無理にでも手に入れ」

「豊臣家には大坂から出て頂く」

「そうしてもらおう、では城を囲みな」

 大坂城、この城をというのだ。

「そのうえでじゃ」

「茶々殿のお心を攻めましょう」

「そうしていく」 

 こう言ってだ、家康は軍勢を大坂に向かわせていた。それは秀忠も同じであったが彼は幕臣達に微妙な顔でこう言っていた。

「真田がまたか」

「はい、動いていまして」

「大坂城の南東に出城を築いたとか」

「その出城の名を真田丸と名付けたそうです」

「大野修理殿がそう薦められたとか」

「そうか、またあの者達と戦うのか」

 今度は難しい顔で言った秀忠だった。

「難儀じゃな」

「はい、真田左衛門佐殿がまたです」

「また動かれています」

「それも活発に」

「十勇士もいます」

「そしてご子息の大助殿も傑物だとか」

「難儀じゃな、油断するとな」

 幕府が優勢であることは間違いないがというのだ。

「そこからじゃ」

「負けますな」

「大坂から退くことになる」

「そうなってしまえば」

「その時は」

「幕府の権威が落ちる」

 秀忠はこのことを懸念しているのだ、幕府の政にとって権威という目に見えないが確かな柱はどうしても必要だからだ。

「それはならんからな」

「はい、断じてです」

「今はですな」

「何としてもです」

「真田殿左衛門佐殿に対しても」

「負けてはなりませんな」

「しかしわしはな」

 秀忠、彼はというと。

「戦は不得手じゃ、それであの者と戦うと」

「上田の時の様にですか」

「遅れを取ってしまう」

「そう思われてですか」

「どうしても」

「そうならぬ様にせねばな、わしは父上と共に大坂城の南に布陣するが」

 しかしというのだ、それでも。

「出来る限りはな」

「はい、真田丸は攻めずにおきましょう」

「大御所様も積極的に攻めるおつもりはないそうですし」

「それではですな」

「この度の戦ではです」

「積極的に行きましょう」

「そうしていきましょう」

「そうじゃな、攻めぬのも戦というし」

 それならというのだ。

「わしはこの度の戦は攻めぬぞ」

「そうしましょう」

「そしてそのうえで」

「真田丸も攻めずにおきましょう」

「そうせよ、戦は出来るだけ早くしかも民を困らせずに終わらせて」

 むしろそこからのことをだ、秀忠は考えていた。それで言うのだった。

「そうしてな」

「大坂を治める」

「それが肝心ですな」

「これはわしもわかる」

 戦が不得手な秀忠であるが政は違う、大坂にしてもどうして治めるかをわかっていてそのうえで考えているのだ。

「大坂は幕府に必要じゃ」

「はい、それでは」

「これよりですな」

「大坂に進みましょう」

「我等も」

 秀忠が率いる軍勢も大坂に向かっていた、そうして政宗もそうだったが彼は伊達家の本陣で苦い顔をして彼の家臣達に言っていた。

「少将殿は何としてもじゃ」

「大坂に行ってもらいましょう」

「また勘気を出されていますが」

「何とか抑えて頂き」

「そのうえで」

「さもないと当家も言われる」

 彼の舅である政宗がというのだ。

「だからじゃ」

「大坂まで行ってもらい」

「戦に加わってもらいましょう」

「中々兵を進めて下さいませぬが」

「それでも」

「大坂に来て頂ければ後はわしがお助けする」

 政宗自身がというのだ。

「戦になればわしのものじゃ」

「はい、采配の実は殿が執られ」

「そうしてですな」

「少将殿のことも落ち着いていられる」

「そうなりますな」

「そうじゃ、だからな」

 それでというのだ。

「何とかして大坂まで行ってもらうぞ」

「では再びですな」

「殿が文を書かれますな」

「そしてその文を少将殿にお届けして」

「説得されますな」

「そうする、では今から書く」

 その文をというのだ。

「よいな」

「それではですな」

「その文をすぐにお送りし」

「少将殿に動いて頂く」

「そうしていきますか」

「大御所殿はかなりお怒りじゃ」

 それでというのだ。

「下手をすればじゃ」

「改易ですな」

「それも有り得ますな」

「少将殿が今のままですと」

「どうしても」

「だからじゃ、文を書く」

 そうなっては自分にも災いが及ぶからというのだ、こうしたことを話してから政宗は文を書いてそれを忠輝に送った。

 その文を見て忠輝もようやく動く、幕府の軍勢も色々とあった。

 だがそれは足並みが揃っていないという程でもなくだ、忍達からその話を聞いた幸村は難しい顔で言った。

「やはり幕府はな」

「乱れていませぬ」

「多少のことはありますが」

「それでもです」

「足並みは揃っております」

「大御所様の采配の下で」

 見てきて十勇士達が幸村に話す。

「そして伊賀者、甲賀者も来ております」

「服部殿が大御所殿の傍にいました」

「どうやら十二神将達もです」

「おる様です」

「そうか、忍の者達もか」

 幸村は十勇士達から話を聞いてまた言った。

「来ておるか」

「はい、しかしです」

「大坂城の周りには少ないです」

「今のところですが」

「左様です」

「おそらくじゃ」

 何故大坂城の周りに幕府の忍が少ないか、幸村は十勇士達に話した。

「その必要がないからじゃ」

「だからですか」

「それで、ですか」

「この城の周りには忍が少ない」

「そうなのですか」

「それは何者か」

「おそらくこの城の中にじゃ」 

 大坂城にとだ、ここで幸村の目が顰められた。そのうえでの言葉だt6た。

「幕府とつながっている者がおる」

「ではやはり」

「噂通りにですか」

「有楽様は」

「あの方は」

「おそらくな、あの御仁とご子息はな」

 長頼もというのだ、有楽の息子である彼もまた。

「茶々様のご親族としておられるが」

「しかしですな」

「それでもですな」

「幕府とつながっていて」

「大阪の情報を流している」

「そうなのですな」

「前からそう思っていたが」

 幸村にしてもだ。

「しかし間違いなくな」

「あの方々は大坂のことを流しておられる」

「そしてですな」

「幕府はその話を活かしてですな」

「戦を進められていますな」

「有楽様親子のことは多くの者が疑っておる」

 幸村だけでなく大坂方の緒将がというのだ。

「しかしじゃ」

「茶々様がですな」

「有楽様に全幅の信頼を抱いておられる」

「ご自身の叔父上ということもあり」

「それで、ですな」

「そうじゃ」

 それでというのだ。

「あの方だけはじゃ」

「有楽様を信じておられ」

「城の者が何と言おうとですな」

「あの方が信じておられる故」

「有楽様とご子息も」

「共にじゃ」

 まさにというのだ。

「あの様にしてじゃ」

「城に置いておられる」

「そうなのですな」

「ではこのままですか」

「大坂のことは幕府に筒抜けですか」

「忍なぞ用いるまでもないですか」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「だからじゃ」

「それでは」

「我等はですな」

「有楽様もですか」

「注意して見ておいて」

「それを牽制としようぞ」

 こう言うのだった。

「有楽様が城におられるままならな」

「それならばですな」

「見てその視線でお動きを牽制する」

「そうしていきますか」

「そうじゃ」

 まさにというのだ。

「そうしていくぞ」

「わかり申した」

「では有楽様とご子息は見ていきましょう」

「そしておかしなことはさせぬ様にしましょう」

「絶対に」

「そうする、しかし中にそうした御仁達もいてな」

 そしてとだ、また言った幸村だった。

「それを牽制位しか出来ぬのはな」

「困ったことですな」

「茶々様がよしと言われているので」

「この有様では」

「やはり」

「辛いものがある」

 こう言うのだった。

「実際な」

「ですな」

「では明日その軍議じゃが」

 いよいよその時だというのだ。

「果たしてな」

「どうなるかですな」

「茶々様も出られる」

「必然的に」

「本来は出られぬ筈じゃが」

 茶々は秀頼の母に過ぎない、だから本来は政にも戦のことにも何かを言う資格はないのだ。だが彼女は秀頼の母という立場から普通にそうしたことを話す場所に出てそうして口を出してくるのである。

 それでだ、今幸村も言うのだ。

「それがな」

「どうしてもですな」

「仕方ありませぬな」

「茶々様を止めることも出来ぬので」

「それで」

「出られることは間違いないわ、後は諸将でどう言うかじゃ」

 それしかないと思ってだ、そうしてだった。

 幸村はその軍議に出た、そこには先日幸村が顔を並べて話した者達が揃っていた。後藤や木村達がだ。

 幸村はまずは彼等を顔を見合わせて頷き合った、無言で。だが執権の大野だけは難しい顔をしていた。

 それを見て幸村は暗いものを感じた、だがそれでも彼の策を堂々と言った。

 そのうえでだ、彼はまずは秀頼に問うた。主である彼に」

「どう思われますか」

「大坂に一万五千か二万の兵を置いてじゃな」

「大野修理殿が守られ」

 執権であり実質的な采配を振るう彼がというのだ。

「そしてです」

「余も本陣を出してじゃな」

「上様は残られても構いませぬ」

 大坂城にというのだ。

「我等が出てです」

「そうしてか」

「敵を散々に打ち破り」 

 そのうえでというのだ。

「必ずやです」

「天下を取り戻すというのじゃな」

「豊臣家に」

 強く言う幸村だった。

「必ずやそうします」

「して真田殿」 

 今度はその大野が幸村に問うた、執権として彼を援護する為だ。

「二万の兵がいればですな」

「多くてです」

「それだけの兵で大坂城を守れると」

「例え二十万の兵が来ても」

 今ここに向かっている幕府の軍勢の総数である。

「それでもです」

「左様でござるか、では」

「残り八万の兵で攻めれば」

 それでというのだ。

「充分勝てます」

「左様か」

「はい、必ずや」

「わかり申した」 

 大野はこれでよしとした、執権として反対せずにそうした。そして幸村は諸将を見回して彼等に多尋ねた。

「おのおの方はどう思われますぁ」

「はい、我等もです」

「特に依存はござらぬ」

「それでいいかと」

「真田殿のお考えで」

「何も問題はないかと」

 後藤や長曾我部達諸刃浪人だった外様の者だけでなく木村や治房、治胤といった譜代の者達も賛成した。この場にいる諸将は前に話した通り誰も反対しなかった。

 これで決まるかと思われたが幸村は安心していなかった、そして実際に彼のその危惧は当たってしまった。

 秀頼の隣、実質的に主の座に座っていた茶々唯一具足を着けていない彼女がだ、剣呑な顔で言ってきたのだ。

「何故外に出るのじゃ」

「何故といいますと」

「この大坂城から」

 こう言うのだった。

「大坂城に篭っていれば陥ちぬな」

「はい」

 それはその通りだとだ、幸村も答える。

「その通りです」

「では何故うって出るのじゃ」

「はい、そうして奈良や都を手に入れてです」

「領地を拡げてか」

「そうしてさらに力を蓄え」

 そしてとだ、幸村は茶々に憶することなく答えた。

「西国を抑え」

「そうしてか」

「あらためて幕府に対するのです」

 西国を完全に抑えたうえでというのだ。

「そうすべきと存じまして」

「お主はそう言うか」

「左様です」

「その様な必要はないであろう」

 茶々は憮然とした顔で幸村に言い返した。

「うって出ることは」

「では、ですか」

「この城は攻め落とせぬのじゃ」

 大坂城はというのだ。

「ならばここに篭っておればじゃ」

「幕府も何時か諦めて帰る」

「音を上げる、それで戦は終わるわ」

「それでよいというのですか」

「大坂城は攻め落とせぬ、つまり誰も勝てぬ」

 これが茶々の考えだった。

「だからじゃ」

「外に出ずに」

「我等はゆうるりと篭っているだけでよいではないか」

 こう言う、そしてだった。

 その茶々に誰も言えなかった、秀頼も大野もだ。主である秀頼も執権である大野も言えぬのならだった。

 それではどうしようもなかった、それでだった。

 茶々は一同にだ、強い声で言った。

「外に出る必要はない」

「それではですか」

「篭城してじゃ」

 この大坂城にと大野にも言う。

「そのうえで敵が諦めるのを待つ、兵糧は充分になるな」

「はい、それは」

 大野は正直に答えた。

「十万の兵が一年おっても」

「ではじゃ」

 茶々は大野のその言葉を受けてさらに言った。

「篭城せよ」

「外に攻めずにですか」

「攻めずとも勝てるではないか」

 大坂城は決して陥ちないからというのだ。

「そうすれば幕府も痺れを切らしまた諸大名も大坂城が決して陥ちぬとあらためて知れば」

「豊臣は負けぬとですか」

「思い知ってじゃ」

 こう幸村にも強く言うのだった。

「再び従うわ」

「だからなのですか」

「お主の考えは余計じゃ」

 幸村に頭から言い切った。

「大坂方は守っていてじゃ」

「そうして敵が退くのを待ち」

「後は諸大名が従ってくれるわ」

「左様ですか」

「上様もそれでよいであろう」

 秀頼を天下人としてこう言った。

「そうじゃな」

「母上はそう言われますか」

「そうじゃ」

 その秀頼にも完全に上から言う。

「異存はあるか、それは」

「それは」

「ないであろう」

「母上が言われるなら」 

 こう言うしかなかった、秀頼も。身体は茶々より遥かに大きいというのに全くそうは見えなかった有様だった。

 そして茶々は今度は執権の大野にだ、こう問うた。

「修理、そなたもじゃな」

「その様にすればですか」

「勝てるな」

「・・・・・・・・・」

 大野は答えられなかった、茶々の言うことには幼い頃からだった。それでどうしても言えず執権の彼までそうでだ。

 そのうえでだ、諸将にも問うたが。

 もう誰も言えなかった、そしてこれでだった。

 茶々の言う通りに篭城策となった、誰も外に出ることはなくなった。だがこの事態に後藤は幸村に軍議の後で話した。

「戦の仕方としましては」

「ここで篭城はですな」

「下の下、いや」

 後藤はこの言葉をさらに出した。

「それ以下かと」

「問題外だと」

「ここで篭城なぞすれば」

 それこそというのだ。

「囲まれまする」

「それも四方から完全に」

「そして策も仕掛け放題ですぞ」 

 城の外からというのだ。

「内応者だの城を出る者だのが出て」

「士気は落ちますな」

「そして大坂城の堀は広く深く」

「兵も渡れませぬが」

「そうした問題ではござらぬ」

 後藤は大坂城のその堀、大坂城の守りの固さを作っているものの一つについても幸村に対して話した。

「あの堀なら鉄砲も弓矢も届かず」

「堀の向こうから放っても」

「大砲を撃とうとも」 

 例えこれを使おうともだ。

「本丸には到底です」

「効きませぬな」

「精々外堀の櫓を撃てる程度ですが」

「それも大砲をうんと近寄せて」

「それで出来ますが」

「問題は撃たれることですな」

「左様」

 まさにそのことがとだ、後藤は言い切った。

「連日連夜撃たれればどうなるか」

「その音が問題ですからな」

 大砲はとだ、幸村も大砲のことを知っているので後藤に応えられた。

「そこまで撃たれますと」

「城の中にいる者達の心が滅入ります」

「そうなりますな」

「そこが問題です、そして若しもです」

 この前置きからだ、後藤はこのことも話した。

「茶々様が櫓におられれば」

「外堀のですな」

「そこにおられれば」

 そうすればというのだ。

「大砲の弾が届けば」

「厄介ですな」

「茶々様がどう思われるか」

 それが一番恐ろしいというのだ。

「幕府も流石に大砲を多くは持っていませぬが」

「そうした時にこそ使うもの」

「はい、幕府にしましても」

「それでは」

「篭城すればそこも危ういです」

 人特に茶々の心を攻められるというのだ、大砲の音や弾の衝撃で。

「ですから拙者もです」

「それがしの策にですな」

「賛成したのですが」

「しかしです」 

 それでもというのだ。

「この度はです」

「茶々様は篭城を選ばれました」

「それではです」

「負けですか」

「勝てる筈がありませぬ」

 到底とだ、後藤は言い切った。

「それがしは思いまする」

「そうですな、これでは」

「我等が恐れていた通りになりましたな」

「茶々様が言われるとは」

「それはです」

 まさにというのだ。

「これだけはと思っていましたが」

「そうなってしまいましたな」

「戦は将が最も大事ですが」

「その将の違いですな」

「幕府は大御所殿です」

「これまで多くの戦で戦ってきた」

 そして勝利をもぎ取ってきただ。

「あの御仁ですから」

「危ういですな」

 二人の危惧は他の諸将も同じだった、それは治房も同じであり弟の治胤に対して深刻な顔で言っていた。

「あそこでじゃ」

「兄上がですな」

「茶々様をお止めしていれば」

 執権である彼がというのだ。

「そうであればな」

「我等は外で戦い」

「そしてじゃ」

「勝てますな」

「篭城したままで勝てるものか」

 治房から見てもそうだった。

「到底な」

「全くですな」

「囲まれれば終わりじゃ、しかもじゃ」

「援軍もですな」

「来る筈がないわ」

 到底、というのだ。

「完全に囲まれた城じゃ、そこに篭っているだけの者に誰がつくか」

「そう考えると」

「篭城は下の下以下じゃ」

「ですから絶対にですな」

「すべきではないが」

「しかし兄上は」

「お止め出来なかった」

 何もわからずそして知らぬ茶々をというのだ。

「それでじゃ」

「我等は負けますか」

「わかっておったがな」

「兄上は茶々様をお止め出来ぬ」

「それを言うと我等も他の者もな」 

 今大坂にいるどの将帥達もというのだ。

「出来ぬわ」

「口惜しいことですな」

「全く以てじゃ」

「まことに治部殿達がおられぬのが惜しいですな」

「茶々様をお止め出来たからな」

「そしてもっと言えばな」

 苦い顔のままでだ、治房は治胤にさらに話した。

「大納言様がおられれば」

「そうなりますな」

「茶々様のご勝手なぞ全て止められてな」

 石田や大谷以上にというのだ。

「上様も導かれてじゃ」

「豊臣家は安泰でしたな」

「そう思うとまことに惜しい」

「大納言様がおられぬことが」

「今も豊臣家の執権どころか」

「上様のご後見としてじゃ」

 その立場でというのだ。

「豊臣家を守られていたが」

「今言っても仕方ありませぬな」

「そうなる、しかし兄上については」

 また大野のことを言う治房だった、彼等の兄のことを。

「執権としてどうか」

「豊臣家の」

「そう思う、実にな」

「そうですか、しかし」

「兄上もじゃな」

「必死ですから」

 治胤はこう言って彼等の兄を庇った。

「我等はその兄上を盛り立て」

「そうしてじゃな」

「豊臣の家を守っていくべきです」

「それはわかっておる」

「では何とか」

「うむ、兄上が茶々様をお止め出来ずともな」

 このことを口惜しいと思ってもというのだ。

「豊臣の家臣としてな」

「働いていきましょうぞ」

「わかっておる」

 こう答えはした、だが治房は兄のこの度のことに苦々しさ、もっと言えば情けなさと豊臣家の行く末に暗いものを感じずにはいられなかった。しかし彼がその暗いものがこれからどうなっていくかはわかっていなかった。



巻ノ百二十六   完



                  2017・10・8

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